シナリオ難易度:無し
判定難易度:普通
両開きの巨大な扉が開かれ、中へ足を踏み入れると、そこは石造りの壁に囲まれたホールだった。
白味がかった古めかしい灰色の壁は重厚に佇み、炎の光を受け橙色に表面を染めている。
国防の要の都市らしく建物の造りは武骨だったが、フェニキシア伝統の細微な意匠が凝らされた燭台に燃え盛る炎が載せられ、等間隔で無数に並べられていた。
国境城塞都市ベールハッダァード、その領主である女王の城館にて、儀式は行われている。
(……話が大ごとになり過ぎじゃないかしら?)
艶やかな黒髪を腰まで伸ばしているエルフ娘が敷かれている深紅の絨毯を踏みホール内を歩いてゆく。
本日の儀式の主役シラハ・フルーレンだ。
しかし、その表情はいささか硬かった。
シラハがこれまでの戦いに参加していたのは、祖国フェニキシアの国難を救いたいという一心からであり、他意はない。
(まさか貴族になる話がでるなんて……)
――私のごとき平凡な出自の小娘に務まるとは思えない。少し前までは、この国は経済格差が非常に大きく下層民は貧困に喘いでいるという知見すら無かったのだから。
ホール内に立つフェニキシアの女王派である貴族達が、周囲よりシラハを見つめている。気後れすれども無様を見せる訳にはいかなかった。シラハを推挙してくれた人々に恥をかかせる事になってしまう。
顔を逸らさぬよう前を見続ける。
敷かれた長い深紅の絨毯の終点。
以前に見たものとは異なる、豪奢なドレスに身を包んだ黄金の髪の少女が、シラハを真っ直ぐに見つめ、長剣を手にして立っていた。
――ベルエーシュ、この国の女王たる弱冠十五歳の少女だ。
彼女からシラハはこれより男爵位の叙勲を受ける。
男爵というのは、騎士などとは違い、紛れもない貴族だ。
自信は無かった。
しかし、
(それでも――)
こんな自分でも爵位を授かる事で、フェニキシアの人々に「ここまで来られる」という前例を示す事が出来るのであれば、この国にとっても益になるのではないか?
それに、貴族としての重責を想うと心が重いのは確かだったが、女王陛下の厚意を無碍にする事に比べればさしたるものではない。
だから、シラハは歩みを止めなかった。
周囲の視線が集まる中、ベルエーシュの前まで進み出ると片膝をつく。
ブロンドの髪の女王は薄桃色の唇を開いた。
「私はアーシェラルド及びベールハッダァードの領主にしてフェニキシアの王、ハミルカルの娘、ベールの火、ベルエーシュ・イル・イナンナ・ベルナアト・ノス・フェニキシアである」
凛とした、高く澄んだ声だった。
常はどこか砕けた調子のある女王だったが、今はその気配は微塵も無い。
「偉大なる戦士にして祖国に忠実なる女シラハ・フルーレンよ、貴方が私に忠誠を誓うならば、私は貴方をベールの子の列に加えよう」
ベルエーシュが詩を詠うように言葉を紡いでゆく。
「貴方の血は私達の血であり、私達の血は貴方の血である。私達の剣は貴方の権利を守る、貴方の剣が私達の権利を守るように」
貴族に叙す儀式におけるフェニキシア古来より続く伝統の誓いの言葉だった。
「貴方は貴方の民を戦争においては指揮し、平穏においては統治する権利を持つ。
そして貴方は災厄を祓い、貴方の民達に家と水とデーツを齎す義務を負う。
貴方の判断がベールの法に則っている限り、私はそれを尊重する。貴方もまた私の判断を尊重せよ」
それは叙勲される者の権利と義務、そして王からの保護に関する内容をあらわしていた。
今となっては実際とは異なり(フェニキシアの主食は古代はデーツだったが現代では麦になっているなど)形式的になっている部分もあるが、大昔は王と貴族と民達はその言葉の通りの関係だったのだ。
「銀刃のシラハ・フルーレンよ、貴方はセドート男爵となり、私をフェニキシアの王と認め忠誠を誓うか?」
深い海のように、濃い青色の瞳がシラハを見つめている。
シラハは女王の瞳を真っ直ぐに見つめ返して答えた。
「女王陛下に忠誠を誓います」
決然とした芯が通った女声が石の間に響き渡る。
「今後フェニキシアの貴族としての務めを、我が名と魂に懸けて果たします。
そして、国難に於いて抜き放たれる刃として在り続けます」
シラハはもう迷わなかった。
貴族としての責務と、これまで通りの献身と、その二つを両立していく。
それを、誓った。
ベルエーシュが両目を閉じる。
しばしの間の後、女王は再び深海色の瞳を開き、長剣を掲げた。
それから剣を倒して平をシラハの右肩へとあてると、剣を持ち上げシラハの頭上で弧を描いて回転させながら移動させシラハの左肩へとあてる。
そうして息を吸うと高らかに宣言した。
「誓いは成った! これよりシラハ・フルーレンはセドート男爵である!! 天神ベールよ我等の誓約を照覧あれ!!」
ベルエーシュが叫ぶと周囲から拍手が巻き起こった。
「神々と女王陛下! そして新しきセドート男爵に万歳!!」
「万歳! フェニキシア王国に栄光と繁栄あれ!!」
聞いた事のある声だ。
記憶違いでなければ、シュッタルナとハニガルバトの声である。
どうやら盛り上げてくれているらしい。
ふぅと息を吐いて眼前の金髪少女が長剣を降ろし笑った。
「お疲れ様! これで儀式は終了よ。有難う、受けてくれて。これで貴方もベールの子の一員よ。改めて歓迎するわ!」
そうしてつつがなくシラハ・フルーレンの叙勲式は終わり、後は立食形式のパーティへと場は移行してゆくのだった。
●
もう貴族なのだから品性を気にしなければ、という思いがあるシラハだったが、
(……美味しい!)
