柿渋の化学
今年も庭の柿の木に100個を超す渋柿が実った.熟れるのを待ってやってくるヒヨドリ等の小鳥たちのために10個くらい残して収穫した.例年のごとく親戚,知人に半分押し付ける形で引き取ってもらった.その際,渋抜きが話題になった.皆,皮をむいて干し柿にするらしい.焼酎による渋抜きが主流と思っていたので,意外だった.
干し柿にしたら何故渋が抜けるのか話題になったが,明快に回答することができなかった,改めて調べてみた.
結論的には,「果実は収穫後も細胞は生きていて,果皮を通して呼吸しているが,干し柿では皮をむくことにより果実の表面に薄い膜ができて酸素を通さなくなるため,分子間呼吸が起こり、ethyl alcohol(エタノール)が発生し,これがacetaldehyde(アセトアルデヒド)に変化し,可溶性のタンニン同士を結びつけて不溶性のタンニンに変化させる」ということである.
分子間呼吸とは,酸素がなくても呼吸作用を営むものに対して行われる呼吸法であり,無酸素呼吸,無気呼吸、嫌気呼吸などとも呼ばれている.分子間呼吸は、酸化還元が行われ、ATPが生成される過程で起こる.
一旦分子内呼吸によつて生成したethyl alcoholが柿果中のalcohol dehydrogenaseによつて脱水素されてacetaldehydeを生じ, これが可溶性タンニンshibuolと反応して不溶性物質に変化させる.甘柿が渋柿に比べて脱渋が速いのは,酵素力が強いためと言われている.渋柿の脱渋法として酒精を用いるのはalcohol dehydrogenaseによる平衡反応を促進するためであり. 炭酸ガス法は無気呼吸を盛んにして, ethyl alcoholの生成を多くするためと思われる.又温湯処理による脱渋は酵素反応を至適温度にする効果と思われる.
柿タンニンの基本構造
構造式は参考資料1の図の一部を引用しました,
柿タンニンの基本構造が3分子結合した化合物の構造をMMFF94計算で求めてみた.
MMFF94計算構造
3分子縮合体のMMFF94計算構造
アセトアルデヒドとの反応位置
アルデヒドのカルボニル基とフェノールとの反応は,フェノール樹脂の生成機構と同様に考えることができる(下図).付加反応の段階においてパラ置換体も生成するが省略した.
酸および塩基触媒について有機電子論で説明可能である.Acetaldehydeが縮重合に関与していることは,重水素化したethyl alcoholを用いた実験において,その取り込みが証明されている.柿タンニンの基本構造およびその縮重合体の芳香環の配座に関してはAr-Ar相互作用が機能している可能性がある.参考までにFMOを以下に示した.
HOMO
LUMO
渋抜きと言っても,タンニンが消えて無くなるわけではない.水に溶けないから渋味を感じないだけで,渋味成分のタンニンは不溶性物質として存在するので.加熱処理によっては渋が戻る現象が観察されている.縮重合した高分子体は分子内立体反発が大きく,高温では歪解放のため解離するのではないかと思われる.
渋柿を原材料とする「柿渋」の利用は古くから日本文化に根付いており,防腐,防水,防虫,消臭,抗菌,抗ウイルスなどの効果があると言われている.利用例としては,次のようなものがある.
漁網の強度向上
酒や醤油製造の搾り袋の補強や染色
団扇や和傘
船の船底塗装
体臭や加齢臭、足臭の消臭
ホルムアルデヒドの吸着や中和・分解
柿渋は天然素材で化学物質を含まないため,人体に無害である.また,木目をそのままに浸透するので,木の呼吸を妨げない.
詳細については参考資料を見てほしい.
参考資料
1)植物ポリフェノールに関する化学的研究とその紅茶色素生成 ...
総説 植物ポリフェノールに関する化学的研究とその紅茶色素生成機構解明への展開
田中 隆,薬学雑誌,2008 年 128 巻 8 号 p. 1119-1131
3)細胞の中のエネルギー生産モーター: 回転と制御の分子機構
5)日本文化に根付いた柿渋の化学 - 文献詳細 - Ceek.jp Altmetrics
著者: 島本 整; 日本化学会; 雑誌: 化学と教育 (ISSN:03862151); vol.64, no.7, pp.348-349.
(2023.12.8)
類似構造(玉ねぎのポリフェノール成分)