聖堂騎士レシア「ケーナさん、私はだから貴方を殺します」
依頼主・フェニキシア女王ベルエーシュ(フェニキシア王国)
概要・攻囲中の敵城の救援へとやってきた敵との戦い
シナリオタイプ・戦闘
シナリオ難易度・易しい
主な敵NPC・ガルシャ聖堂騎士「レシア・ケルテス」
ステータス上限・無し
シナリオ参加条件・PCがケーナ・イリーネである事
シナリオ中の確定世界線・「ガラエキア山脈の戦い」にPCが参加していない。
並びに以下の実績をすべて獲得している。
「聖騎士団交易隊の利益を大幅に上昇させた」
「ダグヌ少年を助けた」
「プレイアーヒル封鎖大砦群の戦いの結果=大公国の勝利」
●聖堂騎士レシア・ケルテス
――元気でやっていますか?
大きなビブロス紙にデカデカと文字が書かれていた。
ビブロス紙はゼフリール島南部に分布する植物の繊維から作り出された比較的安価な紙だ。
しかし産地から離れるごとに輸送費がかかってしまうのでプレイアーヒルで購入する場合は、手の平サイズの紙片でも300デナリオンはする事になる。
五祈長を務めるレシアは若手であっても結構な高給取りであったが、そんな彼女の目からしても母からの手紙には、
(贅沢な紙の使い方してるなぁ)
という感慨を覚えざるをえない。
――聖堂騎士団では上手くやれていますか?
「ぼんやりしてると注意を受け左遷されてましたが、近々出陣らしくまた前線へと呼び戻されました」
直截的に書くならば、そういう事になる。
もっと表現をマイルドにして書くべきかな、と思ったレシアだったが「嘘は良くなかろう」と思い、そのまま書いた。
――嘘である。
本当は、家族の間で取り繕うというのが、面倒くさかっただけ――いや、やはり、面倒に感じる根底には、嘘は良くない、という意識が流れているからなのかもしれない。
――空気を吸って吐くように嘘を吐かねば潤滑に回らない世の中というのは疲れる。
(そう思うのは私が子供だからだろうか?)
嘘が正義か? と思う。
誰かが言うのだ、それも正義だと。
(けれどその正義は私の正義ではない)
噓つきは泥棒のはじまりだ。人間の思考は習慣になり、習慣はやがてその人間の運命となる。
だから少なくとも家族に対して嘘はつかない。
レシアにとって、誠意なき言動は正義ではない。
(帝国に誠意はあるのだろうか?)
ヴェルギナ・ノヴァ帝国が掲げる正義は、レシアが命を賭けるに足る値打ちがあるものなのか、聖騎士団の仲間達が命を賭ける値打ちがあるものなのか――
それとも、ガルシャの老王に巧みに取り入って、皇帝になりおおせた流浪の亡命皇女のエゴによるくだらないものなのか。
レシアには判断がつかなかった。
未だについていない。
ぼんやりしている、と言われるようになったのは、同僚のマルケータが無造作に呆気なく戦死してしまってからだ。
帝国が唱える正義の価値に疑問が浮かんだ。
要するに皇帝アテーナニカが救わんと謳っているのは、ガルシャの民ではなく、他国の人間達なのだ。
顔も知らぬ大陸の人々、悪政に虐げられているユグドヴァリアやフェニキシアの老若男女達。
――何故、見知らぬ人間達の為に、レシアとレシアの仲間達が死んでいかなければならない?
――何故、豊かなガルシャ王国で平穏に豊かに暮らしていたレシア達が、おびただしい犠牲を払ってまで戦争などしなければならない?
他人の為にそこまでやったところで、大きなお世話だの独善などと蔑まれ、戦死してさえ嘲笑われるのだ。
世の為に誰かがやらなければ世界は地獄のままだから、誰かが変えなければならない、というが、地獄にいる連中など勝手に死んでゆけば良かったのだ。
――何故、レシア達が助けにいかなければならない?
豊かなガルシャ王国で暮らしていたレシア達は地獄になんていなかった。
大陸の戦乱など関係がなかった。
アテーナニカさえ大陸からやってこなければ、イスクラ王さえアテーナニカに力を貸そうとさえしなければ、レシア達は地獄に足など踏み入れなかったのに。
世の中がどれだけ荒もうが、自分達の暮らしているガルシャ王国さえ豊かで穏やかであるならば、他の場所なんてレシアにとって知った事ではなかった。
しかし、そういった自分の利益だけを考えた言動が駄目だと教えるのが、レシア達が崇めるリースの大神が説く正義である。
慈悲や愛、いわゆる正義だけが、レシア達にそういう自己中心的な行いは良くない事だと述べている。世の為人の為に生きろと。
しかしその教えに従い正義の為に戦ったところで、
――正義などくだらない。
そのように嘲笑されるのが世の中だ。
そして人々は正義などくだらないというその口で、自分達は貧しい弱者達だから、豊かな強者達は自分達を助けろという。
皆で助け合うのが素晴らしいのだとうそぶく。
そうしておきながら、いざそれが行われれば嘲笑う。
不平不満を叫び権利の主張しかせず、自分達の義務は果たさない。
(まったく筋が通ってない)
レシアはそう思う。
そんな人間達の為に愛する騎士団の仲間達が命を賭して、尊厳もなく地獄のような戦場で、塵屑のように浪費されながら戦う価値が、本当にあるのか?
