シナリオ難易度:非常に難しい
判定難易度:普通
島南部に位置するフェニキシアの風は、冬であってもアヴリオンよりもずっと暖かい。
イル・クアンの大地では草々が波打つように揺れている。
緑成す丘の上に白髪の少年は立っていた。
――メティスの語る未来、確かに一理あった。
ハック=F・ドライメンはそう思う。
――国が富めば幸福が溢れる。その逆も然り。明日の糧も望めぬ日々に幸福は無い。
それでも白髪の少年は未だ迷っていた。
まだ、何か見落としているのではないか? と。
拭い去れないしこりだった。
この帝国が行かんとする道の先に続く未来が、果たして本当に良い物なのか――
ヴェルギナ・ノヴァ兵の戦列を突き破り、フェニキシアの軍勢が突撃して来る。
先頭に立つのは騎兵。乗馬服に身を包み白い脚衣を穿き軍馬に跨り赤光のサーベルを振り回すブロンドの少女、フェニキシア女王ベルエーシュ。
<<神将殺しは私が止めます! ハックさん! アデルミラ! 女王を止めてください! 他の皆は続くフェニキシア兵達を!!>>
雇い主である賢者メティスからの命令がくだされる。
どうやら、迷う時間は終いのようだった。
傭兵剣士の少年は緑色の瞳でベルエーシュを見つめた。
(彼女は――迷いがない)
迷えば死ぬ。
戦場では当然の摂理、ハックはそう心得ている。
その摂理に基づくならば、ベルエーシュが迷いを捨てているのは至極道理だと思った。戦士としては素人に毛が生えた程度の技量しかないらしいが、覚悟が決まっている。
幼い外見の、しかし長い時を生きている賢者がハックへと止められるか尋ねて来る。
ブリガンダインと手甲具足に身を固める少年は、腰に佩いた革鞘からブロードソードを抜き放った。
鍛えられた雪色の刃は、今は主の昂揚する心に呼応し橙色に染まっている。
<<出来るか否か、ではなさそうです――止めます!>>
ハックはメティスへと念話で答えつつ、丘の斜面を駆け下った。
●
念話で騎士アデルミラと簡単な迎撃手順を打ち合わせると女王ベルエーシュを向かえ撃つべく、その進路上へ躍り出る。
斜面の中頃にて、相対距離およそ十三ペイス強(約20m)、下方より登り迫る騎兵に対し、ハックは身を前傾に『踏み込む姿勢』を見せた。
瞬間、艶やかな黒髪を後頭部で結い上げている女騎士がロングソードを振り上げ、その切っ先に輝く球体を出現させた。アデルミラが長剣を振るうと共に光球が撃ち放たれベルエーシュへと向かう。ハックの『踏み込む姿勢』と同時に仕掛けて欲しいと事前に打ち合わせていたのである。
輝刃の能力によって驚異的な身体能力を得ている金髪少女はすかさず反応し、長大に伸びる赤光の刃を一閃し光球を斬り払った。
刹那、光の球が爆ぜ閃光が荒れ狂う。
真っ白に塗りつぶされた世界の中、眼前に盾を翳した少年が瞬間移動したが如き速度で駆ける。縮地二連。
空間を一瞬で潰した少年剣士がベルエーシュが跨っている軍馬へと迫る。光が収まると同時、その左前足を目がけて橙色に輝くブロードソードを一閃した。
太陽の色の残光を宙に曳きながら走った重く鋭い刃が、軍馬の足首に炸裂し、頑強な馬鎧ごと斬り裂いて、真っ二つに断裂する。
鮮血が噴出し重馬種が嘶きながら崩れ落ちてゆく。
「くっ!」
鞍上のブロンド少女は顔を顰めつつ鐙を蹴って跳躍すると、宙にて赤い光の刃を眩く強く輝かせながらハック目がけ猛然と一閃した。
大気に重く轟く爆音を響かせながら、剣の軌跡より巨大な三日月状の光刃が勢い良く飛び出す。その翠色の瞳で見据えていた雪色の髪の少年は、滑るように素早く横に動いた。
真紅の光刃が地面に激突して爆裂し、天に向かって盛大に土砂を吹き上げる。超人たる祈士達の中でさえも並外れた超絶の破壊力。
ハックは飛来した土砂の一部を浴びたが、ダメージは無い。光刃を完全にかわしていた。ベルエーシュの狙いが甘くなっていた為だ。
彼女の反応は抜群に良かったが、祈士として戦い慣れていない女王は、咄嗟に閃光弾を閃光弾だと判別出来なかった。光を直視してしまい意識と視界に乱れが発生している。
<<賢しいわねッ!!>>
抵抗能力は高い。
着地した女王は、蒼白の顔色で額に脂汗を浮かべつつも意識を覚醒させる。
その眼前にハックが円形盾を翳し飛び込んでいた。
