1.2 世界を付属させるか否か

 タイトルでは大見得を切って「世界」と言いましたが、要するに、人工言語に「文化」を付属させるか否かを決めましょう、ということです。

 人工言語が何らかの文化圏(国や地方、惑星など)で話されている言語である、という設定ならば、人工言語には文化が付属します。人工言語がナニカの世界で話されているのではない場合、人工言語に文化は付属しません。

 文化のない(薄い)人工言語には、例えばプログラミング言語(JavaScript, C言語, C++, Pythonなど)やロジバン、トキポナなどがあります。

 文化のある人工言語には、例えばアルカやリパライン語などがあります。私の作っているレーゲン語もそうです。また、エスペラントは自然言語をもとにして作られているので、文化があるといえるでしょう。

なぜここまで文化の付属を重要視するのか

 なぜ人工言語に文化を付属させるか否かを最初に決める必要があるかといえば、言語にとって文化は切っても切れないくらい結び付きが強いからです。言語が話されている地域の風土や気候、地形、生態系などが言語の語彙の精密さに影響を与えます。

 例えば「コメ」を考えてみましょう。日本語には植物の「稲」と精米された「米」を別の言葉で表します。これは、日本語が米食文化圏だからです。一方、近代まで米食がほとんどなかった文化圏に属する英語では、稲も米も同じ単語 rice で表されます。

 カウンターとして、英語のほうが詳しくモノを分類する例を見てみましょう。「牛」という動物を、英語では cow, ox, bull, calf, cattle, beef という細かい分類で表現できます。それぞれ、「乳牛(雌牛)」「去勢済みの雄牛」「去勢していない雄牛」「畜牛」「牛肉」という意味です。日本語では説明的に訳す必要のある言葉が、英語では短い単語一つで表現できます。これは、英語が話されていた地域(ヨーロッパ)で畜産が盛んだったからです。


 なお、文化が存在するならば、世界も存在します。よって、人工言語に文化を付属させるならば、必然的に世界も創ることになります。よって、ここからは「文化」を「世界」と置き換えて解説したいと思います。

世界のメリット・デメリット(本格的な人工言語を志す方へ)

※以下の解説は、本格的な言語作成の場合について述べています。そのため、簡便な人工言語を作りたい方は読み飛ばしてくださってかまいません。


 メリットは何よりも言語に深みが出ることです。「この〇〇という単語はXXXX年頃、△△語の★★という単語が借用されたことによる」とか「この言語が話されている地域は温帯気候なので、「雨」という言葉はこのように細かく分類される」といったことが書けるようになります。

 このメリットは何にも代えがたく、下記のデメリットがあってもなお余りあるほどに人工言語に良さを与えます。語源は人工言語の深みの一つです。一般に、人は(「私は」かもしれませんが……)理由を知りたがる生き物なので、存在している物事に理由が与えられていると嬉しくなるのです。世界設定は言語の諸々に理由を与えてくれます。

 一つ例を挙げてみましょう(書いてあることの理解は不要です)。

 私の作っているレーゲン語で「危ない」は "zeidom" といいます。これはもともと、古イェッタリン語の "zadomos(ザドモス山)" が元になっています。ザドモス山は活火山であり、頻繁に噴火していました。すなわち、ザドモス山は危ない山であるということです。そこで「危ない」は「ザドモス山のような」という言い方をされるようになりました。この言い方がやがて省略されて「ザドモス山な(zadomos)」という言い方になり、これがレーゲン語に訛った形で輸入されたのです。その結果、レーゲン語では「危ない」を zeidom というというわけです。

 何を言っているのか分からなかったと思いますが、とにかく、世界設定により生じる語源が言語にどれほどの説得力を与えるのか を体感していただければOKです。


 デメリットは、世界を作るのはとても面倒だということです。詳しくは別のページで解説しますが、世界を作るならば、例えばまず惑星の設定から決める必要があります(必ずしも惑星である必要はありません。超巨大な宇宙船やコロニーで話されているという設定でもOK)。本気でやる場合、物理学や地理学、あるいは数学など、少なくとも高校レベル(場合によっては大学レベル)の知識が必要です。

 惑星の大きさは? 重力は? 自転周期は? 公転周期は? プレートテクトニクスは? 気候設定は? 大陸は? 地形は? ……考えていけばキリがありません。 

 もちろんテキトーに作っても良いのですが、のちのち厳密にしたくなったときに困るので、最初からある程度は厳密に作っておくのが得です。

 惑星を設定し終わっても課題は山積です。その惑星の歴史はどうなっているのか。どんな人種、民族がいるのか。どんな宗教があるのか。どんな文化があるのか。どんな国家があるのか。文明レベルはいかほどか。魔法はあるのか。こちらでは歴史学や宗教学、経済学、政治学などの知識が必要になるでしょう。魔法があるなら、どんな魔法が使えるのか、どう魔法を使うのか、などなどの設定も要ります。

 最初から全部決めておく必要はありませんが、大雑把には決めておかないと後悔する可能性が高くなってきます。経験者からの忠告です。どうか耳に入れておいてください。


 メリットは何よりも、言語づくりが楽になるということです。面倒な世界設定を考える必要はありません。語源の設定も不要です。ひたすら、言語づくりだけに注力することができます。

 デメリットは1. の裏返しです。言語に深みが出ません。世界設定がない人工言語は、どうしても無機的な風味が出てしまいます。


 ただし、本格的に人工言語を創るなら世界を創るか否かにかかわらず、言語(語学と言語学)についての知識は必要になるということを覚悟してください。少なくとも二言語(例えば、日本語と英語)の知識を仕入れておきましょう。可能ならば三つ以上の言語の知識があれば万全です(例えば、ドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語、トルコ語など)