エレクトレット【electret】 についてご存知だろうか?
私はマイクロフォンの変換素子(音声→電気信号)として使用されていることは知っていたが,新型コロナ禍で大活躍した不織布マスクにその機能が利用されていることについては知らなかった.
人類がエ レクトレットの存在を確認したのは, 歴史的には磁石とほぼ同じ程度に古い.ギリシャ時代に「琥珀が軽いものを引き付ける性質を有する」という記述が存在する.摩擦帯電によって生じたエレクトレットということになる.磁力を蓄える「磁石」に対して電荷を保持するため「電石」とよばれるようになった.
近代的なエレクトレットの研究は, 前世紀(1920年)我が国で開始された.海軍大学の江口元太郎教授はカルナウバ ろう, 密ろう, 松脂などの電気伝導を研究中に, 強電界を印加したまま, 溶融状態から冷却固化させると電気分極が凍結され,印加電圧を除去しても固体表面に電圧が残留すること(永久分極)を発見した.
1924年に江口氏によってカルナウバ蝋と松脂の混合物から作られた熱エレク トレットが上野国立科学博物館に保存されているが, 約50年近くたった1970年代でもなほ電荷の残存が認められているとの報告がある.
製法としては,熱エ レクトレットのほか,コロナ荷電エ レク トレッ ト,粒子線荷電エ レク トレッ ト ,フォトエ レクトレット等が知られている.
用途
マイクロフォン,カートリッジ
エレクトレットコンデンサマイク(ECM) スマートフォンなどに広く使用されており,高分子フィルムに電荷を帯電させた振動膜で音を電気信号に変換する.
直径6ミリ程度
防塵フィルター およびマスク
繊維を接着剤や熱融着で結合させたシート(不織布)は,多孔質構造のため,塵埃保持量が多く,空気抵抗が少ないため浄化フィルターとして空気清浄機に使用されている.これに,特殊な方法で電石(エレクトレット)化した不織布は一本一本の繊維が常に電気分極を保持した状態で周囲に電界を形成するため,強力な吸着力をもち,目に見えないミクロの埃,抜け毛やフケなどを強力にキャッチするという.食品加工,精密機器,薬品工場などの清潔な環境を要する職場で用いられている.
振動発電
エレクトレットにより形成される静電場により対向電極上に誘導電荷を生じさせ,電極が水平方向に振動することで交流電流を発生させることができる.静電誘導型マイクロ発電器として,環境の低周波振動を利用して電力を得る技術.
その他の関連研究
ゲル–エレクトレット NIMS,北海道大学,明治薬科大学による研究チームが開発したゲル材料では,多くの静電荷を内部に安定的に保持することができる(概要を以下に紹介).
エレクトレットの応用には,次のようなものも期待されている.
人工血管などの人工臓器の材料として利用する.
生体高分子材料をエレクトレット化し,そのTSC特性を研究する.注)熱刺激電流(Thermally Stimulated Current, TSC)
発電するゲル「ゲル–エレクトレット」の創成に成功 (2024.4.18)
物質・材料研究機構(NIMS)、北海道大学、および明治薬科大学からなる研究チームは、多量の静電荷を内部に安定的に保持できるゲル材料 (ゲル–エレクトレット) を開発した.このゲルを帯電処理して得られたゲル–エレクトレットは,ゲル化することによって内部に静電荷を閉じ込める効果が向上したため,母材 (液体) と比較して24%の帯電量の向上を達成した.
また,ゲル–エレクトレットを組み込んだ柔軟な電極素子は,17 Hzの低周波振動に対し出力600 mV (液体素子より83%増大) の振動センサ機能を示すことが確認された.
今後,帯電特性 (帯電量、帯電寿命) とゲル強度をさらに高めて素子性能を向上させることで,微弱な振動や様々な歪み変形に追従可能なウェアラブルセンサとしての実用化を目指すという.
また、同ゲル材料は回収し,振動センサ素子への再利用も可能なことから,サーキュラーエコノミーに資する材料としても期待できる.
本研究は,NIMSナノアーキテクトニクス材料研究センター (MANA) フロンティア分子グループ 竪山瑛人研修生 (北海道大学-NIMS連携大学院) ,名倉和彦研究員,中西尚志グループリーダーと,明治薬科大学 山中正道教授らの研究チームによって行われ,研究成果は2024年4月11日付で学術誌「Angewandte Chemie International Edition」でオンライン公開された.
エレクトレットの応用面に関する研究としては,生体信号を電気信号に変換する生体センサーとして,特に,ウェアラブルデバイス分野での応用が注目されている.また,環境振動を電気エネルギーに変換する振動発電素子として,人間の動きや摩擦によって生じる静電気を回収し,小型電子機器に供給する研究も進められている.さらに,微小な動きを生成するアクチュエータ(駆動装置)として,またMEMSデバイス(微小な電子機械システム)や医療機器への応用,エレクトレットの変形特性を利用した人工筋肉としての応用なども検討されている.
参考資料
1)エ レク トレッ ト(電荷の磁石) その基礎 と応用 小田哲治 電学誌. 113巻9月号, 1993年,751-759
2)振動型発電器用超高性能エレクトレット材料の開発 ... 柏木王明 Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 60(2010)23-28(UDC:621.373.9:678.743)
3)エレクトレットポリプロピレン不織布の帯電特性 安藤勝敏 静電気学会誌 18巻 2号 1914年 119-127
4)エレクトレット 高松俊昭 電気学会雑誌 1973 年 93 巻 7 号 p. 609-612
5)荷電処理が不要なエレクトレット型振動発電素子を開発 2020/04/22
(2024.11.10)