皇帝アテーナニカ「助けを求めるトラシアの民を私は助けにいかねばならない」
依頼主・皇帝アテーナニカ(ヴェルギナ・ノヴァ帝国)
概要・エンディング前の最終選択
シナリオタイプ・特殊
シナリオ難易度・無し
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・PCが「ハック=F・ドライメン」である事
シナリオ中の確定世界線・以下の実績を獲得している。
ガルドゥルヴォルグ副伯
皇帝アテーナニカはユグドヴァリア大公国から切り取ったグルヴェイグヴィズリル州を戦功のあった諸侯に与えると共に彼等の力を以って北の守りを固めさせた。
その第一は州都ヴァルハベルグを与えられたプレア侯爵にしてガルシャ聖堂騎士団総長であるシロッツィである。
そして第二に皇帝派最強の騎士であるアロウサ騎士伯にしてこの度ガルドゥルヴォルグ副伯となったハック=F・ドライメンである。彼に州都に隣接する都市である要衝ガルドゥルヴォルグを与えた。
ガルドゥルヴォルグは州都に変事があった場合、すぐに駆けつけられる位置にある。
故にそれはシロッツィへの支援であり、そして同時に牽制でもあった。ヴェルハベルグが妙な真似をしたら即座にガルドゥルヴォルグが突ける位置である。
この論功行賞が行われて以降も、ハックは領地の統治は代官に任せ、シロッツィと共にグルヴェイグヴィズリル州の前線に駐屯してユグドヴァリア大公国からの反攻に備える日々を送った。
その中ではシロッツィは特に不穏な様子を見せる事はなかった。もっとも、彼は表向きはそうであっても、腹の底で何か良からぬ事を企んでいる可能性は十分にあったが――
ともあれ、皇帝アテーナニカは北方をシロッツィら北部ガルシャ諸侯で固めつつその支援及び監視としてハックを置いて統制した。
一方でベルゲンダール(ガルドゥルヴォルグの隣にある街)子爵となったアデルミラやボスキ公ルカ、かつてフェニキシア王国でイル・バノン侯であったバント伯爵ハンノ、カルケミシュ伯爵ハニガルバトらを主だった将とする軍団を、トラペゾイド連合王国へと送った。
連合王国はエスペランザ島の異界勢力に対して苦戦を続けていた為、アテーナニカは大公国方面の戦線が小康状態となっている冬の間に上王ピュロスと会談を行い、その支援を行う事を決定したのである。
その為、帝国南方軍を中心とした戦力が対異界戦線へと投じられたのだった。
「大将、動くなら今をおいて他にねぇんじゃないですかい?」
ユグドヴァリアの銀狼谷にて傷を癒した大公ソールヴォルフへと側近が問いかけた。
――ヴェルギナ・ノヴァ帝国は南方の戦力を東へと向けた。
それは南からの援軍が北へと来ないという事を意味する。
例え来るとしても以前よりも時間がかかるか、少数になる筈である。
帝国はユグドヴァリアに対する戦力を減らした。
つまり隙を見せたと言えた。
しかし、
「…………駄目だな」
ハックに斬り落とされた左手に鋼の義手を嵌めた大公ソールヴォルフは苦々しげに首を横に振った。
「今は冬だ。いくら俺達でも冬の間の城攻めはキツイ。ヴィズリルに残されてるのが北部軍だけでも勝ち目がねぇ。ハック=F・ドライメンと聖堂騎士団は手強い」
「……勝てませんか」
「勝てねぇな」
ソールヴォルフは力なく嘆息した。
「せめて王国派が皇帝派と激しくやりあってくれる意志があるなら、ワンチャンあったかもしれねぇが……」
「シロッツィの野郎、ヴァルハベルグを与えられて気を良くしたのか、すっかり大人しくなってやがりますね」
「ああ、牙を抜かれたか腑抜け野郎が」
腑抜けと大公達は罵ったが、シロッツィからすれば彼が皇帝派と争う姿勢を見せていたのは、聖堂騎士団のそれまでの扱いが労苦に対してあまりにも報われていないと考えていた為である。
