シナリオ難易度:易しい
判定難易度:難しい
<<そーいえば正義がどうとか幸せがどうとか、何か悩んでたんだっけ?>>
年の頃十二程度に見える少女――ケーナ・イリーネは立ち上がりつつ、己を真っ直ぐに見つめて来る灰色の瞳を、その紫水晶の如き瞳で見据え返した。
ケーナがレシアと帝国の正義について会話をかわしたのは半年以上も前の、何気ない会話だったのでよく覚えていない。自分が何を言ったのかもろくに覚えていない。
だが、思う。
『貴方はきっと私の大切な仲間達を殺すから』
という先程のレシアの言葉は恐らく間違ってはいない。
実際、既に己はプレイアーヒルを封鎖する砦群の戦いで、何人かの聖堂騎士達を殺してしまっているかもしれない。確認はしていなかったが、手に握った刃を通してそれらしい感触は伝わってきていた。
傭兵としてヴァルギナ・ノヴァ帝国と戦う依頼を引き受け続ける限り、それはこれからもそうだろう。ケーナはきっとレシアの仲間達を殺し続ける。
だから、元は名家の令嬢であった十六歳の傭兵少女は、少女騎士へと念話を送り、応えた。
<<<いーよ、レシア、殺しに来ても……でもこれだけは言っておくね>>
革鎧に包まれた胸元まで長く伸びている栗色の髪が揺れる。
揺らしたのは炎熱荒れ狂う戦場に吹く風か、あるいは別の何かか。
ケーナは霊的偽装を解き放ち、これまで抑えていた霊圧を全開に解き放った。
冷たい鋼――右手に握る細身の剣の切っ先をレシアへと向ける。
<<殺すつもりでいる人は、殺される覚悟を持たなきゃダメなんだよ?>>
霊圧が膨れ上がってゆく。
レシアの左右に立ち、彼女と同じようにケーナへと長剣の切っ先を向けている聖堂騎士達が微かに呻いた。
気圧されたのだ。
圧倒的な強者。
具現化された死が、小柄な少女の形をして、そこに佇んでいた。
人としての本能が『逃げろ』と『立ち向かってはいけない』と聖堂騎士達に強烈に訴えかけて来る。
ケーナよりも遥かに力量で劣るレシアは、ケーナからの言葉と吹き付けて来る圧倒的な死に対し、いつものぼんやりとした表情のまま見据え返し、答えた。
<<思った事を正直にそのままお答えするなら、それは『生存が保障されている立ち位置にいる人間に対する言葉』だと思います>>
レシアは言った。
<<私たち聖堂騎士は、例え敵に対し殺す意志を持たずとも、戦場にでればただそれだけで敵から殺されます。塵屑のように殺されてゆきます。だから私は不思議に思います、私に対して殺される覚悟というのを、わざわざ今この時に問いかけてくるというのは、何故ですか?>>
銀髪娘は不思議そうだった。
<<貴方はとても強く、とても賢い人。けれどもし万一、貴方の中に私を殺す事に対する遠慮や負い目があるのでしたら、それは微塵もいりません>>
荒れ狂う強大な霊圧に晒されながら、レシアは淡々としていた。
戦場には強い風が吹いている。
<<ケーナさん、私が貴方を殺す事に微塵も遠慮しないように、貴方も私を殺す事に微塵も遠慮しなくて良い、こうして戦場で互いに剣を向け合う立場となった以上は>>
銀髪少女は望洋とした表情のまま淡々と、ケーナに対し半身に体を傾斜させ、左手で円盾を掲げ、右手で握る長剣の切っ先を向けて来た。
<<何時だって、私達は死と隣り合わせです>>
ケーナへと向けられるレシアの鋭い長剣の切っ先は、殺意を帯びて鈍く光っている。
<<マルケータは……私の同僚の聖堂騎士は、本当に、本当に呆気なく死にました>>
本当にあっけなく、と銀髪少女は語る。
<<だから私もきっと、呆気なく死ぬ>>
真っ直ぐに見つめて来る灰色の瞳は、底無しの沼のようにぼんやりとしていて、しかし確かにケーナへと向けられていた。
<<ケーナさんくらい飛びぬけて強ければまた違うのかもしれませんが……私もマルケータと同様、常識的な範囲の実力しか持ち合わせていない祈士です。だから、彼女が死んだ時に私自身が死ぬ時もきっと、彼女のように呆気ないものになるのだろうと、そう直感しました>>
戦場に出続ければ、高い確率で己もきっとそうなると。
