脳内に薬を届けるナノミセル


高分子ナノミセル, 薬物運搬体, 血液脳関門通過, 進化型DDS, ノーベル化学賞候補

9月20日のニュースで今年のノーベル賞候補が話題になっていた. ノーベル化学賞にはナノマシンを医療分野で実用化するための突破口を拓いた片岡一則氏が挙げられていた. 

   ナノマシンと言うと, 超小型ロボットをイメージするが,そうではない.  医療用ナノマシンは、100ナノメートル以下のサイズの「有機化合物で構築された微小カプセル, 薬物運搬体」である. ナノマシンはミセルの構造を有しており, 表面や内部の機能性を利用した標的指向性ナノキャリアである. 注)ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1, 人間の髪の毛の10万分の1程度. 

   2017年, 血液脳関門(BBB)を超えてナノマシンが脳内に届くという論文がネイチャーコミュニケーションズに掲載され, 大きな話題になった. 脳には血液脳関門というバリアがあるため, 脳に到達できるのは必須なグルコースやアミノ酸とアルコール, カフェイン, ニコチンなどである. 逆にいえば, 脳の病気の治療薬は脳に届きにくいということを意味する. 

    この難題を克服するために, 複数のグルコース分子を高分子ミセル表面に配したナノマシンが開発された. これにより脳にグルコースを取り込むグルコーストランスポーターGLUT1認識してくれるという. このナノマシンはこれまで使われている脳神経疾患の薬に比べると、驚くほど脳への集積量が向上したという. これまでの投与法では脳内に移行する治療薬の量は0.1%に過ぎなかったが, ナノマシン法では6%を達成した. なお, 著者らは, 絶食後の急速な血糖上昇を利用することによって, GLUT1を介してBBBを通過するナノキャリアの送達を著しく強化できると記している.

ポリマーの自己集合と架橋によるミセルの合成(投稿論文のFig. 1aを引用)  

ミセルの合成

MeO-PEG-PAsp、MeO-PEG-P(Asp-AP)-Cy5、Gluc(6)-PEG-PAsp、および Gluc(3)-PEG-PAsp より水溶液中で自己集合, 架橋により調製. PEGはポリエチレングリコール

GLUT1への結合能力を維持するためにC6位置のエーテル結合を介してグルコースをミセルに導入. 脱水縮合剤, 1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル) カルボジイミドを用いて架橋することにより安定化

高分子ミセルには構造上、中 に多様な物質を封入できるので、例えば核酸医薬や 抗体医薬を入れれば、より効果の高い薬ができる可能性がある.

血管壁の隙間サイズを利用した薬物送達
    脳以外の臓器の場合, BBBのような関門はないので. 薬の送達はミセルのサイズに依存するようである. 

過去に開発されたものとしてシスプラチンという抗がん剤を搭載したナノカプセルがあり, 現在、ヒトに対する臨床試験が行われている. このナノカプセルは, 30ナノメートルの大きさに設計されており, 正常組織の血管は通過しないが, 血管壁に大きな隙間が存在するがん組織で選択的に血管から漏れ出し, がん細胞のみを直接攻撃する. その際, 副作用を示すことなく, 顕著な抗腫瘍効果を示す.  正常細胞とがん細胞との細胞環境の違い(pHなど)を利用してがん細胞のみで薬物が作用するようにデザインずることができるため, 過去において副作用のため利用できなかった薬物も再登場できる可能性があるという.

ウイルスの体内挙動からヒント
    片岡一則氏の言によれば, 「目的の細胞へと薬を届けるためにはどうすればいいか」との命題を解決するために, ウイルスにヒントを得たという.. 生体ウイルスは, 自身の遺伝子がそのままでは生体中で安定に存在できないため, カプシドと呼ばれる数十nmのカプセルの中に格納させた状態で体内を移動する. そこで, 同じように数十nmのカプセルを人工的に作り. ナノキャリア(小さな運搬体)として中に薬を入れることを考えたとのことである.  注)カプシド ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻


直径数十ナノメートル前後の高分子でできた微小カプセルの開発によって, DDSはナノマシンへと進化を遂げつつあるのは確実である. この分野の研究・開発の中心的存在であるナノ医療イノベーションセンター(センター長 片岡一則, 川崎市)が, 将来の目標に掲げているのは「体内病院」の実現である. 小さな病院(ナノマシン)が体内を巡り, 病気の予兆を早期に発見して, 即治療するというコンセプトで, 20年後の実現を目指しているという. 

