ナスの話題 二題

ナスのヘタはヒトパピローマウイルス(HPV)によってできる尋常性疣贅(じんじょうせいゆうぜい)という手足のいぼを取る民間療法薬として使用されてきた.最近,その成分である9-オキソオクタデカ-10,12-ジエン酸(9-OxoODE)が子宮頸がんに対して抗腫瘍効果を示すことがが名大医学部附属病院の研究によって確認され,新薬の開発に繋がるのではないかと注目されている.プレスリリースの一部を以下に示す.

ナスのヘタから抽出した成分に抗腫瘍効果

【要旨】 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の茂木一将 大学院生、吉原雅人 病院助教、梶山広明 教授、同ベルリサーチセンター 小屋美博 博士、 那波明宏 教授らの研究グループは、ナスのヘタに含まれる天然化合物の 9-oxooctadecadienoic acid (9-oxo-ODAs)が子宮頸癌細胞に対して抗腫瘍効果をもたら すことを報告しました。 日本ではナスのヘタ(萼)がヒトパピローマウイルス(HPV)関連疾患である尋常性疣贅(じ んじょうせいゆうぜい)*2 に対して民間療法薬として使用されていた背景があり、過去に本研究グループはナスの萼のエタノール抽出物が卵巣癌細胞や尖圭コンジローマ*3 を抑制することを報告し、抽出物中の有効成分である 9-oxo-ODAs を同定していました。本研究では 尋常性疣贅や尖圭コンジローマと同じ HPV 関連疾患である子宮頸癌に対してヒト細胞株や モデルマウスを用いて 9-oxo-ODAs の抗腫瘍効果を検討しました。9-oxo-ODAs は、細胞分裂に関与する CDK1 や子宮頸癌の発癌に関与する HPV 由来のタンパクである E6、 E7 の発現を抑制し、HPV 陽性ヒト子宮頸癌細胞の細胞周期停止、アポトーシス*4 を誘導す ることが判明しました。またマウスモデルにおいても 9-oxo-ODAs の抗腫瘍効果を確認で きました。本研究から 9-oxo-ODAs が HPV 陽性疾患に対する有望な治療薬となり得ることが示されました。 本研究成果は、国際科学誌「Scientific Reports」 (英国時間 2023 年 11 月 6 日付 の電子版) に掲載されました。

 二種類の9-オキソオクタデカ-10,12-ジエン酸(9-EE-OxoODEおよび9-EZ-OxoODE)は,2014年名市大グループによってナスのヘタから単離され,その著者のひとりは今回の研究の共著者でもある

    9-OxoODE(EE, EZ)既知物質であり,その製法は特許もとられ,現在は試薬メーカーから入手可能である.植物は異なるが,これら二種の異性体を単離,同定した報告が存在する.改めてウエブ検索すると,1998年の北大の研究論文がヒットする.赤唐辛子のメタノール抽出物が強力なアセチル-CoA カルボキシラーゼ(ACC)阻害活性を示すことに注目した有効成分探索研究の過程で単離され,構造決定されている(1998,北大農学部,川場等).

MMFF94sによる安定構造は以下の通りである.上記の構造式から予想できるほど曲がっていない.

著者等は,これらと近似した化合物を合成し,ACC阻害活性を構造活性相関を調べている.その結果.9および13位に水酸基,あるいはカルボニル基が必要であり,二重結合は必ずしも必要ではない.また,カルボン酸とケトン基の間の二重結合の存在は活性を低下させると述べている.

次図の横軸は活性を示している.3と7,4と8はアルコールとケトンの関係あるが,ケトン体の方がわずかに活性が強い.

9-OxoODEや13-OxoODEに関しては,いろいろな植物の成分研究の中で,テルペン,ポリフェノール等の複数の成分のひとつとして単離され,それぞれの研究者によって各種のスペクトル機器により同定されている.北大農学部の研究者もEE体(8)は1964年および以下に示す論文で報告されていることを記している.

モグサの成分研究(1996)では次図のような数多くの成分の中に上図の5.6.8が単離されている.

トマト抽出物にも9-oxo-ODAが含まれている.しかしながら,青果トマト中に含まれる9-oxo-ODAの含有量は,品種によりばらつきがあるが青果トマト当たり1μg/g前後である.このため、トマトの加工法によっては加工品中に9-oxo-ODAが含有されていないこともある.一方,トマトから単離された13-oxo-9,11-octadecadienoic acid (13-oxo-ODA)は脂肪肝や高中性脂肪血症などの脂質代謝異常の改善に有効との報告がある.

ナスの成分研究に関連して,化合物の同定の在り方,引用の仕方に疑問を感じたので,細かいことまで記した次第である .筆者の場合は,バイルスタインやケミカルアブストラクトを使って新規化合物か否かを徹底的に調べたものである.今回の場合,既知化合物であるので,最初に単離,同定した論文を引用すれば済むことであり,もっとすっきりした論文に仕上がるはずである.論文を審査するレフェリーの問題かもしれない.5月26日の朝日新聞に,査読にAIを活用すべきとの見解が掲載されているが,単離した化合物の新規性判定におけるデータべース検索には極めて有効であると思われる.

