シナリオ難易度:非常に難しい
判定難易度:難しい
夜明け。
夜の残党である群青と起き上がる太陽が放つ黄金とが空で溶け合い、山吹から蒼を含んで、透明な濃淡が混じり合っている。
流れゆく雲が光彩達の複雑な色を透かして鮮やかに染まっていた。
大地が燃えている。
真冬の闇に似た老将軍の隻眼が見つめる先、躍る紅蓮の炎の海、そのただ中、真っ直ぐに伸びる艶やかな栗色の髪を胸の上程まで伸ばした少女が一人立っていた。
燃え盛る天幕の熱風に煽られ舞う火の粉を背負い、東の地平から差す黄金光を浴びながら佇んでいる。
齢の頃は十二程度に見えるだろうか。
戦場には似つかわしくない童女のような小柄で華奢な身を、薄手の白いワンピース形の寝着に包み、その腰に革ベルトを巻いて締め、メイスを吊っている。
両手には武骨な金属製の籠手が嵌められ、それぞれ鞘と細身の剣とが握られていた。
大粒の紫色の瞳が下方からの炎光を浴び紅と混じり合いながら煌いている。
ケーナ・イリーネだ。
少女の周囲には先程、彼女に対して斬りかかった聖騎士達が倒れ伏している。
動いたのはどちらが先だっただろうか。
リースの丘の神の徒たる聖堂騎士団の長、帝国最強の漆黒の戦鬼、ガルシャの雷神と渾名される老将軍は、寝起き姿の小柄な少女に対しても一切の油断無く、黒い雷光の如くに一瞬で間合いを詰め、地上より天へと巻き上がる竜巻の如く両手持ちの剛剣を逆袈裟に振り上げた。
手抜きなど微塵もない研ぎ澄まされた殺意を帯びた剛撃に対し、眩い光が出現する。
白衣の少女と黒衣の聖騎士との間、鞘を握るケーナの左の籠手を中心として、縦幅三クビト(およそ150cm)、横幅一クビト(およそ50cm)の長方形の透明な光壁が高速で生み出されてゆく。
ケーナが瞬間的に展開した薄い透明な光壁が、雷神ジシュカが振るう剛剣と激突する。激しい光粒子を激突点から撒き散らしつつ長剣の刃が弾き返される。
ジシュカの身が大きく捻られ、瞬間、黒衣の聖騎士の姿が掻き消えた。
固く重い何かが大地を擦る音が鳴る。
ケーナの右手側の側面、身を捻り長剣を振りかぶっている態勢の隻眼の老戦士が、瞬間移動したかの如くに一瞬で出現していた。縮地。瞬くほどの間も与えずに、冬闇瞳の黒い神の騎士が回転しながら左袈裟に長剣を少女の首元目がけ振り下ろす。剣圧で風が破裂する音が轟き、炎に照らされる夜明けの闇を鋼の閃光が斬り裂く。まさしく稲妻の如き神速の二連撃。
単独での疑似多面攻撃ともいえる神技に対し、縮地の起こりを一段と強く警戒していたケーナは即応した。左手から展開している破神盾を今から右側に向け防がんとしても相手の剣先が届く方が速い、それを直感的に悟り、故に対応を切り替える。白衣の少女から霊力が爆発的に解き放たれる。
ケーナの足元の大地が抉れ、ジシュカの長剣の閃光が空間を断裂すると同時、栗色髪の少女が掻き消える。
鋼が裂いたのは風のみだった。
隻眼の老騎士は間髪入れず長剣を振り抜いた勢いのまま回転するように方向を転換、大地を滑るように弩矢の如き速度で前進する。その向かう先――東側、太陽光を背負う位置――へと瞬間移動したが如く出現したケーナは、迫る剛雷に対し体を半身に取ると剣と左手を向け構える。
大地を滑るように黒衣の聖騎士がぬるりと高速で迫り来て、フリップブック(連続コマ落とし映像)の途中の絵が数枚消滅し唐突にその先の未来が現れたかのように突きが放たれる。突きだと気づいた時には既にケーナの目の前に長剣の切っ先が迫って来ている。予備動作が極力殺されているが為に目と脳が錯覚を起こし、恐ろしいまでに速く見える一撃。それは縮地での加速とは違う、純粋な体捌きの技術だった。剣術の真髄、無拍子。
動作の起こりが消され、唐突に目の前に出現した稲妻に対し、瞬間的に防御に精神を研ぎ澄ませた紫瞳の少女は神がかり的な反応速度で即応した。半身に構えている体を背を後ろに反らせるようにして、刺突の攻撃線に対し身を横に傾がせつつ、構えた右の剣に霊光を纏わせつつ突き出す。
突きと突き、刀身と刀身とが絡むように激突し、ジシュカの剣先がケーナの首元を掠め、薄く皮と肉とを切り裂きながら突き抜け、光を纏った細剣の切っ先がジシュカの胸元へと炸裂する。紙一重のカウンター。
鈍い音と共に衝撃が巻き起こる。だが大柄な老人の身は微動だにしなかった。黒いサーコートの下に重ね着されている分厚いプレートメイルとチェインメイル、ギャンベソン、そして老将軍自身の屈強な肉体が衝撃を吸収している。巌のように分厚い。
