耕された畑に青々とした作物が一定間隔で植えられている。
フェニキシアは温暖であり冬季であっても農業を行う事が可能だった。
ガリラヤ村に住まう八歳の少年エルアザルはその日も父母を手伝い畑仕事を行っていた。
いつもは辛い農作業であるが今は心が軽かった。今日はエルアザルの誕生日であったのでごちそうを作ってくれると両親が言ったからである。
「よし、こんなもので良いだろう」
陽が傾き黄金の光が地平より差し大地を照らす頃、父が額の汗を拭い息を吐いた。
エルアザルも真似して額の汗を拭っていると、
「今日も良く頑張ったわね」
と母は少年の頭を撫でてくれた。
エルアザルは笑顔を浮かべて母を見上げ、
「お母さん、今日はごちそうね!」
「ええ、わかってるわ。お祖母ちゃんが家で支度してくれてる筈だから、楽しみにしましょうか」
「うん!」
親子三人は村門の方へと向かい歩き出す。
ガリラヤ村は移住区は塀と水堀に囲まれた内にあり、畑はその外周に広がっていた。エルアザル達が住む家も塀の中にある。
家に向かい日暮れの道を歩いていると村の方から異音が鳴り響いた。
硬く鋭い金属音だ。
何度も何度も激しく打ち鳴らされてゆく。
「鐘だ」
父が固い声音で呟いた。
「あなた」
「ああ、急ぐぞ」
母も顔色を変え、両親はエルアザルの手を引いて小走りに駆け出した。
「どうしたの?」
「あれは緊急を告げる合図だ」
緊急……危険が迫っているのだろうか?
辺境の山麓に建つガリラヤ村は、中央の争乱とは無縁で、賊や魔獣に襲われる事もなく、領主もいたってまっとうな領主だったから、エルアザルは生まれてから今日までずっと危険という危険に晒されてこなかった。
だからだろうか、少年には危険だという実感がいまいちわかなかった。
それでも三人が急ぎ駆けてゆくと、村門へと続く橋の周辺には、同じように畑仕事から居住区へと引き上げてきた村人達の影がちらほらとあった。
「う、うわぁああああああっ!!」
橋の上にいた一人が、エルアザル達の方を目を見開いて見つめつつ大声を発した。
何事かと思い、エルアザルが肩越しに背後を振り向くと、彼方より無数の黒い影が地を駆け迫り来ているのが見えた。
「魔獣だ! 逃げろッ!!」
周囲より悲鳴が巻き起こった。
付近の村人達が村門へと向かって弾かれたように駆け出し、エルアザルも強く手を引かれ、全力で駆け出した。
(魔獣……あれが!)
それは熊に似ていた。
体長は六クビト(約3m)以上はあろうか。焼かれた炭のように光沢のある漆黒の毛並みを持ち、額に紫色に煌めく大きな石をつけている。
赤色に光る双眸でエルアザル達を見据え、地に落ちた果実に群がる蟻の如く押し寄せて来る。
「どうして魔熊が、こんな時期にっ……!」
父と母の声がどこか遠くから聞こえた。
鐘がけたたましく打ち鳴らされている。
人々が門へと向かい駆けてゆく。
魔獣を村内に入れる訳にはいかないから、もたもたしていては塀の中に逃げ込む前に門が閉められてしまうだろう。
そうなったら塀の外で生きながらに魔獣に喰われるしかない、その事はエルアザルにも想像出来た。
だから駆けた。
必死に駆けた。
息を切らしつつも必死に脚を動かし、水堀の上にかかる橋へと足を踏み入れ、門へと向かうその途中、木製の橋の木の僅かな凹凸に、つま先がぶつかって、エルアザルは態勢を崩した。
(――あっ)
頭の中が真っ白になった。
視界が傾いて、身体が強く橋上に打ち付けられる。
転倒した。
「あっ」
村の門がゆっくりと閉まってゆく。
転倒せずに駆け続けていれば、エルアザルの足でも滑り込めただろうが、もう間に合わない。
背後を振り向く。
黒い影達が四つ足を動かし巨体を躍動させ、瞳を赤く光らせながら牙を剥き、獰猛な吠え声をあげ迫り来る。