しかし現在では先の論功行賞において巨万の富を生み出す金山を抱える豊領ヴァルハベルグを与えられている。
アテーナニカからの恩賞配分は彼をしても納得がゆくものであり、おまけにすぐ傍らでは彼が恐れるハック=F・ドライメンが目を光らせている。
十分な恩賞が与えられて満足しており、かつ反抗するとなると危険を伴う。
シロッツィに言わせれば、わざわざ己や部下を死地へと送り込む危険を犯してまで逆らう意味がなかった。
今の所は、ではあったが。
「アテーナニカもよくヴァルハベルグを王国派に与えましたね。一時期は良いとしても後々必ず力をつけて逆らって来るでしょうに」
側近が呻くように言った。
「ヴェルギナの後継者を自称するアテーナニカは世界帝国を継ぐ為にトラシア大陸まで攻め込むつもりなんでしょう? シロッツィら王国派の連中がそんな無謀な出兵に納得しますかねぇ?」
シロッツィに力を与えた事は、後々必ず巨大な禍根となる筈、なんであの小娘は渡したんですかねぇ、と側近。
「先が見えてねぇのか、仲良しこよしでやれると思ってるのか、それとももっと別の何かを見ているのか……」
ソールヴォルフは思案しつつ、
「だがいずれにせよ、その選択で俺達が帝国の内部対立につけ込む隙は消え失せた」
ユグドヴァリアにとっては最悪の選択肢だった。
「……こうなっちまったら、何か状況に変化が起こるまで動けねぇ。今無理に攻めても死体の山を築くだけだ」
「…………今は我慢、ですか」
「ああ、何か光明が差すまでは……何か状況に変化が起こるまでは、兵を鍛えながら守りを固めるしかねぇ……」
かくて状況の好転を期待するソールヴォルフ達だったが、事態は彼等の期待には応えなかった。
どころかさらに悪くなった。
ヴェルギナ・ノヴァ帝国からの援軍を受けて異界勢力を退けたトラペゾイド連合王国は、ヴェルギナ・ノヴァ帝国をかつての世界帝国ヴェルギナの後継国として認め、臣従を誓ったのである。
既に世界帝国は崩壊して久しいとはいえ、その権威はいまだ一部には生きており、今は亡き英雄皇帝カラノスからゼフリール島の王達のまとめ役として”覇王”の称号を与えられていたピュロスがアテーナニカを正式後継者として認めた事は大きかった。
なおそれまで連合王国との戦いで優勢を保っていた異界勢力だったが、異神将アルバディオやその配下の主だった神々はほとんどが健在のまま異界へと退いている。
彼等は戦わなかった。
トラペゾイドが帝国南方軍の援軍を得て兵力を増大させると、異界勢力側は速やかに総撤退に移っていた。
結果、トラペゾイドとヴェルギナ・ノヴァの連合軍は合流してより異界勢力と一度もまともな会戦を行う事なくエスペランザ島の奪還を果たし、異界へと続く門を閉ざす事に成功していた。
「恐らく、異神将アルバディオの狙いは奴等だけでテルス・マーテル(人間世界)を征服する事にはなかったのだ」
ピュロス曰く『今の人類は弱い、勝てる』という事を他の異神達に知らしめて、他の異界勢力を人類世界への侵攻に再び誘い込む事だったのだろう、との事。
「人類と同様に異界の神々も一枚岩ではないのだ」
トラペゾイド一国相手には有利に戦いを繰り広げていた異神将アルバディオらであったが、ヴェルギナ・ノヴァ帝国からの援軍の到着――すなわちゼフリール島が統一されつつある事を示す――を受けて、戦力比的に勝てないだけでなく、人類の抵抗が頑強な事から他の異神達を呼び込めないと判断して、損切りを行ったのだろう、との事だった。
「しかし我々が敗北し、多くの異神達が『今ならば人類に勝てる』と判断していたら、また再び異神達が異界より大挙して雪崩れ込んで来るところだっただろう」
そうなっていたら人類世界は滅んでいた、と重々しい口調でゼフリールの覇王は述べた。
