軌道の混合

フロンティア軌道論の基礎

はじめに

有機化学を長年講義していて感じたことのひとつに,学生の有機化学に対する考え方の変化がある.多くの学生にとって有機化学は「暗記する学問」であるら しい.有機化学をどのように教えたら,興味を持ってもらえるか各教官が試行錯誤しているが,なかなか名案がない.私もその一人であり,未だに結論めいたも のを得ていない.

昭和59年,熊本大学において,1年次の化学概論を担当することとなった.有機化学の基礎を教えるにあたり,化学反応をどのように理解させるか一瞬迷ったが,前年(1981)にノーベル賞を受賞した「フロンティア軌道論」を用いることに躊躇はしなかった.

1年次の後期に15回の講義を担当したが,高校の化学から軌道概念が消えていることを知らずに取り組んだため,初年度はとまどいを感じた.そのことより 前に,学生が化学構造を立体的に捉えることに馴れていないことの方が大問題であった.たとえば,ブタジエンとエチレンからDiels-Alder反応でシ クロヘキサンが生成する.「フロンティア軌道論」では,ブタジエンの最高被占軌道 (HOMO) とエチレンの最低空軌道 (LUMO) のπ電子相互作用を問題にするだけだが,それらの軌道を作図させるのに苦労した.

ブタジエンとエチレンのπ軌道は何となく理解できても,肝心の生成物への構造変化が理解できないわけである.エンドおよびエキソの遷移状態,生成物のシク ロヘキセンに関連してシクロヘキサン環の椅子型・ボート型(ハーフボート),アキシャル・エカトリアル等の説明に時間を費やした.軌道概念を用いて化学反 応を教える以上に構造化学を教えることの方が大変だったという印象が強い.

それから20年以上の歳月が過ぎた.度重なる薬学教育の見直しで量子力学的な考え方に基礎を置く分子軌道論はコンピュータを必要とする学問という誤った 理由で大学院講義に移され,学部段階での有機化学の理論はいまだに「曲がった矢印」を多用する有機電子論が主流である.数年前,2年次生に「芳香族の化 学」を教える機会を得た.芳香族の求電子置換反応は高校の化学でもおなじみである.ところが,大学での講義となると代表的反応例だけの紹介だけではすまな い.無駄のない選択的合成戦略,芳香族性に支配される反応挙動・物性など電子論では理解できない事例が数多く存在する.それもそのはずである,π電子の環 状集合体である芳香族分子を電子の偏りのみで説明できるはずがない.教科書から離れて「フロンティア軌道論」による講義に切り替え,理解を求めたが,それ なりに納得してくれたと思っている.

最近は,フロンティア軌道の電子密度やエネルギーがパーソナルコンピュータの画面上で視覚的に捉えることができるようになったため,情報教育と連携すれ ば効果的な有機化学の講義や演習ができるわけである.3年次の分子設計学実習で化学計算アプリケーション (Chem3D) を利用したモデリング実習を行ったが,一部の学生の知的好奇心を大いに刺激したのは確実である.

本講義資料は「医薬品合成化学」および6年制課程アドバンスト科目の「有機軌道論」の両方で使えるように配慮したため,一部大学院向けの内容を含むが,そこは読み飛ばしてもかまわない.要は「曲がった矢印」の代わりに「作図による軌道」を用いるだけである.

軌道概念の変化

福井謙一博士を中心にまとめられた化学反応の理論であり,発想から約20年後の1981年にノーベル化学賞を受賞した.数多くの実験的証明は欧米の化学者によってなされたといっても過言ではない.

フロンティア軌道を説明する前に軌道の概念を説明する必要がある.軌道はorbitalの訳である.辞書によれば,物体が一定の法則に従って運動すると きに描く道筋.特に,天体が一定の曲線を描いて運行する径路である.電子の軌道も天体の運動の概念で説明されてきた(1913,ラザフォード・ボーアの原 子構造論).

しかし,原子核の周りの電子軌道上を電子が円周運動する概念では,電磁気学的物理現象をうまく説明することができない.

