シナリオ難易度:無し
判定難易度:普通
エメラルドブルーの海。
水面に浮かぶ大型のガレオン船、その甲板に年の頃15程度に見える娘が立っている。
強く吹く風に栗色のセミロングの長髪を靡かせながら、
「うん、ついに出発だね!」
興奮気味に弾んだ声をケーナ・イリーネは発した。
彼女の外見の成長は20歳の時に、10代半ばほどになったところで止まっていた。
10年前と比較して背丈は少し伸び、女性的な凹凸もあらわれていたが、それでも双方ともに10代半ばの平均には届いていない。
軽さと動きやすさを追及した軽鎧を小柄な身にまとい、両手に籠手を嵌め、下半身にはズボンを穿き、その上から茜色のミニスカートと足鎧をはいていた。軽鎧と足鎧の装甲部分は白銀の色をして陽光に煌いている。
細い腰には黄金色に輝く彫金装飾が施された鞘に納められたスモールソード――祈刃ザナトが佩かれていた。
「色々あったけど、割とイイ感じだったんじゃない?」
ケーナはピンチになった時の事はすっかり忘れていた。
ポジティブな性格は昔とまったく変わっていない。
「何度も死にかけたけどね……」
19歳となりケーナの背丈をすっかりと追い抜いた弟のユーニが嘆息している。
ケーナは聞こえなかったフリをした。
ズデンカがそんな二人を見て微笑し、
「ですねー、でもそれでも私達は今こうして生きていて、これだけの艦隊を揃えて出航できるんです。だからこそ私達はこの上なくイイ感じだと私も思いますよ!」
何度も危機に陥ったが、だからこそそれらを切り抜けてこられた自分達の軌跡は良いものだったと女商会長は言った。
「おっ! さっすがズデンカわかってるー!」
「姉さんは……まぁでもそれは確かに、そうなのかもしれませんね」
苦笑して青年は頷き、
「そうだぜユーニ、俺達ゃいつ死んでも何もおかしくなかった。それが五体満足でこれだけの好条件で新大陸への冒険に出られるんだ。上等だよ。出来過ぎなくらいだ」
ゲオルジオもまた自分達は幸運だったと言った。
異神将を倒した後、ノヴァク商会はフェニキシア王家からの優遇措置に加え英雄のネームバリューの影響もあり急激な成長を遂げたが、そのすべてが順風満帆だった訳ではない。数々の困難があった。
しかしそれでもケーナ達はそのすべてを切り抜けてきた。
八年の航海の歳月を通して『ノヴァク商会の最終兵器』とも渾名されるようになったケーナはゲオルジオへと笑って言った。
「出来過ぎなんかじゃないよ。皆がそれを目指して頑張った順当な結果」
「そうかい、順当な結果か……なら新大陸へも俺達なら辿り着けるか」
「絶対辿り着けるよアタシ達なら!」
栗色の髪の娘は紫水晶の色の瞳を西の水平線へと向けた。
白い雲が青い空に浮かんでいる。
翠の海面が春の陽光を浴びて泰然とうねりながら煌いている。
「――新大陸、どんなところだろうね!」
●
――実家が大変な事になった。
はじまりはそれだった。
そうしてゼフリール島に来て、傭兵になって、ズデンカと出会った。
度々の依頼や手紙のやりとりを交わして仲良くなり、親友と呼べる間柄になって、最終的にズデンカの商会へと入った。
ノヴァク商会の相談役となったケーナは、才能と装備に恵まれた圧倒的な戦闘力と、直感的な商才で商会を繁栄へと導いてゆき、異神将を倒してからは更に加速度的に利益を生み出していった。
飛ぶ鳥を落とす勢いのノヴァク商会だったが懸念もあった。
過去の依頼の積み重ねにより、ケーナ達はトラシア大陸の覇者となったルビトメゴルより狙われていたのである。
ケーナは政治的に利用されたりなどの面倒ごとを嫌ってフェニキシア女王ベルエーシュへはなるべく近寄らないようにしていた為、個人的な接点は少なかった。