「ヴェルギナ・ノヴァからの援軍は、人類世界を救った、と言っても良いのかもしれぬ」
そして彼は、かつて主君と仰いだヴェルギナ帝国の英雄皇帝カラノスにかわって、その娘であるヴェルギナ・ノヴァ帝国の皇帝アテーナニカを新たな主君とする事を認めたのである。
皇帝アテーナニカは父に引き続きピュロスをゼフリール島の覇王に任じたが、ピュロスは途中参加のトラペゾイドはヴェルギナ・ノヴァの統治体制下においてゼフリールの諸王の王とするには相応しくないとしてそれを辞し、皇帝へとゼフリール島の覇王の称号を返上した。
そしてトラペゾイド連合王国はそれまで異界勢力と激闘を繰り広げていたゼフリール島最強と謳われる精鋭軍団を、ユグドヴァリア大公国との国境に向けて並べ、大公国へと宣戦を布告したのである。
同じくエスペランザ島から帰還した帝国南方軍もグルヴェイグヴィズリル州へと移動し、ハックやシロッツィらの北部軍と並んで祈刃の切っ先をユグドヴァリア大公国へと向けた。
「……もしも動くなら、あの時をおいて他になかった。お前が正しかった」
最早島の誰の目から見ても追い詰められているのが明らかになっているユグドヴァリアの大公ソールヴォルフがぼやいた。
「でも仮に動いてたらやっぱり負けてたんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、もうあの時点では詰んでたって事だ……俺達ゃ一体どこで敗戦したんです?」
「アテーナニカがヴァルハベルグをシロッツィへと与えた時……いや、やはり決定的だったのは、ジシュカが死んだ後のプレイアーヒル攻めで負けた時だな。あの戦いが、事実上の決戦だった」
「論功でヴァルハベルグをシロッツィにやれって言ったのはハックだそうです。プレイアーヒルで予想外の動きを見せて大将の策を破ったのもハック」
「いずれも帝国最強ハック=F・ドライメンの働きによるものか」
「俺達はハック=F・ドライメンに負かされた。あの男さえいなければ……結果は違っていた筈です」
「あの元傭兵の副伯が、ヴェルギナ・ノヴァに肩入れすると決めた時に、俺達は負けたのかもしれんな」
嘘か真かは定かではなかったが、後の世で描かれた演劇によれば、ユグドヴァリアの主従二人は、この時そのように語って自分達の運命を嘆いたのだという。
ユグドヴァリアを除いた全ゼフリールから包囲され祈刃の切っ先を向けられ完全に勝ち目がなくなったソールヴォルフは、その後、降伏勧告へとやってきたアテーナニカが提示した条件が大公国にとって寛容で温情のあるものであった事もあり、これを断る事ができなかった。
かくて、幾ばくかの領土の割譲を条件に自治を認められたユグドヴァリア大公国はヴェルギナ・ノヴァ帝国へと降伏した。
その後は帝国を構成する国々の一つとして自治が行われてゆく事となる。
こうしてゼフリール島はヴェルギナ・ノヴァ帝国のもとに統一されたのだった。
●
光陽歴1208年ルアシス・ヤナリィ(1月)、初めの日、新しい年の幕開け、その日は前日より引き続いて夜通しの宴が皇都では行われていた。
ゼフリール島の統一を祝っての宴だった。
皇帝が主催する宴であり、宮殿にはガルシャ王やフェニキシア女王、トラペゾイド上王が出席している他、各国の主だった諸侯が招かれており、ハックもまた帝国諸侯の一人として出席していた。
そんな宴でちょうど年を越し日が変わった頃、人々の間に酔いが蔓延してきた頃に、金髪の若い娘がハックの傍へと近づいてきた。
「一応、アンタにも礼を言っておくべきなのかしらねぇ」
それは物凄く複雑そうな顔をして座った目をしているフェニキシア女王ベルエーシュであった。
彼女も既に十七歳になっていた為、以前会った時も少し大人びて背も伸びていた。