波動モデル(wave model)

ドブロイはボーアモデルを基本として、原子核の周りに電子が存在するが、電子が軌道上を回転するのではなく,原子核を取り囲む波であり,電子の運動は波 打っていることを示唆した.その際,空間のある位置における電子の存在確率は数学的に計算可能であるが,電子の位置の予測や運動軌跡を示すことはできない というものである.

原子軌道 (Atomic orbital)

原子核のまわりに存在する1個の電子の状態を記述する波動関数のことであり,その二乗は原子核まわりの空間の各点における電子の存在確率に比例する.量子 力学的には、電子はとびとびのエネルギー状態を取りながら,最もエネルギー準位の低いところから順に電子軌道を占有していく.

水素の分子軌道

すべての化合物の分子軌道の基礎となるのは水素分子の軌道である.水素の分子軌道は水素原子軌道の線形結合 [LCAO (linear combination of atomic orbitals)](一次結合ともいう)によってつくられる.すなわち,結合性軌道ψ1はφ12であり,反結合性軌道ψ2 はφ12である.実際の軌道では,原子軌道φに係数cが掛けられ, c12+c22=1になるように規格化されている.

ψ1 = c1φ1 + c2φ2

ψ2 = c1φ1 - c2φ2

係数の二乗は電子の存在確率を表すので,その合計値は当然1になる. 水素分子の場合,c1と c2は同じだから0.707になる.化学反応を議論する際は,s軌道は球形であることから円で表す.水素分子軌道は下記のように図示することができる.

水素の原子軌道2個から水素分子軌道ができる際,結合性軌道と反結合性軌道が生成する.上図では,結合性軌道は白と白で位相が合った重なり,反結合性軌道は白と黒で位相が合わない重なりである.原子軌道φ1(φ2)において矢印で示した電子は対を作り,水素分子軌道の結合性軌道ψ1に入る.

結合性軌道と反結合性軌道の2個の軌道ができる理由は,次のように考える.水素の原子軌道において収容される最大電子数は2個である.2個の水素原子で は2×2個であるから,分子軌道においても同じ数の電子を収容するだけの軌道が存在することによる.すなわち,4/2で2個である.数学的には2次関数を 解くので,解が2個存在することに符合する.

水素原子に限らず,軌道を図示する際は結合性軌道を下側に,反結合性軌道を上側に書く.その際,軌道のエネルギーは紙面の上の方に行くほど高く(不安定)なる.定性的議論では円の大きさは適当に書いてもよい.

軌道の混合 (orbital mixing)

水素分子におけるs軌道同士のH-H結合と同様に,C-C, C=C, C-H等の結合の軌道もそれぞれの原子の軌道の重なりによって生成すると考えることができる.その際,

結合性軌道 (bonding orbital)

反結合性軌道 (antibonding orbital)

が対の形で生成する.一般的に次図のように示される.

原子軌道の波動関数は,φ1,φ,生成する結合の軌道はψ1,ψであり,ここではφ1,φのエネルギーは同じとする.

いろいろな軌道の混合と結合の種類(訂正個所あり)

分子軌道が原子軌道の混合によって形成するという考え方は一般的な軌道混合則として,いろいろな軌道に適用できる.次図には4種類の結合について,生成する結合性軌道,反結合性軌道を示した.

軌道エネルギーレベルが異なる軌道の混合軌道混合則

混合する軌道のエネルギーレベルが異なる場合は次のように考える.

1)上にある軌道が下にある軌道に混じる時は位相が合うように,(少し)混じる.

2)下にある軌道が上にある軌道に混じる時は位相が合わないように,(少し)混じる.

3)混じる割合は,軌道の差が小さい場合は大きく,軌道の差が大きいと混じる割合は小さくなる.

この場合,新たに生成する軌道のエネルギーレベルは結合性軌道Ψ1においては,混合する前の安定な方の原子軌道Φ1より低くなり,反結合性軌道Ψ2はΦ2より高くなる.

