シナリオ難易度:普通
判定難易度:易しい
初夏の田舎街の宿の一室。
開けられた窓から陽射しと緩やかな風が入り込み、虫の鳴き声が響いている。
机上には数字がびっしりと書き連ねられた紙が散乱し、灰瞳の少女をはじめ聖騎士達が頭を抱えていた。
長い栗色の髪の少女は、これから成すべき事を理解すると紫瞳を見開き表情を強張らせた。
(め……面倒!)
ケーナ・イリーネには何をすれば良いのか大体わかった。
彼女は無学ではなくトラシア大陸にあった名家の出身で淑女教育を受けており、その中には数字に関する事も存在していた。
しかし「出来る、出来ない」と「やりたい、やりたくない」はまた別の問題である。
少しの逡巡と葛藤の末、
「……ねぇレシア、良い組み合わせを見つけられたら、追加報酬だしてくれる?」
面倒な計算をする気はなかなか起きなかったが、ケーナには現在手に入れたいものがあった。
「追加報酬ですか? 勿論良いですよ、出せる額には限度はありますけども努力しますよ」
「ありがとう。アタシ、祈刃をちょっと一本欲しいの。だからできればその購入代金分、欲しいんだけど――」
元名家の令嬢は明るく軽い調子でさらっと言った。
「…………祈刃の代金分ですか?」
少女聖騎士の灰色の瞳が真ん丸に見開かれる。
冷水でもぶっかけられたかのように、レシアのぼんやりとしていたその表情がシャキッと一瞬で引き締められた。
「祈刃は…………ガルシャは刀剣の類が名産なので他より比較的安いですが……出所不明の闇品や盗品などでなく、きちんとした祈刃を新品でとなりますと、最低ランクでもそれでも200タラントはかかりますが」
1タラントが1万デナリオンだから、つまり200万デナリオンだ。
「数打ち品でもまともな祈刃を購入するなら400タラントは見ていただく必要がありますし……良品となると天井知らずで……」
探るような灰瞳を向けて来るレシアに対し、ケーナはにっこりと満面の笑みを浮かべる。
十二歳程度の童女に見える娘は、両手を胸の前で合わせて五指を組み、ちょこんと小首を傾げる。
「そこをなんとか、ダメ? だって今回500万デナリオンも動かすじゃない。200タラントくらいなんてこれはもう誤差よね、誤差。だからかーるくばーんと一つ!」
「無茶ですうぅぅぅっ! デナリオンとタラントの単位を別々に使ってそれぞれの軽重を錯覚させようとしても無理ですうっ! 誤差で処理するにはさすがに桁が一つ違いますよっ!!」
悲鳴をあげるように叫んでレシア。
ケーナは大きくつぶらな紫瞳を伏し目がちに半分閉ざすとハァと息を吐き、
「ああ、やっぱり駄目なのね」
「額が額ですからね……」
レシアは心臓の動悸を抑えるように胸元を手で抑えて息を吐きつつ恐ろしいものでも見るかのようにケーナへと灰瞳を向けて。
「……追加報酬は勿論、当初の依頼にはなかった項目ですからお支払いしますけど、でも祈刃の代金分までの金額はさすがに無理ですよ」
「そっかー、さっきも言ったけどアタシ、新しい祈刃を購入するのが最近の目標なんだよね。だから追加報酬は限界まで欲しい」
現在ケーナが使用している祈刃はギルドからの借り物である。
いつまでも借り物の祈刃では恰好がつかない、その思いがあった。
「ご入用なのはわかりましたが……お出しできる金額に関しては結果次第ですね。単純に麦と鉄鉱石のみを売買するのと比較して利益が増えたら、比例してケーナさんへの報酬を増額いたしましょう。利益が一割増えたらケーナさんへお支払いする報酬は二割増える、利益が二割増えたら四割、一対二くらいでどうです?」
「ん~……普通ならそう悪くはなさそうだけど、もう一声! だってほら、考えても見てよ。交易を行うのは今回だけじゃないでしょ? 今回で効率が良いノウハウを手に入れられたら、以降は規模を拡大してずっと同じノウハウで効率よく儲けられるんだよ。今回知れるのと、知れないのとの差は、総合的に最終的にとんでもない事になると思う。損して得取れ、ここでアタシにばーんと追加報酬を支払ってくれたら、そのあたりの基本的な考え方も手法までもまとめて教えるから、最終的にはそっちの方がお得だと思うよ?」
「…………くっ、い、一理ある……ッ?」
むむむむと唸ってレシア。
ケーナは普段は面倒くさいからややこしい事は考えないだけで、本気を出せば頭や口が回らない訳ではないのである。名家の淑女教育は伊達ではないのだ。
レシアはうんうんと悩み他の団員達とも相談してまで悩んだ様子だったが、最終的には、