新年の宴という事でだいぶ飲まされたのかそれとも自ら飲んだのかはわからないが、かなり酔いが回っているらしい。
「アンタ、あの時私を斬らなかったわよね。だから私は今、生きている。平和で豊かになったフェニキシアを見る事ができたわ。それを成し遂げたほとんど全部が、フェニキシア女王である私の手によるものでなくて、あのメティスとアテーナニカのおかげっていうのが、すっごい複雑だけど、まぁそれは良いわ。フェニキシアの善き人達が平和に豊かに暮らせるようになったのならそれで良い」
だから、と女王はハックを見ながら続けた、
「だからアンタにも一応礼は言っておくわ、有難う。この世界を築いてくれて。ここに私を連れて来てくれて。でもそれは今のところは、だわ」
ベルエーシュは言った。
「今は感謝している。でも明日にはすべてが怨みに変わっているかもしれない。アテーナニカがフェニキシアを、ゼフリール島を、ただ単に自分の父親が持っていたものを奪い返す為だけの踏み台にしか思ってなくて、トラシア大陸を奪還する為に使い潰す腹づもりなのだとしたら、だとしたら私はやっぱり許せない」
女王は瞳を鋭く細める。
「まぁでもあの女の腹の底がどうなってるのかなんてのは、この際問題ではないのよ。どうせあの皇帝は一人ではたいした力が無い。近くで見ていて良くわかった。だから問題なのは――」
深海色の瞳がハックを斜めから見上げるように睨んでいた。
「ロード・ガルドゥルヴォルグ、アンタよハック=F・ドライメン」
アンタこそが問題なのだ、とベルエーシュは言った。
「ハック=F・ドライメンこそが帝国武力の頂点、だからアンタの選択がこの国の未来を大きく左右する」
ねぇアンタ、この先の帝国について、どう考えてるの? と女王は尋ねてきた。
「断言するわ、必ずアテーナニカはアンタに帝国の方針をどうすべきか相談してくる」
そして彼女は指を三本立ててハックの眼前へと突き出してきた。
「私が思うに帝国が選べる選択肢は三つよ」
金髪少女は指を二本伏せ、人差し指一本のみを立てる形に変化させると、
「一つ目。
トラシア大陸西部を支配している僭主ニカイア公に対し
『皇位を僭称し帝国の故地を不当に占拠し続けている』
として
『私は今は亡き世界帝国ヴェルギナの皇帝カラノスの娘として、その後継者として、ニカイアの不当を見過ごす訳にはいかない。故にこれを征伐し、国を取り返し、世界帝国ヴェルギナを復興する』
とかなんとか言って大義名分を立てて武力で奪い返そうとする事よ。ゼフリール島の武力で大陸を切り取ろうとする」
続いて彼女はピースの形に指を変化させた。
「二つ目。
ニカイアに対しヴェルギナ・ノヴァ帝国を世界帝国ヴェルギナの正式後継者と認めさせるかわりにニカイアの自治を許す」
主君と認めさせる見返りに救援物資と援軍の兵を送る。
「ニカイアだって一度は自らヴェルギナの後継者として皇帝を名乗ったからには臣従なんて普通は拒絶するでしょうけど、今、彼等は超大国のルビトメゴルから猛攻を受けてるから、このうえに背中をゼフリールから突かれる訳には絶対にいかない。逆に援軍や救援物資は是非とも欲しいでしょうね。背に腹はかえられないから、交渉次第ではたぶん通る」
加えてゼフリール島と大陸西部となら交易の利益は莫大なものとなるから、ヴェルギナ・ノヴァと国交を結べば巨大な利益となる筈、リスクはあるけどメリットも大きいのよね、と海運国の女王らしい意見を述べるベルエーシュ。
彼女はさらに薬指を立てると、
「三つ目。
――大陸には直接関わらない」
僭主国のニカイアと直接の国交は結ばない。
「エスペランザ島に古い時代の王国を復活させて、その王国を中継に挟む形での大陸との交易だけを行う。他は全部打ち払う。ゼフリール島を鎖で囲むように閉じる」