定性的には,「相互作用する軌道間のエネルギー差が小さければ小さいほど,エネルギー分裂は大きくなる」と考えればよい.

フロンティア軌道 Frontier Molecular Orbital (FMO)

分子軌道 (Molecular orbital)は,原子軌道の波の重なりによって生成する.したがって,分子軌道は当然「波」であり,固有のエネルギーを持っている.

もっとも安定な軌道は,両端を波節(静止点)とする1/2波長,2番目の波は1波長,3番目の波は3/2波長の波である.物理学でいう「定常波」,すなわち両端を固定した弦の振動を考えればよい.電子は密閉された箱の中を定常波として運動していると見なすことができる.

一つの軌道にはスピン量子数を異にする2個の電子しか入ることができない.一般に,それぞれ上向きと下向きの矢印で表す.分子は複数の原子が電子によっ て結びつけられている.その際,原子間結合1個は2個の電子で結びつけられている.原子と原子を結びつけるために必要な価電子の総数を2で割った数の軌道 が電子の詰まった軌道であり,「被占軌道」とよばれる.それ以外の軌道は電子の入っていない空の軌道であり,「空軌道」とよばれる.

フロンティア軌道 (FMO)とは,電子の詰まった軌道の中でもっともエネルギーの高い軌道(古典的に言えば,電子の入った軌道のうち,原子核から最も遠い軌道)と,エネル ギー的にそのすぐ上に位置する空軌道のことである.一般には,HOMO, LUMOの略号が使用される.

Highest Occupied Molecular Orbital (HOMO) 最高被占軌道

Lowest Unoccupied Molecular Orbital (LUMO) 最低空軌道

HOMOは電子の詰まった軌道の中でもっとも不安定な軌道であり,HOMO電子は反応性に富んでいる.LUMOは電子の入っていない軌道のうち,最も安定な軌道であり,電子受容性に富んでいる.

FMO理論は,電子の数だけある軌道のうち,「HOMO, LUMOの2個だけに注目することから始めよ」という理論と言っても過言ではない.当然,軌道の三次元的広がりの度合いを問題にするので,試薬の攻撃する場所や方向なども予測できる.

有機電子論を軌道論的な立場から考えると,すべての被占軌道の電子密度の合計と原子核の正電荷の差を「電荷の偏り」として問題にするのみであり,電荷の3次元的広がりや方向は議論できない.

分子軌道法では,波の形を知れば(正確には方程式を解けば)分子の中の任意の原子上の電子の存在確率と位相を知ることができるわけである.

図には,ブタジエンのπ軌道を示した.太線の波がHOMOであり,もっとも振幅の大きい両端のところが反応部位ということになる.

フロンティア軌道論を用いないと説明できない例として,環化付加反応の例を紹介しよう.電子論では,エチレンの二量化でシクロブタンが生成することが予 想できる.電子の偏りが期待できない対称構造の中性分子に強引に正負の電荷を作り,相互作用させれば結合ができると考えるわけである.曲がった矢印の理論 で考えてもよい.ところが,フロンティア軌道論による予想では,いくら加熱してもHOMO, LUMOの位相が合わないので生成しない(熱反応では,なぜHOMOとLUMOが相互作用し合うのかについては後で説明する).

ブタジエンとエチレンの混合物を加熱すると,シクロヘキセンが生成する.フロンティア軌道論では2個所の反応部位の位相が合うので結合が生成する.このよ うに反応が進行する場合は有機電子論(矢印の理論)でも説明できることになり,つじつまが合うわけである.しかし,電子の流れる方向は.軌道論による予測 とは異なる(詳細は後述).

2分子のエチレンが一方がHOMO,他方がLUMOで相互作用すると波の重なりは強め合う部分と弱め合う部分があるため,結合は生じない.一方,ブタジエンとエチレンの反応では結合を形成する分子両端で波の位相が合い,強め合うことが分る.

以下に示す例は電子論では説明できない典型的な例である.