「……それでも、公金ですからどれくらいお支払いできるかは、やはりどれくらい利益を向上できるかによります。いかほど増やす事ができるのか、今回の見込みと方法をすべてではなくとも、おおよその所をご提示していただいてから判断する、という形でよろしいですか?」
「ん~……まぁそれは仕方ないのかな。わかった。それじゃ、実際にやってみてから、どれくらい支払ってくれるか考えてみてよ」
という訳で、追加報酬自体は出すが、それがどの程度の金額になるのかは、今回の交易の試算を待ってからとなった。
あくどい相手なら大まかな部分だけとはいえ、方法だけ掠め取られて買いたたかれる心配もあったが、聖騎士のレシアならそういった真似はしないだろう。
ケーナは計算に集中する為、レシア達から情報が書かれた書類と筆記用具一式を受け取ると、一人部屋へと入って作業を開始するのだった。
●
卓についている少女が右手に握っている白い羽ペンが勢いよく動かされてゆく。
空白だったビブロス紙にはびっしりと数字が書き連ねられていた。
インクがつけられた羽ペンの先が舞うように躍るに合わせ、新たな黒い数字が紙上に次々に浮かびあがってゆく。
数字で埋められてゆく紙の隣には、聖騎士団員と繋がりがある信徒から送られてきたという、例の相場情報が書かれた紙が複数枚並べられていた。栗色の髪の少女は手を動かしつつ紫色の瞳も上下左右に動かし、それらの数字の羅列を追ってゆく。
同時に脳内では忙しなく計算が行われていた。
ケーナの狙いは、
『なるべく簡単に良い組み合わせを見つける方法』
を見つけ出し、構築し、売りつける事だった。
兄だったらどう考えるか?
を基点に思考をトレースし走らせてゆく。
つまり、でいうなら演技である。記憶の中にある兄になりきっている。
自分自身として計算をするのはすこぶる面倒で嫌だったので、ケーナが知る限りこういう事が最も得意であった兄の意識と所作と判断を己の中で再現・仮想起動し、その仮想人格に計算処理を代行させているのである。
あくまで仮想人格を動かしているのはケーナ自身なので、結局は自分自身でやっているのだが、本人主観の感覚としては若干異なる事となる。
暗示や催眠に似ている。
どこか一歩引いた感覚で紙上に描かれてゆく数値を見つめつつ、ケーナの手は淀みなく進み、最終的には紙には幾つかの枠線と文字と数字によって記述された表が完成していた。
(この発想は……アタシのままだったら、出せなかったなぁ……)
兄だったらどうするか? に基づいて判断した結果だった。
ふぅと一息をつきつつ全体を見渡せば、それらの表達は概ね四角形をしていた。
表の一つ目は、
縦軸に『取引量』
横軸に『縦軸の値に対応した買値や売値の変動相場及び単価』
が記入してある。
具体的には、
一番左上のマスには「取引量」
その一つ右隣のマスには「相場」
さらに一つ右隣のマスには「単価」
という文字が記述されている。
「取引量」の文字が描かれているマスの一つ下のマスには「50」と記述されている。
「50」と記述されているマスの右隣には「72」とあり、さらにその右隣には「8020」と記述されている。
これは取引量が50ファジル(1ファジルはおよそ10kgであるから500kg)である時、相場指標は72パーセントであり、単価(1ファジルあたりの価格)は8020デナリオンであるという事をあらわしている。
「50」と記述されているマスの一つ下には「100」と記述されている。
これは取引量が100ファジル(およそ1トン)である事をあらわしており、その右隣には取引量が100ファジルの時に相場の数値が幾つに変動するのか、それによって1ファジルあたりの価格はどのように変動するのか、計算によって導き出されたその予想数値が記述されている。
マスが一つ下にくだるごとに縦に並べられた取引量をあらわすマス内数値は50づつ増加していっている。
その為、この表を見れば、取引量が50ファジル、100ファジル、150ファジルと増えていった場合にそれに対応して相場・1ファジルあたりの価格がどのように変化してゆくかが一目瞭然であった。
視覚的に、感覚的に、非常にわかりやすい形となっている。
この表を見れば、例えば交易品の一つである『森魔の霊薬』を250ファジル分購入した場合、その相場指標は73パーセントに変動し、1ファジルあたりの価格は8130デナリオンへと上昇する、という事が数字と文字が読める者ならば簡単に理解する事ができた。
