シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
現状を把握しシラハ・フルーレンは思った。
(うわっ……私の祖国の財政、悪すぎ……?)
白いたおやかな両手で口元を覆い、黒曜石のような瞳を真ん丸に見開いて、胸中で呟いてしまうエルフ娘である。
土地自体は豊かだが、小国でありかつ、税金を不正にちょろまかして私腹を肥やしている貴族や役人が多い為、格差が激しいのがフェニキシアである。
十四歳の女王ベルエーシュが改善せんと奮闘しているが、彼女は野戦指揮官としては天才的だったが、政治家としては年齢相応の力量しか持ち合わせていなかった為、まだまだ腐敗が残っているのが現状だった。
「にっくき帝国が3割程度の税率であれば、それに対抗して2割……いや1割……」
シラハは対抗心からぐぬぬと歯軋りしつつ焦点の合っていない瞳で虚空を睨みつつ呟く。
ヴェルギナ・ノヴァ帝国の税率は3割であるという噂だが、事実であるなら一体どうやっているのだろう? 帝国の兵数は確かに飛びぬけて多いという訳ではないが、それでも3割で支えているとはフェニキシアからすると信じられない話である。
ただいずれにせよそれは、皇帝アテーナニカの才覚ではなく、それまで長らくガルシャの地を平穏に統治し続け内政に力を注いできたガルシャ王イスクラの力だろう。
「セドート男爵?」
眼前より心配そうな声が飛んできてハッと我に返る。
黒縁眼鏡の透明なグラスの奥より、大粒の青色の瞳が、探るようにシラハを見つめていた。
「……アッ、ハイ、前例踏襲して6割で留めておきます」
少し冷静になったシラハはフェニキシア王国でごくごく一般的な税率を回答した。
「6割ですか……」
「ええ、6割で」
王家からの使いフラムは税を7割取って軍備を強化して欲しいと希望した。
しかしそのフラムからの話によれば、女王ベルエーシュは民達にあまり負担のないようにして欲しいと希望しているらしい。
(なら、ここは間を取って従来通りの6割でも問題は無い筈)
シラハはそう判断した。
ベルエーシュからの期待は裏切りたくない。
だが、領主としての期待に応えられる結果を出す為には、ベルエーシュの希望の通りに動いているだけでは、結局期待を裏切る事になりかねない。
だから7割はいきすぎだが、あまり軽い税でも戦に勝てなくなるので、6割だ。
代わりに、
「税は6割に留めて……そして、祈刃のメンテナンス費用を除いた後の私の領主としての収入も、領民と同じ程度で留めておきたい。切り詰められるところは切り詰めて、貯蓄を増やして有事への備えにしたいと考えています。いつか……この国が豊かになったら、領民には良い思いをさせてあげたいと思います」
長い黒髪のエルフ娘は王家からの使いを見つめた。
眼鏡娘は少しだけ失望した様子だったが、
「……なるほど、わかりました。とても手堅いご選択だと思います。セドート男爵閣下のご選択は、女王陛下、セドートの民達、私達王家の官吏達、誰からの希望にも添いませんが、失望もまた、全員にとっての許容の範囲内に納まるでしょう。真ん中です」
為政者として定石的なバランスを持つ選択だと思います、とフラムは評価した。
(この子、臆病そうなのに、言う事は結構はっきり言うのね)
ベルエーシュが何故、シラハへの使いにベルエーシュ自身の意向(税率は民達の為に低くして欲しい)とは異なる意見を持っているフラムを選んだのか、その理由はこのあたりにありそうだ、とシラハは思った。世渡りは下手そうだが正直そうだ。
そして、
(誰からも失望される、か)
戦場において指揮官は孤独だ、とよく言われるが、領地において領主もまたそれと同様なのかもしれなかった。
●
「家宰はフラム、貴方にお願いします」
シラハは王家から推薦されたフラムをそのまま採用した。
王家からの監視を受けるのは、何もやましい事はしてないのだから意に介すところではなかった。
むしろ王家にアピールするチャンスだと思う。
「光栄です!」
フワフワとした赤色の癖毛を長く伸ばしている眼鏡娘はパッと笑顔になると、
「誠心誠意、家宰として女王陛下の為、フェニキシア王国の為、男爵閣下の為、セドート村の為、尽くします」
と礼を取りながら言ったのだった。
●
セドート領で雇い入れる祈士としてシラハは重装と中装の祈士をそれぞれ一人づつ正規兵として雇い入れる事とした。