1)はエンド付加体が優先的に生成する(エンド遷移状態は立体反発が大きく不利と予想される).

2)置換ブタジエンと置換エチレンの反応の場合,波の振幅(ローブの大きさ,二乗値は電子密度)が異なるので配向異性体が生成する.

下記の例は電子論ではジエン,ジエノフィルともプラス電荷を持った炭素同士が反応することになる.電子論による配向性予測とは矛盾した結果を与えること確認されている.

3)は両方とも (4n+2)π系,すなわち14π電子を有する芳香族化合物であるにもかかわらず,後者のアントラセンは無水マレイン酸と容易にDiels-Alder反応を起す.

4)ケテンとジエンとの反応に於ける2π+2π付加体(形式的)の生成は,段階的機構によるものとされていたが,最近連続周辺環状反応であることが実証された.連続周辺環状反応については別稿を参照.この項は削除予定

有機電子論との相違点

「有機軌道論」が「有機電子論」と異なる点をまとめておこう.有機電子論には軌道すなわち波の概念がないので,波同士の重なり,すなわちある時は強め合 い,ある時は弱め合うなどの現象は考慮されていない.さらに,実際の反応においては,エネルギーの近い軌道同士の相互作用が反応の難易を決めるが,そのよ うな要因を考慮することはできない.

1)簡単な作図によって高度な反応の予測ができる.

2)立体化学が議論できる

軌道の重なり方から試薬の攻撃の方向が予測できる

遷移状態や生成物が予測できる

3)電子論では中性分子同士の反応は説明できない

電気陰性度の差に基づく曲がった矢印の定性的理論

4)熱・光反応の区別ができる(選択性予測)

熱反応はHOMO, LUMOが相互作用する.

光反応はHOMO, HOMOあるいはLUMO, LUMOが相互作用する.

7)軌道エネルギーを考慮するため,相対的な反応性予測が可能である.

8)分子軌道計算を用いることににより定量的予測も可能である.

追記 フロンティア軌道理論の基礎になった摂動式の説明は末項です.

単純な化合物のフロンティア軌道

エチレン分子(価電子12個)

エチレンは12個の価電子を持っている.したがって,下から6番目の軌道までが被占軌道であり,それぞれの軌道に2個づつ電子が入っている.ところが, 下から5個目の軌道まではエチレン骨格を構成するためのσ軌道形成のために使われ,付加反応などの化学反応には関与しない(次頁参照).

次頁には,全電子を含めた分子軌道計算の結果をもとに各軌道の電子の広がりを図示した.ここでは,価電子12個を収容する6個の被占軌道と2個の空軌道 のみを示した.価電子全部を含めた場合,HOMOは下から6番目,LUMOは7番目の軌道ということになる.下から5個目の軌道までは6個のエチレン原子 が作る平面に沿って延びているが,HOMOとLUMOはその平面(XY面)からz方向に垂直に突き出している.C-HやC-C結合を形成するσ軌道とは直 交しており,お互い干渉することはない.

HOMOにおいては,亜鈴型のp軌道が2個平行に寄り添うため,黒同士,白同士で位相が合い,結合性である.一方,LUMOでは位相が合わず反結合性である.LUMOに電子が入ると位相が合わないため原子を引き離す力がはたらくことになる.

追加カラー版

π軌道のみのエチレン分子軌道

上述のように,被占軌道の内,6番目の軌道以外はエチレン骨格をつくるためのσ軌道であり,π軌道とは直交している.そのため、お互いに相互作用することはなく,化学反応に関与することはほとんどない.そこで,エチレンにおいては,原子平面から垂直に突きだしたpz軌道のみを取り出し,6,7番目の2個のπ分子軌道を考えればよいということになる.

したがって,エチレンの分子軌道は水素分子の波動関数と同じということになる.但し,図示する際は,円ではなく,亜鈴型の軌道を描く.