この表が各街の各商品の購入・売却に応じてそれぞれ作成されている。
ケーナが作成した表の種類は他にもあり、二つ目が、
縦軸に『取引量』
横軸に『買値単価、売値単価、利益単価、利益合計』
が記入された表であった。
基本構造は表1と同じで、表1では項目が「取引量」「相場」「単価」の三つの項目が横に並んでいたのに対し、表2では「取引量」「買値単価」「売値単価」「利益単価」「利益合計」の五つの項目が横に並んでいる形だった。
項目がある横軸から三つほど下にさがると
「150」「8130」「11330」「3200」「480000」
のように数字が記述されている。
これは150ファジル分、ルアール城村で森魔の霊薬を購入した場合、購入時の1ファジルあたりの価格は8130デナリオンであり、ミーティア・スノウへと運んで売却した場合、その売値時の1ファジルあたりの価格は11330デナリオンとなるという事を意味している。
そして、その差額による利益は1ファジル分あたり3200デナリオンであり、150ファジル分合計(150×3200)して480000デナリオンである事があらわされている。
他の取引量の部分も例にあげると、この表は、
「150」「8130」「11330」「3200」「480000」
「200」「8130」「10610」「2480」「496000」
「250」「8130」「9980」「1850」「462000」
のように列挙される形となっている。
この表を見て気がつくのは200ファジルから250ファジルへと売却量が増えているにも関わらず、総利益が49万6千から46万2千へと『減っている』という事だった。
何故そうなるのか、これは表1を参照すればわかる事で、大量に売却した事により相場が低下、つまり『値崩れ』が発生し、結果、売買する量を増やしたにも関わらず、利益が減る、という結果になる、という寸法であった。
あくまで現段階では計算による予想ではあったが、信徒から送られてきている情報が正しければ、そのように値が動く筈であった。
この計算・予測が正しければ、森魔の霊薬単品だけを扱う場合であっても、250ファジルも売買するのは利益が減って良くない、という事が一目瞭然に理解できる。200ファジルにとどめておくべきだと。
この場合、最善を判断するのは簡単だ。
しかしながら実際にケーナ達が行う取引では森魔の霊薬単品を扱う訳ではなく、扱える資金や馬車に積める重量にも制限があったので、何が最善であるかはより複雑化する。そう簡単には判断できない(レシアがアドバイスを求めたのもその為だろう)
そこでさらに使用するのが、ケーナが作製した表の三つ目である。
物品A・B・Cと三種類を購入する前提で、縦軸にB購入量、横軸にC購入量が記述されている。
各項目名と重量数値が書かれたマスから下と右にそれぞれずれた各マス内にはA・B・Cの利益とその合計利益が記入されている。
なおAに関する購入量の記述マスがないが(構造上入れるスペースが無い)、それは最大購入予定重量――つまり最大可能積載量からBとCの重量を合計したものをマイナスした値である。
例えば最大可能積載量が1000である時にBを200、Cを500購入する場合、1000-(200+500)で300と自ずと導き出されるという寸法だ。
この表は先の二つの表と比べると少し複雑だ。
最も上部分には「C重量→」という項目名と「0」「50」「100」……と50刻みの数字が横並びに描かれている。
そして最も左側部分には上から順に「C重量→」「B重量↓」という項目名、そして「0」「50」「100」……と50刻みの数字が縦並びに描かれている。
これは横は右へとマスが移動するごとにCの重量が50刻みで増加してゆく事をあらわしており、縦は下へとマスが移動するごとにBの重量が50刻みで増加してゆく事をあらわしている。
またBCの重量が交差し、その重量時に利益がどうなるかを表すマスは二つに分割されその最上部分は「利益ABC」「利益合計」と項目名が記述されている。
これは右へとずれていっても、いずれの横列においても同様である。
「利益ABC」の項目名が記入されているマスより一つ下へとマスを移動すると、一つのマスが三つに分割されそれぞれAとBとCのその重量の時の各利益が記入されている。
そして「利益合計」のマスの下にはその三つが合算されたものが記入されていた。
以降、マスを右へと移動しても下へと移動しても同様の形式が続いている。