理由はシラハ自身が軽量な剣技を得意としている為、そうすればすべての重量をカバーする事になり、あらゆる事態に幅広くバランス良く対応できると考えた為だ。
フラムからの紹介で刀槍と大型盾を使い金属鎧に身を包む壮年の巨漢と刀槍と円型盾を使う革鎧に身を包んだ若い男装娘が採用された。
それぞれ王家とゆかりのある騎士家の三男坊と四女で、身分はさほど高くなく戦士としての腕前も傑出している訳ではないが、信頼できる人間であるらしい。
寡黙な巨漢がハスドルバルで、陽気な男装娘がモニカだ。
シラハはモニカに領地の防衛を主に任せる事に決めた。
そうしてシラハがセドート村の館にして赴任してから時が流れ、季節は秋から冬へと移り変わってゆく。
春には麦が収穫されるフェニキシアでは秋にも麦が収穫される。
収穫された大量の麦が領主の倉庫へと運び込まれてゆく。
「6割か……悪徳侯爵を討った英雄様の統治だったら、もう少し生活が楽になると期待したんだがなぁ」
「まぁまぁ、アンムラピが生きていた頃よりはずっとマシじゃねぇか。新しい領主様ご自身もご倹約なされてお国に尽くされているようだし、悪い方じゃない。感謝すべきだよ」
「あの頃に比べりゃ確かになぁ。これもヴェルギナ帝国に勝つ為か」
「でもよ、そのヴェルギナ帝国はどこの領もだいたい3割なんだろ? 前に帝国から来た学者だっていうお嬢ちゃんが言ってたぜ。それに比べるとなんで俺達ゃ働いても働いてもこうも苦しい……」
「シッ! 滅多な事をいうもんじゃねぇ……! 俺達はどこの国の人間だ……?! しょっぴかれるぞ……!」
「あ、ああ……」
村人達はそんな話をしているとモニカからの報告にはあった。
領民達からの評判はそこまで悪い訳ではないが、良い訳でもないと。
なかなか厳しい反応だったが、
(すぐに良き領主たることは出来ないけど……前に進む志は持ちたい)
シラハは挫けずに領主としての務めをこなし続けた。
そのおかげで税率が6割という事もあり、徴集された麦の量はかなりのものとなった。
これをどう捌いて資金に変えるか。
(商団とのつながり……)
シラハの脳裏にパッと思い浮かんだのはゲオルジオの顔だったが、
(……いや、彼は確か商才に恵まれてなかった気がするわ。却下よ却下)
傭兵としては超一流の神将殺しも商人してはそうではない。たまたま運が向いてなかったからという事もありえたが、ここまでの実績がよろしくない相手へと大事な税収を託して博打をうつには危険過ぎる。
他に何か良い手段はないかと考えたが、シラハには思いつかなかったのでフラムに任せる事にした。
「承知しました! 王家と古くから繋がりがある信用できる商団を一つ知っています。そちらをご利用されるのではいかがでしょう?」
と、ふわふわ髪の眼鏡娘から紹介を受け、詳細を聞いてみるに、それはどうやら特別に得という訳でもないが、損という訳でもない老舗のようだった。
相場通りに確実に売却できるならそれで構わないか、と考えたシラハはフラムからの勧めに従って、堅実に取引をして麦を金貨へと変えたのだった。
そうして時は流れ、やがて再び帝国と王国の軍が激突する時、シラハは領で蓄えた財力を以って祈士を率い女王旗の下へと馳せ参じる事となる。
その時に率いた祈士は重装祈士ハスドルバルと、アドホックから借金しない程度に集めた傭兵達だった。
6割の税と定めたものの、シラハは元々治められる側だったからこそ、領民を苦しめたくはない思いがあった。
「セドート男爵、来てくれて嬉しいわ!」
祈士達を率いてベルエーシュのもとへと向かうと、女王はそのように笑顔で向かえてくれた。
また率いてきた祈士の数はベルエーシュの期待に添えていたようで、これだけの人数を連れてきてくれたのはとても助かる、と感謝されたのだった。
フェニキシア王国とヴェルギナ・ノヴァ帝国の興亡を決する秋(とき)が、近づいてきていた。
成功度:成功気味
獲得称号:堅実な為政者
獲得実績1:チャプター3終了時点・セドートの領民達からの不満(小)
獲得実績2:チャプター3終了時点・フェニキシア王家の官吏達からの不満(小)
獲得実績3:家宰は「フラム」
獲得実績4:チャプター3終了時点・セドート村の経済力=村規模(中)
獲得実績5:チャプター3終了時点・フルーレン家の経済力=村規模(中)
獲得実績6:チャプター3終了時点・フルーレン家の出費=村規模(大)
獲得実績7:チャプター3終了時点・フルーレン軍の規模=村規模(大)