今まで食べる機会がなかった豪勢な料理の数々に舌鼓を打っていた。
「そんな美味しそうに食べてくれるんだから、シェフもきっと喜ぶわよ」
ベルエーシュが上機嫌に笑っている。
料理を手に女王と歓談していると諸侯達も集まって来た。
「やぁセドート男爵、正式な叙爵おめでとう」
女王への挨拶の後、そう声をかけてきたのは、先日直接依頼を請け負ったワスガンニ家の当主シュッタルナである。
「そちらもエブラ伯への陞爵おめでとうございます」
「ああ、有難う」
この褐色肌の忠義男もシラハと並び功があったとして伯爵位を授与されていた。
王家が接収したアンムラピの旧領のうち州都ウガリィッドの代官の座についている。
「カルケミシュ伯爵も、先日はご尽力いただき有難うございます。そして陞爵おめでとうございます」
「いやいや、私も息子もあまりたいした事はしてないから、お二人からのおこぼれに預かったようなものだよ」
仕官してアンムラピの懐にもぐくり込んでいたミタンニの父親ハニガルバトは謙遜して笑っていた。
実行したのはシラハとシュッタルナだが、ハニガルバトの一門の力がなければとても成功はかなわなかっただろう。
共に一つの大きな仕事を果たした者達同士での会話を終えた後、今度は褐色肌の銀髪のエルフが声をかけてきた。
国境都市ベールハッダァードの代官にして、先の戦いでは伏兵隊の隊長を務めたグブラ伯ジザベルである。女王派の武官筆頭だ。
「おう、セドート男爵、ガラエキア以来だな。受勲おめでとう」
シラハは挨拶回りにいかなければ、と思っていたが、周囲の方から次々に声をかけてくる。
王都アーシェラルドで代官を務めている文官筆頭ティリス伯アンテノールからも名代の男が送り込まれていて挨拶をしてきた。
「およろこびを申し上げます男爵。アンテノール様もセドート卿といずれお会いしたいとおっしゃられております。王都に立ち寄られた際は是非、ティリスの館をお尋ねください」
女王派の主要な面々の中で最後に声をかけてきたのはビブロス宮中伯爵のアーシェラだった。
薄い紫色のドレスに身を包んだ長いブロンドの髪の女である。
「初めまして、セドート男爵。この度は叙爵おめでとうございます。武名はかねがね」
彼女は興味深そうに好奇心の光を宿した紫瞳でシラハを見ていた。
「男爵が果たされた事はフェニキシア王国にとって、とても大きい。宮中伯として諸手をあげて歓迎いたします」
諸国を旅してまわった経験を持っていて、実年齢はそれなりの筈だったが、若々しい見た目の通り割と子供っぽい所もあるらしい。
なんでも領地経営をほっぽり出して旅ばかりしていた旅道楽として有名だとか。
「いやぁ正直、この国の未来は暗いと思っていたのですが――」
アーシェラはへらっと笑いながら歯に衣着せぬ事を言った。
シュッタルナとハニガルバトが目を剥き、ジザベルが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてアーシェラの背を睨み、ベルエーシュがそしらぬ顔で料理を食べている。
「――セドート男爵がご活躍されたガラエキアから風向きが変わってきましたね。この国はあるいは戦前よりむしろ良くなるかもしれません。ヴェルギナ・ノヴァ帝国に勝てれば」
勝ち目はまぁ、未だあんまり高くはなさそうですが、ガルシャには雷神ジシュカがいるからなぁ、などとアーシェラはザクザクと言いつつ、
「貴方ならやってくだされると皆、期待していますよフェニキシアの刃、セドート男爵シラハ・フルーレン卿」
そう言葉を締めくくったのだった。
●
その後、シラハは他の有力貴族とも言葉をかわし、コネクションを繋いでおく事に尽力した。
一通り終えた後、パーティから抜け出しテラスへと出る。
山河都市ベールハッダァードの涼やかな秋の夜風に吹かれながら、星々が煌めく空を見上げ思う。
思い返すのは、神将殺しの傭兵ゲオルジオのあの言葉と、己の返答である。
『覚悟は決めるわ。王国に属した時から、私は真に“フェニキシアの刃”となる』
アンムラピ排除の際の障害となっていたゲオルジオを討たなかったのは、彼が王国の敵ではなかったからだ。
故に、もし彼が敵となるなら、その時は――
(いや、よそう)
新たに貴族となったエルフ娘は首を振った。
ゲオルジオは傭兵だし、何があっても味方という類の人間ではない様子だったが――彼には彼なりの行動規範があるような節が見受けられる――同様に敵に回るとは限らない。
(今はとりあえず、貴族として学ぶべき事を学ばなければ)
それはきっと山ほどある。
立食中にそのあたりの事をベルエーシュに洩らすと女王はシラハへと、
「領地の運営は代官を任命して任せても良いけど、他ならぬその代官から好き勝手やられる可能性があるからね。だから自分でも勉強したいというのはとても良い事だと思うわ、大変だとは思うけど、頑張って。何か人材が欲しかったりしたら相談してね」
などと言っていた。
頑張ろう、と思う。
(私も一人の統治者になるのだから)
空の高い位置では月光を透かす群青の雲が、速く流れていた。
成功度:大成功
獲得称号1:セドート男爵
獲得称号2:ベールの子
獲得称号3:フェニキシアの刃
獲得実績1:叙爵『セドート男爵(フェニキシア王国)』
獲得実績2:フェニキシア王国女王ベルエーシュ派閥の有力貴族達との面識