聖堂騎士レシア「貴方はヴェルギナ・ノヴァ帝国の騎士ですか? それとも、皇帝アテーナニカ陛下の騎士ですか?」
依頼主・無し
概要・聖堂騎士レシアとの対話
シナリオタイプ・特殊
シナリオ難易度・無し
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・PCが「ハック=F・ドライメン」である事
光陽歴1207年夏――
北の戦線は小康状態を保っていたが、雷神ジシュカの死の報を掴んだユグドヴァリア大公国が再び動き出した。
今やフェニキシア統治を成功させ、その力を急速に増しつつあるヴェルギナ・ノヴァ帝国に対し、同盟国のフェニキシアを失ったユグドヴァリア大公ソールヴォルフは、巻き返しを図るならば、老名将ジシュカの死によって防衛戦力に空白が生じた今しかないと、大軍を動員してプレイアーヒルの前衛砦群へと猛攻を開始していた。
北から押し寄せて来る大公国の大軍を前にプレイアーヒルを守るガルシャ聖堂騎士団の新総長は一旦後退を決断、無理の少ない範囲で遅滞戦術につとめつつ、プレイアーヒル前衛砦群を放棄する。
そして騎士団は砦群の南西にある城塞都市プレイアーヒルまで退却をはたすと、帝国内の各地から集結してきた増援部隊と合流する。
この時、先日皇帝より騎士伯に叙任された、神滅剣破りとして武名名高いアロウサ騎士伯ハック=F・ドライメン卿もまた、帝国皇都があるノヴァ州からの増援の一員として、雷神ジシュカが死亡した事により空いた戦力的空白を埋めるべき存在として、皇帝アテーナニカからの要請によりプレイアーヒルへと駆けつけていたのである――
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「ガルシャ王国の人々の生活は、非常に豊かになりつつあります」
ハックがプレイアーヒルにて久しぶりにガルシャ聖堂騎士団の聖堂騎士レシアと再会すると、幾つか言葉をかわした後に彼女はきりりと引き締まった表情でそう言った。
「それは多くの人々の尽力によるものですが、きっとハックさん、貴方の力が大きいのでしょうね。もしも貴方がいなかったら帝国の今の繁栄はなかった。その多大な功績が評価されたゆえに先日、アテーナニカ陛下から騎士伯の号を授与されるに至ったと」
白髪灰瞳の少女はこれまでにハックが成してきた事について述べると、
「――今まで有難うございました。帝国に生きる一人の人間として私からも御礼を申し上げさせてください。そして騎士伯の叙任おめでとうございます、サー・ハック=F・ドライメン、これからは同じ帝国騎士として、これからもよろしくお願いいたします」
レシアはハックへと礼と祝いの言葉、これからを見据えた挨拶を述べてきた。
そんな聖堂騎士少女と幾つか言葉をかわして後、ハックは問いかけた。
――レシアが以前に抱えていた迷いはすっかり晴れたように見受けられるが『見極め』は果たされたのだろうか? と。
以前、最初にハックがレシアと出会った頃、彼女は自分達聖堂騎士が何の為に戦い何の為に死んでゆくのか――それは皇帝アテーナニカが掲げる正義の為とされていたが、その正義には本当に戦争を起こしてまで、多くの人々の命が費やされてまで、実現されようとする価値がある事なのか、と悩んでいた。
ハックとの出会いによりレシアは「皇帝が掲げる正義を見極める」事を彼女なりの目標として生きるようになった。
そして今のレシアの表情は以前よりも明るく、瞳に宿る意志は明らかに強いものになっていた為、ハックはレシアは彼女なりに皇帝の正義について見極めて、そしてそれに納得できたのではないかと感じたのである。
ハックからの問いかけに対してレシアは頷くと、
「私はもっと自分達の総長を、そしてそのジシュカ総長が生涯の忠誠を捧げていたイスクラ王を、他ならぬ私達の王を、信頼すべきでした」
と神妙な表情で述べた。
「アテーナニカ皇帝陛下の正義――この戦争で公然と掲げられた耳障りの良い大義名分に惑わされるべきではありませんでした、私は聖堂騎士であったのですから、表面上の事ではなく、それによって行われる事の本質を見るべきでした」
レシアは言う。
「ジシュカ総長とイスクラ王が、ガルシャの為にならない事に、命を賭ける筈がなかったし、私達の命もまた賭けさせる訳がなかったのです。この戦争には、私達ガルシャ王国の聖堂騎士が、命を賭して戦う価値と義務があります」
少女の灰色の瞳にかかっていた、ぼんやりとした迷いの霧のようなものはすっかり消え失せて、騎士として祖国への信頼を取り戻しているようだった。
――どうしてそう思い至ったのか?