それが正義か?
「幸せ、か……」
以前に輸送隊を守って共にゲノスと戦った傭兵の言葉を思い出す。
ケーナ・イリーネ、華奢で十二歳程度にしか見えない幼い見た目をした少女だった。
しかし、恐ろしいまでに強かった。
レシアを瞬く間に血塗れにした非常に強力なゲノスを、傭兵少女ケーナはほぼ一方的に何もさせずに打ち倒してみせた。
そんな彼女がゲノスを倒した後に言っていたのだ、
「『正義』が『幸せになりたい』に勝ったことは無い」
と。
――……マルケータは、幸せだったのだろうか?
マルケータの死に様は不運そのものだった。
折角、勝ち戦だったのに、流れ矢のように飛んで来た破神剣が急所に直撃して、それだけで死んでしまった。
それだけで彼女のすべてはゼロになり、日々積んで来た厳しい訓練も語っていた未来への夢も、無意味なものとなって、人生が闇に塗りつぶされた。
マルケータの未来はそこで終わってしまった。
(帝国の正義がくだらないなら、それに命を賭した彼女の死はくだらないもので、彼女の生もまたくだらなかった)
そういう事になってしまう。
しかしレシアには友人が、マルケータという一人の少女が、くだらない存在だったとは、思えないのだ。
だから、世間の人間達から、彼女がくだらなかったと嘲笑される事に納得がいかない。
「マルケータは……」
ぼんやりと虚空を眺める。
レシアにはわからない。
余所者の皇女がガルシャを巻き込んで始めた――戦乱を治め天下万民を救わんが為と始めた――この戦いに、
自分達の命を、見知らぬ人間達を救わんが為にまるで薪のように火の中に盛大に投げ入れてゆくこの戦いに、
命を賭けるだけの値打ちはあるのか?
(――わからない)
考えても考えてもレシアには判断がつけられなかったが、出陣を命じられた。
神々と王と総長の名において、聖堂騎士団から命令を受ければ、聖堂騎士達は戦わなければならない。
帝国の正義を未だに信じているレシアの同僚達――あるいは、他に戦う理由を何か持っている面々――の士気は未だに高い。
レシアは帝国の正義はとても信じられず、それに対してのやる気など欠片も湧かなかったが、しかし、ぼんやりとしている彼女の士気は存外低くはなかった。
――戦友達が戦いにいくからだ。
帝国の正義はわからない。
自分の幸せがどこにあるかもわからない。
けれど、
(友達が死ぬと私は不幸だ)
とても悲しくなる。
悲しいのは嫌だ。
とっても不幸だ。
レシアは大切な事の何もかもがわからなかったが、自分が不幸になる原因だけはよく理解できた。
だから、
(敵は殺す)
ぼんやりとした黒瞳で彼方を眺めつつ思う。
レシアは、もう自分の友人や同僚達、部下達、上司達も、一人たりとも死んで欲しくはなかった。
隣で戦う戦友達の命を守る為には、その命を奪わんとする存在――すなわち敵を殺すのが、もっとも効果的だ。
正義が何かはわからない。
幸せがどこにあるのかもわからない。
けれど、
(不幸が迫ってきているのだけはわかる。私は、私に不幸をもたらすものを排除する)
レシアは神には祈らなかった。
聖堂騎士としてはあるまじき事だったが、神の教えに己が反しているという自覚があったからだ。
(私は自分の事しか考えていない)
そんな者が祈ったところで、世の為人の為に生きろと説く神は応えてはくれないだろう――否、一説によれば、レシア達が信奉するリースの神はとっても寛大なので、それでも加護と祝福をもたらしてくれるという説法もあったが、それでもレシアは祈らなかった。
(そんなのは筋が通ってない)
リースの大神の教えに従っていないのに、加護だけよこせと大神に祈るのはレシアの主義に反する。
(私には正義が無い。神の加護は無い。それでも、戦う理由なら有る)
正義を信じて戦いにゆく愛すべき同輩達の為だ。彼等彼女等仲間達への愛の為、つまり、自分自身の感情の為だ。
だから、磨き終えた新調した祈りの刃を鞘に納めたレシアは、母への返書を認め、アドホック支部の窓口で郵送を依頼した後、ぼんやりとした瞳ながらも帝国の軍船に乗り込んで、城塞都市に接する大河をくだって行った。
●
ヴェルギナ・ノヴァ帝国のボスキ公ルカの軍と、フェニキシア王国の女王ベルエーシュの軍が激突したのは光陽暦1205年アシェラの月(6月)の事だ。
