2025年のノーベル化学賞は、金属有機構造体(MOF: Metal-Organic Frameworks)の開発と応用がテーマで、北川進氏(京都大学)、Richard Robson氏(メルボルン大学)、Omar M. Yaghi氏(カリフォルニア大学)**の3名が受賞した。MOFは金属イオンと有機分子を繋げた多孔性材料で、分子レベルで「呼吸する固体」として気体の吸着・分離・貯蔵、汚染物質除去、医薬品など様々な分野での応用が期待され、材料科学に革命をもたらしたと評価されている。
受賞理由と貢献
Richard Robson氏: 1989年に、金属イオンと有機分子からなる多孔性結晶を合成し、MOFの可能性を示唆した。
Omar M. Yaghi氏: 1995年に「MOF」と命名し、多数の空間を持つ安定した材料を開発、その多機能性(水回収など)を実証した。
北川進氏: 1990年代以降、MOFの機能性を実証し、気体の出し入れを可能にする「自在な空間設計」の概念を導入。特に柔軟性のあるMOFや実用化への道筋をつけ、「PCP(多孔性配位高分子)」としても知られている。
MOFとは?
構造: 金属イオンと有機分子(配位子)が規則正しく結合し、ナノメートルサイズの無数の小さな「穴(孔)」を持つ結晶性材料である。
特徴: 穴の大きさを自在に設計でき、特定の分子を選択的に吸着・放出する「カスタムメイド材料」として機能する。
異名: 「呼吸する固体」とも呼ばれ、分子を出し入れする様子が呼吸に似ていることから名付けられた。
図4. 1998年、北川は金属有機構造体をフレキシブルにすることができると提案した。現在では、様々な物質を充填したり抜いたりすることで形状を変化させることができるフレキシブルMOFが数多く存在する。
MOFが画期的な3つの理由
設計の自由度(カスタマイズ性):
金属イオンと有機分子の種類を変えるだけで、ナノメートルスケールの孔のサイズや形を自在に設計できる。
これにより、特定の分子だけを狙って吸着・分離する「分子ふるい」のような機能を実現できる。
圧倒的な内部空間(表面積):
分子レベルで無数の微細な孔が規則正しく並んでおり、わずか数グラムでサッカーコート1面分に匹敵するほどの巨大な表面積を有する。
この広い空間に、水素や二酸化炭素などのガスを大量に貯蔵したり、化学反応の場として利用したりできる。
多様な機能と応用:
環境:大気中から水分を集める(空気から水)、CO2を効率的に回収する。
エネルギー:水素や天然ガスを高効率で貯蔵する。
医療・食品:薬剤を徐放したり、果物の鮮度を保つガスを制御したりする(実用例あり)。
触媒:分子変換反応の場として利用する。
次世代電池:高容量化・長寿命化が期待される材料としても研究されている。
解決すべき問題点
安定性の問題:
水・酸への弱さ: 多くのMOFは水や酸に弱く、化学的安定性が不足している。
耐熱性の低さ: ゼオライトと比較して耐熱性が劣る場合があり、高温環境での利用が難しいことがある。
機械的強度の脆さ: 弱い配位結合で構成されるため、機械的に脆く、壊れやすいという欠点がある。
製造・コストの問題:
高コスト: 大量生産が難しく、製造工程が複雑なため、コストが高くなりがちである。
再現性の低さ・スケールアップの困難さ: 合成条件が厳しく、同じ条件でも同じものが得られないなど再現性に乏しく、工業的スケールでの製造が困難である。
実用化への課題:
安定性やコストの問題から、既存材料(ゼオライトなど)との競合や、収益性を確保する難しさがある。
克服に向けた動き
Google検索でMOFに関する情報を調べると、AIが勝手に調べてくれる。概要、特徴、メリット、デメリット等々、折角だから大幅に採用させてもらった。
昨年のブログ(結晶化不要のX線結晶解析)で結晶スポンジ法(X線構造解析)について紹介したが、改良型MOFを利用して、適用範囲を広げたという東工大の研究も特筆に値する。
参考資料
1)出典 ノーベル財団のプレスリリース(英文)
2)原子分解能を有する結晶スポンジ法に利用できる新たな金属有機構造体(MOF)の開発に成功(東京工業大学のプレスリリース、2024.2.15)。
関連資料:結晶スポンジ法 結晶化不要のX線結晶解析(東京大学)。
日本での反響
日本人のノーベル化学賞受賞は2019年の吉野彰氏以来、6年ぶりで、日本国内でも大きな祝賀ムードに包まれています。
北川氏のMOFは、大学発ベンチャーのAtomis社などにより、実用化に向けた製品開発も進んでいます。
主な応用分野
エネルギー: 水素や天然ガスの貯蔵、CO2の回収・利用。
環境: 大気中からの水回収、有害物質の除去。
医療: 薬剤のドラッグデリバリーシステム(DDS)。