シナリオ難易度:普通
判定難易度:普通
「カサドール……」
呆然としたような呟きが背後から聞こえる。
フェニキシア王国がガリラヤ村、その居住地区を囲む水堀にかかる木製橋の上に、ハック=F・ドライメンは立っていた。
ラウンドシールドを左手に、右手には雪色に白く輝く抜き身のブロードソードを手にしている。白髪緑瞳の少年だ。ブリガンダインに身を包み、籠手を嵌め具足をはいている。
ハックの付近の橋床上に漆黒の毛並みを持つ巨体が転がっていた。体長は3mにも及ぶだろうか、レバントグリズリー、魔熊とも呼ばれる魔獣だ。
さきほど村の塀門から縮地で飛び出すと同時に放ったハックの破神剣によって顔面を砕かれ打ち倒されていた。
(破神剣で一撃、当たり所の如何はあるとはいえ油断しなければ苦戦するべくは無さそうだ)
前方、道と畑が広がっている領域より、未だ健在な九体もの魔熊が牙を剥き獰猛に吼えたけながらハック達目がけ突進してきている。しかし少年はそれら自体は恐れなかった。
(問題は……)
肩越しにハックは背後を一瞥した。
農具を手に立つ農夫と、幼い少年を抱き起している農婦の姿があった。おそらく家族なのだろう。
(守らなくてはならないよな)
意を決し、前方へと駆け出す。鉄の具足の底に蹴られた木製の床が、軋む音を鋭く鳴らした。
背後に守らねばならぬ存在を抱え、厄介な状況だったが、しかし持ち主の心の有り様を示すという心剣ブラッシュは眩く強く輝いていた。
(同族で殺し合う戦争よりは戦り甲斐はあるね)
白髪の少年は盾の表面を剣で打ち、挑発するように音を鳴らしながら迫る魔熊達を睥睨する。
「さぁ来い、相手は僕だ。片っ端から打ち破ってやる」
ハックは橋の入り口よりも奥、土の道の部分まで進み出た。五体の魔熊達は挑発に応えるように咆哮し、穴に水が吸い込まれてゆくかのように、広げた扇を象るかのように、百八十度に広がる五つの方向からその巨躯を躍らせ、鉄をも斬り裂く剛爪を振り上げ、次々に飛び掛かって来る。
漆黒の巨大な壁が倒れ込んで来るかのごとき圧迫感。グリズリー達の突撃を受ける少年は、しかし落ち着いてぎりぎりまで引き付けると霊力を全開に解放、輝くブロードソードを頭上へと高々と振り上げた。
刹那、少年の身より周囲に向かい不可視の爆発波が膨れ上がった。円爆だ。さらに紫電の力も乗せられている。
ドーム状に撃ち放たれた衝撃波が魔熊達に直撃する。透明な硬い壁に激突したかの如くに黒い巨躯がひしゃげる。体表が爆ぜてゆく。壮絶な破壊力。
ハックはさらに駄目押しとばかりに膨れ上がる衝撃波をもう一発、連続して撃ち放った。さらに衝撃に体表を爆ぜさせた五体の魔熊達が回転しながら鮮血を宙へと撒き散らし吹き飛んでゆく。
後続の四体の魔熊達は、瞬く間に巻き起こった殺戮に足を止め急停止した。
赤い瞳に緊張と恐怖の色を走らせ、ハックを睨みつけ唸り声をあげる。
白髪の少年が再び円形盾に剣を打ち付け挑発するように鳴らす。一体が唸るように咆吼を轟かせ猛然と駆け出す。
魔熊は黒い弾丸の如く瞬く間にハックへと迫ると剛爪で薙ぎ払うように一閃。ハックは唸りをあげ迫る閃光に対し、土を蹴り高々と跳躍してかわした。宙にて身を捻り雪色に輝くブロードソードを水平に寝かせると、柄を握る右腕を弓矢を引き絞るように後ろに引いた。
「フッ!」
鋭く呼気を発すると共に腰を回転させながらブラッシュの切っ先を、魔熊の額に半ばまで埋まっている宝石のような鉱体目がけ突き出す。
白い霊気のオーラを残光として宙に曳きながら、鋭く突き出されたブロードソードの切っ先が、吸い込まれるように赤い宝玉へと突き刺さり、その奥までを貫いた。