ガラエキア山脈で行われたその戦いにおいて勝利したのはベルエーシュ軍だった。
地力ではボスキ公軍の方が、弱兵揃いのベルエーシュ軍よりも遥かに上だったが、女王ベルエーシュが仕掛けてきた策が非常に鋭く、また神将殺しとして名高い傭兵ゲオルジオの武勇がその策略の効果を最大限に高めた為である。
ガラエキアでボスキ公軍を破ったベルエーシュ軍は、フェニキシア国内の統治体制が不安定な為、勝利はしても一度は引き上げるものかと思われた。
だが、予想に反してベルエーシュ軍はそのまま山中を進軍し、ヴェルギナ・ノヴァ帝国の国境の大要塞ボスキ・デル・ソルへの攻囲を開始した。
それは同盟国であるユグドヴァリア大公国の軍勢が、プレイアーヒルより南下してきていた為であった――
●武装商人ズデンカ・ノヴァク
フェニキシア王国がイル・ミスタムル州にある村ウティカ。
その外れには夥しい数の墓が作られている。
「――最後まで勇敢に抵抗したそうです」
そのうちの一つ、真新しい墓の前に座っている少年――ダグヌに対し、ズデンカは彼の父親の最期についてそう伝えた。
捕縛したアンムラピ配下の拷問吏の言によれば、ダグヌの父は初めは勇ましく抵抗したが、極悪な拷問を重ねられ、
「最期には心が折れて『もう勘弁してくれ。助けてくれ』と情けなく泣きながら命乞いしはじめたよ」
との事だった。
「実に滑稽だった!」
獄中の拷問吏は嘲笑していたが、ズデンカは彼がダグヌの父を貶める為に嘘をついているのだと思う事にした。
拷問吏が言っている事が真実であるという証拠は無い。
「そっか……さすが父ちゃんだな」
ダグヌ少年は故郷のウティカ村に作られた墓の前で祈りを捧げた後にそう呟いた。
実際の所――ズデンカとしても拷問吏は真実を述べていたのではないかと思っている。
人間は――少なくとも英雄ならざるただの人間は――そんなに強くない。
ただの農夫だった男が極悪な責め苦に耐え続けられるものではないからだ。
けれど、
(あんな男の言葉や私の予想を馬鹿正直に伝える必要はないでしょう)
そう思う。
真実がどうだったのかはズデンカにはわからない。常識に反して、ダグヌの父は本当に命尽きるまで折れなかった可能性はゼロではない。だがその可能性は低い。
けれども、ズデンカは例え自分の言葉が嘘となっても構わなかった。それで少年の心が幾分かでも慰められるなら。
人の世の中、正直ばかりが正解ではあるまい。真実だけを友にして生きられる人間は少ないから。時には嘘も優しさだと、ズデンカは思っている。
墓参りの後、ダグヌと別れたズデンカは州都へと向かった。女王ベルエーシュから依頼された軍へと物資を届ける仕事をこなす為だ。
イル・ミスタムル州の州都ウガリィッドが、ユグドヴァリア大公ソールヴォルフの軍より奇襲を受けて陥落し、州侯アンムラピが処刑されたのはつい先日の事である。
ユグドヴァリア大公国は先日、ヴェルギナ・ノヴァ帝国の北東部の要衝プレイアーヒルの東側の出口となる狭隘地帯にて『プレイアーヒル封鎖大砦群』とでも呼ぶべき砦群地帯を築いていた。
これにより帝国軍の東への進出を封じる事に成功していた。
(ガルシャの雷神イスクラ・ジシュカ・プロコノフ自らが奇襲を仕掛け、この砦群の建設妨害を試みたが、ユグドヴァリアの防衛部隊の活躍によって撃退されている。
その際にはアヴリオンのとある傭兵が雷神ジシュカと互角以上に打ち合ったとまことしやかに噂されていた)
雷狼大公ソールヴォルフは、プレイアーヒル方面の帝国軍が寡兵である事を以前より見切っていた。(その結果、力攻めにでてジシュカに一度大敗した)
その為、彼は『プレイアーヒル封鎖大砦群』を完成させプレイアーヒル側からの反攻を困難なものとすると、堅牢なプレイアーヒル城塞を相手には今度は無理攻めはせずに、ユグドヴァリアの軍団を二つに割った。
そして、二つに割った軍団のうちの一方を、南方のフェニキシアへと向けたのである。
雷神ジシュカの守りを突破できないなら、ジシュカのいない場所から攻めれば良い。
「あの化物クソジジイは一人しかこの世に存在しねぇからな」
という発想である。
大公は、ジシュカへと睨みを効かせる役目を国境のグルヴェイグヴィズリル州をまとめあげている大貴族『黒血大鴉』に任せ、自らは大胆にも兵を率いて南下、フェニキシア王国へ援軍として入った。
