南天ヒゲナミン

意図しないドーピング

 1976年,小菅,横田らにより「ヒゲナミン」というアルカロイドが「とりかぶと」から単離され,速報として報告された(Chem. Pharm. Bull.)その立体構造は臭化水素酸(HBr) 塩を用いた単結晶X線回折(1977)によって決定され,フルペーパー(薬学雑誌,1978)に先行して,英国化学会誌に報告された.その化合物名を何となく覚えていたのは,「化合物名称の由来」と150kgの乾燥オクトリカブトから10mgのヒゲナミンを単離し,結晶解析したと聞きびっくりしたからである.1970年代には重原子を含まない化合物でも解析する手法(直説法 MULTAN}が主流になっていたので,不思議に思っていたところ,後で分かったことだが,ヒゲナミンは酸性条件でのみ安定とのこである.

    それから半世紀近く経った2020 年東京オリンピック・パラリンピック大会の前に,再び「ヒゲナミン」をウエブ上で散見することとなった.それも南天の実の成分を使った「のど飴」に関連してのことである.

以下は,2017年の常盤薬品工業株式会社が発出したパンフレットである.

2017 年 1 月 12 日  常盤薬品工業株式会社 

「南天のど飴」「常盤のど飴」に含まれる「ヒゲナミン」に関するお知らせ 

平素は、弊社商品をご愛顧賜り、厚く御礼申し上げます。 弊社が販売しております第3類医薬品「南天のど飴」ならびに「常盤のど飴(置き薬事業専売品)」 は、せきやのどの痛みの症状を鎮める効果のある医薬品のど飴です。有効成分として南天実ェキス を配合しており、そのェキスに含まれる「ヒゲナミン」は気管を拡張し、せきを鎮める働きがあり ます。 

この度、「2017年1月からの世界アンチ・ドーピング機構ドーピング禁止表の変更」により、「ヒ ゲナミン」が禁止物質に指定されました。禁止物質とはあくまで世界アンチ・ドーピング規程に基づくものであり、一般の方がせき、のどの痛みの治療を目的として服用することを規制するもので はございません。 

医薬品のど飴を服用の際は、使用上の注意をよく読み、用法用量を守って正しくご使用ください。 

今後も変わらぬご愛顧を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 

「常盤薬品工業株式会社お客さま相談室」 

フリーダイヤノレ: 0120-875-710 

受付時間:月~金曜日(祝日除く)9時~17時 

ヒゲナミンの構造を以下に示した.交感神経興奮剤であるアドレナリン類の構造と比較すると明らかなように,構造の類似点が多い.

Higenamine

X線解析構造 (CCDC 1176111)

H原子を付加した結晶構造(HBr塩)

Adrenaline

Noradrenaline

Ephedrine

国体以上の競技に出場するアスリートはエフェドリン等が入っている風邪薬は服用できない.また,dl -メチルエフェドリン塩酸塩等の有効成分を配合した鎮咳去痰薬の場合,ドロップと言えども,同様に服用することはできない【例  浅田飴せきどめ(クールオレンジ)】.

     世界アンチ・ドーピング規定における禁止物質であるエフェドリンおよびメチルエフェドリンは,ドーピング検査においては闘値基準(尿中濃度10μg/mL を超えないこと)が設定されている.一方,ヒゲナミンには闘値基準はなく,わずかでも検出され ればアンチ・ドーピング規定違反となる可能性がある.

     ヒゲナミンが追加登録されたことによって,禁止薬物の製剤範囲が「のど飴」にまで広がったというわけである.一般人にとっては,1日量(3錠3回,9錠)中に南天実乾燥エキス500mgを含有しているものを摂取しても問題はないという.南天実のエキス乾燥物に含まれるヒゲナミンの量は,原材料の品質や抽出方法によって異なるが,一般的には,1gあたり0.01mgから0.05mg程度とされている.

    ヒゲナミンは(日局)サイシン,(日局)ゴシュユ,(日局)ブシ,(日局)チョウジ等の生薬にも含まれているので,これらの生薬を配合した漢方薬は注意が必要である.

        なお,Higenamineという名称は,成分研究を行った研究者のひとりがヒゲを生やしていたことに由来するという噂であったが,実際は生物活性の高い(High)という意味で命名されたとのことである.

「南天実は百日咳の妙薬」と記述した史料(江戸時代)

 小山田与清(ともきよ)の著である【松屋筆記】は,文化末年(1818)頃から弘化二年(1945)頃までの28年間の随筆である.和漢古今の書から興味ある事項について彼なりの考証評論を加えたものである.その中に,南天実の効能についての記載がある.

三   百日咳の妙薬,四 痰咳の妙薬,次頁  五  小児痰咳の薬, 六  痰咳の薬

三    百日咳の妙薬

小児『クツメキ』といふ病にあへば必百日許痰咳をくるしむ 如何なる医術祈禱も験(ためし)なきものなり これに南天竺(なんてんじく)の実に砂糖を加えて煎服せしむれば速やかに効あり南天実冬を経たる物尤もよし

(意訳)

小児クツメキ(昔の用語)といふ病になると百日ばかり痰咳で苦しむ  如何なる医薬,祈祷も効き目がない.南天竺の実に砂糖を加えて煎じ,服用すると速やかな効果が得られる.南天実は冬を経たものがよい.

原本の背景は褐色に変色,補正済み.