<<だから、私はこの戦争の意味を考えました。戦う意味を考えました。命を賭す意味を考えた。帝国が謳っている正義の意味を考えた――私が、私達が、戦場で死んでゆく事の意味を考えた。そして、私は答えを出した。つまり――そう、問いに対して直截にお答えするならば、殺される覚悟ならば出来ています。だから、私は今ここに立って、こうして貴方に剣を向けている。それ自体が答え。そうでなければ、ここにはそもそも初めから来ていない>>
レシアは真っ直ぐにケーナを見据えている。
ケーナはレシアが語る言葉の意味を考えた。
つまり――
<<死にに来たの?>>
<<いいえ、私が最後まで私として生きる為に来ました>>
<<そう>>
最後まで生きる為に来たというのは、死ぬ為に来たという事とどう違うのか?
ケーナにとって、レシアの中でその意味がどういう差異になっているのかというのは、関心を寄せる点ではない。
しかし、その意味の違いの為に、ここでケーナに斬られて死ぬ可能性に関して、レシアは十分に覚悟の上らしいという事だけは良くわかった。
ケーナにとって最も大切なのは弟のユーニだ。姉として何よりも守らなければならない。
そしてその次に、ユーニよりは大分優先度は落ちるが友達のズデンカ、そして憧れや感謝、尊敬の念を抱いているルルノリアだ。
その他の人々は、多少の違いはあれど 極論どうなってもいいと思っている。
ズデンカはヴェルギナ・ノヴァ帝国と敵対しているフェニキシア王国側の人間だろう。
友人が不利になるような真似はケーナはする気にはならなかった。少なくとも今現在はそうだ。
レシアが聖堂騎士団の仲間達を裏切ってズデンカ達の味方にならないように、ケーナもまた友人へと進んで不利益をもたらすような真似はしない。
かつて兄がケーナへと言った。
『殺す者は殺される覚悟を持つべきである』
と。
それをケーナは、
『殺しに来る人は殺し返してもOK』
『殺される覚悟があれば仕方なく殺すことはOK』
と解釈していた。
ケーナはレシアとはそれなりの期間を共に過ごし、お粥を盛り盛りにしてもらったり、疲労した時にもらった桃――ミーティア・スノウの街で一緒にした食べ歩き、祈刃の工房の紹介状を貰った恩、色々な事があった。
しかし、レシアは今、ケーナを紛れもない殺意が籠った瞳で見据えている。
巨大な湖のように望洋としていて、揺らがない。
不動だ。
殺す覚悟も、殺される覚悟も完全に決まっている。
レシアはケーナを殺す事に躊躇いがない。
そして――ケーナの側としても、ケーナは己を殺しに来る相手を気遣うほどの域には達していなかった。
だから、レシアを見逃さなければならない理由はない。
だから、
(遠慮は、いらない、本当に)
レシアを殺す事に遠慮はいらないとレシア自身もいっていた、自分もケーナを殺すつもりだからと。
レシアの場合はきっと『気遣うほどの域に達していない』ではなく『気遣う必要性自体がそもそもに初めから無い』なのだろう。
それが戦場で敵味方に別れるという事の意味だと彼女は覚悟している。
ケーナとしては、レシアを含め敵の生死はどちらでも良かった。
無力化できればそれで良かった。
面倒なことになりそうにさえなければ。
しかし、彼等彼女等は――少なくともレシアは――生命がある限り、ヴェルギナ・ノヴァ帝国と戦う側にケーナが立ち続ける限り、必ず帝国を倒さんとする側にとっての面倒を、ケーナにとっての面倒を、引き起こし続けるだろう。
その意志を感じる。
だから、この場でレシアに対しどうすべきなのかは、ケーナはさほど迷わず決める事ができた。
(目の前にいるのがレシアなのは、まだマシだったかな)
無数の破神の閃光が視界の隅で激しく閃いている。
ゲオルジオとルアールの森の魔女達の長がコンマ秒ごとにめまぐるしく位置を変化させながら高速の攻防を繰り広げている。
ケーナとしては受付嬢ルルノリアの事を考えると、この森魔長の事はとても悩ましかった。
味方には負けて欲しくない。
けれど、魔女ルルノリアに何かあったらルル姉さんにどう説明するべきか?
