トランス脂肪酸のことを知人から訊かれ,改めて調べてみるとインターネット上に情報が溢れていることを改めて認識した.
トランス脂肪酸は,トランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸であって,マーガリンやショートニングなど加工油脂やこれらを原料として製造される食品、乳、乳製品、反すう動物の肉や精製植物油などに含まれている.トランス脂肪酸を取り過ぎると,心臓疾患に繋がる恐れがあるとして,欧米では表示の義務化や含有量制限などの規制が実施されている.
脂肪酸は,油脂などの構成成分で,炭素(C),水素(H),酸素(O)の三種の原子で構成され,水素原子の結合した炭素原子が鎖状に繋がり,一方の端がカルボキシル基(-COOH)になっている比較的簡単な分子構造の化合物である.
脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類され,炭素と炭素が二重結合(不飽和結合)を一つ以上有するものが不飽和脂肪酸と呼ばれる.さらに,不飽和脂肪酸は,二重結合の炭素に付く水素の向きでトランス型(左図)とシス型(右図)の2種類に分かれる.赤丸で示した水素の結合の仕方が反対向きになっている構造を有する方をトランス型,同じ側にある方をシス型という.天然ではほとんどの場合,不飽和脂肪酸はシス型で存在する.
オレイン酸 C17H33COOH、二重結合1個
リノール酸 C17H31COOH、二重結合2個
α-リノレン酸 C17H29COOH、二重結合3個
Γ-リノレン酸 C17H29COOH、二重結合3個
アラキドン酸 (ARA) C19H31COOH、二重結合4個 ω-6
エイコサペンタエン酸 (EPA) C19H29COOH、二重結合5個 ω-3
ドコサヘキサエン酸 (DHA) C21H31COOH、二重結合6個 ω-3
これらの脂肪酸は,天然では脂肪酸のカルボキシル基がグリセリン,高級アルコール,ステロール(ステロイドアルコール)などの水酸基とエステル結合を形成した状態で存在する.グリセリンとの結合体は油脂,高級アルコールとの結合体はワックス(ろう)と呼ばれている.不飽和脂肪酸を多く含む油脂(植物性油脂、魚油)は常温で液体である.一方,常温で固体の油脂は動物性油脂に見られるが,飽和脂肪酸が多く含まれているためと言われている.
注)動物性の脂は融ける温度(融点)が高く,常温で固体になる.これは,「飽和脂肪酸」を多く含み,分子の結合が強く,安定しているからである.
オレイン酸の二重結合がトランス配置になるとまったく別の化合物である(下図).
トランス型の二重結合が繋がった共役二重結合の脂肪酸は,国際食品規格を作成しているコーデックス委員会においてはトランス脂肪酸には含めないとのことである.
トランス脂肪酸の生成については,以下に示す4つの過程があることが示されている.
①〜③は 加工・調理段階で ,④は 天然に生成する.
①植物油等の加工に際し,水素添加の過程において,シス型の不飽和脂肪酸から生成
②植物油等の精製に際し,脱臭の過程において,シス型の不飽和脂肪酸から生成
③油を高温で加熱する調理過程において,シス型の不飽和脂肪酸から生成
④自然界において,牛など(反すう動物)の反すう胃内でバクテリアの働きにより生成
(乳や肉などに少量含まれる)
食品安全委員会では,平成18 年度,国際機関の対応や諸外国における低減の動きを踏まえて国内で流通している食品 (386 検体) 中のトランス脂肪酸含有量について調査を実施した(次表).
資料4の表をそのまま引用させてもらった.食品中のトランス脂肪酸の含有量を比較してみてほしい.
トランス脂肪酸の作用としては,悪玉コレステロールといわれているLDL コレステロールを増加させ,善玉コレステロールといわれているHDL コレステロールを減少させる働きがあるといわれている.また,動脈硬化などによる虚血性心疾患のリスクを高めるとの報告もある.
トランス脂肪酸のヒトへの健康影響については,資料4に以下の報告書,検討結果,意見書が紹介されている.