エチレンをπ軌道のみで議論する場合,エチレンのHOMOは1番目,LUMOは2番目の軌道である.定常波として作図してもよい.波数(節)が増えれば当然軌道エネルギーは高くなり,電子の反応性も高くなるわけである.

同様に,共役分子はπ電子だけの化合物として取り扱うことにより,共役分子の性質やそれが関与する化学反応の挙動を考察することができる。

ブタジエン分子

ブタジエンは22個の価電子を持っているので,下から11個目が最高被占軌道ということになる.π電子のみで考えると,4π電子化合物であり,HOMOは2番目,LUMOは3番目である.

ブタジエンのπ軌道は,エチレンのπ軌道の相互作用によって生成すると考えることができる.その際,近い軌道が強く相互作用するので,新しく生成する軌道はその影響を強くうける.2個のHOMO(φ)が接点で位相が合うように相互作用すると最下位の軌道Ψ,逆位相で相互作用すると2番目の軌道Ψが生成する.同様に2個のLUMOが相互作用すると軌道Ψおよび軌道Ψが生成する.

これでブタジエンの軌道の基本はできたが,ローブの大小は満たされていない.ローブの大小は,強く干渉する軌道以外のエネルギー的に離れた軌道の干渉によって起こる.ここで,軌道混合則を思い出す必要がある.

軌道混合の規則に従い振幅を修正する手順

1)上にある軌道が下にある軌道に混じる時は位相が合うように,(少し)混じる.

2)下にある軌道が上にある軌道に混じる時は位相が合わないように,(少し)混じる.

3)混じる割合は,軌道の差が小さい場合は大きく,軌道の差が大きいと混じる割合は小さくなる.

ブタジエン ψ1

ブタジエン ψ2

ブタジエン ψ3

ブタジエン ψ4

エネルギー的に離れた軌道の干渉について考える.

まとめ

4個のπ軌道に遠い軌道の影響を加味するとブタジエンの軌道ができあがる.下から対称,非対称,対称,非対称になっており,軌道が波の性質を持っていることが分かる.

軌道の対称性が反応において重要な役割を演じることは後述する

自由電子模型法 (FEM) による波の作図

ブタジエンの配座、結合長に関係なく、横一線に引き延ばした形で考える。

4個のπ電子は|ー|ー|ー|のように等間隔に置く。

さらに、両端からそれぞれ|ー|の距離分だけ伸ばす。

出来上がった|ー|ー|ー|ー|ー|の両端からsinカーブを描く。すなわち、密閉された箱の中で共鳴する定常波である。Y軸との交点が振幅である。

ブタジエンのπ分子軌道の電卓計算

ψn (x) = (2/L)1/2sin(n*pi*x/L)

n=1,2,3,4 ----

起点 C1---C2---C3---C4 終点

|------|------|------|------|------|

|<-------------- L ------------->|

|<-----x---->|

起点ー終点の距離をLとする.

起点から任意の 炭素原子までの距離をxとする.nは弧の数である.

炭素ー炭素距離は任意だから1と置くとL=5である.

弧1個の場合 n=1

ψ1 (x) = (2/5)*1/2*sin(1*pi*x/5)となり

x 1 2 3 4

-------------------------------------------------------

ψ1 (x) 0.372 0.601 0.602 0.372

である.同様に各軌道の各炭素上の振幅(係数)が計算できる.

n=4 0.372 -0.602 0.601 -0.372 (空軌道)

n=3 0.602 -0.372 -0.372 0.601 (空軌道)

n=2 0.601 0.372 -0.372 -0.602 電子2個(被占軌道)

n=1 0.372 0.601 0.602 0.372 電子2個(被占軌道)

追加拡大図

【ついでに】

BASIC言語によるプログラミング

情報処理演習などで習ったBASIC言語で自由電子模型のプログラムを作ってみよう.下記のプログラムは三角関数は「度」で考え,途中でラジアン(2π(rad) = 360゜)に変換している.十進BASIC (Windows機用フリーウエア) では,角度の単位は標準ではラジアンであるが, OPTION ANGLE DEGREES をプログラムのはじめに書くことで角度の単位を度(degrees)に変えることができる.

