フェニキシア総督メティス「我々総督府はフェニキシアの民達の生活状況の実際を良く把握していなければなりません」
イル・クアンの草原の戦いで女王ベルエーシュ軍を破った皇帝軍、そしてベールハッダァードに寄せたボスキ公軍の前にフェニキシアの三州は降伏し、ヴェルギナ・ノヴァ帝国は王国全土を平定した。
捕縛された女王ベルエーシュは軟禁された。
降伏直後はそのまま処刑される事も辞さない強硬的な態度であったが、皇帝自身が粘り強く説得を続けるとやがて態度を軟化させたらしい。
そうして最終的には、フェニキシア王家はイル・アシル州の州都にして王都であるアーシェラルド一都のみに所領を大幅削減されたが存続を許され、ベルエーシュは皇都ルアノール・ノヴァにて皇帝アテーナニカの相談役として仕える事となったらしい。
そして、王都アーシェラルドを実際に直接治めるのは代官総督として現地に派遣された賢者メティスだった。
メティスは皇帝及びフェニキシア王家の名代としてイル・アシル州とフェニキシア地方全体を統括すると共に王都アーシェラルドの統治にあたる事となった。
騎士アデルミラもこれに同道しアーシェラルドに赴任している。
その他イル・クアン州の州都ベールハッダァードを初めフェニキシア地方内に多くの領地を得る事になったボスキ公爵ルカからも騎士達がアーシェラルドに派遣されていた。
メティスは皇帝アテーナニカの名のもとにフェニキシア四州に共通する法を敷いた。
曰く、
「フェニキシアの民の生活環境を向上させる為には、やはり経済です。
その為にはまず何よりも各領の法と道とを整備して流通を活性化させる必要があります。各市町村に出入りする際にかかる関税に皇帝権で介入し制限を設けましょう。都市とその周辺の村々だけの小さい経済圏で完結するのではなく、フェニキシア全体を一つの巨大な市場とします。その方が栄えますから。元々基礎はありました。より巡りを潤滑にするのです。
これを成すには商路が大切です。
商品が血で道は血管のようなものです。一ヶ所が詰まると全体が壊死してしまいますから、血の巡りを滞らせない為にも暴利は固く禁じます。
また道と取引の安全が必要です。
すなわち、賊と魔獣とを抑え、悪政を行っている領主を取り締まる必要があります。特に裏で賊と手を結んでいるような領主や守備隊の動きは必ず抑えなければなりません」
との事で、経済の活性化と賊・魔・酷吏の跳梁に対抗する事が意識された内容だった。
これはフェニキシア貴族のみならず、皇帝派の力の拡大を恐れた何名かのガルシャ貴族からも反対を受けた。
しかし平定直後でフェニキシアの統治が不安定である事を名目に、ボスキ公ルカを初めフェニキシアに多くの新領地を得た諸侯達からの支援を得て押し通した。
彼等はフェニキシアが巨大な市場となり栄えた方が利益があるのでメティスに協力的だったのである。
この法に従う者も多かったが、ヴェルギナ・ノヴァに臣従したフェニキシア貴族の中には過去にフェニキシア王家の目を掻い潜って私腹を肥やしていた者達もそれなりの数が存在していて、彼等はやはりヴェルギナ・ノヴァの統治下でも同じように目を盗み私腹を肥やそうとした。
しかし騎士アデルミラ達が組織し各地に派遣された監察官達はこの脱法を見逃さず検挙、そして罪ある者達に対しメティスは普段のその柔和な物腰に反し、厳正に裁きをくだした。
メティスがフェニキシアに課した税は軽く、温情のあるものといえた。
しかしその一方で法に従わぬ者には苛烈とも言える程に容赦しなかった。
伝統ある名家の当主であろうとも一切の罪を減ずる事無く、それが処刑に値するものであれば処刑し――有力貴族に対しては法など建前である、などと言われるフェニキシアでは衝撃的な事だった――財産を草の一本まで根こそぎ没収した。
この意外な秋霜烈日さに違法行為に手を染めているフェニキシア貴族達は震え上がると共に強く反感を抱き、メティスを除かんと動き始める事となる。
暗闘が始まった。
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「我々総督府はフェニキシアの民達の生活状況の実際を良く把握していなければなりません」
書類の山を机上に築きつつメティスは貴方へと言った。
依頼があるとの事で呼ばれた貴方は、港街である王都アーシェラルドに置かれた総督府を訊ねていた。
皇帝と女王の代官総督として縦横に権勢を振るっているのだからさぞ良い暮らしをしているのかと思いきやメティスの私生活は質素であるようだった。
その影響は総督の館にも現れていて、威儀は整えられていたが、最低限の金しかかけられていなさそうなシンプルな室内だった。
幼女に見える老婆が言う。
「現在、諸侯に号令をかけ経済と治安の向上に務めています。また各地に監査官を派遣して諸侯がきちんと仕事をしているかどうか監査しています。しかし、それだけでは手の届かない場所があるかもしれませんし、また諸侯と監査官が癒着しないとも限りません」
諸侯を監査する監査官だが、その監査官に対する監視もまた必要だとメティスはいう。
「そこで――さんにはフェニキシア地方を旅して回って各地の様子を報告して貰いたいのです。――さんの目から見た現地の様子を文にまとめ私に送っていただきたいのです。勿論、フェニキシアは広いですから、一人で全部を見ろなどと無茶は言いません。他の何人かと地域を分担していただく事になります」
向かう先は定期的に指示が来るらしい。
「この依頼をお引き受けいただいている間は、――さんには『皇の目』という身分がアテーナニカ陛下から与えられます。『皇の目』は皇帝の名代として各地の領主が相手でも逗留・捜査・告発する権限を持っています。もしこの権限が必要な時が来た場合はお使いください。ただし、普段は極力その身分は伏せて内密に捜査するようにしていただきたいのです。『皇の目』が側にいると知られれば態度を繕う者も多いでしょうから」
メティスはありのままの普段の各地の様子を知りたいのだという。
そして依頼料として提示された報酬は非常に高額だった。
「この地の人々の生活に安寧と繁栄をもたらす為、この視察の仕事、どうかお引き受けいただけないでしょうか?」
総督となったメティスからの依頼を受けるべきか受けざるべきか、貴方は考えたのだった。
依頼主・無し(ヴェルギナ・ノヴァ帝国) タイプ・戦闘 難易度・普通
依頼主・フェニキシア総督メティス(ヴェルギナ・ノヴァ帝国) タイプ・戦闘 難易度・難しい