弱結合の役割

フロンティア軌道法の適用例(弱結合の役割)

フロンティア軌道法では,反応に於いては常に三次元の軌道の形を問題にするため,すべての相互作用は電子の立体化学的な問題である.そのため取り立てて立体化学という項目を設ける必要はないと思われるが,分子間かつ反応でない場合については紹介事例が少ないのでまとめておく必要がある.ここでは反応とは異なり分子内の弱い相互作用によって基底状態の安定性が決まっていると考えられる事例を紹介した.

エタンの配座

エタンは下図の左側の配座が安定である.その理由は一般には立体反発で説明されるが,HOMO-LUMO相互作用で説明することができる.2個のC-H σ軌道のHOMOと LUMOが接点(点線)で位相が合う様に配置した場合,2個の水素原子は同一平面内でトランス型をとり立体的反発が最も小さくなり,電子的にはσからσ*への電子移動が可能になり安定化が得られる.

ブタジエンの配座

1)ブタジエンのHOMOを用いて考える方法

シス配座では,末端で位相が合わないので,トランス配座をとる.

反応が起こるので, 配座が存在する.

2)エチレンのHOMO, LUMOを用いて考える方法(分子分割法)

接点で位相が合うように軌道を配置するとシス配座では末端では位相が合わない.

エステル基の配座

エステルはX線解析では下図のような配向をとっている.その理由は下図のように説明されている.

もう一つの要因として,酸素の不対電子とメチル基の水素原子間のC-H--O=C<弱結合の関与を考慮すべきかもしれない.

不対電子対の配座

前者の場合,単結合のσ-LUMOと窒素原子上の不対電子のn-HOMOが平行になり,相互作用して配座を安定化する.

アノマー効果 (Anomeric effect)

シクロヘキサン環内のヘテロ原子に隣接するヘテロ原子を有する置換基が, 立体障害の少ないエクアトリアル配置ではなくアキシアル配置を好む傾向をアノマー効果という. エーテル酸素上の一方の不対電子がn-HOMO(A)として, C-O単結合 (C)のσ-LUMOに電子を供給し安定化する.と解釈できる. 糖化学における経験則として知られている.

Disulfideの配座について

二面体角90°が安定である理由については, 硫黄上の不対電子をHOMO,隣接 R-S 結合を LUMO とするフロンティア軌道の相互作用によって理解できる.淡緑色で囲った HOMO と σ-LUMO が平行になり,軌道相互作用が最大になるのは二面体角が90°近い時である. なお,不対電子の形は,シスおよびトランス配座の Me-S-S-Me の HOMO を参考にした. 詳細別稿を参照

カルボニルへの求核付加

シクロヘキサン環に嵩高い置換基Rが付いていると,安定な配座は図のようになる.その際,カルボニルの軌道は隣接するσ軌道と相互作用して,LUMOは上側に大きく広がり,非対称形になるため,アキシャルの方から置換基が接近する.

芳香環の相互作用

以下に示すような芳香環同士の相互作用の存在が認められている.

純粋な対面構造が少ないのに対し, edge-to-face構造は分子内, 分子間を問わず数多く遭遇する. 蛋白などの生体高分子においてもedge-to-face構造が主とのことである. π系と相互作用する水素は芳香環水素に限らず, アルキル基の水素原子でも認められ, CH/π相互作用と呼ばれ, 西尾氏によりウエブ上でデータベース (List of papers relating to the CH/pi hydrogen bond) 化されている. CH··X (O, N etc) 型の弱い水素結合の範疇に入れられている.

詳細は 別稿(芳香環の相互作用)を参照.