火山の石-焼岳

山頂部の転石

先日、友人と長野の焼岳へ登山に行った娘が、山頂の石ころを幾つか拾ってきてくれました。焼岳は、松本・安曇野の西・北アルプス穂高連山の外れに位置する標高2455mの山で、3000m級の高峰が連なる北アルプスの中では標高が低くて日帰り登山ができるため、麓の上高地とともに登山者に人気の山です。

焼岳の山頂部 焼岳円頂丘溶岩。標高は2455mで穂高・槍・常念・笠ヶ岳など周囲の3000m級の山に比べるとかなり低い。左下にカルデラ湖がみえる。右手奥のピークは笠ヶ岳か

大正池から見た焼岳。本当の山頂は東側ピークの背後に隠れている。山腹斜面は中尾火砕流堆積物に覆われている。右手の鞍部は中尾峠

焼岳の登山道は上高地・田代橋より峠沢沿いに中尾峠を経て山頂に至るもの、南部の中の湯温泉より南陵沿いに山頂に至る中の湯・新中の湯ルート及び背後の中尾高原・新穂高温泉側より中尾峠経由の3ルートが一般的です。どのコースからでも日帰り登山可能なので登山初心者も多く訪れるようです。

焼岳は現役の活火山で山頂部からは現在も盛んに噴気を上げている

焼岳山頂部の石は火山活動の影響で様々な色を見せる。噴気孔の周りでは昇華した硫黄が結晶化している

しかし焼岳はその名が示すように現在も活動を続けている代表的な活火山の一つで、20世紀の初頭には頻繁に噴火や水蒸気爆発を繰り返し東京にまで火山灰を降らせました。上高地を代表する景勝地大正池は1915(大正4)の噴火により発生した土石流が梓川をせき止めて出来たものです。

[及川輝樹(2013)詳細火山データ集:焼岳火山群.日本の火山,産総研地質調査総合センター(https://gbank.gsj.jp/volcano/Act_Vol/yakedake//index8-1.html)]によりますと 、娘が石を拾ってきた山頂部の一帯(前掲の大正池からみた焼岳の写真では植生が失われた山頂部の焼岳円頂丘溶岩)は2300年前の溶岩ドームで、その下に広がるなだらかな裾野は溶岩ドーム崩壊に伴う火砕流・中尾火砕流堆積物によるものだそうです。

焼岳から見下ろした大正池。湖畔に見えるのは大正池ホテル

焼岳を中心とする火山活動は約三万年前頃からから活動を始め、今日の上高地があるのも噴火による土石流の流入によってせき止められた梓川に土砂が流入堆積して谷を埋め、河川沿いに平地をつくった結果だとのことです。

下の写真を見ますと、梓川の両側に谷筋が埋没して平原状に広がっている様子がよくわかります。

幸い現在は火山活動も沈静化している様子で登山も可能なのですが、過日の御嶽山突発噴火の例もありますから登るにはそれなりの注意と十分な情報収集が必要でしょう。

上高地は梓川が火山活動による土石流でせき止められ谷が埋まってできた埋没谷に生まれた

焼岳登山道のある山頂部の北峰西側山腹の噴気孔は、現在でも盛んに活動を続けています。娘が石を拾ったのもこの北峰の山頂部で、写真でも分かるように凝灰質で白っぽいもののほか黄・赤・緑・黒と色は多彩で、火山岩の特徴である斑晶がどの石にも見られます。

山頂の石。噴火状態の違い、その後の風化変色や凝灰質の砂泥の付着などにより様々な色を見せる

石の断面を見ると、どれも石基中に粗粒の斑晶がよく目立つ。中でも白っぽい斜長石が最も多い

山頂部の石には硫黄等を含む噴気の影響か白・黄・赤等に着色したものが見かけられますが、ルート上の石は灰色がかったものが多いそうで、全体に拾ってきたのと似たような石ばかりだったとのことです。

