シリーズ「あの話どうなった」
シリーズ「あの話どうなった」
2021年 5 月 14 日の東北大学のプレスリリースに、「Wi-Fi の電波で発電するスピントロニクス技術を開発」という研究成果が載っていた。
以下にプレスリリース(2021)の一部を引用させてもらった。
東北大学とシンガポール国立大学の共同研究チームは、磁気トンネル接合というスピントロニクス素子を用い、2.4 GHz の電波から発電を行える重要技術を開発しました。この技術を用いて、直列接続された8個の磁気トンネル接合、コンデンサー、昇圧コンバーター、1.6 V で発光する LED からなる簡易デモシステムを構築し、環境発電の原理実証実験を行いました。磁気トンネル接合の 2.4 GHz の電波からの発電によりコンデンサーが 3~4 秒で充電され、この充電を開放することで 1 分間に渡って LED が光り続けることが確認されました。
本成果は、身の回りで「捨てられ続けている」電力である Wi-Fi の電波を効率利用して IoT情報端末を駆動する技術の確立に向けた重要な一歩と位置付けられます。磁気トンネル接合は不揮発性メモリーの記憶素子として量産技術が確立されており、今回用いた素子もこれと同等な材料系で構成されていることから、比較的容易に大量生産へと結びつけられると考えられます。スピントロニクス技術は IoT 向け情報端末自体の超低消費電力化、高性能化、多機能化にも貢献できることが示されており、今後包括的な研究開発を行うことでエレクトロニクスの新しいパラダイムが切り拓かれていくことが期待されます。
磁気トンネル接合と原理実証実験の模式図
模式図では大きなものに見えるが、開発された素子は人の髪の毛の直径のおよそ1000分の1の大きさである。この素子は「磁気トンネル接合」と呼ばれ、すでに電子機器に用いられる不揮発性メモリーなどでデジタル情報を記憶する素子として実用化されている。
その後の研究の進展が気になっていたが、2024 年 8 月 5 日に続報がリリースされた。
その成果を以下に紹介したい。
技術を開発したのは、東北大学電気通信研究所の深見俊輔教授と先端スピントロニクス研究開発センターの大野英男教授である。2人は、シンガポール国立大学のヤン・ヒョンス(Hyunsoo Yang)教授らと共同で、「スピントロニクス」の原理に基づくナノスケールの「スピン整流器」を開発、-27dBmの微弱な電波から高効率で電力を生み出す実験に成功し、市販の温度センサーを駆動することに成功した。注)dBm (デシベルミリワット):電波や光ファイバ通信で使われる単位。Wi-Fiの電波強度が-30 dBmある場合は、電波状況がとても良い状態である。一般家庭でWi-Fiを利用する際は、-65~-75dBm以上が電波強度の目安である。
作製したスピン整流器の模式図と走査型電子顕微鏡(SEM)写真
出典)東北大学
東北大学が開発した「スピン整流器」とは電波(RF)がスピン整流器にあたると、スピン整流器内のスピンの集合(磁化)が電波に共鳴して歳差運動する。
この振動によって直流(DC)電圧が発生し、電気エネルギーになる仕組み。
(c) マルチメーターにてスピン整流器から 24.1 mV の電圧出力が得られていること、温度計が実験実施時の室温の 23.4℃を示していることが確認できる。
今回の成果は、前回と比べて素子の特性や配線方法、および電圧による磁気異方性の変化を介した自己パラメトリック励起などを利用することで、より微弱な電波で効率的に DC 電圧が生成されるように工夫がなされている。これにより約 3 桁小さな強度の電波から電子機器の駆動に必要な電力を取り出すことに成功した。家庭内Wi-Fiの場合なら強い電波状態での実験結果ということになる。
本技術の具体的な活用法としては、2010年代から普及が進む、モノを直接インターネットに繋ぐという考え方を利用したIoT機器を、ワイヤレス・バッテリーフリー化することなどが期待される。
注)「IoT(Internet of Things)」とは「モノのインターネット」を意味し、家電製品・車・建物など、さまざまな「モノ」をインターネットと繋ぐ技術。
スピントロニクスとは
東北本学にはスピントロニクス技術の蓄積がある。スピントロニクスとは、過去別々に利用されてきた電子が持つ電気的な性質(エレクトロニクス)と磁気的な性質(スピン)を併せて利用しようとする工学的分野のこと。
磁気トンネル接合とは
磁気トンネル接合は、スピントロニクスの機能性を利用した素子の代表例である。2 層の磁性層が薄い絶縁層をサンドイッチした構造を有する。磁性層の片側(固定層)の磁化方向を固定し、もう一方(自由層)の磁化が磁界の方向に応じて変化するように設計すれば磁界センサーになる。また自由層の磁化方向が 0 度と 180 度の2方向で安定するように設計してそれにデジタル情報の0と1を割り当てればメモリー素子になる。今回の実験では自由層の磁化は電磁波(電界と磁界の波)や印加する電流によって運動するように設計されており、これにより発振や整流が起こる。
参考資料
プレスリリース
1 2021年 5 月 14 日 「Wi-Fi の電波で発電するスピントロニクス技術を開発」
2 2024 年 8 月 5 日 「微弱な無線通信用電波からの環境発電をスピントロニクスで実現」
【論文情報】
第1報 Title: “Electrically connected spin-torque oscillators for 2.4 GHz WiFi band transmission
and energy harvesting”
(WiFi 2.4 GHz 帯での伝送および環境発電向け電気接続スピントルク振動子)
Authors: Raghav Sharma, Rahul Mishra, Tung Ngo, Yong-Xin Guo, Shunsuke Fukami,
Hideo Sato, Hideo Ohno, and Hyunsoo Yang
Journal: Nature Communications
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-021-23181-1
第2報 タイトル:“Nanoscale spin rectifiers for harvesting ambient radiofrequency
energy” (無線通信信号を用いた環境発電のためのナノスケールスピン整流器)
著者: Raghav Sharma, Tung Ngo, Eleonora Raimondo, Anna Giordano, Junta
Igarashi, Butsurin Jinnai, Shishun Zhao, Jiayu Lei, Yong-Xin Guo, Giovanni
Finocchio, Shunsuke Fukami, Hideo Ohno & Hyunsoo Yang
掲載誌:Nature Electronics
DOI:10.1038/s41928-024-01212-1
URL: https://doi.org/10.1038/s41928-024-01212-1
(2025.4.20)
東北大学新聞に掲載されている図
【研究】Wi-Fiで発電 CO2削減に期待 ~スピントロニクスで新成果 2021/07/04