浸透圧発電

3月25日のニュースの中に, 福岡市における「浸透圧発電施設の起工式が話題になっていた.

高島宗一郎福岡市長は,「エネルギーの変換効率が高まってくれば,本当にいまの脱炭素,もしくはエネルギーへのチャレンジという中で,大きく育っていくことを見据えた上でのチャレンジだ」と言ったという.

     実現すれば無尽蔵にある海水から発電できるようになる「夢の技術」である.水資源に乏しい福岡だからこそコストをかけて運用されている海水淡水化センターの経験を生かし,世界を変える技術に飛躍させることができるのか注目されている.海水を淡水化するときに発生する塩分濃度が約2倍になった濃縮海水(塩分濃度約7-8%)の有効利用の一環でもある.施設は来年3月に完成予定で将来的には通常の海水を活用して発電する技術の確立を目指すという.

「浸透圧発電」は10年以上前に話題になったことがあった.改めて現状を調べてみた.2022年の論文「浸透圧発電の現状と今後の展望日本海水学会誌 第 76 巻 第 3 号 177-182(2022)に以下の記述がある.

浸透圧発電(PRO)システムは,1976 年に S. Loeb によって提唱された. 協和機電工業(株)では 2004 年から海水淡水化施設から排出される濃縮海水の有効利用を目的として,東京 工業大学,長崎大学,福岡地区水道企業団と共同で PRO システムの開発を開始した. 2009 年に NEDO のイノベー ション実用化助成事業に採択され,福岡地区海水淡水化セ ンター「まみずピア」から排出される濃縮海水を駆動液 (DS:Draw solution)とし,「和白浄化センター」から放流される下水処理水を供給液(FS:Feed solution)として 使った PRO 実証プラント(発電出力 8 kW)を建設し,実証試験を実施した.

今回の起工式は実証試験の結果を受けての前進の第一歩(110kWの発電量)と言えそうである.


「浸透圧発電 (PRO: Pressure Retarded Osmosis)」とは 

 塩水と淡水を,水分は透過させるが塩分は透過させない「半透膜」を用いて仕切ると,淡水は塩水側に浸透する.この現象を浸透と呼び,このときに生じる圧力を浸透圧と呼ぶ,

出典  佐賀大学 海洋エネルギー研究所のホームページ

海水の浸透圧は約2.5MPaであり,純水と海水の間に発生する浸透圧は約24kg/cm²の力を持っている.見方を変えると,海水と淡水の間に半透膜を挟むと約 30気圧の浸透圧が発生し,落差は約 300m の水圧差に相当する.浸透圧発電は,この水圧のエネルギーを利用して水車を動かし発電をするものである. 

塩分濃度差発電の利点(出典 佐賀大学 海洋エネルギー研究所HP
(1) 海に面した河口などの平地に設置可能.発電可能地域が豊富.
(2) 日光や風など自然現象の影響を受けず,発電システムはの稼働率が高い.1年365日24時間発電可能.
(3) 火力発電,原子力発電で発生する二酸化炭素や放射性廃棄物など,環境汚染物質を発生しない.
(4) 発電インフラは比較的に小規模のため景観を損なわない.

浸透圧発電は塩分濃度差発電とも呼ばれ、環境に熱負荷を与えずCO2削減効果に優れ風力発電や太陽光発電のような時間変動が少なく安定性の非常に高い新たな再生可能エネルギーといえる.

半透膜の改善

東洋紡は1970年代に,繊維事業で培った紡糸技術を応用して中空糸型半透(FO)膜を開発した.FO膜は,デンマークのベンチャー企業SaltPower社が世界で初めて実用化に成功した浸透圧発電プラントに採用されている.その浸透圧発電プラントでは.製塩工場で使用するため地下の岩塩層 からくみ上げられた飽和濃度に近い高濃度の塩水と淡水との塩分濃度の差を利用し,100kw 規模の発電を実現 している.水分子を通し塩分など一定の大きさ以上の分子やイオンを通さない性質を持つ東洋紡のFO膜を隔てて高濃度の塩水と淡水を接触させると.浸透圧差により塩水側に水が移動し,流量が増加する.この流量の増加を利用してタービンを回すことで発電する仕組みである.

次世代の再生可能エネルギー発電システムの実用化に貢献~ 当社の中空糸型正浸透膜(FO膜)がデンマークの世界初※1の浸透圧発電プラントに採用(2023年2月20日)


福岡市では渇水対策として海水から真水をつくる施設を運用していているため、その過程で生成する塩分濃度の高い水(8%)を活用することで実用化レベルまで発電効率を高められるという.建設費はおよそ7億円で,年間で88万キロワットアワー,一般家庭で300戸分ほどの発電が可能で,実用化レベルでは国内初とのことである.

現在.実用化されている浸透圧発電プラントは,普通の海水(塩分濃度3.4%)より高濃度の塩水を利用したものである.今後,普通の海水を使用した発電が実現することを期待したい.

追記
海水の淡水化
逆浸透(Reverse Osmosis)とは人工的に浸透圧以上の圧力を塩水側にかけると,塩水にある水の分子だけが半透膜を超えて,淡水側に押し出される現象です。この原理を活かすことで,海水を淡水化することが可能になる.その際,逆浸透膜(RO膜)が用いられる.RO膜は,0.0001~0.001マイクロメートルのとても細かい孔の開いた,人工的に作られた膜である.この細かい孔はあらゆるものをせき止めるが,水分子はかろうじて通す.

(2024.5.11)