国会図書館デジタルコレクションにアクセスすれば,上記ページが閲覧可能である(65巻,コマ番号 63-64/128).古文書の勉強にもなるので,興味のある方は読んでみてほしい.PDF版をダウンロードすること可能である.

ヒゲナミンを含む生薬(折りたたみ文書  ∨ ∧で開閉

ヒゲナミンを含む生薬

1) サイシン(細辛)

  ウスバサイシンAsiasarurn sieboldiiまたはケイリンサイシンAsiasarum heterotropoides var.mandshuricurn (ウマノスズクサ科)の根および根茎を基原とする生薬である。小青竜湯、当帰四逆加呉菓黄生菱湯、立効散、 苓甘萎味辛夏仁湯、麻黄附子細辛湯などの漢方処方に配合される。

2) ゴシュユ(呉菜英)

  ゴシュユEuodia ruticarpa (Evodia ruticarpa)またはEuodia bodinieri (Evodia bodinieri)(ミ カン科)の果実を基原とする生薬である。エボジアミン(evodiamine)やエボカルピン(evocarpine)などのアルカロイドを含み、ヒゲナミンの含有も確認されている。温経湯、呉菓英湯、当帰四逆加呉菜英生美湯などに配合される。

3) ブシ(附子) 

  ハナトリカブトAconitum carmichaelはたはトリカブトAconitum japonicum(キンポウゲ科)の塊根を基原とする生薬である。桂枝加北附湯、牛車腎気丸、真武湯、大防風湯、八味地黄丸、麻黄附子細辛湯などの漢方処方に配合される。

4) チョウジ(丁子)

  チョウジSyzygium aromaticum (フトモモ科)のつぽみを基原とする生薬である。主成分は、 オイゲノール(euganol)などの精油成分であるが、ヒゲナミンを含むという報告がある。柿帯湯、治打撲一方、女神散などの漢方処方に配合される。基原植物は、香辛料(クローブ)としても用いられる。

5) ナンテンジツ(南天実) 

  ナンテンNandina domestica の果実(メギ科)を基原とする生薬である。鎮咳作用を目的に民」川薬として用いられる。ヒゲナミンのほかに、ナンテニン、イソコリジン、ドメスチンなどのアルカロイドを含む。本生薬のエキスを含む一般用医薬辞.が販売されている。

3-1-2 ヒゲナミンを含む植物

Dイボツヅラフジ

 イボツヅラフジTinospora crisp a (ツヅラフジ科)は、東南アジアでは樹液や葉を薬用として用いる。 本植物の茎にはヒゲナミンが含まれており、強・国割生を有するという報告がある『8]。海外では、サ プリメントの原料として用いられる。同じくツヅラフジ科植物のTiliacora cordifoliaの茎からもヒゲナ ミンの単離報告がある「910

2)ハス

 ハスNelumbo nucifera(ハス科)は、地下茎を食用として用いるほか、成熟果実はセキレンシ(石 蓮子)、種子はレンニク(蓮肉)という生薬として、解熱や滋養・強壮を目的に薬用に用いられる。 本植物の葉から、ヒゲナミンおよびその配糖体の含有の報告がある。

3)その他の植物

 その他、Gnetum parvifolium(グネツム科)[131、クロタネソウNigella sativa(キンポウゲ科)[14]、バンレイシAnnona squamosa(バンレイシ科)[15] などの植物からもヒゲナミンの含有の報告がある0

合成法(特許)

参考資料

1)速報; Studies on Cardiac Principle of Aconite Root

TAKUO KOSUGE, MASAMI YOKOTA, Chem. Pharm. Bull. 24(1), 176-178(1976).

2)小菅卓夫,横田正実,長沢道男:トリカブト根中の強心成分に関する研究(第1報)  

Higenamine の単離およびその構造. 薬学雑誌,98, 1370-1375 (1978).

3) M. Masaki, H. Iizuka, M. Yokota, A. Ochial, J. Chem. Soc.,  Perkin I, 1977 , 717.  X線解析

Crystal structure of higenamine [1,2,3,4-tetrahydro-1-(4-hydroxybenzyl)isoquinoline-6,7-diol] hydrobromide

Abstract: Higenamine, a heart-beat regulating compound, recently extracted from Aconitum japonicum Thunb. was examined by X-ray crystallographic analysis as its hydrobromide. Crystals are triclinic, space group P, with Z= 2 in a unit cell of dimensions a= 10.071 (7), b= 9.111 (7), c= 9.643(7)Å, α= 105.56(8), β= 103.73(7), γ= 64.73(5)°. The structure was refined by full-matrix least-squares methods to R 12.7% for 2 878 independent reflections visually estimated from photographic data. The conformation of the molecules and the system of binding of the bromine atom are almost identical to those of coclaurine in coclaurine hydrobromide monohydrate. The molecular packing and the hydrogen-bonding network in higenamine crystals were determined. The enhanced β-adrenergic stimulating activity of higenamine compared to coclaurine is discussed.

4) 2017 年 1 月 12 日 常盤薬品工業株式会社 「南天のど飴」「常盤のど飴」に含まれる「ヒゲナミン」に関するお知らせ

アンチ・ドーピングを志向した生薬配合一般用医薬品の 含有成分に調査・研究  研究論文の記載あり.

5) 家庭薬物語 

(2024.2.18)   本稿は2022年に執筆し,リンクし忘れていたものです.部分的に修正,追加しました.