しかし女王はノヴァク商会最大の投資者であり、ズデンカは女王からの依頼を良く引き受け、ゲオルジオもまたフェニキシア王国の傭兵隊長を一時期務めていたから、二人は女王と繋がりがあった。
そんな訳でフェニキシア女王と浅からぬ縁を持つノヴァク商会の一行は、さる交易航海の後、王都アーシェラルドへと帰港し、土産を献上しに女王ベルエーシュのもとへと挨拶にうかがった。
すると女王は商会の面々を王城の中庭へと招いた。
空が真っ青に晴れた夏の庭園で紅茶と菓子を一同は口にしつつ、ズデンカが旅先で見聞した地の様子などを女王へと語り、商い的な話も一段落したところで女王はルビトメゴルから
『ケーナ・イリーネとユナイト・ロック、及び両名の一族郎党の首を差し出せ』
という要求があった事とそれを断った旨を話した。
そしてもし万一ルビトメゴルからの襲撃などがあった際にはフェニキシアを頼って欲しいとケーナ達へと言った。
ケーナは、もしもベルエーシュがルビトメゴルからの要求を呑んでいたら、ベルエーシュといえども殺す覚悟があった。
突っぱねる決断をしたと聞かされて、ケーナの中でのベルエーシュの評価はかなり上がった。
故にケーナは疑問に思う事をベルエーシュに対し切り出した。
「――私が申し上げるのもおかしな事かもしれませんが、あちらからの要求を拒否しても大丈夫なのですか?」
「……まー、駄目だったらそん時はそん時よ。私はルビトメゴルとの戦争はなんとしてでも避けるべき事だと思っているけど、その為にこの島を救ってくれた貴方達の首を差し出すっていうのは薄情過ぎると思うわ。そのやり方は違うと思う」
ゼフリール島の覇者である弱冠17歳のブロンドの女王は物憂げに一つ息を吐いて、
「それに、あちらへも伝えた言葉だけど、こっちの望みをそのくらいも認めてくれないんじゃあ『ゼフリール島の自治を認める』っていう言葉もどこまで保証されるか怪しいもんだわ。どうせ空手形に終わるのだったら、最初からルビトメゴルと戦ったほうがいーわよ」
「有難うございます。もしもこの件が原因でルビトメゴルと矛を交える事となったら、いただいたご恩をお返しできるよう骨を折らせていただきますので、ご安心ください」
ケーナが畏まって言うと女王は少し驚いたようにぱちくりと碧眼を瞬かせて、
「あら、それは心強いわ。でも貴方は国家間の戦争とかにはあんまり近づきたくないんじゃないの?」
「正直に申し上げるなら面倒ごとは好きではありません」
栗色の髪の小柄な少女は頷いた、
「あぁやっぱりね、そんな気はしてたわ」
ケーナとフェニキシアのこれまでの関りは、ズデンカが女王から依頼を受けていて、そのズデンカからの依頼を受けて護衛につき結果としてフェニキシアの為に働く事になるなど間接的な形である事がほとんどだった。
ケーナが直接フェニキシアからの依頼を受けて動いた事はボスキ・デル・ソルの戦いくらいしか無い。
「ですが、女王陛下には色々とお世話になっていますから、その分くらいなら戦いますよ」
「……良いの?」
「ええ」
「有難う、とても助かるわ。それじゃ、もしそうなってしまった時はあてにさせて貰うわよケーナ、よろしくね」
「はい」
そんなやりとりがあった後にケーナはベルエーシュと徐々に打ち解けてゆき、数年を経てやがてお互いの得意な領域で助け合う友人兼ビジネスパートナーとなってゆくのだった。
●
交易航海を続け、各地の寄港先にて美味なる名産品に舌鼓を打ち、楽しく遊び、たまに買い付けの助言をする。
そして各地のお土産を買ってはよくルルノリアのところへと遊びに行った。
「ルルお姉さまお久しぶりです! お元気でしたか?」
