シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
荒野の夏空はラピス・ラズリが放つ光に似た鮮やかな青を湛え深く澄んでいる。
「未来を創る、か」
若々しくよく通る少年の声が響いた。
真冬に降る雪のように真っ白な髪の少年だ。
砦壁の上に立ち、大地を吹き抜ける夏の風を受け、ミディアムに切られた白髪を揺らしながら地平の彼方を見つめている。
十五歳の傭兵剣士ハック=F・ドライメンである。
「でっかい言葉ですよね」
ハックへと言ったのは灰色の瞳の聖堂騎士レシアだ。
少年の隣に立ち、彼女もまた壁上より荒野を見張っている。
「そうだね」
細身ながら良く鍛えられた体躯をブリガンダインに包んでいる傭兵剣士は、ヴェルギナ・ノヴァの皇帝が語ったというその言葉に対し思う。
”それは、言葉にすれば見栄えの良い綺麗事なのかもしれない”
と。
しかし、同時にこうも思う。
――泥の中で花開く蓮もあれば、綺麗な水から咲き誇る百合もある。
根が張られた言葉であれば、揺るぐことなく現実に立ち向かえるだろう。
と。
皇帝アテーナニカが語った言葉は、彼女自身の心の中にしっかりと根が張ったものであるのか、それは彼女ならぬハックには解らない。
あるいは、皇帝本人でさえもわかっていないのかもしれない。
しかし、レシアが語った様子から察するならば、本物である可能性もまたあるだろう。
(……そうであれば、それは信じるに値する言葉だ)
本物であるならば。
少年はグリーンの瞳を荒野から隣に立つ十六歳の少女へと移した。
「ともあれ、君が前に進むことを決意できたのは何よりだ。皇帝陛下の途に沿うとも背くとも、君が正しき義を見出せることを願っている」
どちらを選ぶかはレシア次第。
恐らくレシアの『見定める』には皇帝の覚悟が本物であるのかどうかも含まれているのだろう。
――僕が口出しできる問題では、たぶんない。
少年はそう思った。
「有難うございます……進む途がいずれであっても、自分自身に納得だけはいくようにやってみます」
灰瞳の小柄な聖堂騎士は、身の丈三クビトと十八ディジット(約168センチ)ほどの少年を見上げ頷く。
少女のその姿に少年は少しの眩しさを覚えていた。
(この間は偉い事を言ってみたが、結局、僕は迷っているんだ)
生きるのにまだ精一杯で、どんな道を歩むべきかの指針すら立っていない。
『――生き抜け』
かつて在り、今は壊滅したドライメン傭兵団団長が今際の際にハックへと言ったあの言葉。
その言葉を守るだけで、今は精一杯だった。
そんなハックにとって、曖昧な立ち位置を許されるアドホック傭兵ギルドは居心地が良すぎた。
(それだって、永劫に続くものではないかもしれないけれど……)
いずれ選択の時は来るのだろう。
それがどのような形になるのかは、今はまだ解らなかったが――
雪色髪の少年が未来を思っていると、北の地平に人影が現れた。
夏の南風に逆らいやってきた影達は、武装した北方民族の集団だった。
(――敵襲か。どうやら物思いに耽るのは後だね)
視界内に敵影を捉えたハックは、背負っていたラウンドシールドを取り出して左腕を革帯に通し取っ手を握ると、腰から祈刃のブロードソードを抜き放ち、急ぎ味方の周波領域へと念話を飛ばした――
●
周囲の味方祈士達が慌ただしく動き出す。
砦の守備隊長から発せられている演説めいた指示が味方の念話領域に響いている。
ハックはその演説を半ば聞き流しつつ、木造の板を踏みしめて、聖堂騎士達と共に壁上に並び、ラウンドシールドを構えた。
隣ではレシアが身の半ばを狭間胸壁に寄せつつ、その陰より祈刃の切っ先を彼方へと向けている。
荒野につむじ風が巻き起こって土埃を盛大に吹き上げた。
砂色の帳が迫り来る者達の行く手を遮ったが、彼等はまったく意に返さず、一定の歩速を保ったまま砂塵を割って再び姿を現す。