そう、さしずめ『鎖島』ってとこかしら、とベルエーシュは言った。
「私が採るべきだと思う方針は三つ目のこれよ。大陸とは関わらない。この方針が正解よ。ルビトメゴルに対する防波堤がとか緩衝地帯が欲しいとか言うけども、いくらルビトメゴルが超大国だと言っても、ゼフリール島との間には天下の険キンディネロス海があるじゃない」
ゼフリール島とトラシア大陸との間によこたわっている大海原は二つある。
オーケアノス海とキンディネロス海だ。
それぞれエスペランザ島から東と西で区分されるが、そのうち特にキンディネロス海は嵐の海として有名である。
過去に難破して沈んだ船は数知れず、容易には往来できない。
だからこそゼフリール島とトラシア大陸との間で行われる交易は成功すれば莫大な利益をあげるのである。
「エスペランザ島からの次元回廊さえ封鎖すれば、大陸からゼフリール島にやってくるにはキンディネロス海を渡って来なければならない。仮にルビトメゴルがトラシア大陸の全土を征服する超超大国になったとしても、キンディネロス海を越えてゼフリール島を制圧できるだけの大船団を作りあげるなんて簡単じゃないわ」
フェニキシア女王は言った、この島が互いにバラバラの状態で相争っている状態ならともかく、ヴェルギナ・ノヴァ帝国として統一されている今なら、例えルビトメゴルが島を征服すべく大船団を送り込んできても勝てると。
「ルビトメゴルとは海戦でこそ勝負よ。船を作るべきだわ。船は普段は交易しつつ、戦になったら軍船にする」
これが一番命の犠牲も経済的負担も少ない、とベルエーシュは言う。
「ニカイア公に援軍を送るとしたら海戦ではなく陸地での戦いになるわ。噂に聞く限り超大国のルビトメゴルと陸戦するなんてそれこそ無謀だわ」
一体誰が大陸くんだりまでそんな無謀な戦いに行かされるのよ、と少女は毒づく。
「ルビトメゴルなんて化物国相手にエスペランザ島へと援軍を送り込んだ時みたいに南部軍を、フェニキシア兵を送り込むとか言ったら私は怨むわよ。絶対大半が戦死してしまうもの。一つ目の選択肢のニカイア公まで敵に回して攻め込むのなんて論外中の論外ね、これには断固反対だわ」
ぎろりと青い瞳がハックを睨んだ。
「それで、ロード・ガルドゥルヴォルグ、アンタはどうするのが良いと思ってる? アテーナニカに相談されたらどう答えるつもり?」
ハックが口を開き言葉を発しかけた、その時だった。
「――これはお二人とも興味深い話をしておられる!」
不意に岩を転がしたような低く重い嗄れ声が響いた。
見れば黒髪の大柄な男が笑みを口元にたたえながら立っていた。
プレア侯爵にしてガルシャ聖堂騎士団総長、先にはヴァルハベルグ伯爵ともなったシロッツィである。
彼の顔色は普通だった。
手には杯を持っているので彼も酒を飲んではいる筈だったが呑まれてはいないらしい。
彼は顔を顰めて視線を送って来るベルエーシュに一礼の仕草を取りつつ、
「大陸からの侵略に備えるだけなら確かに女王のおっしゃる通り海軍が効率が良い。船の維持には金がかかるが、だから平時はその船を使って交易を行い富を生み出す、実に合理的だ。良い案に思える」
しかし、と聖堂騎士団の総長は言葉を続け言った。
「交易というのは相手がいなければ行えません」
取引相手がいてこそ商売はできる。
「ルビトメゴルがゼフリール島に押し寄せて来るようになる時には、ニカイア公や他の大陸勢力は既に滅んでいるかルビトメゴルに従属する立場になっているのではないのでしょうか?」
そうなったら我々は一体大陸のどこと交易をすれば良いのです? とシロッツィ。
「ルビトメゴルが来る頃には大陸はすべて敵になっていると考えた方がよろしい」
大陸がすべてルビトメゴルに支配されてしまったら、大陸との交易はできない。