休日のアヴリオンの住宅街、石造りの三階建てアパートメントの一室の戸を叩くと、現れた黒の長髪の娘が破顔して答えた。
「お久しぶりですケーナさん。ええ、おかげ様でつつがなく過ごせています。ケーナさんのほうは調子はいかがですか?」
「私の調子はばっちりですよ。どこも悪い所はなく医者いらずですね」
「それは何より、何事も身体が資本ですものね。立ち話もなんですからどうぞ中へ入ってください」
お邪魔します、と述べてルルノリアの家へと入ると、案内されながら「今回はどちらへゆかれてたのですか?」と尋ねられた。
「今回はアヴリオンからアーシェラルドへと行った後はリムニリマニィ、タラサリカ、ケンヌリオス・ヘリオンの順に巡って、それからエスペランザへと行ってニカイアですね、トラシアの」
「トラシア大陸! それはまたすごく遠くまでゆかれましたね。大変じゃありませんでした?」
「キンディネロス海で嵐に遭遇した時はちょっと死ぬかもという考えは頭をよぎりました」
「……ですよね……ほんとご無事で何よりですよ」
そんな調子でルルノリアと談笑したり、お土産のお礼にと食事をご馳走になったりして、久しぶりのアヴリオン共和国での一日を過ごしたのだった。
●
青い大海原に浮かぶ帆船の甲板よりセミロングの髪の少女が飛翔してゆく。
飛竜が顎を上下に大きく開き喉の奥から燃え盛る紅蓮の炎を吐き出す。
少女は飛燕の如く急旋回して炎をかわすと錐揉みながら弧を描いて竜へと迫り、交差ざまに剣を一閃させた。
竜の喉が深々と斬り裂かれ、鮮血を噴出しながら落下してゆく。
巨体はやがて海面に激突すると飛沫をあげて沈み、浮かび上がってこなかった。
撃破したと判断したケーナが甲板に降り立つと船員達から割れんばかりの歓声で迎えられた。
「さっすがケーナ副会長!」
「飛竜型のゲノスだって一撃だぜ!」
ケーナは飛行の指輪と祈刃ザナトを組み合わせた海戦技術をメキメキと向上させ、ケーナがいる限り戦闘では船は沈まないとまで言われる程となっていた。
「お疲れ様ですケーナ。怪我は?」
「無いよズデンカ」
「良かった。船長、進路は大丈夫ですか?」
「問題ありやせんぜ提督」
「ではこのまま進みましょう」
「アイサー!」
異界勢力が残していったゲノスが未だに出没する危険な海域においても、ケーナが守るノヴァク商会の船は順調に進んでゆくのだった。
●
時は流れて光陽歴1211年。
ケーナが22歳、ユーニが15歳になった年の頃、ケーナは弟を将来幸せにできる嫁候補を探してはくっつけようとしていた。
ケーナの狙いは、弟を立てる器量があって内助の功が得意で、好きになれば一途になるタイプである。
しかし寄って来る女の大半は英雄と呼ばれ伸張目覚ましいノヴァク商会の副会長でもあるケーナの力と名声と富が目当てだった。しばらく観察していればケーナにはそれがわかった。
弟を不幸にしそうな輩はケーナは容赦無く遠ざけていった。
ユーニも相手があまり良い性質の人間では無いと感じてはいたのか、姉のそういった行為には偶に苦笑を洩らすくらいで文句は言わなかった。
「でも何か言いたそうだね?」
「いやぁ……僕だって付き合う気になれば付き合う相手くらい自分で選べるし見つけられるよ姉さん」
「そんな事言ってユーニが誰とも付き合わないからアタシが動いてあげてるんだよ」
「僕はそういうのはまだ良いよ。僕まだ15だよ? 僕よりまず自分自身のほうをどうにかしなよ。今年で22だよね? 誰か良さそうな人は見つけてる?」
「……おっとズデンカが呼んでる気がする!」
弟からの反論に踵を返してその場を立ち去るケーナ。
二つの海に無双の英雄であるケーナであっても、弟の恋路までは意のままにとはゆかないようだった。
●