そもそもに、受付嬢のルルノリアは祖母との仲はどうなっているのか?
ルルノリアに関しては、どうするのが正解なのか、まったくわからなかった。
だから、魔女長に関してはゲオルジオに任せようと、ケーナはそう思った。
己が対処すべきなのは、
<<そう、なら、いくよレシア>>
<<ええ、勝負です。推して参ります>>
レシアの声が念話領域に響くと同時、レシアとテンプルナイト達が駆け出し、後衛に立つマスケッティア達の銃が眩く瞬く。
ケーナもまた、前方へと駆け出していた――
●
大気を揺るがすような耳をつんざく轟音が響き渡る。
眩い光が瞬き、空間に尾を曳きながら、一瞬でケーナへと向かい迫り来る。
破神の光だ。
黒い頭巾(ウィンプル)をかぶり修道女服に身を包む女二人がその手にしている武骨なマスケット銃の銃口から放たれた光。
ケーナは斜め前方へと駆けつつ身を低くし、茜色のスカートの裾を靡かせ高速で機動しながら光を掻い潜ってゆく。
前衛の騎士達を弧を描くような軌道で横手側より回り込み、その奥に立つ銃兵修道女達を狙う動きだ。
しかし、前衛として立つ騎士達もカカシではない。人間だ。ケーナの動きに反応し、そうはさせじと横に遮る形で機動して来る。
最も素早く迫ってきたのはレシア、鎖帷子が仕込まれた黒い修道女服に身を包み、長剣と円型盾で武装した聖騎士少女。
長剣の間合いに入る直前、ケーナは腰に巻いた革ベルトに下げているメイスを引き抜きざま、レシアの顔面目がけ投擲した。
「っ?!」
剣を振り上げていたレシアは、反射的に体を捌いて顔の前へと盾を翳す。
鋭く飛んだメイスが鈍い轟音を響かせながら翳された盾に激突し、明後日の方向へと弾き飛ばされてゆく。
その瞬間、ケーナは身を低くし加速していた。
翳された盾によってレシアの視界が遮られた一瞬で、彼女の側面へと踏み込む。
慌てて振り向かんとするレシアの盾が向けられるよりも先に、ケーナは細剣に霊光を収束させ、裏拳の要領で横に回転するように細剣を振り抜いた。
光に包まれた細剣が少女騎士の脇腹に炸裂、凶悪な衝撃力が爆裂する。
鈍い音と共にレシアの小柄な身が浮き上がり、ケーナの背後方向――つまり銃兵達へと向かう進路の反対側の方向――へと吹き飛ばされてゆく。
崩撃だ。
与えるダメージ自体は極めて低いが、衝撃力がある。
ケーナの狙いはまず銃兵達を倒す事だった。
故に障害となるレシアを上手く吹き飛ばし進路上から排除したケーナだったが、しかし、敵の前衛はレシア一人だけではなかった。
後方へとレシアを吹き飛ばす為に、前方への備えが大きく崩れた態勢となったケーナへと、グレートヘルムをかぶり、チェインメイルの上から黒いサーコートを重ね着しているテンプルナイトが迫り、その右手に握っているロングソードを一閃する。
きつい態勢だったが、この一撃に対し、ケーナは斬撃を見ずに、身を捻り細剣に霊光を収束させながら、勘で斜め前方へとステップした。騎士長剣の斬撃がケーナを掠め空間を薙ぎ払い抜けてゆく。一閃を回避したケーナは、着地すると同時に霊光纏う細剣を横薙ぎに振り抜いた。
細剣がテンプルナイトの背を強打し、爆裂する衝撃が男の身を浮き上がらせ、吹き飛ばしてゆく。
紙一重の鮮やかな攻防、しかし同時にかなり無茶な回避と崩撃の連続であった為、ケーナの態勢は乱れきっていた。