と聞けば、
「一つ目は、ガルシャ王国の人々の生活が戦争が始まる前よりもとても豊かになっているからです」
この好景気が続けば、王国の未来は明るい、とレシアは言う。
この戦争は確かにガルシャの人々の利益となっていると。
そして、
「これはまだ騎士団内の耳の早い者達の間でのみ囁かれている噂に過ぎませんが……今、東のトラシア大陸ではルビトメゴルという名の国が群雄割拠の戦乱を勝ち抜いて、覇権を打ち立て超大国となりつつあるそうです、かつての世界帝国ヴェルギナのように、世界のほとんどを征服しつつあると。そして彼等は世界制覇を完全なものとする為に、このゼフリール島にもやがて征服しにやって来る可能性が非常に高いと」
一部の聖騎士達の予想によれば、ルビトメゴルなる超大国はトラシア大陸の征服を終えても、それだけで満足する事はなく、その次にはこのゼフリール島をも征服すべく、大挙して押し寄せて来る可能性が非常に高い、との事だった。
作物を喰い荒らす蝗の群れのように。
「ルビトメゴルは文化的にはかつてのヴェルギナ帝国にとても及びませんが、軍事的にはそれと同じ、あるいはそれ以上の強大さになると予測されています。そしてヴェルギナ帝国との最大の違いは、ルビトメゴルの統治は決してヴェルギナのように寛容ではないという事です」
ルビトメゴルは騎馬民族が中心となっている国であり、狩猟者的な性格がとても強いらしい。
すなわち略奪と破壊である。
ルビトメゴル人の戦士曰く、物とは基本的に他の存在から奪うべき物であり、自分達で生み出す物ではないと。略奪と破壊こそが誇りであり、生きる喜びであるという。
一応、ルビトメゴル人には物流を東西へと担う交易者の顔もあり、牧畜家としての顔や奴隷を使用した農地経営者の顔もまた併せ持つらしいが、最も基本的で最も強いルビトメゴル人の性格は、そんな天性の狩猟者的なものであるらしい。
「大陸から伝わって来る風聞が真実であるのなら、彼等の侵略を防げなければ、ゼフリール島は、ガルシャ王国も含めて、狩られるでしょう。いくつもの村々や街が奪い尽くされ、破壊し尽くされ、焼き払われて、多くの男女が奴隷とされます。平穏も自由も富も人としての最低限の尊厳すらも奪われて、家畜にされます」
ルビトメゴル人は征服した他民族に対し首や足に枷を嵌め、強制労働させているらしい。異貌の神々が人間に対してする所業と比較してさえ劣らぬ過酷さだという。
そうして彼等が伝統的に不得意としている農業や手工業の部分を補っていると。
「ゼフリール島がトラシア大陸の覇権国家からの侵略を防ぐには、最低限、島が統一されている必要があります」
大海を挟んだ遥か彼方から来るとはいえ、大陸を制覇したような超大国に対しては、ゼフリール島一島ではせめてそのすべての力を結集しなければ、とても対抗はできないだろうという。
「ヴェルギナ帝国が崩壊してよりこのゼフリール島内の諸国のまとまりは失われました。特にユグドヴァリア大公国とトラペゾイド連合王国の関係は険悪であり、いつ戦争になってもおかしくない状態した。ガルシャ王国とフェニキシア王国の関係も良くはありませんでした」
そのような状態ではとても一致団結して大陸の覇権国家に対抗するなど無理だったろう、とレシアは言う。