その目元までを覆う目庇の隙間から、ギラギラと輝く瞳が覗いている。
ゲイルスコグル。
猛く轟くグルヴェイグヴィズリルがヴァルハベルグ(黄金の戦山)の戦槍団。
対人戦は十五歳の少年にとって初めてだったが、臆するつもりはなかった。
殺った殺られたは傭兵の常だと心得ている。
<<うぅ撃ち方! 始めぇえええええーっ!!>>
守備隊長の恐怖と意志とが鬩ぎ合っているような念声が響き、砦壁上に並んだ聖堂騎士達が一斉に長銃と剣の切っ先を輝かせた。
重く低い破裂音が連続して轟き、大気を揺るがせると同時、眩い光達が次々に尾を引きながら飛び出してゆく。
かつて数多の異貌の神々を滅ぼした破神の閃光。
それらはしかし、光の壁に激突して次々に四散した。
地上の荒野で屈強なる北方戦士達が直径二クビト(約1メートル)の円形盾を一斉に掲げ、光の障壁を展開している。
戦祈士達のうち半数程は、密集方陣を組み、後方を除いた全周囲へと盾を向け並べていた。
彼等は互いの肩が触れ合う小さく固まり一丸となって一匹の巨獣の如くに突撃して来ている。
血を求めギラつく猛き瞳が、目庇の隙間から聖堂騎士達を睨んでいる。
<<ヴィズリィィィィルッ!! ヴィズリィィィィルッ!! ヴィーンゴールヴへの道を我等の前にさし示せッ!!!!>>
密集方陣とは別に、その後方に広く散開した北方人達が横一線に並んでいた。
彼等は共通周波領域に野太い胴間声で北方戦句を唱和しながら戦槍を鋭く突き上げた。穂先より轟音と共に次々に閃光が飛び出し唸りをあげて壁上へと迫り来る。
(やはりそう来るか)
ハックの想定に彼等がそう動いて来る事は含まれていた。
これは砦攻めの際の北方民族の定番戦法だ。
人々の咆吼と破神の轟音が響く中で、雪色髪の少年はそれでもやはり落ち着いていて、冷静だった。
(――密集方陣の守りは強固、無駄な攻撃は消耗を招く)
故に傭兵少年は破神剣での迎撃は控えた。
下方より飛来した光弾に対し、素早くラウンドシールドを向け霊力を集中させる。透明な光が円形盾を中心に爆発的に広がった。形成された光の障壁へと光弾が激突、粒子を散らしながら爆ぜ四散してゆく。
付近でもレシアや聖堂騎士達が身を隠す狭間胸壁に閃光が命中し爆裂が巻き起こっている。
光が爆ぜ、魔術文字が刻まれている木壁に盛大に罅が入る。人々の怒号や悲鳴、気合の声が入り乱れている。
<<汝ら神の戦士よぉおおおおお! リースの大神もご照覧あれぇええええ!!>>
壁上の聖堂騎士達が吼え、胸壁の陰より再び身を乗り出し閃光を撃ち放つ。
爆音と共に壁上より雨あられと降り注がれる光弾は、しかし地上にて重ね合わされた光の壁に激突して吹き散らされてゆく。
<<ハッハッァーッ!! ヌルイわ異教徒どもがぁああああっ!!>>
一発、二発は隙間を抜けたが、屈強な北方民達は一撃では倒れず、盾を重ね合わせた密集陣形を頑強に維持しながら、光の雨の中を猛進し砦門へと迫り来る。
<<アルファァアアアズルッ!! アルファァアアアズルッ!! ヴァルホルの主!!!!>>
閃光。爆音。何かが砕ける音と人々の怒号と絶叫。
狭間胸壁の一つが炸裂する閃光と共に圧し折れ吹き飛んだ。
木壁の破片がハックの傍をかすめ砦の内部へと落下してゆく。
<<――胸壁を失った人は僕の後ろへ>>
戦の狂乱が渦巻く中、冷静に立つハックは、破神盾の展開を継続し、その障壁を以って味方を庇う事を試みた。
傭兵少年は自身の力量を把握していたが、しかし数の上では敵に比して五十分の一に過ぎない。
(……数を減らされたらこの戦いは負ける)
衆寡は敵せず、その言葉の意味を知っているが故の行動であった。
<<――了解ですっ!!>>
付近にいたレシアとその指揮下のマスケッティアの聖堂騎士がハックの陰へと飛び込んだ。