隻眼の黒衣の老騎士より殺気が爆発的に噴出する。
両手で握る鋼の長剣が猛然と最上段へと振り上げられる。
(打ち込み)
落雷のごとき上段からの斬り下ろしを直感したケーナはそれに対応せんと剣を構え――
ジシュカの姿と剣が眼前から掻き消えた。
死。
腹の底から迫り上がってくる冷気を感じ取ったケーナは、瞬間的に霊力を全開に解き放ち全霊を回避に集中させつつその場から姿を掻き消した。
地を這う程に身を低く前傾に沈めた態勢より、地の底から噴出する悪鬼のごとく、固く重く剛力で速い、迸る黒い雷光が踏み込んで来る。横薙ぎの長剣一閃。
猛加速して後退するケーナの腹部を弧を描く剣の切っ先が捉え、白い衣を裂いて抜けた。
肌には傷がついていない。
紙一重、
ぎりぎりでかわした。
(今のはちょっと危なかった)
ヒヤリとしたものを感じつつケーナは右手の剣と鞘を握っている左手を構え直す。
虚掛け――フェイントの類はその可能性を常に念頭においていたが見事にひっかかってしまった。満遍なくすべてに警戒するという事はすべてに対して手厚いが、同時にすべてに対して手薄になるともいえる。割ける意識のリソースは無限ではなく限界があるからだ。格下相手には必勝だが、一点突破してくる同格以上の相手の全力には遅れを取る。しかし念頭においていたおかげと対応を二手三手と用意していたが為に突破された際の咄嗟の対応はギリギリ間に合った。
しかしケーナとしては霊力を大幅に消耗したのは痛かった。縮地だけならまだしも神眼法の霊力消費はかなり大きい。
援軍到着まで極力精神力や生命力を消耗せず継戦可能を示し、攻めあぐねての撤退を選ばせたい。故にこの消耗はできれば無しでかわしたいところであったし、あわよくば読み切ってカウンターを狙いたいところでもあった。だが、仕掛けるに足る隙が見当たらない。
隻眼の老騎士が両手で握っている長剣の刀身が急速に眩く輝き始めた。強大な霊力が収束してゆく。
黒衣の戦鬼が輝く剣を手に消える動き――動き出しの起こりが見えず動きの無駄が極力削ぎ落された最短の動作が故に気づいた時には既に目の前にいる――で滑るように高速で踏み込んで来る。白衣の少女は精神を研ぎ澄ませつつ左の籠手を翳す。
眩い閃光が走る。
長剣が袈裟に振り下ろされている。対する少女の籠手から爆発的に透明な光が噴出し壁が形成されている。常人には消えて見えるジシュカの動きが見えている。予備動作が極力消されていても、人である以上皆無ではないが故に、ごく僅かなそれを感じ取っている。
光と光とが激突して粒子を散らし、長剣が弾かれて隻眼の男の姿が掻き消え、即座に右方から閃光が襲い来る。ほぼ同時に襲い来る正面と横からの連撃。
縮地の起こりを察知したケーナは本日二度目となる疑似多面攻撃に対し完璧に即応した。
左手より正面に展開していた破神盾を瞬時に掻き消すと、右の剣握る手を捻りざま霊力を爆発的に解き放つ。
光が斜めに角度をつけながら膨れ上がり、新たな透明な壁が形勢されてゆく。
ケーナの右側面にて光と光とが激突し、さらに黒衣の男の姿が掻き消え、背後より殺気が吹きつける。
瞬間移動したが如き速度で掻き消えるようにケーナはその場から横へと飛び退き、空気を裂きながら輝く何かが先程まで己が立っていた空間を貫いてゆく。
勘で向き直りながら視線を向ければ、眼前には雷神ジシュカが両手で握る長剣を落雷の如くに己の脳天目がけて振り下ろして来ていた。
右手は既に向けている。
展開されている透明な光の壁が落雷の長剣と激突する。
またしても剣は弾かれ、黒衣の騎士は後方へと飛び退いた。
<<……貴公がアヴリオンの傭兵ケーナ・イリーネか。確かに良い腕をしている>>
不意に眼前の老騎士から念話が届いた。
<<儂はイスクラ・ジシュカ・プロコノフ、黒煙の祈りの丘の聖堂を守護する兄弟姉妹達の総長だ。もしも貴公が今後も戦場に立ち続けるのならば、再び相まみえる事もあろうな。できれば、今度はガルシャ王国の味方であって欲しいものだが>>
そう述べつつ一歩、二歩とケーナから視線を外さずに後ずさってゆく。
周囲のガルシャ聖堂騎士達も後退を開始し、ケーナから距離を取るとジシュカもまた踵を返し、要塞のある西の方角へと風の如く駆け去ってゆく。
遠ざかってゆく黒い聖騎士達の後ろ姿を見た時、ケーナはふとある事に気づいた。
――自分がジシュカを退けたという噂が広まると面倒な事になるのでは?