まずトラペゾイド連合王国は対抗するよりも勝ち目無しと判断して、過去にヴェルギナ帝国にしていたようにさっさと従属してその手先となるだろうし、ユグドヴァリアが絶対にそれには従わないからフェニキシアと共同してトラペゾイドに反抗するだろうと。
そしてその場合、ルビトメゴルがトラペゾイドを橋頭保とし、次元回廊を使えるので海を渡る消耗も極めて少なく、例えガルシャ王国がユグドヴァリア側についてもゼフリール島は瞬く間に征服されていただろうと。
「島内に大陸側につく国があってはとても勝ち目がない。次元回廊の連結を断って、大海を障壁化する事は島を防衛する為の絶対条件なのです。だからルビトメゴルが来る前にゼフリール島内を統一しておく必要があります……その為に、戦を起こす必要があった」
外交だけで、言葉だけで一つにまとまる事は、ゼフリール島の諸民族にはとても無理だろうから、とレシアは言う。
「ですから、大陸からの侵略を防ぐ為に、島を統一する為に、ガルシャの人々を守る為に、私達ガルシャの聖堂騎士は戦わねばなりません。つまり、国防の為です。『天下万民の為』というフワフワとしたあやふやな正義の為ではありません。生存の為の戦いです」
つまり、と少女は言う。
「アテーナニカ皇帝陛下が唱える正義『天下万民の為』というのは、戦争を起こす為の方便、口実に過ぎないのでしょう。あるいは皇帝陛下ご自身は本気でそれを信じておられるのかもしれません……――いえ、ハッキリ言いましょう、皇帝陛下ご自身だけはご自身が唱える正義を建前ではなく本気で実現させようとしている、少なくとも私にはそう見えます。ですが、イスクラ王もガルシャ諸侯も聖堂騎士団も、誰も皇帝陛下の唱える正義を実現させる為に戦っているのではない。経済的な豊かさと国防の為に戦っている」
レシアは断言した。
「要するにこの戦争は他の誰の為でもない、ガルシャ王国の為の戦争です。だからこそ、それはガルシャの聖堂騎士である私にとって正義です。ガルシャの為であればこそ、戦死しても悔いは無い。マルケータの死も、決して無駄ではなかったと私には思えた、故郷の為ならば、友が、家族が、奴隷にならずに豊かに生存する為なればこそ――この命を捨てる値打ちがある。この身魂を燃やす価値がある。その為なら、この戦争で私自身や友たちが死ぬ事に、死んでゆく事に、納得ができます」
彼女はこの戦争の意味を、そのように見極め、そして納得したらしかった。
「イスクラ王は昼行燈の老いた王ではなく、やはり一部で噂されていたように賢王であらせられた。亡命してきたヴェルギナの皇女の血筋と主張、その正義とガルシャが負う主家再興の義務を巧みに利用してガルシャ内をまとめ、この戦争を実現させた。今は亡きジシュカ総長が生涯の忠誠を捧げられた御方なだけはあります」
レシアはガルシャ王が行った事に対してそのように評価した。
ガルシャ王イスクラは大陸を追われて亡命してきた主家筋のヴェルギナ帝国皇女アテーナニカへと国を譲って主君に推戴し、その正義に賛同・協力している忠臣、という事になっているが、その実はガルシャ王国の為に主家筋の娘を利用しているのに過ぎないのだと。
「ですから、一つだけお尋ねしておきたいのです」
ガルシャの聖堂騎士レシア・ケルテスは真っ直ぐにハックを見つめた。
「私はガルシャ聖堂騎士団の騎士です。ずっと私はそのように生きてきて、私自身もそれに納得し誇りを持っていますから、私がガルシャの聖堂騎士である事は、これからも死ぬまでずっと変わりません。