フェニキシア王国の女王であるベルエーシュは若年であり、かつ予定外の王位継承であった為、政治基盤が脆弱だった。
その為もあって、フェニキシアの地方では領主達の権勢が常の代よりもより強く、悪政が蔓延り重税に民達はあえいでおり、ベルエーシュはこれを是正せんとしていたが、伝統貴族達の勢力に抗しきれず、彼等を統制しきれていなかった。
貴族達の中でも特に酷かったのが、フェニキシア王国の一大穀倉地帯であるイル・ミスタムル州を治めていた州侯アンムラピだった。
先々代の頃より三代に渡ってフェニキシア王国の大貴族としてミスタムル派閥を築きあげてきた彼の権勢は王家にも勝ると言われており、ベルエーシュは彼の不正を罰する事ができていなかった。
アンムラピとその一派の暴政によりイル・ミスタムル州の民は困窮していたが、領地の統治権は領主たる各貴族の裁量とされる部分も大きく、これを罰するに足るだけの、明確な罪の証拠をアンムラピはベルエーシュに掴ませなかった。
しかし先日、ウティカという名の村に住む男が、領主であっても罰を免れない犯罪行為の証拠となる書類を掴んだ事で状況が一変する。
それは直接はウティカ村の領主の汚職の証拠に過ぎなかったが、それを許している上位領主、そしてさらにその上に立っている州侯アンムラピの不正へと繋がるものだった。
男は領主達の手によって捕らえられたが、彼は証拠となる書類を息子であるダグヌへと託し、王家へと上奏すべく走らせた。
武装商人であるズデンカ・ノヴァクは交易の旅の途中にて、砂漠で倒れていたダグヌ少年を助け介抱した。
そしてダグヌ少年を追ってきた暗殺者達を商隊の護衛として雇っていたアヴリオンの傭兵ケーナ・イリーネと共に撃退した。
ズデンカはその後、ダグヌ少年を王都へと送り手紙を知り合いの役人へと届けた。
ズデンカの商隊の出資者の一人は女王ベルエーシュであり、その縁で女王派の役人と面識があったのである。
事情を聞いた女王派の役人は、真実であるのかどうかを悩みつつも、ダグヌ少年の様子や暗殺者に襲撃された事は確かであるとのズデンカからの言葉を鑑み、女王ベルエーシュへと事態を伝えた。
それを聞いた若き女王ベルエーシュはすぐにお忍びで直接ダグヌ少年と面会し、イル・ミスタムル州の不正の証拠となる書類を受け取った。
アンムラピの不正の証の一つを手に入れたベルエーシュだったが、しかしそれでもすぐには動けなかった。
それだけで大貴族を罷免するに足ると諸侯を納得させられるかどうかは不確定であったし、また下手に大貴族アンムラピを追い詰めると高い確率で国内を二分する内戦になる恐れもあったからだ。
しかも派閥として勢力が大きいのは三代に渡って王国の大貴族として権勢を振るってきた宿将アンムラピが首魁を努めるムスタムル派閥とそれに与する諸侯勢力の側であって、女王派は劣勢だった。
おまけにその時はガラエキアへと今まさに出兵せんとしているその直前の時期だった。
これから帝国軍と事を構えようというのに、内戦に突入する事は絶対に避けたい。最悪、内戦になったとしても迅速に片をつける必要がある。
そんな所にベルエーシュの元に届いていたのが、同盟国であるユグドヴァリア大公国の大公ソールヴォルフからの報せだった。
曰く、二つに分けた軍のうちの一つを率いて自らプレイアーヒルより南下するので、フェニキシア王国内の通行の許可と、可能ならば海上から帝国へと攻め入りたいので軍船を貸して欲しいという要求だった。
他国の軍隊が領内を通過するという事は様々な問題を引き起こす。
同盟国とはいえ、通常ならばベルエーシュとしては受け入れ難い要求だった。
しかし――この時、ベルエーシュはこの要求を受け容れる事にした。
十四歳の若き女王は、ユグドヴァリア軍の力を借りて、アンムラピらのミスタムル派閥を排除する策略を思いついたのである。
南下してくるユグドヴァリア軍を待ち、共にガラエキアで戦うという選択肢もあったが、彼女はそれを選ばず、国内の不穏分子の掃討へと向ける事に決めた。
ベルエーシュは年少であり、実績がなかった為、現在のような状況でなければ、自分が軍の指揮を十全に執る事ができないだろうと感じていた。
絶体絶命の時で誰も責任を取りたがらないから、自分が直接軍を指揮をする事ができている。援軍が到来して余裕が出てきたらどうなるかはわからない。
