老化細胞を取り除く研究


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2021年正月に「老化細胞を取り除く研究」が話題になった.東京大学医科学研究所の中西真教授を中心にした研究グループ(京大学医科学研究所,九州大学生体防御研究所,新潟大学大学院医歯学総合研究科. 慶應義塾大学医学部 医化学教室, 理化学研究所 メタボローム研究チーム .国立長寿医療研究所 )がサイエンス誌に投稿した研究成果である.

発表のポイント: 

◆老化細胞はリソソーム膜に損傷が生じることで細胞内 pH が低下すること、その結果としてグルタミン代謝酵素 GLS1の阻害剤に感受性を示すことを明らかにしまし た。 

◆老齢マウスや加齢関連疾患モデルマウスへの GLS1阻害剤の投与により、さまざまな臓器・ 組織の加齢現象や老年病、生活習慣病を改善できることも見いだしました。

 ◆本研究成果により、老化細胞の代謝特異性を標的とした老化細胞の除去による新たな抗加齢療法の開発に貢献することが期待されます。 

詳細はプレスリリースで見てほしい.

老化細胞を選択的に除去する GLS1阻害剤が 加齢現象・老年病・生活習慣病を改善させることを証明 

研究に着手する際に,中西氏らが考えたのは,老化細胞を維持できなくするということです.

老化細胞では,細胞老化に伴いタンパク質凝集体がリソソーム内に蓄積し,リソソーム膜に損傷を誘導して細胞内が酸性になっていることを見出した.さらに,老化細胞は生存するためにGLS1タンパク質によりグルタミン代謝の過程でアンモニアを産生させて中和していることを突き止めた.そこで,この酵素の働きを邪魔する「GLS1阻害剤」という物質を投与したという.

すると,マウスの老化細胞が減少.老化細胞から出される,炎症を引き起こすたんぱく質「インターロイキン6」も減少した.マウスの体の機能にも変化が現れた.マウスの体力を調べるために,マウスが棒につかまっていることのできる時間を比較した.

若いマウスでは200秒程度,棒につかまることができる.老齢のマウスでは30秒程度に短くなる.それが老齢マウスから老化細胞を除去すると,およそ100秒まで伸びたという.人に当てはめると,70代相当だった体の機能が40代相当にまで改善したのに相当することになる.そればかりではなく,肝臓の炎症や動脈硬化などの症状も改善していた.

図3.GLS1 阻害剤は加齢現象を改善する

GLS1 阻害剤を老齢マウスへと投与した結果、非投与群に比べて、投与群において、加齢に伴い生じる腎の糸球体硬化(左上段)、肺の線維化(左中段)、および肝臓の炎症細胞浸潤(左下段)

図4.本研究のまとめ
東京才学プレスリリース(PDF版)の図3,4を利用

それから3年が経とうとしている.2023年11月21日の民放ニュースで再び話題になっていた.「GLS1阻害剤の投与」により加齢現象を改善できるという.

2022年,国際的な科学雑誌「ネイチャー」に発表している.「がん治療薬で老化細胞を取り除く」という研究成果である.

老化細胞は不要な細胞なのに,免疫によって排除されない理由について,中西氏らは,免疫から逃れる機構が存在するのではないかと考えた.そこで注目したのが「PD-L1」という物質である.「PD-L1」は,がん細胞が免疫の攻撃から逃れるために,細胞の表面に出しているたんぱく質である.

注)京都大学の本庶佑特別教授は,この「PD-L1」が働かないようにして,免疫ががん細胞を攻撃するようになることで治療する薬の開発に結びついた研究で,2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した.

老化細胞もこの物質を利用しているのではないかと調べてみたところ,マウスの老化細胞のおよそ10%で、細胞の表面に「PD-L1」が現れていた.

そこで,マウスに「PD-L1」が働かないようにする物質を投与すると,老化細胞がおよそ3分の1に減少,握力は1.5倍になるなど、老化に伴う症状の改善も確認できた.

「PD-L1」が働かないようにする物質は,本庶教授の研究をもとに開発されたがん免疫療法の薬「オプジーボ」として実用化されている.

これまでの研究結果は,すべてマウスを使った実験の成果である.今後,ヒトへの応用も目指した研究の進展が期待される.2040年頃を目指しているとのことである.

GLS1について
GLS1(グルタミナーゼ1)は、アミドヒドラーゼ酵素の一種で、グルタミンをグルタミン酸とアンモニアに分解する酵素です。主に脳と腎臓で発現しており、代謝のためのエネルギー生成、脳内神経伝達物質であるグルタミン酸の合成、腎臓での酸塩基バランスの調整に重要な役割を果たしています。

GLS1は、老化細胞で高発現し、その生存に必須の遺伝子です。加齢とともにヒトの皮膚においてGLS1の量が増加します。

GLS1阻害薬は、老化細胞を選択的に除去する老化細胞除去薬として注目されています。老齢マウスにGLS1阻害剤を投与すると、さまざまな組織・臓器における老化細胞が除去され、加齢現象が有意に改善しました。

リソソーム(lysosome)

細胞内小器官の1つで、細胞内に侵入した異物や細胞内の代謝物や不要物を消化処理する役割を担っています。リソソームには、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、グリコシダーゼ、リパーゼ、ホスホリパーゼ、ホスファターゼ、スルファターゼなど、約40種類の加水分解酵素が含まれています。これらの酵素は酸性域で働くため、リソソームの内腔のpHは約5となるように調節されています

BPTES

グルタミン酸 GLS1(KGA)の強力で選択的な阻害剤で、IC50は0.16 μMです。細胞透過性があり、強力で選択的、可逆的、不競合的なアロステリック阻害剤です。

参考試料

東京大学プレスリリース

老化細胞を選択的に除去する GLS1阻害剤が 加齢現象・老年病・生活習慣病を改善させることを証明 

サイエンス論文タイトル:"Senolysis by glutaminolysis inhibition ameliorates various age-associated disorders"

ネイチャー論文タイトル:"Blocking PD-L1-PD-1 improves senescence surveillance and aging phenotypes"  Nature オンライン版 2022年11月2日 doi:10.1038/s41586-022-05388-4

発表のポイント: ◆老化細胞の一部が PD-L1 を発現しており、強い炎症性性質を示すとともに、CD8 陽性 T 細 胞からの免疫監視を逃れていることを見出しました。 ◆抗 PD1 抗体を加齢マウスや生活習慣病マウスに投与すると、生体内から老化細胞が除去さ れ、様々な臓器・組織の老化現象や老年病、生活習慣病が改善できることが分かりまし た。 ◆本研究成果により、免疫チェックポイント阻害療法が老化細胞除去を促進して、新たな抗加齢療法となることが期待されます。

老化した細胞 取り除いてみると…若返りが可能に?老化研究の最前線(NHK, サイカル)

(2023.12.1)