光弾が次々に飛来しハックが構える円盾を中心に展開している光の障壁に激突、光粒子を散らし爆裂を巻き起こしながら連続して吹き散らされてゆく。
<<リースの神々よ! 丘のいと高き所にホザンナッ!!>>
<<歌えオラシオンッ!!>>
マスケッティアの青年がハックの左側から身を覗かせ聖句と共に長銃の先端から閃光を撃ち放ち、次いでレシアが右側から身を乗り出し裂帛の気合と共に長剣を一閃した。
二人は密集方陣ではなく、その後方で散開して射撃してきている戦祈士を狙ったようだった。
撃ち降ろしの光弾が北方人の男の脛へと突き刺さって爆裂し、態勢が崩れた所へ三日月状の剣閃光波が唸りをあげて迫り、盾を掻い潜って男の顔面に炸裂する。
轟く爆音、膨れ上がる光と共に屈強な北方人が仰向けに吹き飛び荒野に転がってゆく。
上手く連携を決めたのも束の間、
<<――砦門に取りつかれたぞ!>>
すぐに注意の声が味方の念話領域に響き渡った。
門の方を見やれば密集陣の最前列の男女が槍を捨てて戦斧を取り出し、盛大に砦門へと叩きつけ始めていた。
<<ヴァルファァアアアズルッ!! ヴァルファァアアアズルッ!! グラズヘイムの主よ!!!!>>
門は胸壁よりは念入りに魔術紋を施してあるが、やはり木製、祈士達が繰り出す祈刃の強大なパワーの前には長くは抗しえない。
数秒で破られてしまうであろう事はあきらかだった。
<<僕は門前の敵への攻撃に移ろうかと思う>>
<<了解ッ! では盾は私が引き継ぎますね!>>
<<頼んだよ>>
レシアが盾に光の障壁を展開しながら入れ替わりに前へと出た。
マスケッティアはレシアの陰より敵の散開兵へと射撃を継続し、ハックは駆け出した。態勢低く、木板を蹴りつけ石火の如く壁上を駆け抜けてゆく。
(砦門が破られるまでに攻撃を仕掛けるとしたら――ここしかない)
ミディアムカットされた雪色の髪を風に靡かせ少年が疾る。見る見るうちに砦門が近づく。一定の”ソレ”を確保出来たと見た少年剣士は祈闘術の猛撃を発動、右手に握る愛剣へと霊力を全開に収束させ、切っ先を下に向けた拳上がりに頭上へと振り翳した。雪のように白い刃が眩い純白のオーラを放ち始める。
心剣【ブラッシュ】
持ち主の感情に呼応して変化するというブロードソード型の祈刃だ。
ハックは木板を踏み砕かん程の勢いで踏み込むと、前傾の姿勢より稲妻の如く、雪色に輝く刃を虚空へと向かい突き降ろした。
敵は遥かに剣刃の間合いの外、しかし次の刹那、轟音と共に純白の閃光が矢の如くに剣先から飛び出し、唸りをあげて門前の戦祈士へと襲い掛かる。
空間を奔り抜けた白き天雷は盾の壁をかわし、その奥に立ち戦斧を振るう大男の側頭部に炸裂、膨れ上がる白光と共に爆音と衝撃力を荒れ狂わせた。
悲鳴すらあげずに男が吹き飛び、隣に立つ戦友に激突して崩れ落ちる。
ゲイルスコグルの一団は門を攻撃する戦祈士達の周囲を囲み、光の障壁を展開し守っていた。
しかし、斧を振るって門を破壊せねばならぬ以上、斧を最低限操れるだけの空間は必要であり、前進時よりも大きく隙間が空いていた。
それでも真横からの攻撃ならば側面を囲む戦祈士の破神盾で防げたが、ハックは砦壁上、さらに接近してから撃ち降ろしていた。
つまり、射角がついている。
『一定の”ソレ”』とは角度だ。
斜め上方より稲妻の如く撃ち降ろされる破神剣が、翳された盾の壁を掻い潜って、その奥に立つ戦斧兵へと切っ先を届かせてゆく。
(少しでもここで数を減らす)
ハックは霊力を全開に解放したまま、流星の如くに突きを連射した。純白の光の筋が何条も発生し、暴風雨の如く門前の戦祈士達へと降り注いでゆく。
「ウォオオオオオオオッ??!!」
咲き乱れた凄絶な白爆光の華に、戦祈士達が凄まじい勢いで吹き飛ばされてゆき、周囲から動揺の声が上がる。
だが、少々派手にやり過ぎてしまったらしい。
