シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
青い空だ。
強く冷たい風が吹いている。
腰まで届く灰色の乱れた長髪を風圧に暴れさせながら褐色肌の長躯の男が大空に舞っていた。
身の丈三クビトと一スパン半強(約187センチ)程を持つ筋肉質に鍛えられた若い男である。
「あのクソ必死こいてグルガルタ島を取ったのが囮? あれが?」
”狂犬”ロア・アルフォンスは最初に話を聞いた時、片眉を吊り上げやや低く濁った声を小さく響かせた。
そして、
「はーん……やっぱ面白れぇな、あのジジイ」
牙を剥いて笑う。
――マジで“覚悟”って奴がある。生っちょろくねぇ。
ロアとしてはそう思ったからだ。
彼はキルケー達に言った。
「だからこそコッチも意地張れるってモンだ。俺だってあのジジイの思惑通りに使い潰されてはやらねェ、ってな」
そして今、異神殺しの狼男(セリアンスロープ)は元々きつい紅の三白眼をさらに鋭く細めて前方を睨む。
彼方の空からは黄金、白、黒、赤、緑、青、様々な色の翼を羽ばたかせる、鱗持つ三十もの竜人の群れが迫り来ていた。
●
――ジジイの言う事なんざ! と言いたい所だが。
ピュロスからの言葉を受け反射的に反発したくなったロアだったが、彼は粗暴な風貌から連想されるそれとは違い――という事では実はなく、実際に感情のままに動きがちな男であり、そして蛮勇の持ち主でもあったが、しかし今は確かに冷静に自重する理性をギリギリ発揮していた。
戦いには勘が働く。
そして以前キルケー達に言った言葉の通り「使い潰されてたまるか」という感情も働いていた。
(――慣れねぇ空戦だ、無理はしねぇ)
焦れる心を抑えつつピュロスが示した作戦に則り動く事に決める。
ロアが承諾した事を述べると、
<<そうか>>
とトラペゾイドの覇王は短く念話で答え、
<<敵は群れている。賢明だな異神喰い>>
と伝えてきたのは赤髪の大男、大陸三勇者の一人ジャスティンである。
<<間もなく交戦距離に入る。空戦隊員は各々自己判断で攻撃開始せよ>>
十隻の巨大ガレオン船が青い大海原を進んでゆき、空を舞っているロア、ピュロス、パルメニオン、ジャスティンの四名は各々思う方向へと散ってゆく。
ロアは高度を上げた。
敵の頭上から奇襲できないかと考えた為である。
霊力による飛行は敵味方共に高度に制限がある。
互いに飛行している者同士が一定距離以上離れて向き合っているなら、視界の角度的に気づかれない事はほぼないだろうから、まず奇襲を仕掛ける事は不可能だろう。
しかし海上に浮かぶガレオン船へとドラゴニアン達が攻撃する瞬間は、その視線は下がるだろうし、合わせて飛行高度自体が下がる事も考えられたから、隙を突けば奇襲を仕掛けられる目は十分あった。
彼我の距離が近づいてゆく。
色とりどりの竜人達が高度を下げてゆき、艦隊から遡る稲妻の如くに眩い霊気の光が次々に撃ちあげられてゆく。
バリスタ・ファランクスの対空射撃だ。
充填された祈霊石から練り出された霊光が漆黒のドラゴニアンの胴、あるいは翼を貫通し、竜人は鮮血を散らしながら錐揉みつつ落下してゆく。
うちの一体、閃光の嵐を掻い潜った黄金の竜人は、顎を開き大きく息を吸うと次の刹那、喉の奥から黄金に眩き光線波を吐き出した。
一直線上に伸びる光が甲板に降り注ぎ海兵を貫く。さらに竜人が首を振るとその動きに追随して黄金光が振り子のように動き、次々に甲板上の人々を薙ぎ払ってゆく。
海上からは背に大量のゲノスを乗せた巨大な鯨型魔獣が加速して艦隊に迫り、海面越しの海中では雷雲の中の稲妻のように光が瞬いていた。