生鮮ナスが初めて機能性表示食品に

 ナスに関する最近の話題としては,ナスにはコリンエステルが他の野菜にくらべてけた外れに多く含まれていることが明らかになったことを挙げることができる..

 報道記事によると,信州大学の中村浩蔵准教授は「体に良い影響を及ぼす食品」について調べていたところ,血圧を下げる効果があるコリンエステルを発見した.高知なすにはナス由来のコリンエステルが豊富に含まれていることから.血圧改善効果が認められ.生鮮ナスとして初めて機能性表示が認められたという.

血圧の改善のほか,リラックス効果があると言われており,認知症予防の効果も期待されている.コリンエステルは熱に強いので,レンジでチンしたり素揚げしたりしてもよいが,生のナスの切り口を水にさらすとコリンエステルが流れ出るので注意が必要とのことである.

栽培作物のコリンエステル含有量比較

引用元  独立行政法人 農畜産業振興機構

なすの食品機能と機能性表示食品

最初は1000倍であったが,最近は3000倍の図が掲載されている.詳細はリンク先を見てほしい.

生鮮ナスが機能性表示食品として登録されたと聞いた時は「紅麹」の件もあり,興味をもてなかったが,精査した結果,取り上げる価値ありと判断した次第である.生理活性物質の含有量は産地によって異なり,高知産は特に高く3000倍に達するものもあるという.1日2本の「高知なす」を食べれば有効量 (1日あたり2.3mg) をほぼ確実に摂取することができるらしい.そのための料理レシピがウエブ上に掲載されているので,参考にされたい.

参考資料

ナスから発見された天然化合物が子宮頸癌細胞への抗腫瘍効果を発揮することを実証」 名大プレスリリース

Cytotoxic fatty acid ketodienes from eggplants (名市大, 名大)

トウガラシのアセチルCoAカルボキシラーゼ阻害物質,9-オキソ ...    原報(英文)(北大)

トマトから脂肪肝、血中中性脂肪改善に有効な健康成分を発見:効果を肥満マウスで確認

Moxartenone and Moxartenolide

WO2014088002A1 - ケトオクタデカジエン酸の製造方法(特許)

新成化学 トマト成分Oxo-ODAのご紹介

信州大学発ベンチャー企業特集 高血圧対策の切り札!"ナス ...

《こぼれ話7》ナス由来の成分で血圧や気分の改善効果

信州大学審査学位論文 ナスに含まれるアセチルコリンの含有 ...

なすの食品機能と機能性表示食品  引用元  独立行政法人 農畜産業振興機構

食品機能性を活用したナスの新展開および資料中で引用されている論文

Identification of natural lactoylcholine in lactic acid bacteria-fermented food 

Kozo Nakamura, Sho Okitsu, Ryuya Ishida, Su Tian, Naoki Igari, Yoshihiko Amano

FOOD CHEMISTRY 201 185-189 2016年6月  査読有り

LC–MS/MS Analysis of Choline Compounds in Japanese-Cultivated Vegetables and Fruits 

Wenhao Wang, Shohei Yamaguchi, Masahiro Koyama, Su Tian, Aya Ino, Koji Miyatake, Kozo Nakamura *

Foods 9(8) 1029 2020年7月31日  査読有り

(2024.6.11)

ナスから発見された天然化合物が 子宮頸癌細胞への抗腫瘍効果を発揮することを実証
    ヒト子宮頸癌細胞(HeLa、SiHa)に対する 9-oxo-ODAs を投与し、細胞増殖やアポトーシス誘導への影響を解析したところ、ヒト子宮頸癌細胞の増殖が濃度依存的に抑制され、アポトーシス細 胞数を増加させることが明らかとなりました。そこで 9-oxo-ODAs 投与後の子宮頸癌細胞株に対して網羅的に RNA 発現やタンパク質を解析した結果、細胞周期の経路やアポトーシスに関与す る p53 経路が変化し、サイクリン依存性キナーゼ 1(CDK1)タンパク質発現が減少していることが 判明しました。また 9-oxo-ODAs 投与後の子宮頸癌細胞株では HPV 由来の RNA、タンパク発 現を減少させることも判明しました。またマウスモデルを用いた実験では、9-oxo-ODAs の投与は、マウスに移植した子宮頸癌細胞の転移形成や増殖を抑制することが確認できました。上記の結果から、9-oxo-ODAs は、CDK1 や HPV オンコプロテインの発現を抑制することで HPV 陽性 ヒト子宮頸癌細胞の細胞周期停止、アポトーシスを誘導し抗腫瘍効果を示すと考えられました。

研究成果(PDF)から引用