シナリオ難易度:難しい
判定難易度:普通
良く晴れた秋の日。
雪のごとき髪の青年が、皇都中央を一望できる宮殿のテラスに立っていた。
先日、十八歳になったばかりの若き騎士伯ハック=F・ドライメンである。
彼は皇帝アテーナニカからの相談に耳を傾け、内容を吟味すると胸中で呟いた。
――ふむ、なるほど……つまりまた面倒ごとだ。
これはまたなかなか厄介な問題だぞ、とハックは思った。
古代、大陸では戦争自体には無類の強さを誇った王がいたが、勝利した後の恩賞の分配が偏っていたが為に周囲から不平不満が噴出し、最終的には四方がすべて敵となり囲まれ袋叩きにされて滅ぼされたという。
恩賞の与え方というのは確かに帝国の未来を左右しかねない。
元傭兵の騎士伯は迂闊な答えを出さぬよう、まずはアテーナニカがメティスから言われたという言葉の意味を良く考えてみる事にした。
ハックは若いが基本的に年齢にそぐわぬ冷静さを持つ沈着な青年である――偶に過激になる時もあるが――この時の彼は基本的なほうのハックだった。
至尊の地位にある皇帝に眼前から直接問いかけられていても、特に気負う事もなく落ち着いて思考を巡らせる。
『いずれの道も皇帝として間違いではありません』
元世界帝国ヴェルギナの皇室の家庭教師にして現在はフェニキシア総督をつとめている不老の賢者はそのようにアテーナニカに対して述べたらしい。
(……彼女は間違ったことは言わない人だ。短い付き合いでも、それは分かる)
ハックはかつてメティスの護衛をつとめフェニキシアの諸侯の領を旅して回った他、後の【皇の目】の職をつとめた際にもメティスの指揮下で動いていた。
それらの際の言動に接しハックはメティスに対し一定以上の評価をしていた。彼女は間違ったことは言わないと。
故に他ならぬ賢者メティスが『間違いではない』と言ったからには、その言葉を信じて良い、とハックは思った。
ただし、
(『正しい』とは言わなかった……つまりどの選択をしても何らかの苦しみを負うことは避けられない、という事か……?)
間違った事は言わないが、すべてを語る人でもない。
賢者と呼ばれる人間は大体がそうだが、メティスも例外に漏れずその口だった。
語られていない何かはあるのだろう。
『アテーナニカ様が目指す国家への道をお選びください』
そんな中でハッキリと語られたその言葉。
(――この決断が陛下の目指す国家像を体現するという事)
間違いはないのだろう。
この帝国の、皇帝アテーナニカの、そして皇帝に仕える騎士であるハックの、その未来が、岐路に立っているという事は。
それは同時にゼフリール島に生きる大勢の人々の未来をも左右する。
帝国は、この国は、一体どのような【体制(未来)】を目指すべきか――
雪色の髪の若き騎士伯は、熟慮の上で考えをまとめ、エメラルド色の瞳を皇帝へと向けた。
<<僕の所感はこうです>>
ハックが念を発すると、皇帝がアメジスト色の瞳でハックを見つめ返し、その言葉に耳を傾けてくる。
<<――聖堂騎士団に領地を与えれば信賞必罰の精神>>
何者であれ帝国の為に働く者には必ず公平に報いる、その大義を示すだろう。
<<――皇帝派に領地を与えれば一味同心の方針>>
アテーナニカに味方する者に対しては手厚く報いる、その利害を示すだろう。
<<――自ら直轄するとなれば独裁主義の姿勢>>
帝国の頂点に立つ皇帝という権力の大きさ、その権威を示すだろう。
<<その選んだ結果が、陛下の望むこの国の姿になります>>
明日の帝国の姿だ。
頂点たる帝がそのように働けば、国は遠からずそうなってゆく。
<<――望むものをお選びください>>
皇帝の盾たる騎士は述べる。
<<僕は貴女の、ひいてはこの国の盾。陛下が決断すればそれを護るのみです>>
主君の表情には迷いが見えた。
皇帝は彼女の望みが帝国に破滅を呼び込む事を危惧している。
未だ決めかねている、と察したハックはさらに己の意見を述べた。
<<……元傭兵として語るのであれば、聖堂騎士団に渡してしまうのがいいかと思います>>
<<それはどうしてだ?>>
<<もしシロッツィ殿に二心があるのであれば、どちらにせよ渡さなかった時点で離反する口実を与えているも同然だからです。褒賞を与えない雇い主は見限られるのが世の常、ですから>>
金を払わない雇い主は手勢として雇った筈の傭兵達に逆に襲われ身包み剝がされ命すらも奪われるといった話は傭兵の世界では珍しくはなかった。