10 input n 共役分子の炭素の数を入力

20 for i = n to 1 step -1 弧の数の多い方から計算 120行とループ

30 print i; 軌道の順を表示

40 for j = 1 to n 各原子に沿って計算処理 100行とループ

50 a = i*j*180/(n+1) 50-80行は係数の計算

60 d = 3.141592*a/180 度をラジアンへ換算

70 wh = sin(d)

80 coeff = sqr(2/(n+1))*wh

90 print using "###.###";coeff; 結果の表示

100 next j

110 print

120 next i

>run

? 4

4 0.372 -0.602 0.601 -0.372

3 0.602 -0.372 -0.372 0.601 ---- LUMO

2 0.601 0.372 -0.372 -0.602 ---- HOMO

1 0.372 0.601 0.602 0.372

十進BASIC を用いて,サインカーブを描くには下記のプログラムを実行する。

OPTION ANGLE DEGREES

input n

LET m=n+1

SET WINDOW -1,2*m,-1,2*m

draw grid(0.5,0.5)

for i = 1 to n

for j = 0 to n+1 step 0.1

LET a = i*j*180/(n+1)

LET wh = sin(a)

LET c = sqr(2/(n+1))*wh

PLOT LINES: j,i*2-c;

next j

PLOT LINES: 0,i*2

next i

end

実行結果

MacintoshではChipmunck Basic や Metal Basicが利用できる.

その他のプログラミング言語によるプログラミングの詳細は別項を参照

Allyl 基の軌道

Allylアニオンを考えてみよう.奇数のp軌道を有する中間体である.CH2=CHCH2-はエチレンのπ軌道とp軌道の共鳴によってできる.アニオンは,π電子4個を有するため,2番目の軌道がHOMOである.中心の炭素は波の節になり,電子の存在確率はゼロである.

Allylカチオンは2π電子系の化合物であるから,一番目の軌道がHOMO,二番目の軌道がLUMOである.

自由電子模型法でも同様の作図ができる.

Hexatrieneのフロンティア軌道

ブタジエンとエチレンの軌道が干渉し合って生成すると考える.

ヘキサトリエンのHOMO は,ブタジエンHOMO と エチレンHOMOが端同士で相互作用した際に生じる2個の軌道のうち,エネルギーの高い方の軌道である.

ヘキサトリエンのHOMO ← ブタジエンHOMO - エチレンHOMO

ヘキサトリエンのLUMO は,ブタジエンLUMO とエチレンLUMOが相互作用した際,生じる2個の軌道のうち,エネルギーの低い方の軌道である.

ヘキサトリエンのLUMO ← ブタジエンLUMO + エチレンLUMO

直接相互作用する軌道以外の軌道の関与を考慮し修正した後の軌道

自由電子模型法で作図して確かめてみてほしい.6π電子系だから,下から3番目(6/2)の軌道がHOMO,4番目の軌道がLUMOである.1番目の軌道 は節 (node)は0個,2番目は1個,3番目は2個,4番目は3個と増えていくので,HOMOはnodeは2個,LUMOはnodeは3個であることが分か る.すべての軌道を描く必要がないことも理解してほしい.

以下に示す化合物のFMOはヘキサトリエンのFMOで近似できる.

問 医薬品化学の実習課題のひとつ,tetracycloneとN-phenylmaleimideとの環化付加反応をフロンティア軌道法で解析せよ.

Benzeneの軌道

価電子の数は30であるから ,HOMOは15番目の軌道, LUMOは16番目である.π電子だけの分子軌道の場合,ベンゼンは6π電子系の化合物である.環状のため,同じエネルギーを有する2組の軌道が存在する

波の数は同じ → エネルギーも同じ

ベンゼンの軌道ははブタジエンとエチレンが環状に相互作用して生成すると考える.その際,対称性の同じ軌道同士が強く相互作用する.同時に,エネルギー的に離れた位置にある対称性の等しい軌道が弱く相互作用する.

