シナリオ難易度:難しい
判定難易度:普通
闇の中に紅蓮の業火が燃えている。
<<ハッハァ! ゲノスを喰うのにも飽きてきた所だ! 異貌の神々も業を煮やして御大将自らのお出ましってか!>>
火光を浴びて瞳が紅に輝いている。頭頂部から生える狼の耳が音を探るように動き、口元は笑みの形に吊り上げられていた。
狼のセリアンスロープ、まだ若い、外見通りならば齢は二十代前半程度だろう。
身の丈三クビト半と四半強(約187cm)程の筋肉質の長身を革鎧で包み、丈の短い半袖の赤ジャケットを重ね着している。下半身には長いズボンを穿いていた。
アドホックの傭兵にしてグルガルタ島の傭兵部隊部隊長ロア・アルフォンスである。眷属喰いの二つ名で知られる敏腕の傭兵だ。
<<奴をブチのめせば今度は“異神喰い”か? テンション上がって来たなぁオイ!>>
<<ゴキゲンじゃな狂犬め! 笑うとる場合じゃないぞ! どうするつもりじゃ!>>
お目付けの意味でもつけられている副官キルケーが味方領域にて念話を発する。
<<ハッ、決まってる!>>
ロアは駆けつつ鼻を鳴らして笑った。
<<キルケー! スヴァリ! 俺が先陣を切る! 俺ら三人で奴を撃破する! デカい獲物だ、逃がすつもりは無ぇぞ!>>
その両の前腕に嵌められた、シルエットを大きく見せる程に巨大な漆黒のガントレット・ヴォルフスムントが胸の前で打ち合わされ、重い音と共に火花が散った。
<<了解!>>
<<ぬぅ、やるしかないか……!>>
さらにロアは念話を用いて周囲の味方傭兵達へと矢継ぎ早に命令を発してゆく。
<<散れ! とっととだ! あの砲撃精度は回避に向かねぇ、テメェらの脆弱な防具なんざ容易にブチ抜くぞ! 俺なら硬守祈装でちったぁマシに耐えられる、巻き込まれる前にとっとと距離取れ! 後死にそうになったら手前で癒しの光使って耐えろ!>>
それから傍らの二人を名指しして言う。
<<キルケー! 猛撃使って破神剣を撃ち続けろ! ってかてめぇはそれぐらいしかすること無ぇだろ!>>
<<なんじゃとぉ?! 儂じゃって建物に紛れて近づくとか回り込むとか至近距離まで突撃するとか色々あるぞう?! まぁ今回は後ろから撃っとくけど!!>>
<<だったら黙ってろ! スヴァリ! 溜めてからの紫電を込めて破神剣だ! あと奴が逃げようとしたら、余裕あンなら地霊縛を試みろ! 野郎の精神力が上たぁ思うが、ダメ元だ!>
<<わかったわ!>>
傭兵達が周囲の橙色の口牙兵達と激突してゆく。
ロアは彼方の、火球を三連射し傭兵達及び建物を次々に爆破して回っている異貌の神を目がけ、真っ直ぐに駆けてゆく。
ロアとしては燃えている港には興味はなかったのだが、味方達にとってはそうではないようなので、可能な限り速攻で決めるつもりだった。
火唱の四面神グラボルイノの射程は長い。
彼(?)はほどなくして己目がけ駆けて来る只者ではなさそうな男の存在に気づいたようだった。
宙に浮く円柱に四つの顔と二つの腕を生やす異貌の神は、同じくその円柱状の身から生やしている三つの筒をロアへと向けた。
射出口に赤い光が収束し、僅かな溜めと共に赤光が膨れ上がってゆく。
光は直径四クビト(約2m)程の球状に変化すると勢い良く撃ち放たれた。
三連射。
