ペリ環状反応−1

環化付加反応

代表的な反応は, 人名反応で有名なDiels-Alder 反応 (4π+2π付加)である. ブタジエンとエチ レンの場合, 2種のHOMO-LUMO相互作用が可能である.

白丸,黒丸を用いて単純化した図もあわせて表示した.

反応基質を構成する原子が代わっても同様に考える.

追記

ケテン(>C=C=O)の場合は,例外的に段階的付加機構を経るとされていたが,最近 C=O が関与する4π+2π付加反応であることが明らかにされた.

軌道の対称性と反応性

2種のFMO相互作用には,対称性に依存する特徴がある.p軌道を軸方向から見た場合,

球状に見えるため,反応するp軌道を ○または●で表すと1),2)のように描ける.

Endo/Exo選択性

2分子のブタジエンのDiels-Alder反応を考える.一方が4π,他方が2πで反応する際,endo付加とexo付加の2種類の遷移状態が存在する.

endo付加では主相互作用(点線)のほかに,矢印で示す軌道も位相が合う.exo付加ではそのような相互作用は存在しない.

この軌道相互作用は二次軌道相互作用あるいは二次軌道効果(副次効果)とよばれ,endo付加体が生成する原因とされている.

下記の例はcyclopentadieneとアクリル酸メチルの反応である.

環化付加における配向選択性の予測 (Regioselectivity)

置換基が付いた非対称ブタジエン類と非対称エチレン類が反応すると置換基の位置関係で配向異性体 (regioisomer) が生成する可能性がある.

配向選択性 (regioselectivity) は分子軌道の係数を基に数学的に予測が可能である.

1)HOMO-LUMOの組合せのうち,近い方を選択する.

2)安定化エネルギーを計算する.

3)分母は同じ値だから分子の値を比較する.

中括弧の中の変数以外は共通であり,その部分だけ比較すればよい.

ΔE1の中括弧 ab+an+bm+mn+ab

ΔE2の中括弧 ab+bm+ab+an

中括弧の中は,mn (n>0, m>0) の分だけΔE1の方が大きい.

ゆえに,下記の法則が成り立つ.(欠落部分を追記 2021.5.18)

配向選択性に関する一般則

係数の大きいもの同士,小さなもの同士が結合する方が有利である.

電子論の予測と偶然一致することもあるが,まったく反対の予測結果を与えることがある.数多 くの実験的証明がなされている. a)は電子論でもFMO論でも同じ予測結果を与える. b)は電子論 では説明できない.正電荷を帯びた炭素同士が結合することになる.

次の例も電子論では説明できない.係数において,大ー大,小ー小の組合せで反応する.

DA反応における触媒効果

Diels-Alder反応においては,反応性を上げる(HOMO-LUMOを近づける)ために,dienophileに電子吸引基(例 カルボニルを有する置換基)を付けた化合物が使用される.その中で,アクリル酸(あるいはそのエステル体)は代表的なdienophileである.それらのカルボニル酸素は不対電子を有しているため,Lewis酸と容易に結合し,錯体をつくる.このことは,より強力な電子吸引基が置換したことを意味し(さらなるLUMOの低下),さらに付加反応性が上昇する.

1) 配向選択性の制御

2) Endo/Exo 選択性の制御

触媒の配位により二次軌道(矢印)の係数が大きくなり,副次効果が増大し,遷移状態が安定化する.

3) ステロイド骨格合成

ペリ選択性 (Periselectivity)

中員環共役化合物との反応(種々のπ系のFMO相互作用)

シクロヘプタトリエン,トロポン,アゼピン等の中員環化合物とジエン類との環化反応は4π+2πだけではない,4π+6π,2π+2π,4π+4π,6π+2πなど種々の組み合わせが可能であり,反応の成否は軌道の対称性に支配される.

>SはSと,AはAと相互作用する.対称性が異なるものとは反応しないことに注目すること.

CP2π + PE4π endo/exo 選択性+配向選択性

CP4π + PE2π 位置の異なる2種類の2πが選択可能+endo/exo 選択性

CP4π + PE6π endo/exo 選択性

(CP2π + tropone 8π この反応は別途議論する)

軌道の係数は,それぞれブタジエンとヘキサトリエンとして単純化して考える

係数の大小は自由電子模型法で作図して判断する(上図は概略図,HOMO, LUMO共両端が大きい)

以下の環化付加体は,反応点で位相が合い,4n+2 則を満足している.

6π+4π反応では2次軌道効果(副次効果)は不利にはたらく

主反応物は exo型 6π+4π付加体である.endoができるとしたら,矢印の点で位相が合わず,遷移状態が不安定になる

上記の反応のほかに,下記の軌道相互作用も可能である.シクロペンタジエンのメチレンと中員環化合物のXの配向が異なる.さらに,それぞれにエンド/エキソの接近の方向がある.

遷移状態の構造は付加体の endoと exoの異性体の構造から推察した方が理解しやすい.付加で新たに生成した結合を伸ばすだけでよい.

上述した付加体の転位反応 (sigmatropy) によっても生成する.

位置選択制 (Site selectivity)

位置選択制とは同類の反応を起こしうる位置が複数存在する際に,反応物質が示す選択制のことである.フロンティア軌道法を用いることにより,置換基側のLUMO係数が大きいことで明快に説明することができる.

下記の例は,キノン誘導体とブタジエンのDiels-Alder 反応である.反応点が2カ所存在するが,立体的反発のため不利と考えられる側から攻撃した付加体が多く生成する.

追記

二次軌道効果について

ディールス・アルダー反応のエンド/エキソ選択性を説明するために, 二次軌道相互作用を考慮することが普遍的であるが, 代わりに, よく知られたメカニズム(溶媒効果, 立体相互作用, 水素結合,静電力など)の組み合わせで説明できるという論文も存在する. 詳細は参考資料を見てほしい.


参考資料

フロンティア軌道法入門 有機化学への応用 I・フレミング、福井 謙一、竹内 敬人、 友田 修司 (単行本 - 1978)

2次軌道相互作用なんてなかった? 二次軌道効果について疑問視する意見と肯定する意見を手短にまとめた記事.以下の原報が引用されている.

1) Do Secondary Orbital Interactions Really Exist? Salvatella, L. et al. Acc. Chem. Res. 2000, 33, 658-664.

2) Direct Evaluation of Secondary Orbital Interactions in the Diels-Alder Reaction between Cyclopentadiene and Maleic Anhydride. Cossio, F. P. et al. JOC 2001, 66, 6178-6180.

3) The Source of the endo Rule in the Diels-Alder Reaction: Are Secondary Ortibal Interactions Really Necessary? Salvatella, L. et al. Eur. JOC 2005, 85-90.

4) The Existence of Secondary Orbital Interactions. Schleyer, P.V.R. et al. J. Comput. Chem. 2007, 28, 344-361.