指揮権を確保できている今のうちに確たる実績を立てておきたかった。
ベルエーシュはボスキ公相手の野戦ならば自分は勝てると信じていた――というよりは、これができなければどの道自分とフェニキシアには未来が無いのだと悟っていた。
国内の統治問題に対して、他国の軍隊を国内に引き入れその力を借りるというのは、巨大な問題を引き起こす。後々まで禍根を残す。
フェニキシア王国を愛する女王派の人間であってもこのベルエーシュの決断に関しては、
「なんて愚かな真似を!」
と嘆いたかもしれない。
ベルエーシュとて万全の状態であったならば、そんな手段など取る訳がなかった。
しかし、この時、ベルエーシュ達は追い詰められていた。
フェニキシア王家は存亡の危機にあった。
ベルエーシュは十四歳と年若かったが、自分達が立っている場所が既に、生きるか死ぬかの瀬戸際である事をよく理解していた。
だから彼女はその手段を選択した。
後々に禍根を残さないなどと、そんな贅沢な事は言っていられない。
そうしてベルエーシュはユグドヴァリア大公へと書状を届ける使者にズデンカを抜擢した。
彼女に一介の商人のふりをさせて帝国軍の密偵やフェニキシアの貴族派閥の密偵からの目を欺き、北方にいる大公と密かに連絡を取ろうとしたのである。
実際にズデンカは交易商人である。彼女が北方へと向かいユグドヴァリア軍へと商品を売り込みに向かっても、何も不自然ではなかった。
しかしこれも博打だった。
まずズデンカからして王家の目から見て信頼しきれる人間ではなかった。一応、ベルエーシュの気紛れから出資関係にあるという細々とした繋がりはあったが、それだけで国家の存亡を賭けた機密を託す信頼に足るかといえば不十分だ。
だがベルエーシュは賭ける事にした。ベルエーシュは賭けを山ほどしていたから、今更躊躇わなかった。使える者はどこの馬の骨ともわからない大陸帰りの胡散臭い元傭兵の商人でも使う。
一方のズデンカらの商隊の運営状況は一時期に比べればマシになっていたが、それでも元々あまり商売が巧みという訳ではないので、相変わらず厳しい状況にあった。
さらなる投資と女王派の諸都市での交易の優遇を報酬として提示され、その魅力に抗えなかったズデンカは、出資してもらっている義理もあり、悩みつつも結局ベルエーシュからの依頼を承諾、北の大公ソールヴォルフの元へと密かな使者として旅立つ事となる。
その後、北へと旅立ったズデンカらの商隊は色々なトラブルや冒険があったが最終的には無事にソールヴォルフと接触し、ベルエーシュからの返答を伝えた。
密書に目を通した若き大公ソールヴォルフは、
「女王陛下は俺達北の蛮人にフェニキシアの執刀医になれと仰せか! 面白い!」
と大笑いした後に交換条件について快諾したのだった。
●北の雷狼
ユグドヴァリア大公国は歴史を辿れば元々はフェニキシア王国の民達であり、国の成立の際に時のフェニキシア国王から「王に次ぐ者」として大公の称号を与えられ、力を貸して貰ったという経緯がある。
その為、代々、お互いに様々に複雑な感情や事情を抱えつつも、伝統的に友好的な関係にある。
伝統的にフェニキシアとは仲が悪いガルシャとは対極だった。
現在の大公である”北の雷狼”ことソールヴォルフは、フェニキシア女王ベルエーシュと密約を結ぶと、プレイアーヒル前より二つに分けた軍のうち一つを率いて南下、イル・バノン州北部の大樹海を抜けてフェニキシア王国へと入った。
王国内に入ってよりソールヴォルフ軍は国内を南西へと進軍。
やがて、フェニキシア最大の穀倉地帯であるイル・ミスタムル州へと駒を進めた。
大公ソールヴォルフはその進軍の意図について周囲へと、
「ミスタムルの港から海へと出て、帝国軍の後背を脅かす事をベルエーシュ殿から依頼されたのだ」
とそのように説明していた。
敵も味方も油断させながらイル・ミスタムル州へと入った狼は、疾風の如くに軍を機動させ州総督アンムラピの居城を瞬く間に取り囲むと、これを不意打ちの問答無用で攻め滅ぼした。
驚愕し動揺するミスタムルの民達を前にしてユグドヴァリアの大公は威風堂々と声を張り上げた。
「ミスタムル州侯アンムラピめはベルエーシュ殿の勅命に従わぬ逆臣であり! 数多の罪を犯した大罪人であるッ!!