この表により、例えばCの購入重量が「50」Bの購入重量が「100」の時、各商品ごとの利益はA「2293」B「142」C「255」であり、合計利益は「2827」であると素早く確認する事が可能だった。
これは非常に便利なものであった。
複数の組み合わせがあるからこそややこしく最善解が見えにくかったのが、この表によってそれがシンプルに迅速に「各組合せの時にどうなるか」が明らかになるからである。
先述の2表とは違い、まったく知識の無い者がぱっと見て理解できる、というものではなかったが、仕組みを理解している者が見れば、やはり一目瞭然にわかりやすいものであった。
これらに加えてケーナは縦軸による基準価格、横軸による相場の買値・売値単価の一覧表も9品目分作製した。
レシア達に対しては、この参考表で単価計算が省ける事と、三物品組合わせ利益が一つの表で求まる事、そしておよそ単純な計算で表が埋まる事をアピールポイントにして売り込んでゆくつもりである。
とりあえず、これらの表を使って勘案したケーナは今回はルアール城村にて
「ルアール麦750ファジル、ルアール麦酒150ファジル、森魔の霊薬100ファジル」
を購入してミーティア・スノウへと運んで売却、
「ミーティア鉄鉱石350ファジル、イウカイ肉600ファジル、イウカイ革50ファジル」
を購入してまたルアール城村へと戻ってきて売却するのが良い、と結論づけた。
(可能なら二回に分けて別々の店で売買できれば良いんだけど……)
相場情報は信徒が商会員として務めている商会での取引の相場だから、別の店舗となるとまた価格は変わるだろう。
またそもそも取引自体ができない可能性も高い。
レシア達も前任者が築いた販路を利用して交易しようという訳だから、その外へと一から別の取引先を探すとなると厳しそうだ。
(まぁこんなものかな……)
紙面をまとめるとケーナはフラフラになりながら部屋の外へと出た。
仕組みを考えたのはケーナであるし、表の形を記述したのもケーナであるし、乱雑な相場情報をまとめて各数量・組み合わせに応じて計算し表内に記述する数値を導き出したのもケーナである。
総合して多大な作業量であった。
そしてさらにケーナは、演技を終えて神経が元に戻ると精神的・肉体的疲労がどっと押し寄せてくるのを感じるのである。
故に表の作製を完了させ兄の演技を終えたケーナは疲労困憊になっていた。
その為、
「――とりあえず……これ読んどいて……アタシは休む……あと何か食べるもの……甘いもの……ちょーだい……」
息も絶え絶えにレシアへと表を渡すと、倒れ込むように手近な椅子へとケーナは座り込んでしまったのだった。
●
レシアに命じられて聖騎士団の団員が買ってきてくれたのは桃だった。
この時期のルアールで旬の果実であるらしい。
「保存が効かないので他の場所ではそのまま食べる事はできませんが、ここでなら新鮮な桃が食べられますよ。さ、どうぞ、おつかれさま」
とレシアが桃を剥いてくれたので食べてみると甘く柔らかく香り高くとても美味であった。
ルアールは麦で有名らしいが、果実などもなかなか良い物を作っているようだ。
ケーナが桃を二個、三個とたいらげている間にレシア達は表を理解したらしく「これは素晴らしい手法ですね!」などと称賛の声をあげていた。
素晴らしい成果だという事で、通常見込まれていた利益よりも上昇した分の利益のうち半分を追加報酬として貰える事になった。
今回購入する品もケーナ発案の
『ルアール麦750ファジル、ルアール麦酒150ファジル、森魔の霊薬100ファジル』
で異論ないとの事だった。
表の詳しい見方や考え方・手法の解説などを終えると、その日はもうすっかり遅くなっていたので、翌日にルアールにある商会へと向かい品物をそれぞれ買い付け馬車へと積み込んだ。
麦は1ファジルあたり2278デナリオンの価格で合計170タラントと8500デナリオン分。
酒は1ファジルあたり4412デナリオンの価格で合計66タラントと1800デナリオン分。
霊薬は1ファジルあたり8020デナリオンの価格で合計80タラントと2000デナリオン分。
三品目合計で317タラントと2300デナリオン分の買い付けであった。
いざ購入し終えると団員の中には買い付け資金が余っている事に対し「本当にこれで良いのか」と疑問をあげる兵士もいたが――彼の中では資金一杯まで高価な品を買った方が利鞘を稼げるのではないか、という思いがあったらしい――ケーナが作製した表を理解していた兵士が「霊薬は値崩れしやすいから相場や積載量の関係上これで良いんだ」と説明していた。
