転石の楽しみ

岩波の広辞苑に拠りますと、転石とは " ① 岩盤から離れ、流木などに押し流されて丸くなった石。②  ころがっている石  「転石苔むさず」"  とあります。

河川の上流域において、風化・侵蝕された岩盤の一部が地震や大雨をきっかけに岩盤から切り離されて谷に下り、河川を流下する間に角を削られて丸くなった石で、「転石苔むさず」の引用通り常に水流に洗われ河川の岩や砂利とこすりあっているため表面にあまり汚れがなく美しいのが特徴です。

三重県北部にあっては、これらの転石の源は鈴鹿山脈や布引山地であり、そこを水源とする河川の上流域では、岩盤から崩れ落ちた石はまだ巨大な岩塊として谷にとどまり、時に人の背丈を軽く超えるほどの大きさを保っていたりします

2014年5月の御在所山・藤内小屋前の北谷 を埋める巨大な転石群。巨石の多くは2008年9月の豪雨で源流域より押し出されてきたものも多い。これほどの石になるともはや簡単には転がることがない

しかしこれほど巨大な石も、数十年~数百年に一度有るか無いかの大豪雨にあうと河川を下り中流域に達する頃には、砕かれて角を丸く削られた石にかわり、楽に拾えるサイズが殆どで大きくてもせいぜい人の頭ほどの石になります。中流域の握りこぶしほどの石であっても、普段の雨水で河床から動くことはほとんど無いようで、河川の氾濫が起きるような記録的な豪雨によって始めて河床から剥がされ下流へ転動してゆくようです。

そして下流域の伊勢湾河口につく頃には、石の大半は細かな砂利に砕屑されて、その一部は海岸に打ち上げられ伊勢湾沿岸の砂浜となります。それ以外は伊勢湾から海へと押し流され南海トラフで海溝に沈み込んで、一部は付加体となって陸地に再生しますが残りの多くは海溝から地球深部へと沈み込み、気の遠くなるような時間を経てマントルの深部へと落ち込んでゆくようです。

河口から伊勢湾へと押し出された砂利の一部は沿岸流によって陸に打ち上げられ伊勢湾西岸の砂浜を作る

鈴鹿山脈稜線部から伊勢湾岸迄の直線距離は20km程ですから河川の蛇行を考慮すると河川の平均距離は三重県北部にあっては30km前後ではないかと思われます。

上流域では人の背丈と比べられるほどもあった転石が、10kmほど下った中流域では手で楽に拾い集められる程の石に変わり、30kmも下った河口部ではほぼすべてが砂粒ほどにまで砕かれてしまう河川の破壊力・砕屑力と選別・淘汰の素晴らしさには舌を巻いてしまいますが、源流域の巨石が河口部の砂粒にまで砕屑されるのには数百年~数年あるいはそれ以上の遥かな歳月を必要とするのではないでしょうか。

石は少し削ってやったり、磨いてやったりして形を整えてやると、その辺の川に転がっていたありふれた石でも趣のあるものになる。模様も千差万別で楽しい

形や彩りの良い石であれば、拾ってきたそのままの姿でも楽しめるが、少し手を加えて座りを良くしたりすると一層見栄えがする

普通、河川で転石を楽に拾うことができるのは源流から20km程の中流域辺りまでで、それより下って河口に近づくと河床は石よりも砂で埋め尽くされます。

熊野市・獅子岩から紀宝町・梶ケ鼻 手前まで続く砂礫海岸・七里御浜。転石は熊野酸性岩を源とする流紋岩が殆で一部に熊野市北部・神川を産地とする那智黒(黒色頁岩)も交じるようです

しかし三重県南部、熊野灘沿岸部のように海のすぐ手前まで山地が迫り、河川の分水嶺まで10km程度しかない地域では、転石は砂になる以前に河口へ押し出されてしまい、海岸線が砂利で埋まる七里御浜のような特異な海岸が形成されます。

河川や海岸で目にすることが出来る転石は、その河川上流域の水系の何処からか下流まで流れ着いたもので、河川上流域の地盤を形成する岩石を自然がサンプリングしたものだと言うことが出来ます。つまり上流域に分け入って岩石を探さずとも河川が巧みにその水系の表層地盤に含まれる石を適度な大きさに加工して下流へ集めてくれている訳です。 