次図には,ベンゼンの各軌道のいかなる波(軌道)の相互作用によって生成するかを示した.

このような学習がなぜ必要か?

複雑な分子軌道も簡単な軌道の相互作用に,すなわち「波の干渉」よってつくられることを理解してほしいた めである.そのことが理解できれば,芳香族分子の安定性(芳香族性)は分子を単純な軌道に分割し,それらの軌道のHOMO-LUMO相互作用によって論じ ることが可能になる.また,化合物の構造的特徴からシントン(合成原料,合成子)を推測する「逆合成」に大いに役に立つためである.

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追加資料

Styreneの軌道

スチレンの軌道はベンゼンとエチレンの軌道の相互作用(波の干渉)によって生成する.次図にはスチレンのHOMOが生成 する際の相互作用を示した.ベンゼン,エチレンの係数が軌道混合によって変化する様子に注目してほしい.ベンゼンのHOMOとエチレンのHOMOが逆位相 で繋がり (A-B),スチレンのHOMOの基本波が生成する.その際,ベンゼンのHOMOにはエチレンのLUMOが位相が合うように少し混じる (A-D).同様にエチレンのHOMOにはベンゼンのLUMOが同位相で少し混じる (B-C).次に,A+CおよびB+Dの波の加算によってスチレンのHOMOが生成する.

Naphthaleneの軌道

ナフタレンの軌道はベンゼンとブタジエンの軌道混合によって生成する.まず,ブタジエンのHOMOベンゼンのHOMO(対称性が同じ軌道)が接点で位相が 合わないように結合する.それにベンゼンのLUMO(対称性が同じ軌道)が混じり合うことにより,ナフタレンのHOMOが誕生する.

電子は波であり,その波の重なりが分子の軌道を作り,反応が起こる際は,波の重なり具合によって反応の方向,生成物までも決めていることを理解してほしい.

FMO生成の一般則

上述の例から明らかなように,A, B2個の分子のFMOから新しく第3の分子CのFMOを作る場合,第3の分子CのHOMOは分子A, BのHOMOが位相が合わないように混じってできる.一方,LUMOはA,BのLUMOが位相が合うように混じってできる.

カルボニルおよびエーテルの軌道

炭素原子軌道同士が相互作用してC=CのFMOが生成する場合,HOMOは大きく安定化し,LUMOは大きく不安定化す る.炭素と酸素のように原子軌道のエネルギーが異なる場合は,若干変化する程度である.左図は炭素と酸素のp軌道が肩を寄せ合うように接近し,C=O結合 をつくる例である.右図はC-O単結合が生成する様子である(軌道混合則参照).

カルボニルやエーテル結合の場合,HOMO,LUMOの形は,エチレンとは異なる非対称な形(炭素と酸素上の係数が異なる)となる.カルボニルのHOMOでは電子は酸素に多く存在する.逆にLUMOの係数は炭素の方が大きいので,電子を受け入れる反応の場合は,炭素が攻撃を受ける.

この場合,曲がった矢印の電子論と異なる点は,攻撃する方向なども予測できる点である.

例 ケトンに青酸 (HCN) が付加する反応はFMO論で容易に説明できる.

後者の反応は,アルデヒドにNaCNおよびアンモニアを作用させて,α-アミノ酸を合成するStrecker反応である.LUMOへの攻撃で理解できる.

π軌道とσ軌道の組合せによるHOMO

下図はエン反応におけるHOMO-LUMO相互作用を示した図である.この場合,二重結合のπHOMOとC-H 結合のσ軌道のHOMOが位相が合わない形で接している姿をイメージすればよい.反応相手のLUMOと両端で位相が会い,Diels-Alder反応と同様に熱反応であることが理解できる.

右図では二重結合の位置を明示するために書き加えた.

