シナリオ難易度:難しい
判定難易度:普通
青く波うねる海水が春光を受け煌めいている。
洋上にて純白の帆を広げる大型帆船と、昆虫の脚の如くに無数の巨大なオールを伸ばす櫂船とが、がっぷりと組み合っていた。
櫂船側の乗組員達――海賊達が、帆船側の甲板へと雪崩れ込んで、激しい斬り合いが巻き起こっている。
斬り込み戦の真っ只中の甲板にて、顔に仮面をつけた少年が強い海風に白髪を靡かせ立っていた。
身の丈は三クビト半(約175センチ)より少し低い程度だろうか? 翠色の上着に細く鋭く締まった身を包み、その上からリベット(鋲)が打ち付けられた焦茶色の革ベストを重ね着している。
革ベストの裏側には鋲留めされた金属片が貼られ、防御力が増されていた。
ブリガンダインと呼ばれる形式の鎧である。
足には鋼のグリーブを履き、手には鋼のガントレットを嵌め、左腕にはラウンドシールドを携えている。
そして、右手には純白のオーラを発する刃渡り八パルムス(約80センチ)程のブロードソードを握っていた。
先程、仮面の少年へと飛びかかって来た海賊達に対し、螺旋を描くように鋭く翻って、次々に打ち倒した祈刃である。
銘を心剣【ブラッシュ】という。
(一対三か……中々に骨だな)
謎の仮面の少年ことハック=F・ドライメンは、己の前方に展開している三人の男女を、仮面の隙間から覗く緑瞳で睥睨しつつ胸中で呟いた。
祈士らしき三人はいずれも羽付きの黒帽子をかぶり、黒いコートに身を包んでいる。
大振りのレイピアを持ったカイゼル髭の中年男、両手持ちの曲刀を構えた巨漢の青年、銃剣付きのマスケットライフルを持った細身の若い青髪の女だ。
相手はいずれもかなりの手練れに見えた。
ハックは先程の切り結びで実力の片鱗を見られてしまっている。
そして付けなれない仮面のせいで視界までも悪い。
何より足場だ。
波によって酷く揺れている。
しかも相手がたはフェニキシア海軍出身であるなら、甲板上での活動に慣れている。意識せずとも姿勢の維持が出来るだろう、こちらだけが不利である。
不利な条件が細かく小さく積み重なっていた。
(……いやいや、泣き言を言うわけには行かないでしょ)
ハックは後ろ向きになりそうな己の心に対し喝を入れた。
体を半身に、踵に力を入れ甲板を鋼の具足で踏み締め、体幹を保ち構える。
己は傭兵なのだから、請けた依頼には責任を持たねばならない。
ドライメン傭兵団の出身にして、神将殺しを撃退した者、フェニキシア女王が振るった神滅剣を破った者として界隈に知られる少年はそう考える。
やるかやらないかで言えば「やる」だ。
ならば、考えるべきはどのようにしてやるかだ。
今回の依頼、敵は生け捕りにするのが望ましいと依頼主であるメティスからは言われている。
殺すよりも生かして捕らえる方が難しい。
――とりあえず、手数重視であまり重い傷を与えないようにすれば、死なない程度の調整が出来るだろうか?
思案を巡らせていると、羽付き黒帽子のカイゼル髭男が、右手に持った刺突剣の切っ先をハックの喉元へと向けながら滑るように踏み出して来た。
――速い。
揺れる甲板の上であるにも関わらず、かなりの速度だ。鋭い飛び出し。やはり船上での戦いに慣れている――そう感じさせる足運び。
相手の得物は長大なレイピア。リーチがある。
武器の間合いからするなら、通常は髭面の黒外套の中年男――ケテルの方が先手となる態勢だった。
これに対しハックは霊力を全開に解放した。己の命を燃やし、全身に力を巡らせ、一瞬でトップスピードまで猛加速する。
白髪の少年が残像を残して掻き消える。閃光の如き、瞬間移動したが如き、踏み込み。縮地だ。
その速度は完全にケテルの想定を超えていた。
仮面の少年が刺突剣の切っ先をかわし、剣身に沿うかの如く、すり抜けるように黒外套男へと肉薄する。
(とにかく、数の劣勢を何とかしなくてはならない)
ハックは突進の勢いを乗せ、左腕に構える盾に霊気を纏わせると、身ごとぶつけるように円盾でぶちかましをかけた。崩撃。
凄絶な衝撃が爆裂し、中年男の長身が弾かれたように吹き飛ぶ。
宙で黒外套の身が高速回転した。
ケテルは空中にて即座に素早く身を捌き立て直すと足から甲板に着地する。
だが、
<<まぁ一応言っておくよ。僕は殺しが好きではないから、なるべく死なないようにしてくれ……勢い余って殺してしまうかもしれないからね>>
念話が響くと共に、その時には既に、白髪の仮面の少年は髭男の眼前へと再び詰めていた。