「エルアザル!」
「くそっ!!」
母が少年の身を抱き締め、父が農具を手に二人の前に立った。
先頭を駆ける巨大熊が迫り来て父へと腕を振り上げながら飛び掛かり――
ドンッという大気を揺るがすような重低音が響き渡ると共に眩い光がエルアザル達の頭上を突き抜け、大熊の顔面に炸裂した。
赤い色を撒き散らしながら熊の巨体が吹き飛んで倒れ、いつの間にか、エルアザル達の前方に人影が一つ、現れていた。
「カサドール……」
呆然としたような母の呟きが、耳に響いた。
■状況
『皇の目』としてフェニキシア地方内を旅しガリラヤ村に宿泊していた貴方は村が魔獣の群れに襲われる場面に居合わせました。
逃げて来る村人達のうちの最後尾の家族の子供が橋の上で転倒し、巨熊が飛び掛かるのを見た貴方は、咄嗟に破神剣を放ってその魔熊を打ち倒し、閉じかかっていた門より縮地で飛び出して橋の上の一家と魔獣達の間に割って入りました。
(その為、精神力が既に11減っており、本日中に縮地を使える回数は残り5回になっている)
迫り来る魔獣を撃退し、村と一家とを守りましょう。
なお村人達は橋の上の一家を除いて既に堀の内側へと逃げ込んでいます。
●シナリオ成功条件
エルアザル少年一家より死者を出さずに魔獣の群れを撃退する
●シナリオ失敗条件
エルアザル少年一家より死者が出る
■魔獣について
俗に魔獣と呼ばれる存在は複数の種類があります。
ただし今の時代、主に『魔獣』と呼ばれているのは、異界から流れて来る『瘴気』に触れて変質・変容して狂暴化した獣達の事で、今回の魔獣もそれです。
彼等は異界の力をその身に宿した『半眷属(ハーフ・ゲノス)』とも呼べる存在であり、通常の獣達よりも身体的に強力です。
『偏向波紋障壁(エスクード・ディフレクター)』こそその身に纏っていませんが、その守りを貫通する力ならば備えています。
ですのでカサドールといえども倒される危険性を孕んだ相手です。
■敵戦力
●レバントグリズリー(通称・魔熊) × 9
体長3mにも及ぶ巨熊。
漆黒の毛並みと赤い瞳、額に宝石のような石を持つ。
主に巨木の幹のように太い腕に備えられた爪と鋼をも砕く牙で攻撃してくる。
攻撃レート+10
防御レート+10
■地形と配置
門は南向き
橋の幅は5m程度
長さは10m程度
一家は橋の中頃5m程度の位置にいて、PCはそのすぐ南側に立っている
魔獣達は南側に展開している。
破神剣で顔面を砕かれ倒された一体以外の魔獣はまだ橋に踏み入っていない。
9体の大熊達は扇型のように広がっていて、橋の入口を目指して殺到してきている。
■PL情報
随分と昔には魔獣がガリラヤ村付近に山から降りてきて襲撃してきた事はあったが、魔獣も人を襲えばただではすまないという事を学習したのか、この頃はずっと魔獣達は山から降りてきてまで人を襲うような真似はしていなかった。
しかも山に住まう魔熊は冬は冬眠している筈なので、それが目覚めて麓の村にまで襲撃に降りて来るというのは異様な事だった。
一部の村人は「天神ベールの血を引く神聖なるフェニキシア王家が倒された為、ベール神の加護をフェニキシアが失ったので災厄が訪れたのだ。ヴェルギナ・ノヴァ帝国のせいだ」と噂しだす。
フェニキシア地方内政編? へようこそ、望月誠司です。
代官総督となったメティスに雇われ、皇の目という立場になったPCがフェニキシア地方内を旅して回り、居合わせた所に発生した問題を解決していく予定なシナリオ群第一弾です。
一本目はベーシックに魔獣の襲撃を受けた村人の防衛です。人々のささやかな幸福の一日を守りましょう。
ご興味惹かれましたらご発注いただけましたら幸いです。