娘が登ったルートは中の湯温泉側の登山口から南稜沿いに山頂に至り、北側稜線上の焼岳小屋から峠沢沿いに上高地まで下り、上高地から登山口まで戻るもので、地質図Navi(シームレス地質図)で見ますとこのルートを含む山の殆どの部分が新生代第四紀・完新世の安山岩・玄武岩質安山岩 溶岩・火砕岩となっています。

この一帯は焼岳火山群と総称され、焼岳火山の他にアカンダナ火山・岩坪山火山・白谷山火山・割谷山火山からなり火山地形をほとんど残していない割谷山・白谷山火山の2つを旧期火山体、新鮮な火山地形を残す岩坪山火山・焼岳火山・アカンダナ火山を新期火山体とすることが五万分の一地質図幅 上高地に記載されています。

産業総研 五万分の一地質図幅 上高地 の焼岳火山群よりhttps://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_10045_1990_D.pdf

前掲 及川氏の「焼岳火山群」によりますと岩坪山火山及び割谷山火山他一部分の地域は完新世以前の約12万年前から7万年前の火山活動によるとのことで旧期火山群と呼称されています。産業総研のシームレス地質図でみますと焼岳火山群は茶色で色分けされた第四紀完新世火山岩として記載されています。

焼岳周辺地質図・茶色に塗られた部分は新生代第四紀完新世以降の火山岩で 焼岳火山の他にアカンダナ火山・岩坪山火山・白谷山火山・割谷山火山等からなる (産業総研・地質図Naviより)

焼岳周辺地質図・五万分の一地質図幅 上高地 では岩種の違いで火山岩が色分けされる(産業総研・地質図Naviより)

更に五万分の一地質図幅を見ると岩種の違いによって細分されていますが、この相違は噴火時期と堆積時期の相違と見てもほぼ間違いないと思います。焼岳火山として下図のように8種類の岩相が区別されており、これらは火砕流堆積物・火砕岩類・溶岩・土石流堆積物に大別されます。

焼岳の北東斜面から北西斜面にかけてはNP記載のある中尾火砕流堆積物に覆われた区域が広がっていますが、なぜか焼岳火山の範疇には含まれていません。崩落した土砂主体と考えてのことなのかもしれませんが焼岳火山由来のものには違いありません。

五万分の一地質図幅による焼岳火山岩の区分

娘が登ったルートでは最初に南陵のLsb:下堀沢溶岩から山頂手前でNp:中尾火砕流堆積物、山頂部のDy:焼岳円頂丘溶岩、帰路はNpをへてLn:中尾峠溶岩の焼岳小屋からLw:割谷山火山溶岩類、再びNpの分布域を経て上高地に下っています。Np中尾火砕流堆積物はDy円頂丘溶岩が崩落して出来たとのことですから、Lsb Dy Ln Lwと四種類の溶岩帯を歩いてきたようです。

このうち下堀沢溶岩・焼岳円頂丘溶岩・中尾峠溶岩の三種は焼岳火山に含まれますが、割谷山火山溶岩類は完新世以前約7万年前に活動した旧期の火山岩だそうです。

中でも、火口から地中のマグマが流れ出て固まった溶岩地帯が最も多く、安山岩-デイサイトとして記載されており場所によって輝石角閃石安山岩:Lh及びDy、角閃石輝石安山岩-デイサイト:Ln、黒雲母角閃石安山岩:Dy、カンラン石輝石安山岩:Lkuと含まれる鉱物種に若干差のあることがわかります。

娘が拾ってきたのは山頂部の焼岳円頂丘溶岩と呼ばれる部分で、輝石角閃石安山岩と記載されています。五万分の一地質図幅 上高地の焼岳火山岩類・焼岳円頂丘溶岩の記述では「岩相 灰色塊状のかんらん石含有黒雲母普通輝石紫蘇輝石角閃石安山岩で,斜長石と角閃石の粗粒斑晶(3-7 mm)及び黒雲母斑晶が目立ち(第XV図版),一般にほとんど発泡していないとあります。