そして、ガルシャ聖堂騎士団はガルシャ王国の騎士団です。
ヴェルギナ・ノヴァ帝国の騎士団でもありますが、第一はガルシャ王国です。
ガルシャ王イスクラ陛下がヴェルギナ・ノヴァ皇帝アテーナニカ陛下に忠誠を誓っているから、私達も皇帝陛下に従っているに過ぎません。
”私達”はあくまでイスクラ王の騎士であって、アテーナニカ皇帝陛下の騎士ではありません」
少女騎士は断言した。
「アテーナニカ陛下の理想が無価値だとは思いません。ガルシャだけではなく、天下万民が豊かになる、それが実現できれば素晴らしい事だと思います。ですからガルシャに国益がある範囲でなら私も協力しますし、現在までは概ね同じ方向を向けていると思います」
ただ、とレシアは言う。
「私達にできる範囲で可能な範囲であるならそれができたら良いな、くらいです。その為に死ぬような犠牲を支払う事は私にはやはりできない。ですから、皇帝陛下の正義が、ガルシャにとって利益ではなく、大きな損失をもたらすようになった時、”私達”ガルシャの聖堂騎士達は、おそらく皇帝陛下とは対立するようになると思います。私達のイスクラ王はガルシャの王ですから」
騎士少女の灰色の瞳がハックを真っ直ぐに見つめている。
「ですから、一つだけお尋ねしたい、『アロウサ騎士伯ハック=F・ドライメン卿(サー・ハック=F・ドライメン・オブ・アロウサ)』、身分上の事ではなく魂の意識として、貴方はヴェルギナ・ノヴァ帝国の騎士ですか? それとも、皇帝アテーナニカ陛下の騎士ですか?」
それは似てはいるが意味が異なる存在であり、そして貴方はどちらなのですか、とレシアは問いかけてきた。
帝国の騎士は帝国を構成するガルシャやフェニキシアなど諸国の為に在るが、皇帝の騎士は皇帝個人の為に在るのだと――
聖堂騎士レシアからの問いかけに対してアクションするシナリオとなります。
ハックさんの自らのスタンス、帝国内派閥での立ち位置、旗色を宣言する系のシナリオですね。
17歳となり騎士伯にもなった元は傭兵だったハックという名の青年は何を思い、何を重んじて、だから何を望んでどうするのか。
ただし今回レシアにそれを正直に話す必要は必ずしもありません。
胸中で思うだけのロールプレイでも問題ありません(その場合、地の文で内心を書いて読者には示す形となります)。
ゼフリール島の統一戦争も最終フェイズに入ってゆきますが、それを前にして心情系シナリオへようこそ、望月誠司です。
大陸から亡命してきてガルシャ王から国を譲り受けて皇帝になったアテーナニカと、彼女の師であるメティス、そしてアテーナニカ個人に忠誠を誓っている少数の人達に対し、
ガルシャ王イスクラやボスキ公ルカ、ガルシャ聖堂騎士団のレシアなど地元のガルシャに根付いているガルシャ王国の人々とでは、
目指すところや立場が微妙に異なっています。
当然フェニキシア女王ベルエーシュや降伏したハンノ等の旧フェニキシア勢力派閥ではもっと違います。
名実共に多民族国家になりつつあり、これからもさらに大きくなるにつれて複雑化してゆくであろうヴェルギナ・ノヴァ帝国において、ハックさんの立場はどの位置にあるのですか? とレシアは直球で問いかけてきている訳ですね。
今回はこの問いに対してアクションする心情系のシナリオとなります。
ご興味惹かれましたらご発注いただけましたら幸いです。