風が唸った。
白い刃が閃光の如くケーナの頭部目がけ襲い来る。
咄嗟にかわさんと身を捌くも、さすがにかわしきれなかった。
栗色の長髪が揺れ、刃が頭部を掠めて少女の肩に炸裂する。
薄茶色の革鎧の表面が裂かれ、しかし、その下に仕込まれている薄霊片が斬撃を受け止めていた。
インパクトの瞬間に膝から力を抜いて曲げる事で、威力を減衰させていたケーナは、装甲で一撃を防ぐと、身を低くした勢いのまま倒れこむように前進、二人目のテンプルナイトの背後へと抜けると、身を捻り向き直りざまに細剣へと霊光を収束させ振り下ろす。
光が炸裂し、轟音と共にテンプルナイトが吹き飛ばされてゆく。
閃光が唸りをあげて飛来し、ケーナの腹部に突き刺さった。
強烈な打撃力が小柄な身を貫き、ケーナは一瞬、息が詰まった。
見やると膝立ちになったレシアが長剣の切っ先をケーナの方へと向けていた。恐らく、ケーナの攻撃直後に生じた隙を狙って破神剣を放ってきたのだろう。
それなりに強い一撃だったが、しかし雷神ジシュカの一撃などとは比べるべくもなかった。戦闘不能になるには遠い。ケーナは無視してレシアから視線を外すと再び銃兵の方へと向き直り、駆け出す。
向き直る前には、レシアと吹き飛ばされたテンプルナイト達が起き上がり、ケーナへと向かって駆け出さんとしているのが視界の端に映っていた。
振り向いた矢先、視界が真っ白に染まっていた。
咄嗟に身を低く沈める。
頭部を掠めながら破神の閃光が空間を突き抜けてゆく。
さらに勘に任せて低く横っ飛びに跳ぶ。
背後から唸りをあげて迫ってきた何かが、ケーナの足先を掠めながら抜け、大地を連続して爆砕する。
十二歳程度に見える少女の小柄な身は、すぐに落下し大地と接触、肩から受け身を取って回転する。
ケーナは車輪のように回転しつつ、その勢いを利用し足から立ち上がると同時に霊力を解放した。
栗髪の少女の姿がブレ、瞬間移動したが如く掻き消える。縮地。
連続して銃兵から放たれていた破神剣を掻き消えるように回避し、背後から追って来ていたテンプルナイト達を引き離して、黒い修道女銃兵の眼前へとケーナが飛び込んでゆく。
その右手には振り上げられた細剣が握られていた。
折れ曲がる稲妻のように、光が一瞬で連続して瞬いた。
銃兵修道女の右手首が切断されて鮮血が噴出し、膝が斬り裂かれてその態勢が大きく崩れる。
高速多段攻撃。
マスケッティアの態勢が大きく崩れて生じた隙をケーナは見逃さず、細剣をさらに横に一閃、ウィンプルをかぶった女の首が切断され宙へと刎ね飛んだ。
胴体側の首の切断面より鮮血が噴水のように噴き上がり、修道女服に包まれた体躯が崩れ落ちてゆく。
回転しながら落下して宙より鮮血を撒き散らす首と、首無しとなった胴体が大地に接するよりも前に、ケーナは方向を転じて駆け出している。
二人目の銃兵修道女が歯を喰いしばり目を血走らせてケーナを睨みつつ素早く銃剣を身を護るように構える。
風の如く唸りをあげてその修道女の眼前へと一瞬で迫ったケーナは、右手に握った細剣を振るい、再び三連の閃光を嵐の如く巻き起こした。
修道女の右手首が切断されて落ち、膝関節が切り裂かれて崩れ、態勢が崩れた女の喉が光に貫かれる。一瞬の早業だ。