ハックの視界の横手側から唸りを上げ光が迫る。
少年は咄嗟に身を捻りざま左腕を翳した。円盾の表面に光弾が炸裂、轟音と共に爆裂を巻き起こす。殺し切れぬ重い衝撃が左腕を通してハックの身を貫いて来る。
さらに光は一発だけではなかった。二発、三発、四発、無数の閃光が嵐のように撃ち上がって来る。傭兵少年の身に光が次々に突き刺さってゆく。激しい無数の爆裂に呑まれ、ブリガンダインの一部が爆ぜ、グリーブがへこみ、骨が悲鳴をあげるように軋音を響かせる。
恐らく、敵の念話領域で指令が飛んだのだろう。
”あいつを止めろ”
と。
散開している戦祈士の大半がハックへと狙いをつけ集中射撃を開始していた。
(――退くべき時は退く)
己の装甲と体力でも持たぬと判断したハックは、素早く胸壁の陰へと退避した。しかしその胸壁もまた三発の光弾が突き刺さって弾け飛ぶ。
だがその間にフリーになった味方のマスケッティア達が壁上より光波を放っていた。撃ち降ろしの光達が、散開している敵祈士達を次々に貫いてゆく。
ハックも盾を構えつつ砦門前へと再び剣先を向け、
<<――やぁあああぶれぇえええるぞぉおおおおお!!>>
悲鳴のような念話。
轟音と共に砦門の扉が爆ぜ、吹き飛んだ。
鬨の声が大地を揺るがすが如き勢いで轟いた。
猛然と戦祈士達が砦内へと突撃してゆく。兜の陰より覗く瞳達が血を求め凶悪に光輝く。
砦内の門前へと先回りしていたテンプルナイト達が、迎え撃つべく神々へと加護を願う聖句を唱えつつ長剣と盾を構える。
その様を目撃したハックは、先の一斉射撃でかなりの痛打を受けていたが、躊躇わずに壁上の木板を蹴り、宙へと身を躍らせた。
夏空の鮮烈な青を背景に少年の白い髪が躍る。
――まぁ"酷い目"に遭うかもしれないけど、戦いなんだし命の一つぐらいは懸けて差し上げないとな。
大きく放物線を描きつつ宙で身を捻りつつ着地、突撃を開始した密集方陣の後背へと降り立つ。
砦内のテンプルナイト達と前後を挟撃する位置である。
<<アドホックが尖兵、ハック=F・ドライメン――背後より失礼仕る>>
白髪の少年剣士が白いオーラを放つブロードソードと円形盾を構え、共通周波領域へと念話を飛ばした。
<<――背後だとっ?!>>
ハックに気づいた密集方陣最後尾の戦祈士が振り返る。
十五歳の少年は風の如く踏み込んだ。雪色に輝くブラッシュが弧を描いて空間を走り抜け、振り向いた戦祈士の首が鮮やかに宙に刎ね飛ぶ。
仕留めた。
確実に。
今こそ初めて明確に戦場で人を殺めた時だったが、しかし強い衝動は感じなかった。
傭兵としての覚悟を決めているからか、それとも今が鉄火場の戦場だからか、それは少年にも解らなかったが。
残りの敵を睨み、雪のように白い刃の柄を握り締める。
<<後ろに敵! 一人だ! 野郎ッ飛び降りてきやがった!!>>
<<なんだとッ?!>>
<<たった一人でかっ?! 命知らずな野郎めッ!! 迎え撃て!!>>
戦祈士達に動揺が走り、突撃の勢いが弱まり、後方の一部が反転してくる。
チェインメイルを鳴らしつつ鋭く突き出された槍の穂先を、ハックは左の円盾を角度をつけて受け流し、一歩を踏み込みつつ袈裟に白光の剣を振るった。
斜めに走った斬撃が北方人の肩口から入り、鎖鎧を断ち斬り鮮血を溢れ出させる。
態勢を崩した男へと白いオーラを放つ剣が即座に翻って稲妻の如くに走り、その喉元を真一文字に斬り裂いた。
首の皮一枚を残した男が赤色を宙に噴出しながら崩れ落ちる。
瞬く間にさらに一人を斬り倒したハックの剣技に戦祈士達が顔色を変えた。
<<強いぞっ……?! この餓鬼?!>>
<<一斉だ! 一斉にかかれ!! 槍衾だぁ!!>>
<<ウォォオオオオオオオオオオディンッ!!!!>>
三人の戦祈士達が素早く散開し、三方向からハックへと襲い掛かる。
ハックは流水を発動し、後退しながら盾構え光の障壁を展開した。