光陽歴1215年。
ルアノール・ノヴァを出航したノヴァク商会の艦隊は西の海へと向かった。
一月が経過し二月が経過し、食料と水の残りが心許なくなってゆく中、しかし陸地は見えなかった。
「我々は何処にも辿り着けず、このまま海上で餓死してしまうのではないか」
そんな不安が船員達の間で膨れ上がってゆく中でもケーナは落ち着いて日々を過ごした。
「副会長はどうしてそんなに落ち着いているんです?」
ある時、船員に訊ねられると
「陸地にはそのうち辿りつけるから、心配する必要が無いもの」
「辿りつけるってその根拠は?」
「勘。嫌な予感はしないもの、このまま進んで問題ないよ。アタシの勘は良くあたるって、君たちも知ってるでしょ?」
栗色の髪の娘は事もなげにそう答えたという。
そうして、出航してより三か月が経過しようとした頃、
「陸だ! 陸が見えたぞーーー!!」
船団の先頭を進む旗艦の見張りから叫び声があがった。
「辿り……ついた……!」
「やったねズデンカ!」
「イィィィヤッホォオオオウッ!!!!」
報告にノヴァク商会の面々は喜びの叫びを爆発させた。
海岸付近まで船を進めるとボートを降ろし新天地へと次々に上陸してゆく。
ある船員は上陸するとうつ伏せに倒れ伏し砂浜の土を掴んで泣き、ある船員は空を仰いで叫び神に感謝の祈りを捧げ、ある船員達は涙ながらに抱き合ってお互いの背を叩いている。
「ここが伝説に聞く新大陸……」
砂浜に降り立ったケーナの紫色の瞳が見つめる先には森が広がっていた。
そこにはトラシア大陸でもゼフリール島でも見た事のない種類の樹々が林立していた。
光陽歴1215年初夏。
ノヴァク商会の艦隊は新大陸へと到着し探索を開始した。
直感を頼りに進むケーナを先頭にやがて一行は新大陸の住民と遭遇。
彼等は屈強な肉体を僅かな布や皮で包み、手には原始的な槍や弓を持っていた。
ケーナ達は言葉の壁に苦労しながらも身振り手振りや絵図を用いて意志疎通をはかり、時には祈士の力で住民からの攻撃を無力化しつつ交渉を行った。
結果、一帯を支配していた首長と友好関係を結ぶ事に成功。
フェニキシアから運んできた細工品や霊鋼製品と引き換えに食料と水のほか大量の金銀宝石、真珠などを手に入れる事ができた。
成果を得られた一行は再び大海を渡ってゼフリール島へと帰還し、新大陸で入手した品々を高額で売り捌いて莫大な富を得た。
伝説の新大陸の実在が確認された事は、瞬く間にゼフリール島やトラシア大陸で話題となり、艦隊を率いたズデンカ・ノヴァクの名にちなんで新大陸は人々の間で『ノヴァキア』と呼称される事となる。
ノヴァキアの『再発見』はフェニキシア女王ベルエーシュより偉業として讃えられ、やがてゼフリール島とノヴァキア大陸との間で盛んに交易が行われるようになった。
それは多大な富をゼフリール島へともたらし、ベルエーシュの治世に大いに貢献したという。
ケーナは異神将アルバディオを撃退した『ゼフリール島の守護英雄』としての名声だけでなく、ノヴァキア大陸を再発見したズデンカ・ノヴァクの右腕として、冒険家としての名声も轟かせてゆく事になる。
そうして多方面にマルチに活躍した伝説の祈士にして商人にして冒険家として、ケーナ・イリーネの名は後の世の史書に赫々と記される事となったのだった。
暗黒時代の英雄伝説 ゼフリール 完
成功度:大成功
獲得称号1:黄金妖精
獲得称号2:女神の天剣
獲得称号3:閃光乱舞の戦乙女
獲得称号4:ノヴァク商会の最終兵器
獲得称号5:暗黒時代の英雄伝説~伝説の祈士商人冒険家ケーナ・イリーネ~
獲得実績1:ノヴァク商会の副会長
獲得実績2:ノヴァキア大陸を再発見した
獲得実績3:新大陸発見END