貴族の世界がどうなっているのかはハックは詳しくなかったが、傭兵としてはそれは当然の事だった。
元傭兵である騎士の言葉にアテーナニカは頷き、
<<褒賞を与えない雇い主は見限られるのが世の常、か……確かにそういう話は耳にした事がある。そうか、世の人々はそう考えるか。皇帝への叛乱に対しても、人々はそれをした者を逆賊ではなく、当然の選択をした者だと見ると……その大義名分を与えてしまう事になると……豊かな領という物質的なものを与えるよりも、世の人々からの支持を得られてしまう方が不味いと……?>>
皇帝は皇帝たりうるからこそ皇帝と認められるのであって、たまたま玉座に座る事になっただけの何者かに人は忠誠を向けなどしない。
認めがたい振る舞いをすれば、皇は容易く見限られる。
皇たらんと欲するならば、シロッツィよりももっと大きなものへと目を向けるべきだった。
<<はい、しかし確かに豊かな領地を手に入れれば、軍備を整える事は容易となるでしょう。それでもしも今よりも強大化したシロッツィ殿が裏切った時はどうするか、ですが……>>
ハックは己の胸に手をあて、言った。
<<その為の“盾”です>>
例えシロッツィが叛乱を起こそうとも鎮めて見せると騎士は宣言した。
<<御身を護るためにお掲げ下さい。万難を排して護って見せましょう>>
それで護れないような国であったら、どちらにせよ斜陽は必然と言うものですから――そのように、ハックは己の意見を締めくくった。
シロッツィが為に皇としての道を曲げるべきではない。
(……柔軟に頭を回せる彼を侮る気は無い、けれど)
だがそれに勝てぬようではどの道、自分達に輝ける未来など無いだろう。
<<…………貴方の意見はよく解った>>
アテーナニカは深々と頷いた。
決意をした表情をしていた。
女皇帝は紫色の瞳を真っ直ぐにハックへと向け唇を開き、胸を張り大きく声を発して言った。
「よくぞ言ってくれた。私はプレア侯に州都ヴァルハベルグを与える事にする。そしてサー・ハック、貴方に同州の都市ガルドゥルヴォルグを与える事とする」
曰く、ガルドゥルヴォルグはヴァルハベルグの隣にある都市であるらしい。
「州の中枢で何事かが起これば、すぐに駆けつけられる位置だ。今はまだ戦時中だから領内の統治はアロウサのように代官を派遣するが、そこが貴方の領地であるという事は、もしも良からぬ事を考えている者がいるならば牽制になるだろう」
普通、領主は己の領地を最優先で守ろうとする。
シロッツィがヴァルハベルグで叛乱を起こしたら、まず第一に危機に晒されるのはガルドゥルヴォルグだ。
故に普通に事が運んだ場合、シロッツィはその地を護らんとする領主であるハックと戦う事となる。
それを避けるにはハックを抱き込むなどしなければならない。
ガルドゥルヴォルグは危険な位置にあったが同時に、ヴァルハベルグの動向を掴みやすい立ち位置にもある。
ガルドゥルヴォルグはヴァルハベルグの喉へと突きつけられた剣の切っ先のようなものであり、そして矢面に立つ盾とも言えた。
「――場合によっては、とても危険な役割となる。引き受けてくれるだろうか?」
ハックは騎士の礼を取って言った。
「御身を護るためにお掲げ下さいと申し上げました。いかようにもお使いください」
「……ありがとう」
アテーナニカは微笑を洩らした。
「ガルドゥルヴォルグは州都に次ぐ大きな都市だ。北方の古い言葉で”咆吼する城”を意味するらしい。領の格としては副伯領になるな。平原に建つ街で夏には豊かな草達が風に吹かれ緑色の波のようにうねる美しい場所だとか。あとチーズやバターが美味なのだそうだ」
「それは良さそうな土地ですね。赴任するのが楽しみです」
ハックは微笑んだ。
まぁだいたい風評というのは美化されているものだが、実際にその通りの場所な事もある。期待しておいても損はないだろう。
こうして帝国に新しく若き副伯が誕生した。
北方の要衝ヴァルハベルグを監視する位置にある地ガルドゥルヴォルグを領地として得たハックは、アロウサ騎士伯にしてガルドゥルヴォルグ副伯ともなり、今後ガルドゥルヴォルグ副伯、ロード・ガルドゥルヴォルグの名で歴史書にその存在を刻む事となる。
成功度:大成功
獲得称号1:皇帝の相談役
獲得称号2:ロード・ガルドゥルヴォルグ
獲得実績:ガルドゥルヴォルグ副伯