力が失われ痙攣しながら崩れゆく胴体を、ケーナは具足の底で蹴りつけ身を捻りながら、銃兵修道女の喉に突き刺さっている細剣を引き抜く。背後へと向き直る途中の視界の端にて、骸となった女が喉から血を噴出しながら仰向けに大地に転がってゆく。完全に背後へと向き直る。
雄叫びをあげる騎士達が猛然とケーナへと迫って来ていた。
<<リースの大神よ照覧あれーーーッ!!>>
裂帛の聖句を念話領域へと叫びながら聖騎士が猛然と長剣を振り下ろす。逆さまにしたバケツにも似た鋼鉄の兜は無機質だったが、兜に空けられた隙間の奥から覗く青い瞳には、恐怖、怒り、様々な激情が混然となった、複雑な感情の光が瞬いていた。
魂の一撃を、ケーナは一瞬で見切って前方へと踏み込み掻い潜った。
小柄な娘は栗色の長い髪と茜色のスカートの裾を靡かせつつ鮮やかにかわしざま、振りかぶる細剣に光を収束させ薙ぎ払う。カウンター。
唸りをあげる剣が弧を描きながら騎士の膝裏に直撃する。凶悪な衝撃力が炸裂し、騎士が大きく態勢を崩す。
崩撃。
ただ本来ならばメイスで打ちたかったが、先程投擲してしまったので手元から失われていた。
そしてその高速の攻防の間に、もう一人のテンプルナイトがケーナの側面へと突進していた。
踏み込みながら長剣を弩矢のごとく低く突き下ろす。
ケーナは咄嗟にかわさんと身を捌く、が、かわしきれず鋭い鋼の刃が黒いレギンスを切り裂いた。
その奥に包まれている肌もまた切り裂かれ、少女の右の太腿から赤い血が溢れ出してゆく。
ケーナは霊力を解放した。
これまでとは異なる霊気がケーナの全身と細剣に張り巡らされてゆく。重撃祈装。精密性は低下するが火力が増大する。
先程膝を強打した騎士が態勢を立て直すよりも速くに、栗髪の少女は細剣を一閃した。
弧を描くように斜めに振るわれた細い刃は、騎士の頭部を頑強に守る鋼鉄のグレートヘルムに激突、轟音を響かせながらその見た目とは不釣り合いな凶悪な衝撃力を爆裂させた。
兜がひしゃげ、騎士は首を通常ではありえない角度に折りながら、大きく吹き飛ばされてゆく。やがて大地へと落下して転がり、そして止まって、そのまま二度と動かなくなる。撃破。
絶命した騎士の動きが止まるまでの僅かな時の間に、ケーナは既に別の行動に移っている。雷光の如く素早く身を捻り、右足を半歩後ろへとさげていた。
一人目の騎士を薙ぎ倒した直後に、二人目の騎士が先程振るった長剣を引き戻して、ケーナの右足を狙い再び剣を一閃させていたからだ。足を潰し動きを鈍らせる事を狙っていた。
鋭い鋼が唸り、さげられた少女の足を掠め、空間を突き抜けてゆく。
紙一重でかわしたケーナは、細剣に霊光を収束させてカウンターの一撃を放った。
一撃が膝裏に炸裂し、二人目のテンプルナイトの身もまた低く崩れる。崩れた瞬間、狙い澄ませてケーナは細剣を一閃した。
騎士の首に霊光を纏った刃が直撃し、首を防護していた鎖帷子ごと騎士の首へと喰い込んでゆき、やがて鈍い音を轟かせながら圧し折った。
屈強な騎士が崩れ落ちてゆき、銀髪の少女騎士が灰色の瞳に殺意を宿らせて突っ込んで来る。
<<神よ!!>>
裂帛の叫びを念話領域に響かせつつ、レシアがロングソードを振るう。
風を裂いて振り下ろされた刃が、咄嗟に身を後方にスウェーさせたケーナの眉間を浅く斬り裂く。返す刀で逆袈裟に騎士長剣が跳ね上がる。ケーナは後方にステップして鮮やかに回避した。