追記 フロンティア軌道理論の基礎になった摂動式

KlopmanとSalemは摂動式を用いて, 分子同士が反応(相互作用)する際, 反応物の軌道が互い に重なる場合のエネルギー変化を求める式を提案した. ”化学反応性を予測するための式”は3項に分けられる.第1項は電子の詰まった被占軌道 同士の相互作用であり, 電子反発項と呼ばれている. 第2項は電荷項であり,相互作用する電荷 により反発, 引力の両作用が存在する.第3項は被占軌道と空軌道の軌道相互作用項である. 各項において演算の対象になるのはすべての相互作用である.

ΔE = 第1項 + 第2項 + 第3項

第1項 = 電子反発項(閉殻反発項,被占軌道同士の相互作用)

第2項 = 電荷(クーロン)項(反発または引力)

第3項 = 軌道相互作用項(被占軌道と空軌道の相互作用)

すべての相互作用を調べて計算する上記摂動式に対して, フロンティア軌道論の基礎となった演算式を紹介しよう. 完全な摂動式の第3項に注目してほしい.

第3項は, すべての被占軌道と空 軌道の相互作用を加算する式である. 式をよく見ると, 相互作用エネルギーは, 反応点の軌道係 数を掛け合わせた値を反応する分子間のHOMO-LUMOエネルギー差で除している. 言い換えれば, HOMO-LUMOエネルギー差が小さければ相互作用は大きくなることを意味してる. HOMO, LUMOの次に位置する軌道 NHOMO (next HOMO), NLUMO (next LUMO)の相互作用は急激に小さくなるこ とが予想される. それならば, HOMO-LUMO相互作用だけを考えれば大まかなことは分るのではないかという発想である.

フロンティア項だけの摂動式

上図は, ベンゼンのニトロ化(求電子置換反応)をイメージしている. ベンゼンのHOMO, LUMOと 求電子試薬のHOMO, LUMOが「お見合い」をする. 二種類の相互作用が生まれるが, HOMO (ベンゼ ン), LUMO(求電子試薬)のエネルギー差の方が, HOMO(求電子試薬), LUMO(ベンゼン) の差より小さい. フロンティア軌道論では「エネルギー差の小さい方だけを考えよ」である.

あまりにもドラスチックな省略であるので, 「ほんまかいな」と思う人もいるだろう. ところが, 数多くの実験事実がこの考えをサポートしている. NHOMO (next HOMO), NLUMO (next LUMO)がHOMO, LUMOに近接している場合はそれらの相互作用を考慮する場合もある. 明らかに電荷を持った分子同士でもフロンティア軌道だけで大丈夫かと思う人もいるだろう. そのような場合に対応する式が用意されている.第2項のクーロン相互作用を加味しようという わけである. 電子論のプラス, マイナスがこれにあたる.

電荷項とフロンティア項を考慮した摂動式

有機化学では, 試薬類をハード, ソフトに分けて, 性質や反応性を議論することがある. 上式はその考えそのものである. フロンティア軌道に依存するものはソフトであり, クーロン項に依存するものはハードである. フロンティア軌道同士は遠く離れていても反応がきわめて早い場合があるが,そのような反応はクーロン力に支配されている場合が多い. フロンティア軌道論は, 反応を議論する際, 分子の大小に関係なく、「まずはFMOだけを考えて みよう」と言う理論であるので, 迷わずもっとも単純な式を用いてみてほしい

三種の反応型

相互作用する分子のHOMO, LUMOの相対位置により, 反応は3種に分けることができる. フロン ティア軌道論では近い方だけを考慮すればよいと書いたが, 二つのHOMO-LUMOが同程度の neutral型の場合は両方の相互作用を調べる必要がある.

置換基効果

ベンゼンに置換基が付いた場合のHOMO. LUMOの軌道レベルの変化には規則性がある. 電子供与基が付いた場合, HOMO, LUMOは共に上昇する. 電子欠如型置換基が付いた場合は,HOMO, LUMO は共に下降する. 共役基が付いた場合はHOMOは上昇し, LUMOは下降する. これらの効果は一般的であり, いろいろな化合物に適用可能である.