シナリオ難易度:非常に難しい
判定難易度:普通
初夏の太陽が天で輝き、熱い風が砂塵を巻き起こしながら吹き抜ける。
興亡を賭す二国の、運命の分水嶺となる戦場だった。
ガラエキア山脈でのヴェルギナ・ノヴァ帝国軍とフェニキシア王国軍との戦い。
その戦いの勝敗を分ける、二人の戦士の一騎討ち。
どちらが勝つかで、いずれかの国は雄飛し、いずれかの国は滅亡への道に転がり落ちてゆく。
赤茶けた土と岩が剥き出しになっている山脈内の斜面にて、多くの傭兵が斃れていた。
緑色の外套(マント)を纏った青年が裾を靡かせながら、血濡れた長剣を手に矢の如く駆け降りて来ている。
雪のように真っ白な髪の少年は、迫る緑外套の青年を見据えつつ念話を飛ばした。
<<……任務了解。ゲオルジオを止めればいいんだね>>
ハック=F・ドライメンだ。
ブリガンダインに細身ながら鋭く鍛えられた身を包み、左腕にラウンドシールドを保持し、右手には心剣・ブラッシュを抜き放っている。
コンドッティエーレ(傭兵隊長)からのゲオルジオを止めろという指令に対し、出来るか、と問われればハックに確固たる自信があるわけではなかった。
ゲオルジオの名声は十五歳の少年だって耳にした事がある。かつて異貌の神将を討ったという超一流の手練れ。
しかし――
『やらねば、やられる』
その事実を前にしては、多少の不安や脅威の強大さなどにハックは気を取られはしなかった。気をかまけている場合ではないからだ。
"生き抜け"
全ては、己の胸に刻んだこの言葉の元に。
故に、少年は駆けた。
グリーブに包む足底で赤い斜面を蹴り、迫る緑外套の傭兵を迎え撃つべく、白い刃を手に駆け登ってゆく。
<<僕にも僕なりの意地というものがあってね……容易くは抜かせないよ、神将殺し>>
<<その白髪、その白い剣……知ってるぞ。アンタ、ドライメン傭兵団の生き残りハックだな?>>
敵味方共通の領域へと念話を飛ばせば、あちらからも念話が返ってきた。
<<見知りおきいただいていたとは光栄だね>>
<<強い奴は把握している。意地があるのはこちらも同じ。悪いが少年、お前は危険だ……ここで斬らせて貰うッ!!>>
ハックとゲオルジオ、二人のアドホック傭兵の一騎討ちが始まった。
●
彼我の距離が十三ペイス強(約20m)にまで詰まった時だ。
ゲオルジオは半身前傾の姿勢、長剣の切っ先を後方に向け、地と刃を水平に肩の上に担ぐような車構えに構えていたが、その長剣の切っ先――ハックからは死角になっている――の周囲が微かに輝いた。
同時、青年の長剣が振り下ろされ、振り下ろしの途中で、光は急速に膨らんで、太陽と見紛うばかりの眩い球体と化し、その瞬間、振り下ろしの勢いで投擲・射出されてゆく。ハック目がけ光の球が唸りを上げ迫って来る。
(――閃光弾)
光球体の視認と同時に技の種類を見抜いたハックは、背筋を氷の指先で撫でられたような悪寒が這い上がって来るのを感じた。直撃すると不味い。
精神を極限まで研ぎ澄まし、左腕に保持している円形盾を目を遮るように全速力で翳す。
同時、ハックの周囲が真っ白に塗り潰された。百の太陽が一斉に爆裂したかのような、強烈な光に一帯が呑み込まれてゆく。
風が唸った。
気配を感じた青年は、盾を僅かに下げ、向こう側を覗き見た。ハックの視界は光に死んでいない。見えている。防いだ。
が、一瞬前まで離れた位置に確かに居た緑外套の青年が、既に眼前に剣を振り上げながら現れていた。
(――本気だ)
ハックは目の前の相手が全力で己を殺しに来ている事を悟った。