①国際連合食糧農業機関(FAO)及び世界保健機関(WHO)による、食事、栄養及び慢性疾患予防に関する合同専門家会合の報告書(2003(H15))
②米国食品医薬品庁(FDA)による科学的知見の検討(2003(H15))
③欧州食品安全機関(EFSA)栄養製品・栄養・アレルギーに関する科学パネル(NDA Panel)の意見書(2004(H16)年7 月採択)
ここではFAO及びWHOの①の内容を紹介した.
FAO及びWHOの報告書
① 国際連合食糧農業機関 (FAO) 及び世界保健機関 (WHO) による,食事,栄養及び慢性疾患予防に関する合同専門家会合の報告書 (2003 (H15))
この報告書では,肥満,糖尿病,心臓疾患,がんなどいくつかの慢性疾患に対する食事及び栄養の影響に関する証拠を検討し,公衆衛生政策の提言を行っている.その記載のうち,主なものは以下のとおりである.
・ 心血管系疾患のリスク増加につながるとの確証的な根拠があるものは,ミリスチン酸(飽和脂肪酸),パルミチン酸(飽和脂肪酸),トランス脂肪酸,塩分の高摂取,体重超過,アルコールの高摂取である.
・ 代謝研究から,トランス脂肪酸は,LDL コレステロールを上昇させるだけでなく,HDL コレステロールを減少させるため,飽和脂肪酸よりもアテロームを発生させやすくすることが示されている.
・ 数件の大規模コホート研究(注参照)では,トランス脂肪酸摂取が虚血性心疾患のリスクを高めることが分かっている.
・ トランス脂肪酸の摂取量は,最大でも一日当たりの摂取エネルギー量の1%未満とするよう勧告する.
注)コホート研究(cohort study)とは分析疫学における手法の1つ,特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し,研究対象となる疾病の発生率を比較することで,要因と疾病発生の関連を調べる観察的研究である,
我が国の状況
トランス脂肪酸を摂りすぎると動脈硬化(冠動脈疾患)の原因になることが知られている.先進国の多くは注意喚起や表示義務・規制があるが,日本ではまだトランス脂肪酸の基準値はない.農林水産省実施の調査研究(2008年)の結果から,日本人1日当たりのトランス脂肪酸の摂取平均量は約1gと推定され,世界保健機構(WHO)の摂取喚起最大値2gの半分となっている.一方食品業界ではトランス脂肪酸の低減が行われてきたが,その反面飽和脂肪酸が増加する傾向が認められている.最近のデータについては,資料2に次の記載がある.
飽和脂肪酸を増やさないようにしながら,食品事業者は油脂の加工工程でできるトランス脂肪酸をできるだけ減らすための対策を進めています.なお,農林水産省が,平成26-27年度に国内で流通する加工油脂や油脂を原材料とする加工食品を調査した結果,平成18-19年度に調査した結果と比較して,トランス脂肪酸の濃度が低くなったことが確認できました.
今後の対応に期待したい.
食品安全委員会について
食品安全委員会のホームページに食品安全委員会とはという項目があり,「食品安全委員会の構成と役割」について次のように記載されている.
食生活が豊かになる一方,食生活を取り巻く環境は近年大きく変化し,食に対する関心が高まっています.
こうした情勢の変化に的確に対応するため,食品安全基本法が制定され,これに基づいて新たな食品安全行政を展開していくことになり,これにともない,食品安全委員会が平成15年7月1日に,新たに内閣府に設置されました.
食品安全委員会は,国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下,規制や指導等のリスク管理を行う関係行政機関から独立して,科学的知見に基づき客観的かつ中立公正にリスク評価を行う機関です.
食品安全委員会は7名の委員から構成され,その下に12の専門調査会が設置されています.
専門調査会は,企画等専門調査会に加え,添加物,農薬,微生物といった危害要因ごとに11の専門調査会が設置されています.
以下省略
資料
4)トランス脂肪酸[PDF](平成22年12月16日更新) 省略した②,③ の記載内容を含む
食品安全委員会 フ ァ ク ト シ ー ト 作成日:平成16 年12 月17 日 最終更新日:平成22 年12 月16 日
5)「食品に含まれるトランス脂肪酸の食品健康影響評価」[PDF:1,300KB]
(2019.10.31)