「であるならば、我々は大陸との交易、大陸からでしか手に入れられない資源、これを確保し続ける為に、我々の影響力のある場所を大陸に築いて、ルビトメゴルの攻撃からその場所を防御する必要があります」
ベルエーシュは眉根を寄せて眉間の皺を深めつつ胡散臭そうにシロッツィの笑顔を睨んだ。
「……意外ね、今代の聖堂騎士団総長は大陸への出兵には反対だと思っていたわ」
「負担が偏るやりかたなら確かに反対です」
シロッツィは頷き、
「しかし、アテーナニカ陛下は公平な御方だ。一部だけに、立場の弱いところにだけ負担を押しつけるような真似はなされまい。そう信じております」
「もし皇帝がその信用を裏切ったら?」
「まぁその時はその時で」
シロッツィは曖昧な笑顔で言葉を濁し、
「ともあれ話を戻しますが、我々はニカイアと手を組むべきです。彼の国と同盟するか、あるいはアテーナニカ陛下の正統性を認めさせて臣従させ帝国の構成国として引き込むか、いずれにせよ、共にルビトメゴルとあたるべきです」
逆に、と大男は続け、
「大陸には進出すべきですが、その為にニカイアと戦うというのは反対です。ニカイアもルビトメゴルも両方ともを敵に回すのは単純に兵力差がきつ過ぎる。ニカイアはまだなんとかなってもルビトメゴル相手は到底無理です。ルビトメゴルはニカイアをはじめとした大陸西方諸国で連合してかかっても非常に厳しいくらいですから」
またニカイアを始めとした大陸の西方諸国の間では対ルビトメゴル大同盟なるものを組もうとする動きが起こっているらしく、各国の利害関係があるので本当に成立するかは怪しいが、これが成るならその大同盟に参加するのも一手だ、とシロッツィは言った。
「なるほど、貴方の主張はわかったわ」
ベルエーシュは頷き、
「でもニカイアだって列強の強国でしょ。対ルビトメゴル大同盟なんてものができればさらに対抗しやすくなる。ゼフリールから資金や物資を送っておけば、兵は送らなくてもルビトメゴルの侵攻を押しとどめられるんじゃないの? 西方諸国の僭主達だってどいつもこいつも抜け目ない梟雄だって噂だし、簡単には滅ぼされないでしょ」
「ニカイアが強国なのは女王のおっしゃる通りですし、西方諸国が大同盟を成立させればさらに対抗しやすくなるのも確かです。しかしルビトメゴルは尋常ではありませんからなぁ……かの国はそういう抜け目ない数多くの君主達を滅ぼし続けて大陸の東から中央、中央から西の入り口まで征服し続けてきている」
シロッツィは言った。
「私としてはニカイアと戦うのは現実的ではない。しかし我々が出兵せずにニカイアらの西方諸国がルビトメゴルからの猛攻に耐えられるとも思えませんな、といったところです」
「ふぅん……なるほど、その危惧は理解はできる。あの嵐の海キンディネロスを越えた果てにルビトメゴルと陸戦するなんてものに賛成はしないけど。で、改めて聞くけど」
ベルエーシュが青色の瞳をハックへと向けて来る。
「アンタはどう思ってる訳?」
シロッツィもまた笑みをたたえたまま興味深げにハックへと視線を送ってきたのだった。
●
新年の宴の翌日、相談したい事がある、としてハックはアテーナニカから呼び出された。
そして、
「時期を見てニカイアへと宣戦布告し兵を送りたい」
という考えを明かされた。
「ニカイアはヴェルギナ帝国の土地だ。我が父カラノスが所有する地だ。ニカイア公爵ゴールディアスは、我が父から土地を貸し与えられ代理で統治していたに過ぎない。だが彼は父が死した後、父の娘である私に土地を返すどころか私の命を奪おうと攻撃してきた。さらに自らヴェルギナを継ぐ者としてヴェルギナ皇帝を僭称している。ゴールディアスが不忠の徒なのは明白である。またゴールディアスの政事は税は重く苦役は多く、民はその支配に苦しんでいる。民を悪政から解放し慰撫するのは皇帝のつとめである」