及川氏による山頂部の焼岳円頂丘溶岩の記述は次のようです。

「溶岩は斑晶量,石基の色の異なる2種の岩石で形成され,複合溶岩流のような産状をなす.それらは,斜長石(3−15mm)角閃石(3−10mm)の粗粒斑晶の目立っ白一白灰色のものと,それよりやや粗粒な斑晶の少ない黒一灰色のものからなる. 両者が接する所は,縞状に入り混じる産状をなす.白色のものの方がやや発泡している,いずれの岩石も安山岩一デイサイト質で,斑晶量はAaである.層厚は山頂付近で確認されただけでも60m,ドームの比高を考えると最大400m程度はあると考えられる」

及川輝樹 焼岳火山群の地質-火山発達史と噴火様式の特徴-地質学雑誌 第108巻 第10号 2002年 より

焼岳火山群全体については 焼岳火山群は,粗粒な斜長石・角閃石 の目立つ斑状の黒灰~白灰色の火山岩で構成されます. いずれも斑晶として斜長石,角閃石,単斜輝石,斜方輝石,黒雲母を含み,かんらん石や石英を含むことがある複雑な斑晶組み合わせをもつ岩石です(及川,2002).しばしば,斑晶量の 異なる2種 類の火山岩からなる複合溶岩流を形成することもあります(焼岳円頂丘溶岩,下堀沢溶岩など).また,直径数~十数cm程度の苦鉄質包有物を含むのも特徴です.とのことです。

安山岩は伊豆や箱根の火山帯に多く見られ、日本を代表する火山岩です。しかし私が暮らす三重県津市では、西部に鈴鹿・布引の山地を控え、火成岩・変成岩・堆積岩と多様な石を見ることが出来ますが、山地を形成した領家花崗岩が花崗岩質(流紋岩質)ということもあって安山岩質の火山岩にお目にかかる機会は極稀です。

三重で目にする流紋岩質の火山岩では輝石を含むものは少なく、カンラン石に至ってはまず見つかりません。しかし先の記述よると、焼岳の安山岩は単斜輝石,斜方輝石を含みカンラン石を含むことも有るとのことなので、大いに興味を惹かれ早速娘のくれた石ころを2つ標本にしてみました。

表面は火山岩特有の変色を示しているが内部は新鮮で断面は塩基性岩特有の暗灰色を示す:焼岳円頂丘溶岩 標本A

火山灰に覆われて一見風化が進行しているようだが内部は新鮮。断面は暗赤褐色~暗灰青色:焼岳円頂丘溶岩 標本B

標本に選んだ石は、二種類で一番大きく中心部が緑がかって変質の少なそうな石と、白っぽい凝灰質の風化面に覆われた扁平な石の2つです。表面の色合いや形からかなり風化変質を被っている様子でしたが、どちらの石も表面を削り出してみると内部は新鮮な部分が残り塩基性岩に特徴的な暗灰色の端面を見せるようになりました。

二番目の石など、周りの凝灰質の風化面から想像すると内部まで風化変質が進んでいるように思われますが、切り口が最初の石にくらべると鉄分によるのかやや赤味を帯びる以外は、斑晶も痛みが少なく綺麗でした。私のこれまでの経験ですと表面風化のひどい火山岩は、内部の鉱物の変質も進んでいましたから、少なからず驚きました。

これは火山自体活動を始めたのが数万年前と若く、現在の焼岳山頂部の地形を形成したのはわずか2300年前の火山活動だとのことですから当然のことかもしれません。

[前出:及川輝樹 焼岳火山群 最新のマグマ噴火は約2300年前に焼岳火山で起きました.この噴火によって,現在,皆さんが上高地から望む焼岳の大部分,山頂部のごつごつした溶岩ドーム(焼岳円頂丘溶岩)とその周囲のなだらかな斜面 (中尾火砕流堆積物) がつくられたのです.]