というものである。
(……マズイ!)
追加報酬は惜しいが、面倒事回避の方がケーナにとって重要である。
どうにかこの戦果を有耶無耶にできないかと僅かな時の間にめまぐるしく頭を回転させた末、彼女は念話を敵味方の領域へと流した。
<<老兵は長く戦えない様だね! 援軍に恐れをなして逃げたよ!>>
その報を初めユグドヴァリア兵達の多くは疑ったが、
<<逃げた! 雷神ジシュカが逃げたぞ!!>>
<<アヴリオンの傭兵が退けた!!>>
ケーナの周囲で戦っていたユグドヴァリア兵達が次々にジシュカ逃走は確かであるとの報を念話領域に流しはじめ、また帝国軍が撤退に移っている事実もあり、ジシュカが退けられたのは事実であることが全軍に伝わってゆく。
<<我々の勝利だッ!!>>
<<オオーッ! アルファーズルよ照覧あれぇーッ!!>>
被害が大きく、また帝国軍の撤退は迅速でかつ組織的に行われていた為に追撃は逆撃を警戒し行われなかったが、代わりに生き残った北国の戦士達は盛大に勝鬨をあげたのだった。
●
戦後、ケーナはリスティルの怪我の様子を見に行った。
深手を負ってはいたがケーナがジシュカを退けヴェルギナ・ノヴァ帝国軍が退却した事により迅速な治療が間に合い、癒しの術によってすぐに元気を取り戻していた。
「ケーナ! 貴方、あの雷神ジシュカを退けたんだってな! 凄いじゃないか!」
再会すると開口一番にリスティルが興奮したように目を輝かせ賞賛してきた。
「あ~それはー……その」
なんとか誤魔化せないものかと思案しつリスティルに対しては無理そうなのでそこは呑み込みつつ頼んでみる。
「あの、わたしがジシュカを撃退したって噂が広まらないようにして欲しいんですけど」
ケーナが掛け合うとリスティルは目を丸くした。
「無茶を言う。そんなの、あるいは雷神を撃退する事よりも困難かもしれないぞ?」
「そこまでですか?」
「朝駆けの戦で闇が残っていたとはいえ、周囲には敵味方の兵が多数いた。しかも相手は雷神ジシュカでどうしても人の目を惹く。だから目撃者は多数いるだろう。さらにあの戦鬼を相手に一発も直撃を受けなかったんだって? そんな活躍を誤魔化すっていうのは無理があるだろ。無駄に有名になると面倒だという気持ちはわからないでもないが……」
リスティルは真顔でケーナを真っ直ぐに見つめると言った。
「真実に蓋はできない。諦めろ」
かくてアドホックの傭兵ケーナがゼフリール最強の雷神ジシュカと一対一で渡り合いこれを退けたという話は、島内の軍関係者の間では瞬く間に知れ渡る事となり、一般人にはまだ広くは知られていないが、しかし耳聡い者ならば既に噂話くらいならば聞き及ぶ事となる。
なお大公国軍の金払いは渋い体質故にジシュカ撃退による追加報酬は高まった名声と比較してかなり少額だった。
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こうしてヴェルギナ・ノヴァ側の反攻奇襲作戦は騎士団に大きな被害は出さなかったものの失敗に終わった。プレイアーヒルを封鎖する砦群の建設は止まる事なく進められてゆく事となる。
砦群の完成によりヴェルギナ・ノヴァ帝国の北部軍はガルシャ盆地から外へと出る事が極めて困難となり、対するユグドヴァリア軍はアヴリオン共和国からの帝国への物資の流入を断ち、南方の同盟国であるフェニキシア王国との連携をより強める事が可能となった。
それはユグドヴァリア・フェニキシア同盟側に大きな有利をもたらし、今後の戦いの流れに大きな影響を与えてゆく事となる。
成功度:成功
獲得称号:ガルシャの雷神を退けた傭兵
獲得実績:プレイアーヒル封鎖大砦群の戦いの結果=大公国の勝利