ロアは迫り来る巨大な紅蓮に対し、漆黒のガントレットを嵌めた腕を眼前で交差させた。霊力を全開に解放、その性質を変容させ、運動性の低下と引き換えに装甲を増大させてゆく。硬守祈装。
次の刹那、燃え盛る火球がヴォルフスムントに触れ、大爆発を巻き起こし爆熱を荒れ狂わせた。
異世界の神々の壮絶な破壊の力がロアの身を焼き、紅蓮の爆風と共に凶悪な衝撃力を炸裂させてゆく。一発だけでも脅威だったが、さらに二発、三発と連続して火球が直撃し大爆発を巻き起こしてゆく。
一般人はおろか並の祈士とて容易く死亡する壮絶な破壊力だったが、灰色髪の狼の獣人は紅蓮を斬り裂いて飛び出した。
<<ハッハァッ! そんなもんかッ!!>>
紅の三白眼で異貌の神を睨み、止まらず、怯まず、駆けてゆく。
多少焦げて煙が吹きあがっていたが、まだまだ健在。あと十数発の火球を喰らっても倒れないだろう。眷属喰いロア・アルフォンス、驚異的な頑強さだ。
グラボルイノはさらに六発の火球をロアに向かって連射するが、褐色肌の男は降り注ぐ火球を次々に喰らいつつも爆炎を裂きながら長大な距離を駆け抜ける。
力を溜めつつ迫り、霊力を全開に解放、異貌の神の懐へと飛び込んだ。
「ウォオオオオラァッ!!」
精神を極限まで集中、研ぎ澄ませて突撃の勢いを乗せ、腰の回転と共に右の巨大な漆黒のガントレットを精密に振り抜く。
轟音と共に黒い鉄塊と黒褐色の胴が激突、紫電により攻撃力が底上げされ、そこからさらに二重の力溜めによって飛躍的に増大した超火力が荒れ狂う。ダメージ三倍撃。
壮絶無比の衝撃力が荒れ狂い、丸太の如き円柱胴の表面が爆ぜる。赤黒い液体が噴出する。その六クビト(約3m)を超える巨躯が大きく揺らぐ。
人間の男の顔、獅子の顔、蛸の顔、鷹の顔、胴体より生える四つの顔が口を大きく開き、苦悶とも怒りともつかぬ奇声を発した。
直後、極大の閃光波が爆裂した。射程に入ったスヴァリが翳した杖先から放たれた破神剣だ。紫電と力溜めの相乗効果によりロアの一撃には及ばぬものの凄まじい火力を炸裂させている。さらに猛撃を発動しているキルケーが構える銃剣からも閃光が連続して発射され、両者には及ばぬもの並よりも高い破壊力を叩き込んでゆく。
グラボルイノは踏み込んできたロアへと向かい、左右の腕にそれぞれ握った肉厚の曲刀を猛然と振り回した。
嵐の如き剛撃が荒れ狂い、ロアは霊気を操り変質させた。装甲の低下と引き換えに運動性を増大させてゆく。軽避祈装だ。
身を捌きつつ黒いガントレットを翳し、二刀の斬撃を効果的に受け流してゆく。鋼と鋼がと擦れ甲高い音と共に火花が散り、衝撃が抜けて来る。が、火球に比べればダメージは軽い。どうやらグラボルイノの斬撃は火球よりも威力が劣るらしい。勇者が言っていた接近戦が弱点という情報に誤りはなかったようだ。
さらにスヴァリの紫電と力溜めが乗った壮絶な破神剣とキルケーの連続射撃が爆裂し、グラボルイノの態勢が揺らいだ瞬間、ロアもまた再び霊力を全開に解放した。
<<てめぇ、俺に勝てるって勘違いしてんのか?>>
口端を上げて牙を剥きつつ大柄な狼の半獣人が笑う。
漆黒の巨大な拳を振り上げ踏み込む。
<<――とんだ笑い種だぜ!>>
黒い閃光が竜巻の如くに走った。
大きく弧を描く拳が再び爆裂する。轟音と共にグラボルイノの胴体の一部が砕け爆ぜ、赤黒い液体が噴出する。ダメージ三倍撃の超火力。
――KURUOOOOOOOOOッ!!