<<歌えオラシオンッ!!>>
後方へと跳んだケーナに対し、レシアは剣の切っ先を突き出した。既に剣の間合いの外だったが、その切っ先より轟音と共に眩い閃光が噴出する。破神剣。
着地したケーナは、軌道を一瞬で見切ると、身を低く沈めつつ前方に踏み込みながら掻い潜る。
刃に霊光を収束させつつ踏み込み、下段からすくいあげるように細剣を振り上げた。
レシアは咄嗟に受けんと抑え込むように盾を翳す。剣はしかし円盾を掻い潜って、少女騎士の腹部に喰い込んだ。
轟音と共に衝撃力が荒れ狂いレシアの身がくの字に折れる。ケーナは間髪入れずに剣を振り上げ霊力を刀身に集中させてゆく。
通常よりも強く強く霊力を収束させ、態勢を崩しているレシアの脳天目がけ振り下ろす。
眩い光が出現した。
レシアが左手に持つ盾より光の障壁が展開され、振り下ろされたケーナの細剣と激突する。
必殺の筈の一撃が光の壁に激突し、眩い光粒子を撒き散らしながら弾き飛ばされる。
破神盾だ。
崩撃で崩した上で力溜により威力が上昇しているケーナの一撃でも、この絶対防御は正面からでは突破できない。
ケーナは大きく後方に跳んだ。
一旦間合いを広げ、剣を構え直す。
必殺の一撃は、確かに防がれた。
しかし、悪あがきに過ぎないと、ケーナはそう感じた。
レシアも以前よりは強くなっているようだったが、やはりレシアとケーナとでは基礎的な戦闘能力に差があり過ぎる。
だからケーナはこの先の結末を予期し、問いかけた。
<<最後に何か言いたいことはある? ちょっとくらいのお願いなら聞いてあげなくもないよ?>>
<<お気遣いには感謝を、ケーナさん、ただ、私には残す言葉は何もありません>>
レシアは湖面のようなぼんやりとした灰色の瞳でケーナを見据え返しつつ、盾と長剣を構え直す。
己の敗北が濃厚だというのは、レシアも悟っているだろう。
だが、その切っ先には未だ衰えぬ確かな殺意が宿り、その先端をケーナの心臓へとどうにかして潜り込ませんと冷静に狙っているようだった。
諦めが悪い、というよりは、あくまで最後まで帝国の騎士として全力を尽くすつもりなのだろう。
<<そう……じゃあレシア、さようなら>>
ケーナは真っ直ぐに駆け出した。
迎え撃つようにレシアが体を半身に左手の盾を前に出し、右手に握った長剣を頭上高くに最上段に構える。
ケーナは間合いに入る直前、唯一残った刃物である細剣を、レシアの顔面目掛けて投擲した。
レシアの灰瞳が一瞬、驚いたように見開かれ――しかし彼女は今度は盾を翳さなかった。続く攻撃を警戒し、前を向いたままケーナの動きを見つめ続ける。
回転しながら唸りをあげ閃光の如くにレシアへと向かい飛んだ細剣は、銀髪少女の右目に激突――する直前、その薄皮一枚手前の空間に、石が落とされた水面のように波紋が広がった。
展開した『偏向波紋障壁(エスクード・ディフレクター)』によって細剣が弾き飛ばされてゆく。レシアへは何のダメージも与えられていない。
だが、一瞬だったが、波紋によって空間が揺らぎ、レシアの右目の視界は歪んでいた。
その一瞬に、ケーナは地面へと倒れ込むかのように身を低くしながら加速していた。レシアが反応する。構えていた長剣をケーナの脳天目がけ猛然と振り下ろす。その瞬間、紫瞳の少女はさらに一段、高速で加速した。緩急の差。今までの速度は、全力ではなかった。目測が狂いながらも振り下ろされた長剣は、それでもケーナを捉えたが、命中した箇所は頭部ではなく鎧に覆われた肩で、そして刀身の先端付近ではなく、根元付近だった。