ナノマシンの医療面の利用例(Google AIチャット Bard の回答)

ナノマシンは、薬物を患部に直接届ける役割を果たすことができます。従来の薬物は、血液循環によって全身に運ばれ、患部に到達するまでに希釈されてしまうことがあります。ナノマシンは、患部に直接到達することで、薬物の効率的な投与が可能になります。 

ナノマシンは、病気の診断に利用することもできます。ナノマシンは、がん細胞や感染細胞を識別し、その情報を医師に提供する役割を果たします。これにより、早期発見・早期治療が可能になります。

ナノマシンは、手術支援にも利用されています。ナノマシンは、患部の周囲を細かく観察したり、傷口を修復したりする役割を果たします。これにより、より精密で安全な手術が可能になります。

ナノマシンは、再生医療にも利用されています。ナノマシンは、損傷した組織や細胞を修復する役割を果たします。これにより、臓器移植や細胞治療などの再生医療の可能性を広げることができます。

ナノマシンの課題

ナノマシンは、さまざまな可能性を秘めた技術ですが、まだ開発途上にあります。ナノマシンを医療に応用するためには、以下のような課題を解決する必要があります。

ナノマシンが人体に安全かどうかは、まだ十分に検証されていません。ナノマシンが体内で誤動作したり、副作用を引き起こしたりする可能性もあります。

ナノマシンの製造コストは、まだ高額です。ナノマシンを医療に普及させるためには、製造コストを低減する必要があります。

ナノマシンを医療に応用するためには、ナノマシンを精密に制御する技術や、ナノマシンを体内に安全に導入する技術などが必要です。これらの技術の開発が進めば、ナノマシンの医療応用はさらに進展するでしょう。

今後の展望

ナノマシンは、医療分野において大きな可能性を秘めた技術です。ナノマシンの開発が進み、課題が解決されれば、さまざまな病気の治療や予防に役立つことが期待されます。

引用論文

Glycaemic control boosts glucosylated nanocarrier crossing the BBB into the brain

Y. Anraku, H. Kuwahara, Y. Fukusato, A. Mizoguchi, T. Ishii, K. Nitta, Y. Matsumoto, K. Toh, K. Miyata, S. Uchida, K. Nishina, K. Osada, K. Itaka, N. Nishiyama, H. Mizusawa, T. Yamasoba, T. Yokota & K. Kataoka 

Nature Communications volume 8, Article number: 1001 (2017)

(特許)WO2020230793A1 - 血中からの中空ナノ粒子の脳への移行制御技術

論文の要約と考察(和訳)    折りたたみ文書

Abstract

近年、生理活性物質を体内の標的部位に輸送するナノキャリアが大きな注目を集めており、最先端技術の進歩が著しい。しかし、血液脳関門(BBB)を通って全身経路を介して脳に入り、効率的にニューロンに到達できるナノキャリアはほとんどありません。ここでは、適切に構成されたグルコースを特徴とする表面を備えた自己組織化超分子ナノキャリアを調製します。このナノキャリアの BBB 通過と脳への蓄積は、絶食後の急速な血糖上昇と、脳毛細血管内皮細胞において高発現したグルコース トランスポーター 1 (GLUT1) が管腔から管腔外の細胞膜に移動するという推定上の現象によって促進されます。ナノキャリア表面の正確に制御されたグルコース密度により、脳内の分布の制御が可能となり、ニューロンに蓄積するナノキャリアの数を増やすように最適化することに成功しました。

Discussion

我々は、BCEC上のGLUT1を認識するために適切に構成されたグルコース分子で装飾された高分子ミセルを開発し、絶食状態後の血糖上昇によって誘導されるBBBの優先的かつ効率的な通過を実証することに成功した。このシステムの魅力は、オンオフスイッチ送達戦略であり、リガンド(グルコース)結合ナノキャリアの脳への輸送は、トランスポーター分子(GLUT1)の細胞内リサイクルを誘導する外部トリガー(グルコース)によって促進される可能性がある。 。実際、グルコース結合高分子ミセルの脳内への送達におけるGLUT1の関与が実験的に検証され、BBBを通した脳実質へのミセルの輸送がIVRT-CLSM下でin situで直接観察された。さらに、高分子ミセル上のグルコース密度を管理することで、脳内の目的地を細胞レベルで制御できるようになりました。25%Gluc(6)/m は主にニューロンとミクログリアに向けられますが、50%Gluc(6)/m は主に残ります。 BCEC 内および/またはその周囲。これらの結果は、今回報告されたナノキャリアシステムが、BBBを通過してさまざまな薬物を脳に直接送達できる可能性があることを示唆しています。それにもかかわらず、病気の状態では、BCEC の GLUT1 の発現レベルが変化する可能性があります。36、および/または同様に管腔細胞膜から管腔外細胞膜へ移動しない可能性があります。さらに、神経膠腫などの疾患では、BBB の完全性が破壊される可能性があります37。したがって、本結果の臨床的関連性は、各疾患のBBB構造を適切に反映する動物モデルを使用し、グルコシル化ナノキャリアの構造と血糖コントロールの状態を最適化することによってさらに検討される必要があります。

(2023.9.22)