故に、と女皇帝は言った。
「我、先帝カラノスの娘にして世界帝国ヴェルギナの正統後継国たるヴェルギナ・ノヴァの皇帝アテーナニカは、不忠の逆臣、僭主ゴールディアスを征伐し、ニカイアの地を奪還し、民を安寧へと導かん――」
一気に喋って息が切れたのかふぅと若い娘は息を吐いた。
「というのが外へ向けての宣言となる。半分は建前だな。帝国法上ではニカイアは皇帝の土地で、ゴールディアスには貸し与えていたに過ぎない、というのは確かだが、ニカイアは代々ゴールディアスの一族が統治してきている。彼等としてはニカイアは自分達の土地なつもりだろうし、多くの人々もそう思っているだろう。実のところを言うなら私自身もそう思っている、ニカイアは法文上はともかく実際的にはゴールディアスの土地だろうと」
だから、とアテーナニカは続け、
「これを武力で攻めるとなると実態としては侵略に近くなる。しかし、ニカイアがヴェルギナ帝国の土地であるという事も確かな事実なんだ。だからニカイアの民はヴェルギナ帝国の民だ。これも紛れもない事実なんだ。私はヴェルギナ・ノヴァ帝国の皇帝だが、ヴェルギナ・ノヴァはヴェルギナ帝国の後継国を名乗っている。だからヴェルギナの民に対して責任がある。それに私個人でいうなら私はヴェルギナ帝国の皇女だ。皇室の一員として民に対しての責任が元々ある」
と大陸人である皇帝は言う。
「だから民が苦しんでいたら助けなければならない。ゴールディアスが善政を敷いてくれていたら良かったんだが残念ながらそうではない。ニカイアは軍拡を続けていて、その軍事費を支える為に酷い重税と苦役を民に課している」
噂でもそうだし、ニカイアから逃げて来た人間に聞いてもそうだし、密偵を送り込んで調べてもその通りの実態だったらしい。
ニカイアの政治が過酷な事は間違いがない、との事だった。
「皇帝僭称は取り下げるなら許して良いが、民を虐げる統治を許す訳にはいかない。ニカイアと手を組むなら力関係的に完全な支配下におくことは不可能と言って良い。『自治を許す』という形に持っていくのがせいぜいだろう。それでは内政に口を出せない。ゴールディアスはヴェルギナ・ノヴァ帝国の構成国となってもニカイアで民に対し圧政を続けるだろう」
だから、
「ニカイアと一戦交えて打ち負かさなければならない。内政権を奪い取らなければならない。つまり、ニカイアを征服しなければならない」
ニカイアの民を救う為にはその必要がある、とアテーナニカ。
「だが船団を編成し天下の険キンディネロス海を越えて大陸へ攻め入る、さらにニカイアともルビトメゴルとも戦うとなれば、尋常でない困難だ。プレア侯にフェニキシア女王、その他多くの諸侯達も反対するだろうな」
アテーナニカは瞳を閉じて息を吐いた、
「昔、父カラノスが崩御し、帝国が崩壊しゆく中で、私は命を狙われて逃げた。幾人もの人が私を逃す為に凶刃に倒れた。焼かれた街の中で、私の事を皇女だと知った痩せ衰えた女の子が、小さな弟を抱きかかえて、私に言った」
――皇女様……どうか弟を助けてください……
「弟を助けてくれと私に言った。だが私はその男の子を助けられなかった。彼女の弟は動かなくなって、冷たくなった。女の子も助けられなかった。彼女は生きていたけども、僭主の兵から追われている私達に彼女を連れて逃げる余力はなかった。だから置いて来た。瓦礫の街に置いて来た。助けてと言われたが置いて逃げるしかなかった。私はヴェルギナの皇女で、ヴェルギナの民である彼女に対して責任があったのに。彼女はきっとあの黒煙が立つ瓦礫の街を彷徨った。今も彷徨っているのかもしれない。もうとっくに亡くなっているのかもしれない。けれども私は、いつか彼女を、彼女達を助けにいくのだと思って今日まで生きてきた――そして、今なら、助けにいける力が私にはある。もう彼女は亡くなっているかもしれないが、彼女と彼女のような、ヴェルギナの皇族に助けを求めるトラシアの民を私は助けにいかねばならない」
