ペリ環状反応−2

シグマトロピー転位 (Sigmatropy)

π電子系に隣接する単結合が切断されると同時に、π電子系上で新しい単結合が生成する転位反応である.不飽和結合に隣接した原子上の水素原子あるいはアルキル基が転位すると同時に二重結合も移動する (sigmatropic rearrangement). FMO法ではπ系をHOMO, σ軌道をLUMOとして解析する.σ軌道と隣接p軌道の位相を合わせた際,転位する置換基の軌道と位相が合う場所に移動する.

1,n-Sigmatropy

n番目の原子へ水素やアルキル基などが転位する反応である.位相が合えば,どこでもよいというわけではない.隣接軌道および転位先の軌道と位相が合い,同面的に転位する必要がある.さらに,生成物は熱力学的に安定である必要がある.

前者はC-H結合が切れて水素原子が転位する例,後者はC-C結合が切れてアルキル基などが転位する例である.

1,5-Sigmatropy

隣接するπ電子系がブタジエンの場合の例である.具体例を参考にしてほしい.

下記の例は,形式的には1,5-sigmatropyと見なすことができる.平衡がどちらに傾くかは双方の芳香族性に支配される.

PM6計算による生成熱

前者 anthracen-9(10H)-one 15.8kcal/mol

後者 anthracen-9-ol 9.3 kcal/mol

PM6計算による生成熱を比較するとアンスロンの方が安定である.アンスラセンの低芳香族性については,別項でFMO論的に考察する.

追記 形式的には1.5-転位とみなせるが,協奏的な1,5−転位が起るには,距離的に遠いかもしれない.

遷移状態構造は非常に歪んでいて活性化エネルギーも大きい.段階的反応の可能性が高い.

1,3-Sigmatropy

下図は水素原子が1,3-転位する反応例である.

エチレンのHOMOとC-H単 結合のLUMO軌道が位相が合うように配置した場合,白丸◯の位相を持った水素原子は3番目の原子のp軌道と位相が合わない.したがって,HOMO- LUMOで相互作用する熱的条件では反応は起こらないことがわかる.1,3-sigmatropyはHOMO-HOMO,あるいはLUMO-LUMOの光 条件下で起こることがわかる.

同面的転位と逆面的転位

C-H 結合の水素原子が転位する場合の模式図を以下に示す.

紙面上,p-軌道の上側を辿る実線矢印の動きを同面的という.

これに対し赤で示す動きは逆面的という.この場合はC-H結合がかなり緩む必要があり,長鎖の場合のみ許される.

長鎖化合物における 1,7-sigmatropy 転位

オレフィン鎖が長くなるとp軌道(7位)の逆面からのアタックが許される.p軌道は平行である場合がもっとも安定であるが,共役系が長くなるとリボンがねじれるような配座が可能である.当然のことながら,環状化合物ではそのような配座はとれない.

1,7-sigmatropy 転位の例

光反応が関与するビタミンD3の合成経路

詳細は「くる病が増えている?」を参照


[3,3]-Sigmatropy (Cope 転位)

Cope転位反応は,[3,3]-sigmatropy反応のひとつである.フロンティア軌道法では,[2π+2π+2s] の 6π (4n+2) 電子が関与する熱許容反応である.

無置換分子の場合,転位しても構造が変わらないので,末端が酸素の反応例を示した.転位の遷移状態はイス型と考えられている.

その前に軌道の作り方を理解する

◯二体相互作用による解析

Cope転位のようなp軌道6個(2π+2π+2σ)の3成分系の反応をHOMO-LUMO相互作用として解析するためには,2π成分のひとつをエチレンのLUMOとすると,エチレンと単結合,すなわCH2=CH-CH2-CH2-基のHOMOを作る必要がある.

π軌道のHOMOとσ軌道のHOMOが接点で位相が合わない様に結合させると1-butenyl基のHOMOができあがる.

三体相互作用を理解するために

◯三体相互作用による解析

6π電子が関与する反応系を3個の2πユニットに分割し,HOMO, HOMO, LUMOの「三体相互作用」で考える.

LUMO, LUMO, HOMOの三体でもよいがここでは前者で考える.HOMO-HOMO相互作用では2個の電子は安定化するが,残った2個の電子は不安定化するため,したがって一般にはそのような相互作用はおこらない.ところが,不安定化した電子を安定化させる要因が働くと系全体として安定になる.定性的には次のように考えるとよい.LUMOはbonding軌道よりもantibondingの軌道に近い.そのため,LUMOはantibonding軌道と強く相互作用し,不安定化した電子をエネルギー的により低い軌道へ押し下げることにより安定化すると考えればよい.

三体相互作用については稿を改めて説明した.

関連事項

問題 Cyclopentadieneとacroleinを加熱反応させたところ,単一の生成物Aが得られた.Aの分子量はcyclopentadieneとacroleinの合計値に一致し,赤外線吸収スペクトル (IR) においては,カルボニルの吸収が認められた.その生成物Aをさらに長時間加熱したところ,生成物Aは次第に減少し,別の生成物Bが得られた.BのIRスペクトルには,もはやカルボニルの吸収は認められなかった.反応挙動を説明せよ.

環化付加(Diels-Alder反応,4π+2π)が予想される.どちらが4πで反応してもよいが,cyclopentadieneが4π,acroleinが2πで反応した場合,次図のType1,cyclopentadieneが2π,acroleinが4πで反応した場合,Type2の付加体が得られる.

しかし,Aはカルボニルを有しているので,cyclopentadieneが4π,acroleinが2πで反応したType1であることがわかる.

Type1の構造をよく見ると,この4π+2π付加体はC=C二重結合とC=O二重結合を3個の単結合で結んだ構造を有しており,Cope転位が期待できる.原子3,3’が結合し,1ー1’結合が切れる反応である.

上記のような関係が成り立つと考える.HOMOとHOMOが相互作用してできる上側の反結合性軌道とLUMOが相互作用すると考えると分かりやすい.

本反応で得られる付加体と転位体の計算構造を以下に示す.

編集資料(工事中)