バクバンド=パシュツールの演説

概要

 レイトガイジェン上級院議員であったバクバンド=エスティアム=パシュツール(Bakband E. Paxtuul)が、1502年10月32日、エークヴォデレ戦争(ラシェント軍国が西側諸国に対し起こした侵略戦争)の時に穏健派の人々を説得すべく行った名演説。古文調の堅苦しい演説であるが今でも最後の一節はしばしば引用される。

原文

   Eft atjenqaatil, waxest enparned wotaal keijan lesek Borre zenern tiig qaalek ist Rlaxenttil, jiljiix jok qaalil les tiis lesek sovu emparn, Tell kuulis, Sif tiis rekt qweire. Baurr 

和訳

 貴方々の間にはラシェントとの戦争は*能(よ)く回避するものと考へる者、人を殺す無益なる戦争に加はるは我が国の損益なりなどと考へる者が居るかも知れぬ。*蓋(けだ)しそれは夢想である。我々はラシェントに対して戦争回避の為の方策を尽くした。例えば一五〇一年の十二月、愈々(いよいよ)残暑も退かんとせし時候、我が国の*外交部は彼の国家へ穏健なる外交を望むの旨を載せた書簡を送ったし、年明けたる一五〇二年三月には、無益なる戦争の開始はこの上無き愚行であるとラシェント*大使へ通告し抗議した。*而(しか)して今年の九月三十日にとうとう戦争は始まって了(しま)ったのである、*然(さ)れば奚(なん)ぞ我ら戦禍を避くるべけんや、否、否、回避は最早遅きに失してゐるのである。若(も)し我らが奴ら百万の兵に敗れレイトガイジェンの地がラシェントの手に落つれば、想像を絶する*地獄が訪れるのである。

 成程レイトガイジェンの兵力はラシェントと比較すれば明らかに僅少であらう、而して我々はレイトガイジェン単騎の力をして戦ひを成し遂げるのではなく、悪魔なる先兵の手を挫かんと共に蹶起する数百万の*イェッタリン、テリイエーレ、ブエシェニン、ヴァイウリア、その他数え切れぬ程の幾多の人々と協力するのである。*苟(いやしく)も決断遅れればその分奴らは進撃する―― 一日遅れれば一日分を、一週間遅れれば一週間分を、一ヶ月遅れれば一ヶ月分を、その先に在る万物を蹂躙して来たるのである、ともすれば迷ひ倦(あぐ)ねてゐる内に此処へ到達して暴虐の限りを尽くすかも知れぬ。我ら武器を取り蹶起すべし――*然(しか)らずんば訪れるは畝を満たす同胞国民の血、敵軍の駐屯したる首都カンゲルヤーク、ラシェントの赤き旗のもと油に燃やさるる我らの*黒赤底三色旗の、在るまじき光景に違ひない。我々は恒(とこしへ)に自由たらん、その為に命を賭して死地へ赴くのである。周辺国の同志も共に行ふ我々の飽くなき努力あらば、*シェルランスにて興じ給ふ天の神々さへ我々に*憐憫(れんびん)の情を垂れられ、然らば我らの力は*縦(たと)ひ向ふ所敵無しと世に名声轟くラシェントの軍団であらうとも勇敢にして強大なる我ら連合軍を打破するには覚束なくして、我々は勝利の吉兆なる光を見るのである。自由といふ正義の力は必ずや我らを助く。若しラシェントの軍団が来たらば、彼らは我々の栄誉ある旗を引きずり下ろして血に染まりたる赤の旗を立て、国中を圧政の嵐で覆い尽くし、我が国の勇ましき益荒男(ますらを)達を奴隷せしめ、我が国の*操(みさお)固き淑女達をも*縦(ほしいまま)とし、忽(たちま)ち我が国は荒廃して百年は過去の名声を*恢復(かいふく)すること*能(あた)はざるに至るのである。戦争の回避は到底遅く、戦争は最早不可避の事象と成って了(しま)った。今でも已(すで)に*タイヤスにて轟々と鳴り渡る軍靴と砲弾の音が聞こえてゐるではないか、彼ら国民を束縛する鉄の鎖の軋む音が聞こえてゐるではないか。彼らを助けずして何とするのか!

 戦争を避けんと動く穏健なる者達よ、其の考へは平時ならば良きものであらう、然れども今は戦ひの時であり、理想を見た意見は最早棄てねばならぬ。平和は今や動かずして実現なく、*彼の皇帝は兵士をして中央ロイテンツの美しき大地と其処に住まふ人を蹂躙せしめてゐるのである、平和の余地は幾許も無く、油断すれば*一刹那(いっせつな)の内に焔(ほむら)で型作られたる颶風(ぐふう)がロイテンツを襲撃するのである。静寂たるは即ち自由を奪われ奴隷となる道なのだ、尊き自由を奴らに収奪せしめるな、縦ひ平和を雲散霧消せしめてでもロイテンツの栄誉と自由は護られねばならぬ。

 諸君よ動け。勇みて行け。*龍土踏まずんば珠玉を得ずと言ふ通りである、敵は大いなるラシェントの大軍団である、而して我々にはシェルランスの神々が随伴するのだ、奚ぞ戦ひを恐れんや!

註釈

・能(よ)く~する……「~できる」の意。

・蓋(けだ)し……「私が思うに」の意。

・外交部……現在の外務省。1550年までレイトガイジェンは省庁制を採用していなかった。

・大使……我々の想像する大使館の大使ではなく、外交団の長に近い。

・而(しか)して……しかしながら。

然(さ)らば奚ぞ我ら戦禍を避けるべけんや……「そうであるから、どうして我々は戦禍を避けることができるだろうか、いや、できないのである。」の意味。

・地獄……レイトガイジェンや周辺地域で信仰されているルザーユ教における地獄(Okegs)。あらゆる責苦を受けるとされる。オケグス。

・イェッタリン、テリイエーレ、ブエシェニン、ヴァイウリア……いずれもレイトガイジェンの近隣にある国家。レーゲン語表記ではそれぞれ Jettalin, Telieele, Buexenin, Vaiwulia となる。

苟(いやしく)も……「もしも」の意。

・然(しか)らずんば……そうでなければ。

・黒赤底三色旗……レイトガイジェンの国旗。

・シェルランス……ルザーユ教における天国(Xerlans)。

・憐憫(れんびん)……哀れみ。

・縦ひ……たとえ。仮令。英語でいえば Even If 。

・操(みさお)……貞操。性的純潔。

・縦(ほしいまま)とする……思い通り勝手にやる。ここでは性的に陵辱すること。

・恢復……「回復」に同じ。

・能(あた)はざる……できない。

・タイヤス……ラシェントの隣国。テーヤス。

・彼の皇帝……当時のラシェントの皇帝であるハンツャイム帝。領土拡大主義であり、エークヴォデレ戦争を開いた。

・一刹那……一瞬。

・龍土踏まずんば珠玉を得ず……諺。「龍のいる地域(東方のこと)に行かなければ金銀財宝は得られない」、つまり「利益を得るには危険を冒さなければならない」という意味。日本語の「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と同じような意味である。