シナリオ難易度:無し
判定難易度:普通
冬の季節だ。
島の中央部に位置する自由都市アヴリオンは、北国であるユグドヴァリアのように寒冷ではないが、南国のフェニキシア程に年がら年中暖かい訳ではない(もっとも亜熱帯であるフェニキシアでも砂漠の夜はとても冷えるが)
レンガ造りの暖炉の中で、薪が時折り赤色の粉を散らしながら燃えている。
炎と、そして酒盛りする多くの傭兵達の活気に暖められた傭兵ギルドの一階受付前に、栗色の髪を胸の上まで伸ばした少女が立っていた。
身の丈はおよそ三クビト弱(約144cm)、薄茶色の革鎧に小柄な身を包み、茜色のミニスカートと黒のレギンス、そして濃茶色の革のロングブーツをはいている。
一見では年の頃、十二程度に見えるだろうか。
しかし実際の年齢は十六を数えている。
東のキンディネロス海の彼方に浮かぶトラシア大陸よりやってきた元名家の令嬢ケーナ・イリーネだ。
そう――ケーナはいまだ十六歳だった。
傭兵として既に幾つか高難易度の依頼を達成していたが、ケーナは今年の春に傭兵となってから、まだ一年と経っていない。
見た目よりは実際は歳を重ねているが、しかしいまだ十代半ばの少女であった。
そんな彼女は自身を指名してきている二つの依頼――フェニキシア女王ベルエーシュと友人である商人ズデンカからのもの――に関するルルノリアからの説明を耳に拾いつつも、その話のすべてを聞き終えるよりも前に、どちらの依頼を引き受けるべきか、心は既に決めていた。
栗色の髪の少女は説明が終わるとすぐに少女らしい高音の女声を発した。
「じゃあ、ズデンカの依頼を受けますね!」
一国の女王からの依頼――それを達成できれば富と名声を得られる事が約束されている。
場合によっては貴族に取り立てられ、かつて潰された家の再興すらも可能になるかもしれない。
だが、ケーナが選んだのは、そちらの道では無かった。
艶やかに長い黒髪を持つルルノリアは、何一つ迷うそぶりすら見せなかったケーナに対し少しだけ驚いたように軽く茶瞳を見開いて、
「即決しましたね……それで本当に良いんですね?」
「ええ、ズデンカが死んじゃうのは嫌なので――少し、嫌なことが起きそうな予感がするんです」
ケーナは己の直感を信頼していた。
鬼の爪牙をかわし蛙人の剣を制した時も、
賊祈士達の刃を掻い潜り暗殺者達と暗中に冷たい鋼を閃かせあった時も、
聖騎士達の祈りの刃と対峙しゼフリール最強の雷神ジシュカと打ち合った時も、
己の直感を信じきれたからこそ、今まで生き延びて来られた。
その彼女の直感が言っていた、どうも嫌な予感がすると。
今回、ケーナが商隊の護衛に向かわなかった場合、ズデンカが死んでしまうかもしれない。
それは嫌だった。
(手紙でも何でもいいから直接伝えてくれればいいのに)
通常よりも高い報酬が、ズデンカなりのメッセージだと感じられた。
思う。
こんな回りくどい形を選ぶのは、またズデンカはケーナの身を気遣って選ぶ余地を与えてくれているのだろうと。
以前に暗殺者と対峙した時もそうだった。
相手を慮るのはズデンカの凄く良いところだと思う。
しかし、
(もっと頼ってくれてもいいのに)
ケーナとしてはもどかしい気持ちも覚える。
あの女商人は少し水臭いところがある。
(手紙に文句の一つでも書いてやりましょ)
ズデンカの性格は変わらなくとも、遠慮がちょっとは少なくなるといい。
ついでに、嫌な予感が当たった時の敵のヤバさも伝えておこうと思った。
できればこちらは当たってほしくはなかったが、用心を伝えておくのは損は無い筈だ。
紫水晶のように煌めく丸い大きな瞳の少女傭兵は、傭兵ギルド受付嬢を見つめ返しさらに言った。
「それに、女王様からのご依頼は報酬だけは良いですけど、隊長とか騎士とか貴族とか、正直、面倒です。自分から進んで受けたいとは思いません」
「…………なるほど、よくわかりました」
その台詞に、ケーナが社会的な地位や栄達よりも重んじるべきものを持っているのだと悟ったのか、ルルノリアは納得したように頷いた。
「傭兵の中にはまったくいないって訳ではないですけど、でもやっぱり実際我が身の事となった時に、富貴栄耀の道よりも、友人の身をこそ優先する決断をする人は少ないですねぇ……収入や身分に重きをおく世間一般の価値基準からすると、乖離した選択肢ですからね。私は嫌いじゃないですけど」
受付嬢は微笑を浮かべると、
「では、女王陛下からのご指名はお断りして、ズデンカさんからのご指名を引き受ける形で手続きを進めますね」
「はい、それでお願いします」
ケーナは受付台の上に置かれた書類に己の名前を羽ペンでサインした。
受けるべき依頼は決まった。
書類を点検しているルルノリアを見つめる。
「……ルルお姉さま!」
顔をあげた黒髪の娘に対しケーナは笑顔で言った。
「お婆様のこと、きっと大丈夫ですよ。アタシがいたら何とかしちゃうんで!」
それはいつもの適当な楽観論――
しかし、
「…………有難うございます。もしも、運命の女神様が微笑んでくれて、巡り合わせが合わさったら、その時は、どうか」
ルルノリアは嬉しそうに顔を歪ませると、ケーナへと深々と頭を下げた。
楽観論でも、それで少しでも彼女が元気になるなら、ケーナとしては嬉しかった。
運命の輪は人間達の心情を他所にして、森羅万象が定める法則に従い、刻々と回ってゆく。
ケーナが選んだ道が、この先どこへと続いてゆくのか、それは神ならざる人の身では計り知れない事だった。
成功度:大成功
獲得実績:ケーナの選択(ズデンカからの依頼を受諾)