きゃつめがこの地にて悪政を敷いていたのは他ならぬ諸君らこそが良く知っているであろうッ?!
ベルエーシュ殿はかねてよりこの大罪人を裁かんと機をはかっていたが、悔しいかなアンムラピめは狡猾であり、その口実を与えなかった!
しかしつい先日、勇気ある民達の手によってその確たる証がフェニキシア王家のもとへと届けられたのだッ!!
故にベルエーシュ殿はついに処断を決断され! 俺にご依頼をなされた! 賊を討てとッ!!
これがアンムラピの罪状であり、そしてフェニキシア女王ベルエーシュ殿からこの地の裁きの権を俺へと託された証明であるッッッ!!!!」
ソールヴォルフはアンムラピの首と共にその罪状が記された高札を掲げ、同時にフェニキシア王家の紋が入った特別な旗を掲げた。
城壁の下に集まっていた民達の間にどよめきが走る。
「あ、あれはまさしくベールの槍旗!」
フェニキシアにおいて『ベールの槍旗』と呼ばれる特別な旗を持つ者はすなわち王権の行使者であり、王その人、あるいは王の代行者を意味する。
ベルエーシュが民達がソールヴォルフを代行者と認めるようにと貸し与えた、フェニキシア王家に伝わる『レガリア(神器)』だった。
かくて、イル・ミスタムル州都ウガリィッドを騙し討ちで雷光の如く一瞬で制圧したソールヴォルフは、大貴族アンムラピを一族郎党、一人も逃さず降伏も許さず捕縛し、皆殺しにした。
族滅である。
一切の容赦も、他国内という遠慮もない、凄まじい大殺戮であった。
これにさしものフェニキシア国内の悪徳貴族達も、一般の貴族達も、民衆までもが一同揃って震え上がった。
『北の蛮人』と昔日から目されていた大公国のその噂と伝統的な認識に相違がなかった事を、その日、フェニキシア人達は改めて認識し蒼ざめた。
また彼等を引き入れ処断の許可を与えた女王ベルエーシュに対しても浅からぬ畏怖を覚えた。
この時、ヴェルギナ・ノヴァ帝国はアンムラピの悪政の為に人々の不満が溜まっているのを察しており、不満を持つ貴族や豪族達と密やかに接触し、彼等を帝国側へと寝返らせる謀を巡らせていた。
しかし雷狼大公の大殺戮により風紀は引き締められ、とても寝返り工作など通せる状況ではなくなってしまった。
「ソールヴォルフは、他国の、余所者の蛮人の癖に、我が物顔でやり過ぎではないか?」
帝国の間諜達は諦め悪く、フェニキシアの民達へとそのような論調でユグドヴァリアへの反意を煽った。
しかし、それは上手くはいかなかった。
アンムラピへの不満や反感が民達の間であまりにも膨れ上がっていた為である。
また逆にユグドヴァリア軍は精鋭のゲイルスコルグ戦鬼団が軍内の律を厳しく保っており、違反した者は同胞であっても容赦なく処刑した為、軍兵がフェニキシアの民に乱暴を働く事はごく少なかった。
その上で、
「女王ベルエーシュがじきじきに大公殿下に依頼し許可した事である」
と喧伝されてしまっては、女王からの頼みにより悪徳大貴族を大公が誅罰したという形で民達には認識され、ソールヴォルフへの反感を煽る事は上手くいかなかった。
むしろこれまでにアンムラピに欲しいが儘にされ、塗炭の苦しみに喘いでいた民衆の一部からはソールヴォルフは強い人気を博しつつあった。
『大公がいらっしゃるまであの虎狼(アンムラピ)に対して何一つもできなかった女王ベルエーシュよりも王に相応しい』
などと言い始める者もでる始末である。
「……調略は、難しいか」
この状況に際し、帝国南部軍の司令官ボスキ公ルカは、居城のボスキ・デル・ソルにて報告を受け渋面を作っていた。
ガラエキアで敗北し、ベルエーシュ軍に包囲されている今、その背後で反乱を誘発し、挟撃する事が逆転の妙手と思われたが、それは現在の状況では難しそうだった。
最早、彼の位置からは援軍を待つ他に打開策が見えなかった。
●ボスキ・デル・ソルの戦い
ボスキ・デル・ソルはガルシャ王国東南部に位置し、フェニキシア王国との国境を守る城塞都市だ。
プレイアーヒルと並ぶガルシャの要衝である。
森と河に寄り添い建つ城塞都市のその壁は高く、分厚い。
ベルエーシュ軍はこのボスキ・デル・ソルを包囲し攻撃を仕掛けている。
包囲、といっても正確には都市の三方の門に対して部隊を三つに分割してそれぞれ攻撃を仕掛けている、といった具合である。