(この力と顔色――)
白髪少年は体当たりするようにラウンドシールドを金髪少女へと叩きつけると、間髪入れずに橙色に輝くブロードソードを袈裟に振り下ろす。
太陽の色の刃と血色の光刃が激突して光が散った。
袈裟斬りを咄嗟に拳上がりにサーベルを振り上げ受け止めた金髪少女は、巻き打ちの要領で赤光剣を真っ直ぐに振り下ろす。
ハック、眼前の少女の顔色の悪さと異常な祈刃の出力から祈刃が命を吸っているのでは? と推測、遅滞を試み防御を意識的に固めている。流水と大防御を発動、ラウンドシールドを翳す。光の刃が円形盾に激突し轟音と共に凄まじい衝撃が巻き起こった。
壮絶なパワーにハックのグリーブが斜面を削り、少年が態勢を崩し一歩を後退する。が、ダメージは上手く殺している。
次の刹那、ベルエーシュの剣が下方より赤雷の如く振り上がった。
赤光が縦に空間を断裂し、ハックの身を斬り裂きながら抜けてゆく。ブリガンダインの革と裏の金属片が断たれ、その下の肉体も裂かれて鮮血が噴出してゆく。
金髪少女がさらなる追撃の構えを見せ、その背後に黒髪の女騎士が長剣を振り上げた姿勢で出現した。
狙い澄まし天雷の如く振り下ろされた剛撃がベルエーシュの後頭部に炸裂し、少女が前方へとつんのめる。
アデルミラの翠瞳に驚愕の色が浮かんだ。
<<――まだだッ!!>>
並ではない祈士相手でも一発で決まりそうな必殺撃だったが、女騎士はハックへと警告の念話を飛ばし後方へと急ぎ飛び退いた。
八双に血色のサーベルを振り上げた金髪少女が猛然と振り向き、眩く輝く赤光の刃を嵐の如くに閃かせる。
女騎士の身が三連の閃光に斬り刻まれて血飛沫が噴き上がり、吹き飛ばされて草原に転がる。
ハックはすかさずガラ空きになった少女の背へとブラッシュを振るった。橙色の閃光が走り乗馬服とその奥の白肌を切り裂いて抜け、赤色が宙に舞う。
が、
(――硬い!)
まるで鉄塊にでも斬りつけたかの如き手応え。およそ人の肉を裂いた時の手応えではなかった。女王の肉体は輝刃の力によって強度が飛躍的に上昇している。
大粒の汗を流している金髪少女が振り向いた。瑠璃のように青い瞳に鮮烈な闘志の光を宿しハックを睨みつける。
<<負ける――ものかぁあああッ!!>>
八双の構えから嵐の如き三連斬。
ハックは霊力を全開に防御を固めた盾で一発を受け止め、しかし続く一撃は盾を掻い潜られて二の腕を斬り裂かれ、さらなる一撃にブリガンダインが破壊され鮮血が噴出する。
だがハックはそれでも立っていた。
(軽くなっている?)
先に受けた一撃より、二撃合わせてもダメージは浅かった。
女王の顔色は蒼白で、汗が滝のように流れ、激しく息を乱している。尋常の様子ではなかった。急速に消耗してきている。
(やはり、その輝刃、身体への負荷が異様な程に重いようだ)
ハックは踏み込むと円形盾を叩きつけた。初撃の時は巨石を叩いたかの如き手応えだったが、今度は十五歳の小柄な少女は大きくよろけた。すかさずブロードソードを一閃。女王が防御に掲げた赤光剣を掻い潜り、その胴を斬り裂いてゆく。
<<ぐぅぅぅっ!! このっ! 倒れなさいっ! 倒れなさいよぉおおおおっ!!>>
ベルエーシュが血色の刃を嵐の如くに振り回す。
ハックは一撃を見切ってかわすと、一撃を盾で受け流し、一撃を受け止めた。衝撃が抜けて来るが、その威力は最早常識外れという程ではない。
白髪の少年は流水の使用を止めると、盾撃を叩き込んでベルエーシュの態勢を崩してからブロードソードを閃かせ多段の連撃を浴びせた。
「ああっ!!」
柔らかくなって来ている金髪少女の身がブラッシュの鋭い刃に斬り裂かれ、悲鳴と共に鮮血が噴き上がる。
<<――もう止めよう>>
ハックは女王へと念話で呼びかけた。
橙色に輝いていたブロードソードは変色し青く染まっていた。
ベルエーシュは急激に消耗し、既にハックより単純な身体能力でも低下している。それで戦闘技術は素人に毛が生えた程度なのだから、最早勝敗の行方は明かだった。
<<……皇帝陛下の掲げる義が正しいか否か、今の僕にはまだ分からない。その為に君の国を踏み潰す事が、正しいか否かも。でも、一つだけ分かる――>>
ハックは少女の青色の瞳を見つめ言った。
<<――少女(きみ)ひとりの命を贄に捧げねば救われない国ならば、滅んだほうがマシだッ!!>>