破神盾は完璧に近い防御性能を誇るが一度に一方向からの攻撃しか防げない。故に多方向からの攻撃は防ぎきれない。
しかし、雪色髪の少年は足さばきによって敵の個々との接触タイミングを僅かにずらし、瞬間的には一対一となる位置を連続して作り上げていた。
三方から繰り出される槍の穂先を光の障壁を纏う盾で受け、払い、右手の剣を振り上げ斬り飛ばす。
懸念は北方背後に散開している射撃隊からの破神剣だったが、壁上にいた時よりもむしろ飛んで来る数は激減していた。
ハックを挟んで南側には密集方陣の背中がある。
外す、あるいはハックに機動されてかわされた際に、流れ弾で味方の背を誤射する事を恐れたのだ。
まさしく死中に活有り、である。
傭兵少年は盾から光の障壁を消すと、下段からブラッシュを振り上げつつ踏み込み、即座に返す刀で突き下ろし、薙ぎ払った。
戦祈士の槍持つ腕の手首が斬り飛ばされ、喉元に輝く剣の切っ先が吸い込まれるように突き刺さり、間髪入れずに横に刃が動いて首が半ばから断たれる。
雷光の如き多段攻撃を浴びせられた戦祈士が鮮血をぶちまけながら斃れてゆく。
<<突撃!! 突撃ーーーッ!!>>
共通周波の念話領域に北方人達の前進を促す声が響いている。
だが、その動きは明らかに性質を変えていた。
砦内へと向かう南側ではなく、北側へと向かって駆け出している。前進ではない。それに、彼等が本気で突撃する時はノールの神々の名を叫ぶものである。
ゲイルスコグルは退却を開始していた。
●
その後、ハックは三人の足を断って退却を妨害したが、再び散開兵達より閃光の嵐が飛んで来た為、無理な追撃は控えた。
聖堂騎士達は逃げゆく北方人達の背に破神剣を嵐の如く撃ち込み、多数を討ち取った。
ゲイルスコグル戦祈団は開戦時には五十名いた団員の半数以上を失い、這う這うの体で北へと逃げ去っていったのだった。
戦後、
「――よくぞ連中の後背を突いてくれた! アドホック傭兵ハック=F・ドライメンよ、その武勇、戦功第一とするに相応しい! リースの諸神も貴君の勇気を褒め称えるであろうよ!!」
生き残ったらしい砦の守備隊長がハックの両肩をバンバンと叩いて激賞していた。
どうやらハックが後方を乱した事により、敵の突撃の勢いが弱まり、聖堂騎士団には大きな被害が発生しなかったらしい。
今回は大勝利であった。
百祈長は欲を言うなら積極的に追撃を仕掛け徹底的に叩いて欲しかった、とか人使いが荒い事も言っていたが、追撃の為に突出して討ち取られてしまう話は古今東西良く聞く。傭兵が戦場で生き延び続けるには慎重なくらいで丁度良いのである。積極策は成功した時の見返りは大きいかもしれなかったが、欲張りすぎると危険でもあった。
百祈長からの話が終わると、
「ハックさん、お疲れ様です。さすがですね、戦功第一位、おめでとうございます」
灰瞳の少女が寄ってきて笑顔を向けてきた。
「有難う。レシアも無事で何よりだよ」
レシアも五体満足で生き残ったようだった。彼女の隊のマスケッティアも不具などにはならず無事生き延びられたとか。
聖堂騎士団の被害は今回とても軽かったそうだが、戦後も見知った顔が無事に揃っているのを見るとその事実を実感出来た。負け戦の時は酷いものである。北に逃げ帰ったあのゲイルスコグルの一団のように。油断すれば明日は立場が入れ替わらないとも限らない。
ともあれ、この小砦とその周辺領域を巡る戦いではガルシャ王国――ヴェルギナ・ノヴァ帝国側が有利を掴めた事は確かだろう。
それは決して巨大なものではないかもしれないが、有利は有利を生んでゆくものである。
帝国と大公国の間で鬩ぎ合っている天秤は、じりじりと帝国側へと傾いてゆくのだった。
成功度:成功
獲得称号:メデンツェ小砦の戦い戦功第一位
獲得実績:プレイアーヒル前衛砦群攻防戦の結果=帝国の大勝利