S-S 結合の配座
[シスチン,タンパク質,活性型ビタミンB1(フルスルチアミン) 等の disulfide 構造 二面体角90°配座]
以前,生化学研究室の先生からシスチン等の R-S-S-R 結合の配座について質問されたことがあった. R-S-S-Rの二面体(ねじれ)角が90°の配座が,二面体角180° の配座(トランス配座)より安定である理由についての疑問だった.
次図はタンパク質の単結晶X線解析において見られる例である.R-S-S-R 結合部位の二面体角はそれぞれ,78.8, 105.61,86.41°である(実測値はかなり荒い).平均すると90°に近い値である.Diallyl disulfide のような低分子の場合も.低温X線解析において89.04°の値が観察されている.シスチン,フルスルチアミン(アリナミンF)等でも同様の配座である.
タンパク質のS-S結合 黄色の部分
C-S-S-C 部位拡大図
その時,先生には,フロンティア軌道法による簡単な説明を行ったが,釈然としない様子だった.そこで,目の前で半経験的分子軌道計算を行い,その最適化構造が実測値(X線解析)に近いことで納得してもらった.
しかし,半経験的分子軌道計算は,3d 軌道を考慮していないなど,化合物によっては再現しない場合もあるので,念のため非経験的な分子軌道計算や密度汎関数による計算を行った.いずれの方法も半経験的分子軌道計算の結果と大差ない結果が得られた.
半経験的分子軌道計算法(PM6)で求めた dimethyl disulfide (1,2-dimethyldisulfane) の生成熱は以下の図の通りである.PM6 計算における最安定構造の二面体角は 85.5°,S-S 結合距離は 2.043Å であった.ちなみに,B3LYP/6-31G* 計算では,二面体角は87.3度,S-S結合距離は2.082Åであった.
一見,立体反発の少ないと思われる二面体角 180 °のトランス配座は,二面体角が 90 °に近い最安定配座より 4.6 kcal/mol 程不安定である.一方,シス配座は最安定構造より 約 7 kcal/mol 程不安定である.
二面体角90°が安定である理由については,硫黄上の不対電子をHOMO,隣接 R-S 結合を LUMO とするフロンティア軌道の相互作用によって理解できる.淡緑色で囲った HOMO と σ-LUMO が平行になり,軌道相互作用が最大になるのは二面体角が90°近い時である.糖化学における経験則 anomeric 効果と同様に考えることができる.なお,不対電子の形は,シスおよびトランス配座の Me-S-S-Me の HOMO を参考にした.
この文章を書きながら,毛髪に化学反応を用いて人工的な縮毛を形成させる美容技術の一種であるパーマネントウエーブ (permanent wave) を思い出した. 美人が頭の上にフラスコを置いた姿を連想するが,そうではない.毛髪内でシスチン結合の還元・酸化などの化学反応を意図的に起こさせる.S-S 結合が再生される際は,近くの SH 同志が結びつく.その際,ねじれ角90° 配座が重要な役割を果たす様な気がする.
参考資料
◯ 二面体角(ねじれ角)の定義 (dihedral angle, torsion angle)
原子1,2,3,4に注目し,原子2,3が重なるように眺めた場合,結合1,2および結合3(2)−4のなす角度
◯ Diallyl disulfide の結晶解析例(低温測定)
CCDC # 128933
Refcode RESHAY
Space Group: P21/n, Cell: a 5.3456(12)Å b 13.940(3)Å c 10.8447(10)Å, α 90° β 96.152(13)° γ 90°
torsion angle 89.04
B. Bartkowska and C. Krüger
Acta Cryst. (1997). C53, 1064-1066
Abstract: Single crystals of diallyl sulfide, C6H10S, and diallyl disulfide, C6H10S2, were grown in capillaries at low temperature using zone-melting techniques The molecular and crystal structures of these compounds were determined at 143 and 168 K, respectively.
◯シスチン塩酸塩の結晶構造
解析データは重原子のみ
水素原子を計算位置に付加
CCDC # 1134777
REFCODE CYSTCL
Space Group: C2, Cell: a 18.61Å b 5.25Å c 7.23Å, α 90° β 103.6° γ 90°
Dihedral angle for CSSC -79.1 degree
L. K. Steinrauf, Juanita Peterson, L. H. Jensen
J. Am. Chem. Soc., 1958, 80 (15), pp 3835–3838 (DOI: 10.1021/ja01548a008) Publication Date: August 1958
The Crystal Structure of L-Cystine Hydrochloride
結晶充填構造 二面体角 79.1°
硫黄原子と塩素原子が近いため,通常より小さくなった可能性がある.
シスチンの PM6 計算構造
◯ Fursultiamine(アリナミンF,Thiamine Tetrahydrofurfuryl Disulfide)の結晶構造
CIFファイルはCCDC未登録
X線解析による二面体角は 72.5°,Thiamine propyl Disulfideは 80.3°と記載.
W. Shin, Y. C. Kim, Bull. Korean Chem. Soc. 7, 331-412 (1986). Crystal Structure of Thiamine Tetrahydrofurfuryl Disulfide
Thiamine Tetrahydrofurfuryl Disulfide (TTFD), C-S-S-D 二面体角 72.5°, S-S結合 1.987
Thiamine Propyl Disulfide (TPD), C-S-S-D 二面体角 80.3°.
◯ α-リポ酸(チオクト酸)の結晶構造
5員環の中のS-S結合の二面体角は,環歪との兼ね合いで90°をとれないため,35°程度になっている.
R. M. Stroud and C. H. Carlisle,Acta Cryst. (1972). B28, 304-307 [ doi:10.1107/S0567740872002225 ]
A single-crystal structure determination of DL-6-thioctic acid, C8H14O2S2
◯ 硫黄の不対電子の形(トランス配座の MeSSMe の HOMO)
(2015.9.11)