南門は河に面した水門であり、それ以外の方角からベルエーシュ軍はボスキ・デル・ソルへと攻撃を仕掛けていた。
「あんまり手間取ると不味いな」
木造の攻城兵器(トレビュシェット)が稼働し、大岩が空高く放り投げられてゆくのを眺めながら、茶色の髪の青年がそう言った。
青年の名はゲオルジオ・ラスカリス。
彼はかつてトラシア大陸の世界帝国ヴェルギナの皇帝カラノスの指揮下にあった『北面傭兵団』なる傭兵団に所属していて、異貌の神々の将軍を討ち取るという活躍をした為『神将殺し』として軍事関係者の間では名高い傭兵だった。
ズデンカ・ノヴァクと共にゼフリール島にやってきて武装商隊を立ち上げた傭兵仲間の一人であるそうで、ケーナが最初に彼と会った時には、
「あぁ、アンタがケーナ・イリーネか。ズデンカから聞いてるよ。新人だがとんでもなく腕が立つ傭兵なんだってな、よろしく。それと、ズデンカの仲間として礼を言わせてくれ。アンタがいなかったら、もしかしたらズデンカは今、生きていなかったかもしれない」
などと言っていた。
彼も現在はズデンカと同じく商人であるらしいのだが、彼等の商隊の経営はあまり上手くいってない為、副業として傭兵稼業に復帰して運営費の足しにしているらしい。
『神将殺し』の看板を持っている彼ならば、下手な商売よりも傭兵稼業の方が儲かるのだろう。
そんな青年は、
「雷神ジシュカと互角以上に打ちあったって本当か? あの爺さんと互角以上なら、アンタ、俺より強いな」
などとも言っていた。
プレイアーヒルでのケーナの活躍は、アドホックを中心として傭兵界隈では広く知られ始めているらしい。ただ尾ひれがついた形になっているらしく、噂の一つではケーナが雷神をボコボコにして撃退した形になっているとかなんとか。
先に行われたガラエキア山脈の戦いでも戦局を決定づける活躍をしたというゲオルジオは、引き続きベルエーシュ軍に雇われているらしく、今回は傭兵隊の隊長としてこのボスキ・デル・ソルの攻囲戦にも参加していた。
アドホック傭兵ギルドに出ていたフェニキシア王国からの依頼で、傭兵として契約しこの戦いに参加したケーナは、傭兵隊に配属されたので、傭兵隊長である彼が一応直接の上官という事になっている。
――手間取ると援軍が来る?
そういった意味の言葉で問いかけるとゲオルジオは頷き、
「ああ、ユグドヴァリアの雷狼大公達が海上から皇都ルアノール・ノヴァに攻め込んでるから、ガルシャ王達の軍勢はそちらの迎撃に向かわざるをえないだろう。だが、ボスキ・デル・ソルはガルシャの要衝だ。さらにボスキ公爵のルカは次期ガルシャ王だって噂されてるし、何もせずに見捨てるって可能性は低い――と俺は見るね。数がどれくらいになるかはわからんが、長引いちまうと十中八九、援軍が来るだろうさ、知らんけど」
だからさっさと陥落させたい、との事だったが、城塞都市の壁は堅牢で、簡単には攻め落とせそうになかった。
●
しかしそんな戦場にもやがて転機は訪れる。
西側の城壁上へと攻城塔が一基取りつき、守兵を打ち破って壁上へと侵入する事に成功したのだ。
角笛の音が一帯に響き渡る。
ベルエーシュ軍の前衛に対し総攻撃を指示する合図だった。
フェニキシアの祈士達が激しい攻撃を開始する。
<<――っと!>>
後詰として残されていた傭兵隊の隊長ゲオルジオが顔色を変える。
<<俺達は西だ! 走るぞ!!>>
どうやら念話で上からの指示を受け取ったらしい。
ケーナを含め隊員である傭兵達はゲオルジオの指示のもと西へと向かって駆け出した。
すると、ケーナはすぐに前方の森の木々の間に複数の人間の姿を確認した。
チェインメイルの上から黒いサーコートを着込んだ騎士、あるいは、黒い修道女服に身を包んだ武僧達。
<<――ガルシャ聖堂騎士団!>>
傭兵の中の誰かが念話領域に叫んだ。
それは遠く北方の祈りヶ丘の守備についている筈のリース神を信仰する精鋭祈士達だった。
そして、ケーナはアドホックで良く見ている顔がその中に混じっている事に気づいた。
長く艶やかな黒髪に茶色の瞳の若い娘。
<<げっ、げぇえええっ?! ルッ、ルルノリアだとーーーっ?!>>
<<は? なんで受付の嬢ちゃんが?>>
<<違うっ! ババアの方だッ!! ルアールの魔女の森の元締めの――ッ!!>>