アテーナニカは遠くへと紫瞳を睨むように向けて言った。
「民に対し圧政を敷く者を玉座に据えておく訳にはいかない。ヴェルギナの皇帝を名乗らせておく訳にはいかない。だから私はニカイアとルビトメゴルを征伐する」
しかし、と呟いてアテーナニカは瞳を閉じて息を吐いた。
「トラシアの民を救う為に、ゼフリールの民を望まぬ戦火の中へと送り込むのは、正義とは言えない。ヴェルギナ・ノヴァはゼフリールの帝国だ。私はゼフリールの民の命と幸福にも責任と義務を負っている」
皇帝はハックへとアメジストのような紫瞳を向けてきた。
「だから勅命による強制での出兵ではなく、希望者を募っての出兵とする事にした。総大将は私自身でやる」
トラシアへの出兵に賛同する者のみで行くと皇帝は言った。そして自ら親征すると。
「アヴリオンの傭兵などはゼフリール島内で戦がなくなって仕事に困っていると聞いている。だからアドホックの傭兵などがかなりの数、参加してくれる筈だ。それと私はヴェルギナの皇女だから、父の死後に奪われた国を取り返すという形にもなる、だからこれに賛同してくれる人間もそれなりにいる筈だ」
だから希望者のみでとしても兵力はそれなりに集まるだろうと、
「だが希望者のみの従軍なので、当然これはヴェルギナ・ノヴァ帝国の全力ではなくなるだろう。全力と比べると兵力は少なくなる。希望者のみで構成されるから士気は高いだろうが、戦いは数こそが第一と聞く。そしてニカイアは戦乱が続くトラシア大陸で勝ち抜いてきた列強であり、超大国のルビトメゴルとも激闘を繰り広げ続けている歴戦の猛者達だ。非常に強い。おまけにニカイアに勝っても次はその超大国のルビトメゴルとの戦いになる。だから、とても辛い戦いになるだろう。敗戦に終わる可能性も高い」
そしてアテーナニカは大陸に攻め込んで自分が戦死したら、以降は国を閉じて守りを固めるようにと遺言をしたためてあるらしい。
後継者にはガルシャ王イスクラ・ルブレ・オノグリア・デ・ガルシャ、その次に彼の孫であるボスキ公爵ルカ・ウェベン・オノグリア・デル・ボスキを指名してあるとか。
「それでだハック、貴方に相談というのは、この遠征軍――ヴェルギナ帝国奪還軍団の副総大将、副軍団長を、貴方にお願いしたいのだ。位としては元帥になる。参軍の長はメティス師にお願いしてある。どうかメティス師と共に文武の双璧として、私を補佐してくれないだろうか」
勿論、希望者のみの出兵であるので、ハックが嫌なら断ってくれても咎めはしない、との事だった。
その場合はガルドゥルヴォルグやアロウサの統治に領主として尽力して領民達にとって良い政治をしつつ、帝国国内に変事が起こらぬように目を光らせていて欲しいとの事だった。
最終シナリオとなります。
ハックさんの世界線ではゼフリール島はヴェルギナ・ノヴァ帝国によって統一される結末となりました。
そしてエンディング前の最終選択です。
今回プレイングをかける部分は、
1.ベルエーシュとシロッツィからの問いかけに答える
新年の宴でこの二人と会話するロールプレイ
2.アテーナニカからの問いかけに答える
宴の翌日の皇帝との会話のロールプレイ
承諾する、拒否する、何か提案をする、そもそもにニカイアを攻めること自体をやめるように説得する、などなどになります。
この1と2の両方、あるいは2のみとなります。
1は省略可能ですが2への返答は省略できません。
1メインでプレイングをかける場合も最低限は2の返事を記載しておいてくださいませ。