消えかかっていたベルエーシュの青瞳の光が、再び強烈に輝いた。
<<なん、ですって……!>>
少女は震える手で赤光の剣を握り締め、ハックを睨みつける。
白髪の少年は青い刃の切っ先を向け、
<<……生きたいと言え、言うんだ、言ってくれ! でなければ僕は……君の首を刎ねなければならない>>
<<やれば良い!>>
激しく息を乱し血と汗を滝のように流すベルエーシュが握っている赤い刃から光が消える。ついに維持が出来なくなった。
もはや彼女はただの十五歳の少女だったが、それでもハックを鋭く睨みつけながら震える足で立っていた。
<<……生きてさえいれば、何かあるだろう? 何とかなるだろう? たとえ虜囚となろうとも、亡国の女王となろうとも、きっと、なにか……!>>
十六歳の少年は強く呼びかけた。
しかし少女は、
<<お気遣い有難う。でも大きなお世話よ。私はフェニキシアの女王だ。他の誰が見捨てたって、私は、私だけは、フェニキシアの価値を見捨てはしない。女王までが見捨てたらフェニキシアが立つ瀬って何処にあるのよ。私がこの国の女王だ! そりゃ死にたくなんてないけどね! でも私の手で、私の命令で、築いてきた屍の山に懸けて! フェニキシアを滅ぼす連中に被害者面で命乞いなんてしないわ!! 見縊んじゃないわよッ!!>>
<<……そう、か>>
ハックは息を荒げ立っているのもやっとな様子のベルエーシュを見据え、青く青く染まった心剣ブラッシュを振り上げた。
<<なら、せめて……一思いに安らかに>>
白髪の少年が踏み込み、ベルエーシュが瞳を閉じ、ベルエーシュの背後にアデルミラが現れて首に腕を回し締め上げた。
女王が驚愕に碧眼を見開き、その瞳がぐるりと回り、四肢から力が抜けぐったりとして動かなくなる。
しばしの沈黙の後、
<<……アデルミラさん?>>
ベルエーシュの胸が微かに上下している所を見るに呼吸している。首を圧し折った訳では無いらしい。
ハックが問いかけると、血塗れだが傷が癒えている――恐らく集霊法でも使っていたのだろう――女騎士答えて曰く、
<<このまま戦死されたらベルエーシュ女王はフェニキシア存続の為に帝国と戦い続けた英雄として人々から死後祭り上げられかねない。戦後の民心統治の観点からそうなったら厄介だ。だから殺すよりは生け捕りにした方が色々と使い道があるだろうよ――まぁそれを判断するのは私の仕事ではないっちゃないんだが、ひとまずは確保して皇帝陛下にご判断仰ぐのがベストだろう>>
と、それらしい理由を言った。
それでもじっと無言でハックが見つめ続けていると、アデルミラは視線を逸らし、個人領域の念話で言ってきた。
<<……いや、少年、なんか貴公、すんごい斬りたくなさそうだったからさ?>>
殺す事にはデメリットはあるが、殺す事でのメリットもある。
生かしておく事のメリットはあるが、生かしておく事でのデメリットもある。
皇帝に判断を仰ぐ事でのメリットはあるが、仰がないで戦場で抹殺しておくメリットもある。
どれもどれの筈だった。
それなのに敢えてアデルミラが横からしゃしゃり出てきたのは、要するに、そういう事らしい。
ハックが斬りたくなさそうだったから横から割って入って生け捕りに終わらせた。
――彼女も結構、お節介な性格をしているようだった。
かくて、女王ベルエーシュは傭兵ハックと騎士アデルミラの活躍により捕縛された。
女王を生け捕りにされた残存のベルエーシュ軍は降伏し、皇帝アテーナニカは一度後退はしたものの皇帝として軍を率いての初陣をなんとか勝利で飾った。
その後、女王が捕らえられベルエーシュ軍が敗北した事を知ったベールハッダァードは前後より迫るボスキ公軍と皇帝軍に対しとても抗し切れぬと判断したのだろう、城門を開き降伏した。
イル・クアン州が陥落した事を受け、残りの二州も降伏し、かくてヴェルギナ・ノヴァ帝国はフェニキシア王国を降し、平定する事となる。
これによりゼフリール島のパワーバランスの中で、ヴェルギナ・ノヴァ帝国が頭一つ抜きん出た存在となるのだった。
成功度:成功
獲得称号:神滅剣破り
獲得実績1:イル・クアンの戦い結果=帝国の勝利
獲得実績2:イル・クアンの戦いでベルエーシュを捕縛した