アドホックの傭兵達が叫び出す。
アヴリオンの傭兵ギルド受付嬢のルルノリアとそっくりの別人であるらしい誰かは、ニヤリと笑うと右手に紫色の眩い光を宿して振り翳した。
瞬間、耳をつんざく壮絶な大爆音と共に世界が真っ赤に染まり、周囲の森の木々ごとフェニキシア側の傭兵達は吹き飛ばされ宙を舞った。
●
空間を大爆砕する衝撃が荒れ狂い、森の木々が薙ぎ倒されてゆく中、ケーナは大地へと叩きつけられるように着地した。
身体に痛みはなかった。
『偏向波紋障壁(エスクード・ディフレクター)』が発動している。
普通の魔法ではありえない、常識外れの破壊力と規模の大魔法だったが、それでも祈士が誇るその防御はまったく貫けていないらしい。
だがその衝撃力自体はすさまじく、周囲の樹々は薙ぎ倒され、森であった場所の景色は一変し、傭兵達は各々吹き飛ばされて散り散りになっていた。
嫌な予感を覚えたケーナは、顔を上げ起き上がる前に、バネのように全身を使って斜め後方へと跳んだ。
直前までケーナが伏せていた場所へと大気を揺るがすような低い轟音と共に眩い閃光が飛来し、爆砕した。
かつて異貌の神々を撃退した祈士達の得意技、破神剣、これはケーナの防御を貫ける技だ。
<<ああ……これも因果ですかね>>
聞き覚えのある声が念話領域に響いた。
顔を上げ立ち上がると、前方にぼんやりとした灰色の瞳の、黒い修道女服に身を包んだ、銀髪の少女が盾を構え長剣の切っ先をケーナへと向け立っていた。
知った顔だ。
アドホック傭兵ギルドから受けた初依頼の依頼者側の担当者。
<<お久しぶりですケーナさん。私は私の幸せはわかりませんが、不幸についてなら理解しました。だから私は敵を殺します。ケーナさん、私はだから貴方を殺します。貴方はきっと私の大切な仲間達を殺すから>>
十六歳の少女、聖堂騎士レシア・ケルテスは、灰色の瞳でケーナを真っ直ぐに見つめてそう言った。
周囲では傭兵達と聖騎士達が激しく斬り結びはじめ、ゲオルジオが空を舞う黒髪の魔女へと、必殺の意志が籠められた破神の閃光を猛加速しながら連射していた。
■作戦目標
レシア・ケルテス及び聖堂騎士達の撃破
(戦場には「敵戦力」に記されている以外の敵が存在しているが、そちらはゲオルジオら味方NPC達が相手をしているのでPCは「敵戦力」記載の敵だけと戦い撃破するのみでOK)
■敵戦力
●ガルシャ聖堂騎士団五祈長レシア・ケルテス
十六歳の銀髪少女。
祈刃のタイプは長剣と円盾。
鎖が仕込まれた黒を基調とした修道女服に身を包み頭巾を被っている。
攻撃よりは防御が得意。
(PL・情報 ケーナが教えた交易のやり方によって巨額の利益を騎士団へともたらした。その功績と積極的に戦う事を決意した事により、騎士団より以前使用していた祈刃よりも上等な物を与えられ、以前よりも非常に強くなっている。
総合的にユグドヴァリアのリスティルと互角程度。
ただしリスティルと異なり縮地は使えない。
使用ダイスは1D100。
攻防のレートは共に0。
最大行動力は2)
●ガルシャ聖堂騎士団
最大行動力1
使用ダイスは1D100
○古参テンプルナイト × 2
攻撃レート+5
防御レート+20
長剣と円盾、チェインメイルとダブレット、グレートヘルム、黒いサーコートで武装
防御力が高い
○古参マスケッティア × 2
攻撃レート+25
防御レート-15
銃剣付きマスケット銃と黒い修道女服と黒い頭巾(ウィンプル)で武装
攻撃力が高い
■味方戦力
無し
■天候と地形
昼
樹々が薙ぎ倒されて出来たぽっかりとした森中の平地(直径30メートル程度)
その周囲は樹々が林立している森中
最後まで目を通していただき誠に有難うございます、望月誠司です、戦場へようこそ。
これまでの依頼の結果から、この情勢が生まれ、情勢からこの状況が生まれました。
今回の敵であるガルシャ聖堂騎士団の聖騎士達は精鋭であり、またその隊長は良い祈刃を持っているので強力でありますが、複数の依頼をこなしたケーナさんもまた非常に強くなっているので、現在のケーナさんの実力からするとそこまで苦戦はしないのではないかと思われます。(なのでシナリオ難易度「易しい」の設定です)
ご興味惹かれましたらご発注いただけましたら幸いです。