これに対して私がよく知っている三重県の火山岩では、現在確認されている火山活動の年代は後期白亜紀から古第三紀暁新世の頃のものか、中新世後期・日本海拡大直後のものしか知られていません。5000万年以上も前か、若くとも1400万年も昔の石ですから、焼岳の石はその千分の一時も経ておらず、正に誕生したばかりなのです。

どちらの石も切口をルーペで覗くだけでも多数の斜長石の斑晶に混じって1~2mmの有色鉱物の斑晶が確認できます。下の写真の左下の鉱物は3~4mm大きさがあり角閃石のようですが切断のストレスで表面が傷んでいます。

焼岳円頂丘溶岩の分布域の転石A 石基の色が暗灰色で部分的にムラがある

焼岳円頂丘溶岩の分布域の転石B 石基の色はやや赤味がかった暗灰色で均質な感じ

綺麗な菱形の角閃石とみられる結晶や黒雲母のような結晶も目に付きます。この2つの標本で見る限り石基の色と状態に差が見られますが石の中の鉱物組み合わせはほぼ同じあるように思われます。

石基の状態の差については、先に上げた焼岳火山群によると焼岳円頂丘溶岩の特徴として「白-白灰色の溶岩と黒-灰色の二種類の溶岩の複合溶岩流で、両者が接するところでは縞状に入り混じる産状をなす」とありますから溶岩流の違いによるものかもしれません。

確かにAでは左右方向に縞状配列が見られます(源岩の写真によく出ています)が例え同種の溶岩であったとしても流動して固結する過程の違いで全く異なった顔を見せますから、岩体から切り離された転石だけからはなんともいえません。

娘が拾った石の中には「斜長石(3−15mm)角閃石(3−10mm)の粗粒斑晶の目立っ白一白灰色のもの」と記載のあるものに近いような石が混じっていましたので以下にそれを上げておきます。

焼岳円頂丘溶岩 標本C

焼岳円頂丘溶岩C 拡大すると有色鉱物も見当たらず、見た目はとても塩基性岩のものと思えない表面をしている。

この白っぽい石は拡大してルーペで見ても、私には白と赤味がかった長石以外明確な鉱物の結晶が分かりません。菱形や長柱形の結晶がありますが角閃石や輝石でしょうか変質が激しい様子で今ひとつはっきりと分からないので、後に薄片化して鏡下観察することにしました。

石の表面は一見石英を思わせるガラス質の鉱物で覆われています。沸石の仲間かとも思いましたがやけに脆いので破片を砕いて鏡下観察してみたところ、こちらは火山灰が固結した火山ガラスの集合体だとわかりました。

表面の白色結晶状鉱物の削片の外光による写真

クロスニコルでは非結晶質の火山ガラス集合体で全く光を透過しない

薄片化するため石の表面を研磨してルーペ観察してみたところ、左右に伸びる流状の縞が見られ鉱物もその方向に縞状配列している様子です。

Cの研磨面拡大。白色の長石以外の鉱物は乳白色~乳褐色の粘土鉱物に変質している様子

よく見ると一見結晶化しているように見える石の内部はほぼ非結晶質の鉱物に置き換わっており、その外形から変質する以前は斜長石や角閃石、輝石であったと思われる結晶も乳白色~乳褐色の不透明鉱物に変質しています。

詳しいことは分かりませんが、溶岩と硫黄分の多い酸性の熱水反応によって溶岩中の鉱物が粘土鉱物に変質したらしく、これを見ますと固結した時期が若いからと行って変質が少ないとは言えないようです。

さて、先のA,Bの標本に戻って研磨面を20✕のルーペで拡大すると、円柱状の輝石らしい鉱物が多数確認できますが1mm以下の小さい結晶ばかりで、この状態ではとても輝石と確証ができませんので、これ以降は顕微鏡を使って見てみることにします。

顕微鏡による鉱物の種類の判定は、結晶の形・透過色(多色性)・干渉色・劈開線・消光角・結晶の輪郭線(屈折率)・軸色などから総合的に判断して行いますが、経験が必要でなかなかに難しく、鉱物によっては私のような素人にはかなりハードルの高い作業になります。

顕微鏡による岩石薄片の観察は、標本の上下に偏光板を組み込み、標本が乗るステージを回転させて色の変化を見ます。これは低倍率の実体顕微鏡でも高倍率の顕微鏡でも変わりありません