雪の如き白いオーラの残光が宙に曳かれている。右手に握るブロードソードが振り上げられている。
少年の翠色の瞳と、中年男の黒い瞳が交錯した。
ハックから霊気が膨れ上がる。
猛撃だ。
ケテルは咄嗟にレイピアを拳上がりに傾斜させながら振り上げる。盾撃により態勢を崩しつつも上段からの斬撃を受け止めんとした。ハックはほぼ同時、身を独楽の如く回転させていた。回転しながら、低く沈み込む。後ろ回し蹴りを放つ要領で、ブロードソードの軌道を振り下ろしから薙ぎへと変化させ、足を払うよう、風巻く唸りをあげながら低く繰り出す。
白い光の螺旋が鋭い弧を描き、ケテルのレイピアの防御をかいくぐって、中年男の革長靴とその奥の肉とを斬り裂いた。
「ぬぐっ?!」
ケテルの眼からはハックの姿が突如眼前から掻き消えたように見えていた。
動揺と脚に走った激痛から呻き声をあげる。
直後、下から突き上げるような衝撃が昇って来る。
間髪入れずに飛燕の如く翻った白光纏うブロードソードに、ケテルはしたたかに胴を突き上げられた。
衝撃。
視界が揺れる。
激痛。
それでも歯を喰いしばり、必死に目を凝らす。揺れる視界の中、剣を振り上げた態勢で仮面の少年が再び飛び込んで来る。
光の嵐が荒れ狂った。
ブラッシュで斬り上げながら再び上体を起していたハックは、剣を持つ手首を返し、連続して怒涛に瞬く稲妻の如く、高速で連撃攻撃を繰り出してゆく。
ケテルの喉から気合の声とも、驚愕の叫びとも、断末魔の悲鳴ともとれる、野太い雄叫びじみた悲鳴が洩れてゆく。
四連の白い稲妻に、ケテルは身体を斬り刻まれ、血飛沫を噴出しながら吹き飛んでゆく。
瞬間、ハックの側面より光球が飛来した。咄嗟に振り向きざまに盾を翳す。光は円盾の表面に激突すると破裂し、辺りを真っ白に染め上げる程の壮絶な光量を荒れ狂わせた。閃光弾。
少年は反射的に意識を極限まで集中せ瞳を閉ざす。これを直視する訳にはいかない。
目蓋を閉じてなお視界を白く染め上げる光が荒れ狂う中、銀髪の少年は僅かに空気が流れる音を耳に拾った。
振り向く。
瞳を開ける。
はちきれんばかりの筋骨隆々の身を黒外套に包んでいる青年が、両手持ちの長大な曲刀を振り上げ踏み込んで来ていた。
一閃。
咄嗟にかわさんと身を捌く。
足に見えざる何かが絡みついているのを感じる。地霊縛だ。
羽付きの黒帽子を被った女が手にしたマスケットライフルからさらに光が連射されていた。唸りをあげて二連の光弾が飛来しハックの脇腹に突き刺さり、重い衝撃力を炸裂させ、ブリガンダインの革を穿ち、その裏に打ち付けられている金属片を貫いて、少年の皮膚と肉にまで貫通する。
天雷の如く曲刀が走る。態勢を崩しつつもハックは咄嗟に首を横に振る。頭部を掠め、首元に激突する。
凶悪な切れ味を誇る刀刃が、ハックの緑色の上衣を斬り裂き、鎖骨部分の骨肉を裂き、ブリガンダインの表皮を斬り裂きながら抜けてゆく。
衝撃が荒れ狂い、赤色が宙に舞った。
壮絶な一撃。
並の祈士ならば既に倒れている。
だが、少年はまだ立っていた。
次の瞬間、その姿がブレるように掻き消え、離れた位置で銃剣を構えていた青髪の女ビナーの眼前に出現する。
地霊は既に吹き散らされていた。
「ひっ――」
半身を赤く染め上げながらも白光纏う片手剣を振り上げている仮面の少年を前にして、女が短く悲鳴をあげる。
血濡れた仮面少年が右手に握るブラッシュを嵐の如く閃かせる。
稲妻の嵐がビナーの黒外套を次々に斬り裂き血飛沫を噴出させる。
女はぐらりと身を大きくよろめかせ――だがしかし倒れなかった。ブラッシュの重い連撃に対し、咄嗟に機敏に身を捌いてかなりのダメージを抑えていたのだ。よろめきながらも後退して間合いを離してゆく。
同時、マスケットライフルの銃口がハックへと向けられていた。見えざる地霊の腕達がハックへと絡みつき、さらに間髪入れず二連の光弾が飛ぶ。
ハックは身を捻り傾斜させながら盾を翳す。霊気の腕のうち二本を吹き散らし、一本に絡まれ、二連の弾光が翳した円盾をかわして腰の付け根と左の膝頭に炸裂、肉を穿ち血飛沫が舞う。
「――ッ!!」
身に走る激痛を堪えつつ歯を喰いしばり、振り向きざま冷たい殺気に対し盾を翳す。
巨漢が身を沈ませ下段から逆袈裟に曲刀を振り抜いた。
閃光の如く光が突き抜け、盾をかわしハックの胴を掻っ捌きながら抜けてゆく。ブリガンダインの革が裂け、縫い付けられた金属片が飛び散り、ドス黒い鮮血が腹から噴出する。