悲鳴じみた奇声と共にグラボルイノは筒より紅蓮の火球を撃ち放った。
ロアへ――ではない。
その後方に立つスヴァリスヴェルスへだった。
凶悪無比の破壊力を秘めた火球が金髪のエルフへと迫り、紅蓮の大爆発を連続して巻き起こした。
エルフ娘が悲鳴もあげられずに吹き飛び、地に転がる。そしてピクリとも動かない。
<<スヴァリ!!>>
キルケーの念話が響く中、グラボルイノの身が独楽のように回転した。宙に浮いている身が滑るように川へと向かい移動してゆく。速い。かなりの速度だ。
<<逃がすかよ>>
ロアの身が掻き消えた。狼の獣人が先程まで足を置いていた石畳に破裂音と共に罅が入る。
縮地だ。
高速の機動法。
異貌の神々は幾つかの例外的な状況を除いて、自分達に有利な状況でなければ姿を現さないと聞いていた。
そこから見えるのは戦力は温存したいという思惑だ。
――やはり逃げるか。そうはさせねぇ。
ロアは逃げるグラボルイノの背へと瞬間的に加速し追いすがると、命を燃やして超加速しながら漆黒の巨大なガントレットを振り上げた。
アクセラレイター。
「くたばりやがれーーーッ!!!!」
黒色の鋼の嵐が、強く、速く、激しく、凄絶に吹き荒れた。バックアタック。
グラボルイノの背が瞬く間に叩き割られてゆき、その黒褐色の巨体から黒い液体が次々に盛大に噴出してゆく。
既に満身創痍であった異貌の神は、その猛連撃に耐えきれず、水中へと飛び込む前に浮力を失い、港の石畳の上に前のめりに倒れ込んだのだった。
●
夜明け。
港を包んでいた炎は既にあらかた鎮火されていた。
グラボルイノがロア達によって討たれるとゲノス達は雪崩を打つように退却し、傭兵達はその背を猛烈に追撃した。
水辺であった事もあり、水中へと逃がしてしまった数も多かったが、それでも多数を撃破していた。
傭兵隊に死者は出ていたがその数は想定よりも少なく(スヴァリも一命を取り留めていた)、また、港湾施設への被害も鎮火が速かった為、予想よりも軽いものだった。
北方の本隊の戦いも終結しており、ピュロス達は今回も無事にゲノス達の撃退を果たしていた。
これならば復旧は迅速に進められるだろうとの予想だったが、
「とはいえ……随分と台無しじゃねぇか」
ロアは焼け落ちた幾つかの施設を眺めつつ呟いた。もう使い物にならなくなってしまったものが幾つもある。
(マシに済んだっていやぁマシなのかもしれねぇけどよぉ)
今の状況は決して良いものではない。
多くの将兵が感じているのと同様にロアとしてもそう感じていた。
が、ピュロスはやはりまったくいつもの鉄面皮で淡々と平然としているのだという。
(得るも失うも全ては覚悟の上ってか、ピュロスの大将サンよぉ)
思う。
英断か愚策か。
「……ま、腹が据わってンのは違いねぇな。そういう所は嫌いじゃないぜ」
異神殺し――“異神喰い”となった狼人の青年は、焼け落ちた港の敷地内で北の方角を睨んだのだった。
●
「ロア・アルフォンスがグラボルイノを討ち取った……?!」
エルナン・デ・バルディビア、エスペランザ伯カルロスの騎士である壮年の男が、目を大きく見開き口を開いている。その顔からは血の気が引いていっていた。
「ピュロス様が見込んだのです、やる男だろう、とは思っておりましたが、しかし、ここまでとは思っておりませんでしたな」
パルメニオンが笑った。
「ありえるならば連携して……という予想でしたが、ほとんど一人の武力で押し切ったようなものだったそうです。いやはや、あの男の拳の破壊力はとんでもないですな」
ところで、と宿将が騎士の顔をまじまじと見る、
「お顔の色がよろしくないようですが、如何なされましたか? 先の戦いでお怪我でも?」
「い、いえ、何も……ええ、怪我はないのですが、少し疲労が、しかし、とても喜ばしい事ですな、まさか異神の一柱をここで討ち取る事ができたとは!」
「ええ、ええ、とても喜ばしい事です」
笑顔で宿将が頷く。
エルナンはその後、幾つか言葉をかわすと疲労を理由に自室へと急ぎ退いたのだった。
その数ヶ月後――幾度もの襲撃にあい、その最中に騎士エルナンが行方不明になるなど少なくない犠牲者を出しつつも、グルガルタ島の港はなんとか完成した。それと共にエスペランザ諸島の北方に浮かぶさる島においても、港の建設が秘密裏に進められており、そちらも無事に完成したとの報をロアは知る事になる。
ピュロスは言った。
「このグルガルタ島で港を完成させる事が出来たのは貴公らの尽力のおかげだ。
同時に北の島の港が無事に完成した事も貴公らの奮戦のおかげだ。
ここで敵の目を惹きつけていたからこそ北の島の港を完成させる事が出来た。
我々は二つの足場を得る事に成功した」
これは有利である、と連合王国上王の称号を持つ男は言った。
「確かな有利だ。
グルガルタ島の港は完成せぬ事も考えられたが、貴公らの奮闘がこれを実現させた。
故に、我々は南北に戦略的選択権を得た。
これは我々の有利である。
トラペゾイド上王、ゼフリールのハイロード、人類世界を守護せんと欲する者として、貴公らに深く感謝する」
そして覇王の称号を持つ男は言った。
エスペランザ諸島へと攻め上るのは間も無くである、と。
成功度:大成功
獲得称号1:異神殺し
獲得称号2:異神喰い
獲得実績:火唱の四面神グラボルイノを迅速に討ち、グルガルタ島の港への被害を抑え、その建設を成功に導いた