短い悲鳴と共に魔熊の身が硬直し、ハックは突き刺した剣身を引き抜きながら着地する。一拍遅れて大熊の身が傾ぎ、ゆっくりと倒れてゆく。
少年が周囲を見回すと残っていた三体の魔熊達は背を向けて駆け出していた。どうやらとても敵わぬと見て逃走に入ったらしい。
(逃すと、再び人が襲われかねないな)
そう判断した少年はすかさずその後を追って風の如くに駆け出し、破神剣を放って追撃し、数秒で魔熊達を殲滅したのだった。
●
「ひとまずは片づけました。まだ外に脅威が無いとは言えません。門の中へ」
魔熊達の殲滅を終えハックは一家のもとへと戻るとそう促した。
「有難うございます!」
「有難うカサドール」
「にーちゃんすっげー! どーやったの?! 熊の群れが一発でぶっとんだ!」
夫妻がハックへと頭を下げ、童子が瞳を輝かせてハックを見上げている。
一発ではなく二発だったのだが少年の目には判別がつかなかったのだろう。ハックは「カサドールの祈闘術だよ。円爆という名前の技だ」と答えておいた。
一家と共に門内へと入るとハックは村人達からワッと歓声で以って迎えられた。
口々に礼を言われ、その後村長の家に招かれ歓待を受ける事となる。
陽が落ちて晩、村長の家でささやかながら宴が催されたが、そこでハックは魔獣に関する事と一つの噂を聞いた。
まずレバントグリズリーに関して、随分と昔には彼等は今回と同様に山から降りてきて村人を襲撃した事があったが、しかし人を襲えばただではすまないという事を学習したのか、この頃はずっと山から降りてきてまで人を襲うような真似はしていなかった。
しかも現在は冬なので、高所で寒冷な山に住まう魔熊達は冬眠している筈であり、それが目覚めて麓の村にまで襲撃に降りて来るというのは異様な事であると。
この事態に対し何人かの村人達が、
「天神ベールの血を引く神聖なるフェニキシア王家が倒された為、ベール神の加護をフェニキシアは失った。それ故に災厄が訪れたのだ。ヴェルギナ・ノヴァ帝国のせいだ」
と噂しだしていた。
(天神ベールの加護か……)
それも一つの信仰の形だろうとハックは思い、否定するような言葉は紡がなかった。
かわりにハックは実は自分は皇帝より遣わされた――実態は総督メティスからだが――監査官【皇の目】ハック=F・ドライメンであると名乗った。
驚く村人達へと向かい白髪緑瞳の少年は言った。
「あるいは確かに神の加護は失われたのかもしれない。だがそれでも、災厄に抗う為にヴェルキナ・ノヴァ帝国は僕達【皇の目】を遣わせた。神がいなければ人の力で克つ、それが帝国の示す道だ」
それは半ばハックのでまかせだったが、何人かの村人達は大いに感じ入り、称賛と敬意の念を、魔獣の群れを一蹴した白髪のカサドールへと、そして彼を遣わした皇帝へと向けるのだった。
翌朝、村人達から旅の無事を祈られ、手を振られつつガリラヤ村を後にしたハックは、近隣の町へと急いだ。
文を出す為である。
(今回の騒動……恐らく、自然に発生したものではないな)
ハックは魔熊の活発化には何か原因があると睨んでいた。
(僕の視座からは今はまだ見えない事だが……)
――何か陰謀が巡らされている。
そんな予感がした。
かくて、ハックは最寄りの町へと辿り着くと、今回の顛末の報告書をしたためメティスへと送ったのだった。
成功度:大成功
獲得称号1:皇の目
獲得称号2:ガリラヤの魔熊殺し
獲得実績1:ガリラヤ村を魔熊の襲撃から守った
獲得実績2:エルアザル少年一家の誰も死傷させず守り抜いた
獲得実績3:ガリラヤ村防衛において完璧な活躍をした上で皇の目を名乗り、帝国からの支援である事を示し、帝国への不満の広まりを緩和した
獲得実績4:ガリラヤ村の騒動に関して顛末をまとめ陰謀の可能性をメティスへと報告した