ゲオルジオの上段の構え、フェイントだと見切る。神将殺しの男より急激な霊力の高まりを感じ、ハックは祈闘術を発動する。霊力を全開に解放、対抗するように守りの力を急上昇させてゆく。
(もしもに備えて刻んだ神眼、まさか使う機会が来るとはね)
少年は膝を抜いて素早く身を低く沈め、盾を傾斜させ構える。
ゲオルジオの姿が低く沈み込み、その瞬間に再び掻き消える。下方より逆袈裟の刃が風を巻き、閃光の如く走った。ハックが翳す円形盾の縁に激突、火花を巻き起こしながら流れ、逸らされてゆく。
(右か)
少年は片足を軸に回転する。
眼前、三度ゲオルジオが風を巻き迫っている。上段に振り上げている長剣、今度は真っ向から振り下ろしてきた。天雷の如き打ち込みから、飛燕が翻るかの如く即座に斬り上げ、そして突き降ろしへと繋いでくる。暴風の如き神速三連撃。
一撃がハックの肩部より入って痛打を受け、猛烈な衝撃と共に激痛が走り抜ける。態勢が崩れた所に下から昇って来た一撃に深々と胴を斬り裂かれた。熱い何かが身体を貫通する。革のベストが裏に打ち付けてある金属片ごと断たれてゆく。
身が揺らぐ、閃光の如く、一気に畳みこまんとばかりに顔面目がけた神将殺しの突きが迫って来る。
雪色の少年は痛みと衝撃に態勢を崩し――だが、落ち着いて見据えていた。僅かに甘く入った切っ先に対し、稲妻の如く反応、剣を正確に振るい、鮮やかに打ち払う。
甲高い音が鳴り響く中、こめかみを掠めて白刃の切っ先が空間を突き抜けてゆく。前傾の姿勢、少年はグリーブを備えた足で大地を踏みしめ、左方が高くなっている赤茶けた斜面を蹴り飛び出した。左腕に装着している円形盾に霊力を収束させ、全体重を乗せ突き出す。シールドバッシュだ。
少年の細身より繰り出されているのが信じられない程に重く、ラウンドシールドがゲオルジオを捉えた。
轟音、爆裂する衝撃と共に緑外套の青年が真後ろへと吹っ飛んでゆく。崩撃。
ハックは間髪入れず即座に前に飛び出し、右手に持つ心剣・ブラッシュを猛然と振り上げた。
ゲオルジオが宙で素早く身を捌いて態勢を立て直しつつ長剣を掲げる。ハックは白いオーラを立ち登らせるブロードソードを振り下ろしつつ手放した。
輝く刃が唸りをあげゲオルジオの顔面へと向かい飛ぶ。青年は眩しそうに目を細めつつ長剣を一閃、ブラッシュを鮮やかに斬り払った。
甲高い音が鳴り響き、光を急速に失ってゆく片手剣が明後日の方向へとクルクルと回転しながら弾かれてゆく。その時には既にハックはゲオルジオへと肉薄していた。間合いに踏み込むと同時、腰に差している短剣を抜き打ちざま一閃。
古剣【アルト】、柄にも鍔にも飾り気の無い刃渡り三十ディジット(約30cm)のダガー、幼い頃にドライメン傭兵団の団員から譲り受けたという短剣の刃が、光の如くに走った。
薄く氷のように輝く鉄灰色の光は、緑外套に身を包む青年の革鎧を鮮やかに断ち斬り、さらにその奥の肉までをも深々と斬り裂いて抜けた。
ゲオルジオの腹部より鮮血が迸り、その口から苦悶の息が吐き出される。
ハックはさらに間髪入れずに返す刀で刺突を放った。よろめいたゲオルジオは、しかしそのまま斜面下方側へと身を倒して素早く転がり、追撃の刺突を回避する。
茶髪の青年が一回転して起き上がり、長剣を構える。ハックもまたゲオルジオを見下ろし短剣と盾を構え直した。
<<流石にやるな……>>
<<君もね>>
互いに痛打を浴びせ合った両者は睨み合ったまま隙を窺う。
<<同じアドホックの身の上だ、もしかしたら仲間として戦う機会もあったかもしれない――>>
ハックは身を低く短剣を下段に構え直しつつ念話を飛ばす。