私の様に石ころに興味を持つ人間には誠に有難いことで、河川の適当な場所を探せば、大きさも手ごろで表面も磨かれた岩石のサンプルを簡単に手にすることが可能となります。

熊野灘・七里御浜の転石 太平洋に面した海岸は伊勢湾のような内湾に比べて一際波浪が強く、海岸の転石はどれも綺麗に円磨されていて美しい。色も模様も千差万別だ

こちらは土佐の高知・桂浜の転石。四国は基盤岩の種類の多さが日本一、それを反映して転石の種類も色も実に多彩だ

私の場合、以前から山歩きが好きだったので、方々の山へ出かけた折々にその流域河川で幾つか記念になる小石をひろって持ち帰っては楽しんでいました。石の形や色に引かれる場合もありますし、なによりその石がどんな種類で上流のどの辺りに源があるのか考えるのが楽しみでもありました。 

元のままの姿で見栄えのする石もありますが、やはり多少手を加えてやるほうが飾るにしても、実用にしても範囲が広がります。この様な転石の加工は石の研磨職人や石材アーティストから見れば児戯にも等しい行為ですが、研磨用のディスクグラインダーと砥石さえ買えば誰でも手軽に行えて、なにより対象が小さいだけに短時間で仕上がるのもありがたいことです。

石によっては磨いてやると、それまでの見かけとはまるで違った美しい姿に変わるものもあれば、逆に思いとは裏腹につまらぬ見栄えに変じてしまうものも有り、その意外さが、或いは石を加工する面白さとなっているのかもしれません。

石拾いへの法規制

ただし、河川や海岸における石の採取に関しては法による規制が存在します。まず河川における土石等の採取に関しては河川法第二十五条によって河川管理者の許可を受けることが義務付けられています。

河川法 第二十五条 河川区域内の土地において土石(砂を含む。以下同じ。)を採取しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。河川区域内の土地において土石以外の河川の産出物で政令で指定したものを採取しようとする者も、同様とする。

この規定は土建材として河川で大規模に砂利や礫や造園用の庭石を採取する業者による無秩序な河川の掘削、河床の改変を防ぐためのものです。河川に土砂が堆積すると川床が高くなるので国や地方自治体は定期的に多額の税金を使って河川やダムの土砂の除去を行いますから、個人が記念や標本用に数個の石を持ち帰るささやかな行為にまで目くじら立てる杓子定規なものと思えませんが、法規制のあることは十分理解しておくべきでしょう。

また海岸については海岸法によって海岸管理者の許可を受けることが義務付けられており、土石採取については第八条の一項がこれに当たります。

海岸保全区域における行為の制限)

第八条 海岸保全区域内において、次に掲げる行為をしようとする者は、主務省令で定めるところにより、海岸管理者の許可を受けなければならない。ただし、政令(施行令第2条に規定されており公共的工事などは許可対象外となっている)で定める行為については、この限りでない。

一 土石(砂を含む。以下同じ。)を採取すること。 

ここに言う海岸保全区域とは原則として満潮時の水際線から陸側50m、干潮時の水際線から海側50mの範囲です。

またその河川や海岸を含む地域が国立公園や国定公園などの自然公園に当たる場所では、公園法の規定によっても鉱物や土石の採取は禁止されています。ことに岩盤から石を割り取って持ち帰る鉱物マニアの行為などは環境破壊そのものであり誠に慎まねばなりません。

実際には手続きを踏んで土石の採取を行う場合でも、これらの法の下にさらに砂利採取法、採石法等関係法令や所轄する自治体の規則・条例等がありますから簡単なものではありません。

また七里御浜の様に地元業者が海岸の礫を採取して販売しているような場所では転石が地元の営利と直結しており僅かな石拾いも咎められる可能性が高いので注意が必要です。

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以下では鈴鹿山脈と布引山地における幾つかの河川について、そこで目にすることが出来る転石について書いて見ようと思います。最初はこの地域最大の一級河川・鈴鹿川です。

伊勢湾に注ぐ河川としては県の最北部を流れる木曽三川が最大河川ですが、その源流域は岐阜や長野の日本アルプスにまで及び三重県の河川とは言えないので、鈴鹿山脈や布引山地を源流域として下流で見ることのできる転石が三重県西部の山地の基盤岩となる河川を取り上げて行くつもりです。

このあたりで目にする転石をまとめてみるとおおむね次のようになります。

1:花崗岩  後期白亜紀・鈴鹿花崗岩

2:花崗閃緑岩・トーナル岩  後期白亜紀・加太花崗閃緑岩 

3:閃緑岩 後期白亜紀

4:斑糲岩 後期白亜紀

5:塩基性岩源変成岩 ( 緑色岩 ) 

6:砂泥質岩 ジュラ紀・白亜紀付加体

7:砂岩泥岩起源変成岩・片麻岩 ジュラ紀・白亜紀付加体源領家変成岩

8:石灰質砂岩泥岩起源変成岩

9:礫岩、砂岩 

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