そんな様子を横目にケーナはさらに新鮮な果物をいくつかと保存の効くおやつも買い込み、かくて一行はミーティア・スノウを目指し出発したのだった。
●
大河の支流と鬱蒼と茂る森の間をくぐるように街道を進む事七日ほど、やがて一行はガルシャの北西端部にある鉱山都市ミーティア・スノウへと到着した。
なおそれまでの道中ではケーナはご飯盛り盛りを希望し、その要望を叶えて出された大量の麦粥をモリモリ食べていた。
ちなみに違う店で売る、というのはやはり難しいらしい。
ツテのある商会以外では聖騎士団といえどもいきなり行っても取引には応じてくれないだろうし、例え応じてくれたとしても値も渋いものになってしまうだろうと。
信徒から送られてきている相場情報は聖騎士団という事で良心的な価格の設定になっているらしい。その商会以外では損な取引になりそうだとの事だった。
そういう訳で、
「リースの大神のご加護あれ! 聖イールよ万歳!」
イール教リース派の信徒だという商会員がいる商会とのみ取引を行った。
麦は合計375タラントと2250デナリオンで売却する事ができた。
購入にかかった費用と差し引くとこれは204タラントと6750デナリオンの利益であり、1ファジルあたりの儲けは2725デナリオンだった。
酒は合計113タラントと4150デナリオンでの売却である。
これは計47タラントと2359デナリオンの利益であり、1ファジルあたりの儲けは3149デナリオンだ。
霊薬は合計14タラントと3000デナリオンで売却できた。
合計62タラントと8000デナリオンの利益であり、1ファジルあたり6280デナリオンの儲けである。
三種合計し、このルアールからミーティア・スノウへの交易では314タラントと4100デナリオンの利益を産みだす事に成功した。
これだけでも一個人としてはかなりの額のように思われたが、ざっと十日かかるとして一日あたりの利益は約31タラント。
ここからレシアや団員四人、ケーナへの報酬も支払い、馬の飲食代や馬車の整備費用なども出すと考えると、この取引規模だけでは聖騎士団が手にする利益はそこまででもないのかもしれなかった。
ともあれ、ケーナ達は事前の計算通りの結果を手にする事ができた。
報酬など経費の支払いは後であるから、手持ち資金の残りと今回得た利益もあわせた814タラントと4100デナリオンを資金として次の買い付けに挑む。
ミーティア・スノウでも事前にケーナが決めた通りの品種と量を購入し馬車へと積み込む。
ミーティア鉄鉱石を1ファジルあたり2113デナリオンの価格で350ファジル分、合計73タラントと9550デナリオンで購入。
イウカイ肉を1ファジルあたり8970デナリオンの価格で600ファジル分、合計538タラントと2000デナリオンで購入。
イウカイ革を1ファジルあたり1タラントと7630デナリオンの価格で50ファジル分、合計88タラントと1500デナリオンで購入。
合計して700タラントと3050デナリオンの買い付けである。
交易所で取引を終えた後、今日明日は街で休憩という事になった為、ケーナはレシアと共に鉱山街へと美味しいもの巡りに繰り出した。
季節は初夏であったが、北部にあるミーティア・スノウの気候は冷涼だった。
山と河に囲まれた地にあるミーティア・スノウでは狩猟や牧畜も盛んであるらしく、街のあちこちで屋台が出ていてイウカイの乳や乳酒を飲み、イウカイの肉を塩や濃いタレで味付けして焼いた串焼きを食べる事ができた。
脂が乗り肉汁溢れる肉料理は旅の間はなかなか食べる事ができないものであったので、非常に美味に感じられる。
熱々の串焼きに舌鼓を打ちつつケーナが腕が良い祈刃職人はこのあたりにいないかと尋ねると、
「――うん? 腕が良いのを探してるんなら王都、じゃなかった皇都に行った方がいいぞ」
店主である中年男からはそんな返答がかえってきた。
ミーティア・スノウは刀剣の材料となる鉱石が発掘される街ではあるが、良い霊鋼に精錬する為には呪術的力を帯びて高火力を発生させる特殊燃料が必要であり、それはこの街では手に入りにくいものである為、腕の良い祈刃職人というのはミーティア・スノウにはいないらしい。
「ルアノール・ノヴァなら、ミーティア鉄鉱石が河川をくだる船に乗せて大量に運び込まれてるし、東のボスキからその燃料がこれまた大量に輸送されてくるから鍛冶をするのに都合が良いんだ」