傷口が、熱した火串を無数に突き込まれているかの如くに熱い。
(不味い)
ともすれば意識が遠退きそうになる。
この一撃をもう一度受けたら耐えきれない。その確かな予感がする。
死神の冷たい鎌が迫り来ている。
意識を振り絞りつつハックは霊力を活性化させ見えざる腕を吹き散らす。
――生き抜け。
団長の今際の言葉が脳裏に蘇る。
少年の姿が再び掻き消えた。
瞬間移動したが如き速度でビナーへと踏み込んだ血塗れの少年は、橙色のオーラで宙に螺旋の鮮やかな残光を描きながら猛烈な速度で振り抜いた。
落雷の嵐の如き多段攻撃を受けて、黒帽子の女の細身から真っ赤な血飛沫が吹きあがり、崩れ落ちる。
「オオオオッ!!」
巨漢が甲板を破裂させる勢いで轟音と共に踏み込み曲刀を振り下ろす。
仮面の奥から緑色の瞳が輝いた。
赤に染まったハックが振り向きざまに円型盾を翳す。唸りをあげて走った刀と激突する。轟音が巻き起こり火花が盛大に散る。
ハックはまだ立っていた。一撃は、先の二撃と比べて大幅に衰えていた。相手は精神力が尽きたのだろう。
鉄火場のように空気が煮えている。
だがハックの心は高揚を孕みつつも芯は冷静だった。
盾を押し上げる。刃を跳ね上げる。空いた胴へと向けブラッシュを落ち着いて、しかし狙いを澄まし鋭く横薙ぎ一閃。
橙色の閃光が突き抜けて、巨漢の黒外套と肉を深々と斬り裂く。コクナーの身がくの字に折れる。一歩後方へとよろめいた。ハックが踏み込む。右下段から左上段へとブラッシュで斬り上げる。頭上で輝くブロードソードを旋回させ、袈裟に落雷の如く振り下ろす。
X字を描くように走った二連の斬撃を受け、コクナーは耐えきれずに吹き飛んだ。血飛沫を噴出しながら、黒外套の巨漢は甲板上へと転がっていった。
かくて、ハックは三人の祈士を打ち倒した後、痛みを堪えて味方に加勢した。
すると戦況は瞬く間に商船側へと傾いた。海賊達は総崩れとなり、櫂船へと撤退する。
彼等は捨て台詞を残し、ガレーは海の彼方へと逃げ去っていったのだった。
●
戦後、ハックはコクナーを縄で縛り上げ、応急手当をした。
「水葬が良いのだろうか?」
フェニキシア海軍出身との疑いがある相手だったので、海軍式だとそれが良いのだろうかと思い、少年が埋葬方法を船長へと尋ねると、商人はにこやかに微笑んで、
「――海賊は魚の餌です」
船員達は次々に海へと海賊の骸を無造作に放り投げていった。
船長は「ただ、この二名の首を取っておきましょう」と言って、ケテルとビナーは首を切断して確保してから、残った胴を海へと放り込んでいた。
商人達の海賊に対するそれは「海賊は決して許さない」という見せしめの意味もあるのだろうが、なかなか憎悪の籠った処置であった。
(……一応メティス殿も警戒していたし、間者に捕虜を“口封じ”されないかは気を払っておこう)
下手をすると関係が無いただの船員達が手を出してこないとも限らない、とも思いつつハックは捕虜にしたコクナーのそばについて総督府に帰還するまで警戒にあたった。
その甲斐あってか、コクナーを無事に生きたまま総督府へと引き渡す事に成功、ハックはメティスから大いに感謝されたのだった。
後日、ハックはメティスから結果を知らされた。
「コクナーさんを説得して幾つかお聞きした所、彼等のバックに居るのはやはり旧フェニキシア海軍の残党だそうです」
ただ……とメティスは声を落とし。
「旧フェニキシア海軍の残党に、三人がかりとはいえハックさんをここまで追い詰める出力を持った祈刃を運用できるだけの力が残っているとは考えづらいのですよね。もう一枚、二枚、何かが背後にいると思うのですが……」
話を聞いた具合、コクナーはとぼけている風でもなく、彼自身そういうものの存在は知らされていない様子だとの事。
コクナーはその関係を知れる程に高位の人物ではなかったようだった。
「ともあれ、コクナーさんからは海賊達のおよその総数や拠点位置など多くの事を知れました。得られた情報は大きいです。今回も良い働きでしたよハックさん。感謝いたします」
幼い外見の不老の賢者はそう笑顔で言って、ハックの労をねぎらったのだった。
成功度:成功
獲得称号(仮面の少年として)1:仮面の少年
獲得称号(仮面の少年として)2:アヴリオンの海賊殺し
獲得実績1:アヴリオンの海賊を撃退し商船を守った
獲得実績2:コクナーを捕らえ生きたまま総督府へと引き渡した