くる病が増えている?

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10月17日の朝のNHKニュースの時間に,最近「くる病が増えている」ことを話題にしていた.

いくつかの要因が考えられるが,ビタミンD欠乏症が増えた理由には,母乳栄養の推奨などによる摂取栄養の偏りが挙げられるようだ.人工・混合栄養にくらべて母乳にはビタミンDの含有量が少ないことはあまり知られていないらしい.

さらに,1998年に母子手帳から「日光浴」を勧める記述は無くなり,最近は紫外線による皮膚癌発症のリスク低減や美容を目的に,過度に紫外線を避ける生活習慣が広まり,乳幼児も日光浴が不足しているという.最近のインターネット等による情報過多が若い母親に「ゼロ」か「イチ」かを選択させているといっても過言ではない.

ところで,私は,数年前まで有機化学の講義の際,「ビタミンDの生合成」に光が必要であることを説明するのに,福井謙一博士の「フロンティア軌道論」を用いていた.理論化学,合成化学,生体内反応をつなぐ格好の材料のひとつであったからである.

光が関与する反応個所を以下に記す,AからBは開環反応.BからCへの変換は水素移動である,古典的な電子論(曲がった矢印)では.これらの反応は熱,光に関係なく説明できるが,実際は光がないと反応は惹起しない.

後段の1,7-水素移動について説明したい.

難しいことは何も無い.

熱反応はHOMO-LUMO

光反応はHOMO-HOMOあるいはLUMO-LUMO(実際は電子1個の半占軌道,位相は同じ)

で反応する.それはなぜかというのも簡単に説明できるが,ここでは省略する.詳細は別項参照

反応個所をπ電子系とσ電子系に分け,接点(青点線)に於ける位相を合わせて,反応点における位相の一致具合を調べる.

次図右下の熱反応条件では水素(黒丸)が飛び移る先は白であり位相が合わない.左下の光反応は白と白で位相が合っている.これらの反応では系全体の電子が環状になり一斉に結合の組み替え(結合交換)が起る(協奏的反応).反応は波長300nmの紫外線によって室温で徐々に進行する.

学生は,古い電子論を知らないので意外とすんなりと受け入れてくれた(と思っている).

ところが,教員層となるとノーベル賞理論を教えることはないだろうという意見があったようだ.しかし,コアカリキュラムには各大学独自の特徴的講義は許されており,私は耳を貸さなかった.薬学教育が6年制課程へ移行する際,教える内容が精選される過程で「フロンティア軌道論」のHOMO, LUMOの概念は,いつの間にかコアカリキュラムから外されていたので,そのような意見が出ても仕方ないかもしれない.さらに,薬剤師の国家試験が終わると,出題に対する各薬系大学教員の意見が求められ公表されるが,そのなかに,毎年のように,少し理屈っぽい問題に関しては,「薬剤師養成に,そのような知識付与は必要ない」と書く先生(ある私立薬学部の)が居た.このようなことも影響していると思われる.薬学教育6年制への移行目的が問題を提起し,それを解決する能力の醸成であるならば,この程度のことは暗記ではなく原理として学習すべきことではないだろうか.

追記

フロンティア軌道論はコンピュータによる演算が必要と思っている人がいるが,軌道図は簡単に作図できる.別項参照

参考資料

分子軌道については分子軌道論で詳述している.ビタミンDの合成機構に必要なフロンティア軌道については以下に示した.

フロンティア軌道作図法

炭素ー水素の単結合はp軌道(亜鈴状)と水素のs軌道(球状)の混合で考える.接点で位相が合う場合はHOMO, 逆位相の場合はLUMOである.

エチレンのHOMOはp軌道の位相の合った相互作用により, LUMOは逆位相の相互作用で生成する.

ブタジエンのHOMOはエチレンのHOMO同士の相互作用で生成する2個の軌道のうち, エネルギーの高い方, LUMOはエチレンのLUMO同士の相互作用によって生成する軌道の低い方である.

同様の考え方により, ヘキサトリエンはブタジエンとエチレンから簡単に作図できる.

点線内のHOMO, LUMOが生成するフロンティア軌道

(2013.10.28)