例えば輝石と斜長石の斑晶は共に無色透明で長柱形をしており、ことに斜方輝石では干渉色も低くて灰色から淡褐色、結晶軸の向きによっては少し厚みを持った斜長石の淡黄色に似た色を示します。

一方斜長石ではもっと干渉色は低く、標本が正規の厚み(0.03mm)であればほとんど色が出ません。白から灰色です。これだけ見ると斜長石と輝石を干渉色で見分けるのは苦労しないように思えます。

しかし厄介なのは干渉色が標本厚でいかようにも変化するし、標本の切り出し角度(結晶軸に対して)によっても同様に色が無色へと変化します。切り出し角度などは全く偶然に支配されますから色によって結晶種別の判別を行うのにその色が出なくなってしまうのではたまりません。

上の写真は共に斜方輝石で普通黄褐色~淡黄色の干渉色をみせるが、中には後の写真中央のように全く色が出ない場合もある。こうなると左右にある小さい長柱状の斜長石結晶と非常に紛らわしい

識別は斜長石が斜消光を示すのに対して輝石は直消光であることと輝石の方が斜長石よりも屈折率が高いので輪郭線がくっきりと出でることで見分けられます。

上は対角位にある斜方輝石でXPLでは最も明るい干渉色を示すステージ位置だが切り出し角のため殆ど無色

消光位にある斜方輝石。XPLで消光位が結晶の成長方向と偏光軸が同一方向となる直消光を示す

しかし輝石と角閃石など複屈折や屈折率がよく似た透明鉱物では非常に紛らわしくなります。今回作った薄片の中でも、結晶の成長方向の確認が困難な微小な角閃石と輝石の結晶には識別の難しいものがあります。さらに同族の鉱物で僅かに干渉色や屈折率が違うだけの場合、例えば同族の角閃石同士の識別など私には全くできません。

こんな場合、大抵は石の産地に応じてその地の岩石に含まれる主要な鉱物が地質図幅や専門の研究者によって調査報告されていますから、それを頼りに推測することとなります。科学による物質の同定とは本来定性的・定量的に対象を把握しておこなうものですから、このやり方はかなり非科学的なものです。

しかし偏光顕微鏡のみによる鉱物の同定は、本来経験と感がものをいう分野で、科学というよりは職人的な技能です。顕微鏡を屈指した記載岩石学が隆盛を極めたのは一世紀近くも前の話ですし、質量分析器のように資料の定性的(どんな物質か)・定量的(どのような割合で含まれているか)測定が可能で、鉱物の種類を正確に同定できるものではありませんから、私のような素人にはやむを得ない面もあり、覗いて楽しければそれで良いということにしています。

偏光顕微鏡は、標本を2つの偏光板の間に挟むことによって、標本を構成する個々の鉱物結晶の微細な結晶構造の差が複屈折による干渉光としてあらわれ、通常光では透明にしか見えない鉱物の内部構造の違いを様々な色彩の変化で観察できるようになります。

実体顕微鏡に実装した下部ニコル(偏光板)と上部ニコル。偏光板はカメラのPLフィルターを流用

双眼顕微鏡に実装した下部ニコル(偏光板)と上部ニコル。偏光板はカメラのPLフィルターを流用

標本を挟む2つの偏光板の偏光方向を同じにした時をPPL(Plane Polarized Light) 偏光方向を直交させた時をXPL( Crossed Polarized Light )と呼びます。

PPLでの観察は、通常の自然光による透過光観察に近いものですが、XPLでは資料がガラスのように非結晶質であると全く光を透過せず視野は暗黒になります。

資料が結晶質で透過性があれば、透過光は結晶構造に応じて微妙な複屈折をうけ、干渉によって生じた様々な色の光が観察されます。この光の色合によって結晶構造の差を見ることができるのです。