黄金、白、黒、赤、緑、青、入り乱れる色とりどりの光達と竜達とが、大気を震わせ咆吼を轟かせている。
円弧を描くように飛んでいるピュロス、ジャスティン、パルメニオン達が加速していた。高速で空を機動し手にした獲物を振るう。
凶悪な破神の閃光が飛び出し、次々に襲いかかってゆく。
ドラゴニアン達の爬虫類の瞳がそちらを向いた時、ロアもまた霊力を全開に解き放った。
風が唸った。
灰色長髪の大柄なセリアンスロープの背より霊気の光が爆発的に噴出し、弾かれるようにロアの身が高速で前進、投射された矢の如くに急上昇してゆく。
飛行術の制限高度を一時的に突破した狼人は、放物線を描くように落下を開始、風に長い灰髪を暴れさせ加速してゆく中、さらに霊気の光を背から噴出し超加速した。
唸る風音を聞いたか、接近する気配を感じ取った黄金の竜人は肩越しに背後頭上を仰ぎ見る。
だが、その時には既に二パルムス(約20センチ)程の長さの三本の鋭い爪を伸ばす手甲を両手に填めたセリアンスロープが、煌めく太陽を背負って牙を剥き、大気を切り裂く唸音と共に近距離にまで迫り来ていた。
<<ガァッ!!>>
<<おせぇっ!!>>
叩きつけられる念話に叫び返し、霊力を操作し精密性を増大させ、迎撃の槍が繰り出されるよりも前に、上空から下方へと交差ざま、ドラゴニアンの顔面目掛けてマオ・ヂュアを薙ぐように振り抜く。
狙いは、目。
天雷の如く降りてきた精密爪撃は、狙い違わず竜人の瞳を捕え、そしてブースト突撃によって破壊力を増大させている霊鋼の刃は、奥の眼窩と頭蓋をも泥のように斬り裂き破壊して抜けた。
ロア自身は斜め下方へと突き抜けてゆき、断たれた黄金竜人の頭部から赤黒い鮮血と脳漿が飛び散り青空へと飛散してゆく。
一撃で一体を屠った狼の獣人は、身を錐のように回転させながら背より霊力を放出して上昇、別の赤鱗を持つドラゴニアンへと迫ると繰り出される槍を身を捻って回避ざま、回転しながら左右の爪を連続して繰り出した。
爪光の嵐が一瞬で突き抜け、鱗を深々と斬り裂かれ、身に無数の断裂を一瞬で発生させた竜人より鮮血が幾条も勢い良く噴出する。
爬虫類の赤い瞳から光が消え、赤竜人が空にドス黒い鮮血をぶちまけながら落下してゆく。
ロアは間髪入れず霊力を体の左側面から噴出し、弾かれる球の如く右方へと身をスライドさせる。
次の瞬間、背後よりロアが先程まで舞っていた空間へと眩い閃光の帯が飛来し貫通した。レーザーブレスだ。
<<ハッ! 見え見えだぜッ!!>>
霊力を操り装甲の低下と引き換えに運動性を増大させている男は、念話を飛ばしつつ空を旋回、唸りをあげて青い竜人へと迫ると両の手甲より伸ばす六本の爪刃を縦横無尽に振り回し、一瞬で滅多斬りにする。
青竜人の体躯より無数の鮮血が間欠泉の如く勢い良く噴出しその瞳から光が消え、海上へと向かい落下してゆく。
<<フン、同じ土俵に立っちまえば飛行ゲノスもたいした事ねぇな!>>
狼の獣人は即座に旋回するとまた別の竜人へと向かい、哄笑と共に血濡れた爪を振り翳し襲いかかったのだった。
ドラゴニアン達は艦隊からの対空射撃とロアら空戦隊の活躍によって撃ち減らされ、やがて全滅した。
空からの支援を失ったゲノスの海上部隊はトラペゾイド艦隊に打ち勝つことができず、海中部隊も敗れ、やがてゲノス達は撤退に移った。
そして異神喰いのセリアンスロープは、空より可能な限り追撃を行い、散々にゲノス達を屠ったのだった。
成功度:成功
獲得称号:キンディネロス海の撃墜王
獲得実績1:空戦経験者
獲得実績2:キンディネロス海の戦い=勝利