そういう訳で腕の良い祈刃職人なら皇都ルアノール・ノヴァで探した方が良いらしい。
屋台店主との会話を終えた後に、傍らで話を聞いていたレシアがふとしたように、
「でも祈刃の工房ってお金だけ用意してもおいそれとは売ってくれませんよ」
と言ってきた。
祈士は単独でも兵百人に匹敵する、力量によってはそれ以上、とも言われる巨大戦力であるだけに、その力の源の祈刃となると、きちんとした所では見ず知らずの相手に簡単に売ってくれるものではないらしい。
紹介状などが必要になるとか。
皇都にはガルシャ聖騎士団が御用達にしている工房があるそうで、そこでよければ、とケーナはレシアに一筆認めてもらった。
その書状を見せれば祈刃を売ってくれる――かもしれないらしい。紹介状があっても確実ではないそうだ。
「親方に嫌われると叩き出されます」
どうやら気難しい職人がやっている工房のようだ。聖騎士団ご用達だけあって腕は確からしいが。
その後、ケーナは弟のユーニへのお土産を購入した。
山に降り注いだ星屑からとれた鉄から鍛えられた隕鉄の短刀である。普通の鍛冶師ならミーティア・スノウにもいるらしい。
祈刃ではないが、山歩きする際に灌木の枝を落とすなどの日用使いや護身用にはちょうど良いだろう。
価格は4タラントほどだった。
安物の量産品の一般刀剣がアヴリオンでは5タラントほどであるから、高品質である事を考慮するとなかなかお買い得な逸品である。
そんな調子で街で一日を過ごしたケーナは、翌日聖騎士達と共に再びルアール城村を目指して出発した。
つつがなく帰り道も踏破し、城村に辿り着いた一行は商会で荷を売り捌く。
ルアール城村では、
鉄鉱石を1ファジルあたり3491デナリオンの価格で売却する事ができ、350ファジルで合計122タラントと1850デナリオンの売却額となった。
利益は48タラントと2300デナリオンで1ファジルあたりの儲けは1378デナリオンである。
肉は1ファジルあたり1タラントと1305デナリオンで売却する事ができた。
600ファジルの売却で合計678タラントと3000デナリオンの売却額となり、利益は140タラントと1000デナリオン。
これは1ファジルあたりの儲けは2335デナリオンである。
そして最後に革は1ファジルあたり2タラントと6056デナリオンもの額となった。
50ファジルばかりの売却でもその額は130タラントと2800デナリオンにのぼり、その利益は42タラントと1300デナリオンであった。
これは1ファジルあたりにするとその儲けは8426デナリオンである。
しめてミーティア・スノウからルアール城村への交易の利益は230タラントと4600デナリオンであった。
最終的にルアールとミーティア・スノウ間の往復の儲けを合計すると544タラントと8700デナリオンの儲けとなっていた。
デナリオンだけでいうと、544万8700デナリオンの儲けである。
麦と鉄鉱石だけを売買した場合、儲けは404万と9000程度の見込みだった。
つまり139万9700デナリオンほどがケーナの助言により利益が増加した事になる。
これはきわめて大幅な増額と言って良かった。
今回の交易隊はお試しという事で比較的小規模であったからこれだけの金額だが、今後規模が拡大した時、従来の方法とケーナが表にまとめた方法に従って行う方法とではその利益の差ははかりしれないものになるだろう。
ケーナは今回の依頼を果たした事で、ガルシャ聖騎士団の財政状況に大きなプラスをもたらしたのだった。
財政の大幅な強化は大幅な戦力強化に等しく、北方の守備の要である聖騎士団の大幅な強化は、ヴェルギナ・ノヴァ帝国全体への大幅な強化へとつながってゆく。
それはきっと島の運命を、ひいては人類世界の運命を変えてゆくことへと繋がってゆくだろう。
ともあれ、未来のマクロな事はさておき、ケーナは出発前の約束通り上昇した利益である139万9700デナリオンの半分にあたる69万9850デナリオンの追加報酬を得る事に成功した。
本来の依頼の報酬もケーナは腕利きの祈士であったから安いものではなく、合計して今回の依頼でケーナは非常に多くの報酬を得る事ができた。
祈刃はとても高価なものであるから、まともなものを購入しようとするとまだまだ手が届かなかったが、その購入に向けて大きく前進したのだった。
成功度:大成功
獲得称号:ガルシャ聖騎士団の交易アドバイザー
獲得実績1:聖騎士団交易隊の利益を大幅に上昇させた
獲得実績2:高額追加報酬ゲッター