<<だけど、今は敵だ。ならば傭兵の流儀として、全力で死合おう>>
落ち着き払った静かな瞳で、ゲオルジオのブラウンの瞳を見据える。
<<――どちらが生き残るか、勝負だ>>
神将殺し、恐らくは外見年齢よりもずっと齢を重ねているであろうかつての大戦で活躍しトラシア大陸に名を馳せたベテラン傭兵は、笑った。
<<なるほど、勝負の時間だ。傭兵の流儀として、受けてたとう――どちらが生き残るのか、白黒はっきりつけようか!!>>
両手で握る長剣を肩に担ぐように構え、次の刹那ゲオルジオの姿がブレ、掻き消えた。縮地だ。四度目の発動。
同時、ハックもまた姿をブレさせ、残像を残して掻き消えていた。縮地。
<<チィッ!! 基本に忠実な餓鬼だな!!>>
<<団長から叩き込まれたからね>>
ゲオルジオが斜面上方、フェニキシア兵へと向かい駆けていた。
ハックもまた斜面上方へと向かい並走している。
――危なくなったら己の命を優先して逃走を図るのが、一般的な傭兵の流儀であり、そして優勢で余力があるなら追撃を仕掛けるのもまた傭兵の流儀である。
互いに痛撃を浴びせ合い、精神力も消耗している二人だったが、ゲオルジオは既にアクセラレイターを切っているがハックはまだそれを残している。残存の体力にも差があるだろう。アクセラレイターは命を燃やす。
ゲオルジオは己の敗勢が濃いと見て取ったらしい。フェニキシア勢の方へと逃走を図っていた。
<<ただでは逃がさない>>
駆けつつアルトを嵐の如く閃かせる。明らかに短剣の間合いの外、だが、三日月状の光刃がドンッという重低音と共に連続して撃ち放たれゲオルジオへと襲い掛かってゆく。破神剣。
鋭く飛んだ光波が駆ける青年の背へと次々に直撃し、革鎧を爆ぜさせた。
だが、ゲオルジオは斃れなかった。よろめきつつも足を止めず真っ直ぐに斜面を駆け登り見る見るうちにフェニキシア兵の戦列へと近づいてゆく。
やがて、フェニキシア兵からハックへと破神剣が飛んで来た。
これ以上の単独での突出は危険が大きいと見てハックは一旦味方の位置まで後退する事を決意する。
<<今回は俺の負けだ。出来れば、二度と会いたくないぜ。フェニキシア側につくなら歓迎だけどな>>
そんな念話を残し神将殺しの傭兵は、フェニキシア王国兵が形成している戦列の中へと消えていったのだった。
<<うぉおおおおおお!! 勝ったぞ! ハックが! あの神将殺しに!!>>
味方の傭兵が興奮したように歓声を上げた。コンドッティエーレもまた嬉しそうに叫ぶ。
<<よくやったハック!! お前ならやってくれると思ってたぜ!! さぁいくぞ野郎ども!! こっからが俺達の仕事だ!! フェニキシアの兵どもを押し返せッ!!>>
<<ウォオオオオオオオオッ!!>>
息を吹き返した傭兵隊は猛進して斜面上のフェニキシア軍を撃破、後背からの射撃を排除する事に成功する。
これによりボスキ公軍は態勢を立て直し、正面のフェニキシア王国軍本隊を押し返す事に成功した。
「危ない……まさかベルエーシュがこんな策を打って来るとは。傭兵隊には感謝せねばならないな。それと、ハック=F・ドライメンといったか、神将殺しを撃退したのは」
「はっ、見所のある若者のようです」
「その名は覚えておこう」
ボスキ公爵は敗走してゆくフェニキシア王国軍の背を眺めながら、側近達とそのような会話をかわしたのだった。
かくて、ガラエキア山脈の戦いはヴェルギナ・ノヴァ帝国側が制し、ボスキ公軍は山脈内の要所に拠点となる前線砦を築いて、その勢力圏を広げたのだった。
成功度:成功
獲得称号:神将殺し撃退者
獲得実績:ガラエキア山脈の戦い結果=帝国の勝利