長剣による斬撃は、根元近くで命中した場合、あまり威力がでない。
ケーナは一撃を受けつつも止まる事なく、身に霊光を集中させながらレシアへとぶちかましをかけた。
ケーナの左肩がレシアの胸に激突し、少女騎士の口から苦悶の息が吐き出される。強烈な衝撃力がレシアに炸裂して、その態勢が大きく崩れた。
ケーナはさらに勢いのまま前に出る。態勢が崩れているレシアを押して、もつれあうようにしながら大地へと倒す。
レシアが仰向けに転倒し、ケーナは素早くレシアを抑え込みつつ馬乗りになると、剣を持つレシアの右腕を左手で抑えつつ、籠手に包まれている右手の拳を固めながら振り上げた。
ケーナの手にはめられている金属籠手は、祈刃だった。
レシアが左手に握る盾より光が発生する。己とケーナの間に割り込まんと盾が動く。
だが、それよりも、ケーナの右腕が振り下ろされる方が速かった。
破神盾は障壁が向けられているのとは別の方向からの攻撃を受けたり、その内側へと強引に潜り込まれたりすると、意味をなさない。
重撃祈装により衝撃力が増大しているケーナの右の拳が、受け身を強制的に封じられている銀髪少女の顔面へとめり込み、轟音と共に爆砕した。
●
ケーナがレシアら五名の聖堂騎士達を討ち取った頃には戦況はフェニキシア側の有利に大きく傾いていた。
帝国側の勝ち目が消失したのを見て取った森の魔女達の長のルルノリアは、生き残りの聖堂騎士団員達と共に撤退を開始、傭兵隊長のゲオルジオは交戦による自身や隊全体の消耗を鑑みてケーナ達隊員に深追いはさせず、傭兵隊は追撃はそこそこで切り上げ、方向を転じてボスキ・デル・ソルの城攻めの加勢へと入った。
ただ一人消耗が軽微だったケーナを先頭にして傭兵隊が城攻めに加わると城内の戦況も瞬く間にフェニキシア側の有利となり、やがてボスキ公ルカは塔の最上階に追い詰められ包囲された。
フェニキシア女王ベルエーシュは攻囲開始時にも行った降伏勧告を再度行ったが、次期ガルシャ王と噂されている幼い容姿の公爵はこれを拒否、武においても優秀だというその噂に違わずハルバードを振るって激しい抵抗を見せた。しかし数の差を覆すまでには至らず、やがて大量のフェニキシア兵達によって圧殺され戦死した。
<<私達の勝利よ!>>
ベルエーシュより勝利が宣言され、周囲より盛大に勝鬨があがる。
「やったなケーナさん! さすがの働きだったぜ! きっと報奨金は期待できるぞ!」
傭兵隊長のゲオルジオが笑顔でケーナへと言って、その働きを褒め称えた。
ゲオルジオの言葉の通り、敵の援軍への対応を含め、今回の戦いで大きな役割を果たした傭兵隊は報酬を女王ベルエーシュより割り増しされ、ケーナもまた通常よりも大幅に増加された額の報酬を受け取る事ができたのだった。
かくて、ヴェルギナ・ノヴァ帝国の要衝ボスキ・デル・ソルでの戦いはフェニキシア王国側が勝利し、フェニキシア・ユグドヴァリア連合はヴァルギナ・ノヴァ帝国の国土内に、確かな橋頭保を築く事に成功したのだった。
成功度:大成功
獲得実績:ボスキ・デル・ソル攻囲戦の戦いの結果=王国の勝利