新規性を理解するために
動植物の体内に呼吸によって取り込まれた酸素を使ってエネルギーを生み出す細胞内の小器官である「ミトコンドリア」,また植物の中で太陽光を使って二酸化炭素と水から酸素と糖類を光合成によって作り出す「葉緑体」,これらはいずれもかつては別のバクテリアや細菌であったと考えられ,我々の祖先にあたる原始的な生物が,これらを細胞内に取り込んで「合体」することにより,新たな機能を獲得してきたと考えられている.
研究内容
高知大学客員講師の萩野恭子氏は,育児のかたわら続けられる研究課題として,2006年から藻の仲間を培養する研究に着手した.そのために,自宅6畳の間には顕微鏡,培養機器,ドラフト等の設備を導入している.
海産の単細胞微細藻類であるハプト藻 Braarudosphaera bigelowii (ビゲロイ)は,細胞内部に窒素固定細菌の構造 (共生体.UCYN-A) を持つことが知られていた. しかし,ビゲロイは,長年培養することができなかったため,UCYN-Aは共生関係にあるのか,細胞内小器官として機能しているのか,詳細は不明のままであった.
本研究では, 高知県産の「ところてん」を凍らせてから抽出した液体を使うことで,安定した藻の培養に世界で初めて成功し,詳しい分析ができるようになった(2017).なお,ところてんと同様にテングサを原料とする寒天では成功しなかった.
細胞内小器官化
これまで「ビゲロイ」は,その細胞内に窒素を取り込む能力を有するバクテリアが住み着いているのではと考えられていた.ところが,カリフォルニア大学の研究チームが萩野氏の手法を用いて培養した「ビゲロイ」を使用して細胞分裂の様子を詳細に解析したところ,「ビゲロイ」本体が分裂する前に,窒素を取り込む部分が先に分裂して2個になり,その後,ほかの葉緑体や核などの部分も増えて,最終的に本体が2つに分かれる経過を辿ることが確認された.
細胞小器官「ニトロプラスト」の分裂過程
その結果, UCYN-Aの倍加・分裂は,ビゲロイにより制御されていること,ビゲロイにより生産されたタンパク質が,UCYN-Aに輸送されていることから,ビゲロイの細胞内部においてオルガネラ化 (細胞内小器官化)が進行した初期の 「ニトロプラスト」 の状態であることが確認された.
肥料の要らない農業の実現
今回の成果は,生物進化や窒素固定研究に関する基礎研究への利用が期待されている.農作物では,大豆などのマメ科植物は窒素を固定する根粒菌と共生しているが,大半の作物の生産には窒素肥料が必須である.本研究で明らかになった「窒素を取り込み利用することができる能力」を応用し,農作物の細胞に組み込むことができれば窒素肥料が要らない農作物を作り出すことにつながる可能性があるとのことである.
プレスリリースの一部(高知大学)
「合体」によって窒素を取り込む能力の獲得は,生命の歴史のなかで,ミトコンドリアと葉緑体に並ぶ新発見とのことである.詳しくは高知大学のプレスリリースをダウンロードして図版で理解してほしい.
追記(2024年12月)
米科学雑誌「サイエンス」 重要な成果の1つに高知大などの研究
2024年12月13日 19時27分 サイエンス
アメリカの科学雑誌「サイエンス」は、ことしの科学分野の重要な成果の1つに、藻の仲間が、大気にも多く含まれる窒素を直接利用する能力を獲得しつつあることを発見した、高知大学などの研究を選びました。
科学雑誌「サイエンス」は毎年、科学の分野で、その年の重要な成果や出来事を選んで発表しています。
ことしは、その1つに、高知大学などの国際研究チームが行った、藻の仲間についての研究を選びました。
参考資料
海産微細藻類における窒素固定型シアノバクテリアのオルガネラ化(細胞内小器官化)の進行を明らかに(高知大学 プレスリリース,PDF).図版の引用元
WEB 特集 わたしの研究がまさか…科学雑誌の表紙になるなんて(NHK)
Nitrogen-fixing organelle in a marine alga(原報).編集者のまとめを以下に示す.
Many partnerships have been formed between nitrogen-fixing microbes and carbon-fixing eukaryotes that need nitrogen to grow. The possibility of a eukaryote with a nitrogen-fixing organelle derived from endosymbiosis, which is called a nitroplast, has been speculated. Studying a marine alga with a cyanobacterial endosymbiont, Coale et al. used soft x-ray tomography to visualize cell morphology and division of the alga, revealing a coordinated cell cycle in which the endosymbiont divides and is split evenly, similar to the situation for plastids and mitochondria in these cells (see the Perspective by Massana). Proteomics revealed that a sizable fraction of the proteins in this structure are encoded by and imported from the alga, including many that are essential for biosynthesis, cell growth, and division. These results offer a fascinating view into the transition from an endosymbiont into a bona fide organelle. —Michael A. Funk
翻訳
編集者のまとめ
窒素を固定する微生物と、成長に窒素を必要とする炭素を固定する真核生物の間には、多くのパートナーシップが形成されています。ニトロプラストと呼ばれる、内部共生に由来する窒素固定細胞小器官を備えた真核生物の可能性が推測されています。シアノバクテリアの内部共生生物が存在する海洋藻類を研究しているコールらは、軟 X 線断層撮影法を使用して藻類の細胞形態と分裂を視覚化し、これらの細胞内の色素体とミトコンドリアの状況と同様に、内部共生生物が分裂して均等に分割される調整された細胞周期を明らかにしました (Massana による展望記事を参照)。プロテオミクスにより、この構造内のタンパク質のかなりの部分が藻類によってコードされ、藻類から移入されており、生合成、細胞成長、分裂に不可欠なタンパク質も多く含まれることが明らかになりました。これらの結果は、内部共生生物から本物の細胞小器官への移行についての興味深い見解を提供します。 —マイケル・A・ファンク
(2025.9.20)