拾い物の反応
アリシンの原料は不飽和二重結合を有するアリルチオール(CH2=CHCH2SH,古くはアリルメルカプタン)であり,この化合物をアリルアルコールから簡単に合成する方法を研究したことがある.
CH2=CHCH2OHの酸素を硫黄に変えるとCH2=CHCH2SHになるわけであるが,そう簡単ではない.イオン的な置換反応で合成できるが後処理段階で物凄く臭いのでやってみようという研究者はほとんど居ないと言っても過言ではない.
最初,簡単に合成できるキサンテート (CH2=CHCH2OCSSMe)を転位させて合成しようということになり,文献を調べると大昔にすでに合成されていた [B. Oddo and G. del Rosso, Gaz. Chim. Ital., 39, 21 (1909)].
注 キサンテートの色は黄色,ギリシャ語のxanthos(黄色)に由来する.
ところが,それを蒸留により精製すると転位してジチオール炭酸エステル(CH2=CHCH2SCOSMe) になることには気付かなかったわけである.赤外分光光度計が実用化されるずっと前の研究であるから仕方ないことである.
注 カルボニル基 C=Oの確認ができる,現在は車の排気ガス中のCOやCO2の定量に使用される.
この反応は最初想定したイオンペア中間体経由の反応ではなく協奏反応であることを報告することができた.その後,福井博士のフロンティア軌道論やウッドワード・ホフマン則で言う[3,3]-シグマトロピー反応であることもコンピューターシミュレーションを使って証明できた.
蒸留せずに温めて転移させ,エタノールアミンを加えるとメルカプタンを遊離させることができる.
本反応を利用すると,さらに下記のような化合物がone potで合成できる.[3,3]-シグマとロピー,レトロエン,ディールスアルダーの連続反応が加熱の一操作で起こる.
これらの反応を担当してくれた院生,学生はいつも餃子を食っていると思われたようである.私をはじめとしてニンニク臭が白衣にしみ付いていた.しかし,虫がつかなかった人間は居なかったと思っている.(2011/12/22)