ペテロセリン酸, 黄色ブドウ球菌の病原因子「リパーゼ(SAL)」, 複合体のX線解析
パセリから抽出される不飽和脂肪酸のペトロセリン酸(PSA)とリパーゼの複合体の立体構造をX線構造解析法を用いて解明した研究が注目されている.ペトロセリン酸はcis配置の二重結合1個を持った炭素数18個の脂肪酸である.パセリを水蒸気蒸留すると得られる精油成分のひとつである.オレイン酸とは二重結合の位置が異なる異性体である.オレイン酸がオメガ9系脂肪酸であるのに対し,ペテロセリン酸はオメガ12系ということになる.
ペテロセリン酸の構造
ペトロセリン酸は既知物質であり,その結晶構造は他の研究者によって実施されている(下図右は結晶パッキング).
X線解析構造 CCDC DN 1286857
発表のポイント:
◆黄色ブドウ球菌の病原因子「リパーゼ(SAL)」とパセリ油の主成分であるペトロセリン酸(PSA) の複合体の立体構造を世界で初めて解明した。
◆不飽和脂肪酸PSA の SAL への IC50※3 値が3.4 μM と非常に強いことを明らかとするとともに、不飽和脂肪酸の二重結合が酵素の活性部位に結合することを見出した。
◆PSA のような SAL 阻害剤は、既存の抗菌薬の効かない MRSA 感染症※4 や、黄色ブドウ球菌により 引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬になることが期待できる。またヒトのリパーゼへの 阻害の可能性も示唆されることから、抗肥満薬への適応も期待される。
出典:筑波大学のプレスリリース
今回の論文によると,50%阻害濃度は次図の通りである.エステル体より活性が強い(下図左,投稿論文から引用).
論文の新規性としては,三種の結晶構造(複合体,変異体,共有結合体)について,原子レベルで詳細に解析し,その結果から薬物設計に必要な新しい知見を得た点にあると思われる.
下図(プレスリリース向けの図)に示すように「鍵と鍵穴」の関係を満たしているのがよく分かる.
出典:プレスリリース(京都工芸繊維大学)
次図は投稿論文に掲載されている複合体の構造
図 3. SAL-PSA 複合体の結晶構造。 (A) SAL 構造の概略図。 PSA 分子は棒として示されています。カルシウムイオンと亜鉛イオンはそれぞれ緑色とピンク色で表示されます。 (B) 拡大図。 PSA 分子は緑色の棒として示されています。 PSA の省略されたマップも、1.0 シグマの輪郭を持つオレンジ色のメッシュとして示されています。すべての分子構造画像は PYMOL (http://www.pymol.org) を使用して生成されました。
論文には原子レベルの相互作用が描かれている.中間体や反応成績体の構造を明らかにしている.
図 6. (A) SAL 触媒部位の 2Fo-Fc 電子密度マップのクローズアップ。1.0 シグマで計算された電子密度マップは青いメッシュで示され、O 原子と Ser116 の C6 および C7 炭素間の距離は数値で示され、オレンジ色の点線で示されています。活性セリンの酸素が二重結合の 2 つの炭素の位置に近づいた中間構造が観察されました。
(B) 共有結合複合体の SAL 触媒部位の 2Fo-Fc 電子密度マップを示します。Ser116 (青) の酸素原子 (赤) は、1.43 Åの距離で PSA (緑) の C6 炭素に共有結合しました。
(C) PSA 結合パターンの概略図を示します。PSA の Ser116 の酸素による求核攻撃が PSA の C6 炭素に結合します。これらの構造により、反応中間体(A)付近および反応後(B)のSAL/PSAのスナップショットが可能になりました。
出典:「FEBS OpenBio」オンライン版
本研究成果は,SALに対する薬物の開発において,より有効性が高く副作用の少ない治療薬の理論的設計に役に立つと思われる.特に,SALが黄色ブドウ球菌の増殖に関与していることから既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症や,黄色ブドウ球菌によって引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬の開発が期待される.
肥満治療薬の可能性
北所准教授らは,ヒトのリパーゼを阻害する市販の内臓脂肪減少薬「アライ」(大正製薬)の主成分であるオルリスタットも,SALを阻害することを勘案し.PSAは内臓脂肪にも効果があるのではないかとの考えのもとに,今後は肥満治療薬の可能性ついても研究を進めるという.
オルリスタットは,内臓脂肪や腹囲を減少させる効果がある肥満治療薬の成分である.脂肪分解酵素リパーゼを阻害することで,脂肪の吸収を低下させる.世界ではロシュの「ゼニカル(Xenical)」、グラクソ・スミスクラインの「アライ(Alli)」などの商品名で販売されている.日本では大正製薬が「アライ」という名前でダイレクトOTCとして販売している.
参考論文
Crystal structure of Staphylococcus aureus lipase complex with unsaturated petroselinic acid
Julia Kitadokoro, Shigeki Kamitani, Yukiko Okuno, Takaaki Hikima, Masaki Yamamoto, Takatsugu Hirokawa, Kengo Kitadokoro
FEBS Open Bio 14 (2024) 942–954
発表者:
北所 健悟(京都工芸繊維大学分子化学系 准教授)
神谷 重樹(大阪公立大学大学院生活科学研究科 生活科学専攻 教授)
奥野 友紀子(京都大学大学院医学研究科 医学研究支援センター 特定准教授)
引間 孝明(理化学研究所放射光科学研究センター利用システム開発研究部門 研究員(研究当時))
山本 雅貴(理化学研究所放射光科学研究センター利用システム開発研究部門 部門長)
広川 貴次(筑波大学医学医療系 教授)
Structure of the low-melting phase of petroselinic acid
Kaneko, F.; Kobayashi, M.; Kitagawa, Y.; Matsuura, Y.; Sato, K.; Suzuki, M.. Acta Crystallographica Section C 1992;48(6):1054-1057. DOI: 10.1107/S0108270191012921 プレスリリース(京都工芸繊維大学)
(2025.3.10)