ペリ環状反応−5
エン反応 Ene reaction
一般式は次図で表される.2個の不飽和結合と単結合が関与する.
次式の反応では,オレフィンの末端とX原子が結合すると同時にRがY原子へ移動し,結果的には6個の原子が繋がったオレフィンが生成する.6π電子が環状に展開する典型的なペリ環状反応(分子間2π+2π+2σ反応)である.この反応はディールス・アルダー反応の基質のジエンのπ結合の1個をσ結合に置き換えたものと見なすことができるため,ディールス・アルダー反応に準じて,基質となるアルケンをエン (ene),2π電子系を親エン体または求エン体 (エノファイル,enophile) と呼ぶ.エン成分としてはオレフィン,アセチレン,アレン,および炭素-ヘテロ結合,一方,エノフィル成分は,π結合のLUMOを低下させる電子求引性置換基を持つ炭素-炭素多重結合,炭素-ヘテロ多重結合が考えられる.
追記
O=O(シングレット酸素)を追加
もっとも単純なモデル反応を以下に示した.
熱許容の反応であることは,三体相互作用で理解できる.
その際,HOMO-HOMO-LUMO(前者)およびLUMO-LUMO-HOMO(後者)の環式相互作用が可能である.
軌道相互作用の図中,二重結合の部位であることを明示するため青二重線を使っているが,三重結合を意味するものではない.
HOMOとLUMOの二体相互作用で解釈する場合は, 二重結合のπ軌道とC-H結合のσ軌道の組み合わせによるHOMO(逆位相の関係)を作り, それと他分子LUMOとの相互作用を考える. 右図の三体相互作用による考察と一致する.
2πソース(エチレン)に電子吸引基が置換したアクリル酸エステルになると反応が促進される(次式).
また,Lewis酸触媒によっても反応が促進される.触媒はエステル基に配位し,アクリル酸のLUMOをさらに低下させる.
alpha-pinene
二重結合の置換基効果および触媒効果から,π-LUMOが低下すると反応が促進されることが示唆されている.
したがって,上述した三体相互作用のうち,後者の相互作用(σ-LUMO, π-LUMO,π-HOMO)が支配的であると考えられる.
次の例はbenzyneの三重結合が関与する反応である.
次図は,分子内エン反応の例である.当然のことながら閉環し,環状化合物が生成する.
生体内反応として不飽和脂肪酸の酸化が問題視されているが,その反応機構もエン反応の一つである.
一重項酸素が二重結合とエン反応してヒドロペルオキシドを形成するが,基本反応で示したエチレンを酸素に置き換えることで理解できる.
追記
英語版Wikipediaのエン反応の図について
HOMO-LUMOの二体相互作用で説明されている.HOMO(Ene)は二重結合のHOMOとC-H結合のHOMOが位相が合わない様に繋がっている(青線)と理解する.結果的には三体相互作用による考察と一致する.
エン反応の逆反応(レトロエン反応)
エン反応は熱反応で起る反応であるから,高温で加熱すると逆反応(レトロエン反応)が起る.
関与する原子が炭素,水素の場合は上記の反応例を逆にたどればよい.
人名反応などで知られている反応にChugaev反応という反応がある.アルコールに苛性カリ存在下,二硫化炭素を作用させるとキサントゲン酸塩が生成する.
これをアルキル化すると黄色のキサンデート(ギリシャ語で「黄色の意味」)ができる,
キサンデートを加熱分解すると,シス脱離したオレフィンが生成する.シス脱離が経験的に規則的であるため,核磁気共鳴装置が普及する前は,立体構造を決定するための経験則として用いられた時代がある.
この反応はレトロエン反応の一種と考えることができる.以下にフロンティア軌道論による三体相互作用を図示した.
2個のLUMOとHOMOがすべて位相が合った重なりをすれば熱反応が惹起することが判る.
追記
カルボニル-エン反応 (プリンス反応)
アルデヒドを親エン体とするエン反応はプリンス反応 (Prins reaction) の名で呼ばれることもある.ルイス酸 あるいはブレンステッド酸存在下に付加反応をおこし, homoallyl アルコールを与える.