ポリグルタミン酸

シリーズ「あの話,どうなった・・・・」

今年の元旦に発生した能登半島地震から2ヶ月が経過したが,生活用水の問題は簡単に解決できそうにない.そこで思い出したのが,20年位前に話題になった「納豆のネバネバで水を浄化する」という話である.

ネバネバの正体はポリグルタミン酸(PGA)である.

γ‐ポリグルタミン酸は納豆菌(Bacillus natto)が煮大豆のタンパク質や炭水化物を養分として分解するときに生成する発酵物質であり,うまみ成分であるグルタミン酸が多数ペプ チド結合したものである.

納豆のねばりの原因でるPGAは水溶性と生分解性を有するとともに食用が可能である.また,PGAは乾燥して粉末として単離することができる.PGAを水に加えると凝集剤として機能する.凝集剤は,液体から固体粒子を分離する化学物質であり,これを使用すると粒子は弱く結合した集合体(フロック)となり,容器の底に沈殿するので容易に分離することができる.

小田兼利氏が発明,商品化した高分子凝集剤PGα21Caはポリグルタミン酸(PGA)のカルシウム塩と思われる.100グラムで1トンの汚水が処理可能という.小田氏は,熊本県天草市出身で阪大工学部卒のエンジニアで,2006年には出身地である天草に工場を建設すると言う記事がウエブ上に残っている.

  くまもと経済  天草市牛深町に健康食品製造工場を建設 大阪市の日本ポリグル㈱ 6月に着工

かなり時間が経ち,その後どうなったか改めて調べてみた

   結論を言えば,水資源に恵まれている日本では需要はなかったようだ.一方,タイ,ソマリア,バングラデシュ,タンザニア,エチオピア,ブラジルなどの開発途上国ではそれなりに実績を上げているということがわかった.「2004年スマトラ島沖地震」の時,タイ政府の要請による援助が契機となり,国際的に知られるようになった.政府広報によると,大規模な浄化装置やそれを維持するための電気設備や技術を必要としない点が現地のニーズに合ったらしい.バケツと攪拌用の棒、茶漉しと布切れからなるフィルターさえあればどこでも使用可能であり,レスキューセットとしても製品化されているという.

    彼の発想は,自らの体験,即ち1995年の阪神淡路大震災の際に水の確保に困っている人々を目の当たりにした体験から発しているという.小田氏は,PGα21Ca開発のための実験に7年を費やしたと述べている.

その他の展開

1)納豆樹脂九大広報第2号 --- 研究紹介 2001)

納豆の糸に放射線(コバルト60,ガンマ線)を照射すると納豆樹脂がて生成する.納豆樹脂は,100%天然素材からなる生分解性,吸水性及び可塑性を特徴とするきわめて新規性の高いエコマテリアルてと記されている.当時,「食べられる容器」の試作に も成功したとも記されている.この納豆樹脂は,水を吸収すると,膨潤して透明なハイドロゲルになり,保水能力納豆のネバネバ1グラムで5リットルの水を蓄えることができる.市販の紙オムツや生理用品の5倍の吸水力を有する.ガンマ線照射量と納豆の糸の濃度の組合わせでいろいろな性状を持つ納豆樹脂が得られる,放射線照射で適度の橋架けを受け,納豆の糸の間で三次元構造を取り,できた透き間に水分子が閉じ込められて吸水力が生じるという.


2)磁性を有する生分解性ポリマを使った凝集剤開発(日経ものづくり  2007.03.02)

日本ポリグル,徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部助教授の安澤幹人氏らと共同で,ポリグルタン酸などの生分解性ポリマに磁性を持たせた凝集剤を開発したフロック(汚濁物質の塊)を磁力で引き寄せて簡単に回収できるため,従来の水質浄化で必要だった濾過工程が不要になるという使い方は,原水に新凝集剤を添加した後に撹拌し,そこに電磁石を近づけてフロックを回収する固体と液体の分離が容易なほか,大がかりな工事が不要なのも利点既存の凝集剤と組み合わせて使うことも可能保水性や親水性,増粘性が高いのが特徴で,工業分野では,塗料の添加剤のほか,アスベストの飛散を抑制するための湿潤剤などとして使うクリックPOLY-GLU SOCIAL BUSINESS CO.,LTD)

「納豆の糸」がその後どうなったか」と思ったのは私だけではなかったようである.経済現場で奮闘している人物紹介してドキュメンタリー番組,「ガイアの夜明け」でも取り上げていた(2022年612日,熊本RKK)「あの主人公はいま…」というタイトルであった.現在もYou Tubeに動画が掲載されている.

   当時,水の浄化剤以外にもいろいろな応用が提案されたが,現在確認できる用途は以下に示す分野である.なお,砂漠の緑化については情報が確認できていない.

ポリグルタミン酸の用途について
保水性、増粘性、生分解性などにも優れているため,多方面で使用されている.

医療分野

腫瘍細胞に集まりやすい性質を利用し,抗がん剤パクリタキセルをがん細胞まで運ばせるキャリアとしても,応用がなされている.また,外科手術の際の癒着防止剤としても利用されてい.

化粧品

肌の水分を逃がさず,紫外線や細菌などの外部刺激から肌を守る働きを有する.

工業用

塗料の添加剤や水の浄化剤など

農業用

土壌改良剤など

その他

健康補助食品や食品添加物など.

追記
D-グルタミン酸の存在について

納豆菌が作るポリグルタミン酸(PGA)の50~80%はD-グルタミン酸である.D型アミノ酸は人間をはじめ,ほとんどの生き物には稀にしか存在しないが,納豆菌のPGAには「なぜこんなに多くのD型のグルタミン酸が含まれているのか」,また「ネバネバ」との関連はあるのかについては謎のままである.

(2024.3.19)

政府広報に掲載されている写真(飲み水の配給に並ぶ人々)