選んだ2つの石から作った薄片標本は次のようなものです。最初のものは、研磨の最終工程で脱落した鉱物結晶によって標本面に多数の傷が入ってしまいましたし、後のものは少し研磨しすぎて鉱物の脱落が多くなり標本厚も0.03mmより薄くなってどちらもあまり良い出来ではありませんが、偏光顕微鏡による鉱物の確認には十分に使用できます。

焼岳円頂丘溶岩 の薄片写真

標本A

まず最初の石Aの標本写真は以下のようなものです。視野は約25mm✕17mmで、左の写真は透過光、右は下に黒い紙を敷き、標本面の散乱光で撮しています。透過光では透明鉱物の透明度が高いほど明るく写り、散乱光では逆に暗く写ります。

透明鉱物は殆ど斜長石。黒~褐色にみえる黒雲母、緑がかった角閃石などが判別できる。有色鉱物の大きな斑晶は研磨の過程でかなり剥がれてしまった

研磨した標本面をルーペで拡大してもある程度鉱物の識別はできますが、やはり偏光板を透して見るのとでは得られる情報量に差が出ます。以下が偏光顕微鏡の写真ですが研磨が悪くて傷や剥離が多い状態です。どれも最初がオープンニコルPPL、後がクロスニコルXPL 。最初の四枚の視野は約10mm✕6.7mmです。

PPLで黒から茶色に出ているのは黒雲母。XPLでは茶色から緑の濃い複屈折を示し多数の劈開線が特徴

雲母と共に大きな斑晶の角閃石の多くが剥離している。PPLでは緑がかった褐色、複屈折は黄色から緑

五万分の1地質図幅の図版や専門の標本製作者の作るものと比較すすると誠におそまつな出来で情けなくなりますがそこはアマチュア、ありあわせの工具と材料で削り出してしまうので贅沢は言えません。何より顕微鏡で透過観察できるようになるのは楽しいものです。

ことに斜長石・角閃石・黒雲母の大きな斑晶は直接ルーペで見ても識別できますが輝石は小さい結晶が多いので顕微鏡が力を発揮します。偏光板で干渉色を出してみると透明の結晶のなかにもたくさん黄色の輝石が混じっているのが確認できます。以下の鏡下写真の視野は約3.3mm✕2.2mmです。

菱形の劈開線を見せる角閃石。PPLでは淡緑~淡褐色 XPLでは青色~黄色に透過色の緑がかかってみえる

左端は黒雲母。中央部3個の長柱形結晶は斜方輝石。XPLでは黄色だが色が抜けた。中央のは消光位で色は出ない

XPLで黄色の右端の長柱形結晶は斜方輝石。右青~赤の干渉色は単斜輝石。それぞれ最も明るい位置にある

中央右上・中央下の菱形及び右下の長柱形結晶は共に斜方輝石だが干渉色を示さず白く写っている

焼岳円頂丘溶岩の特徴として粗粒な斜長石と角閃石の目立つ斑晶とありましたが、この標本には結構大きい黒雲母の斑晶が入っていますし、小さいながら多数の輝石(主に斜方輝石)が確認できます。黒雲母の割合が結構多いことから、あるいは焼岳円頂丘溶岩の下位に分布する黒雲母角閃石安山岩と記載された下堀沢溶岩なのかもしれません。

確かに岩体から直接割り採った標本ではなく、転石ですから異地性の石が混じっていても不思議はありませんが五万分の一地質図幅 上高地の記載では焼岳円頂丘溶岩は「灰色塊状のかんらん石含有黒雲母普通輝石紫蘇輝石角閃石安山岩で,斜長石と角閃石の粗粒斑晶(3-7 mm)及び黒雲母斑晶が目立つ」とあり標本の特徴ともよく合いますから焼岳円頂丘溶岩からのサンプルと見ても間違いないようです。

地質図幅に記載されている普通輝石(単斜輝石)は紫蘇輝石(斜方輝石)に比べると遥かに少なく、結晶形も砂粒状で干渉色が不均一なものしか確認できません。

左は対角位にある単斜輝石、右中央では同じ輝石が約45°の消光位にある。単斜輝石は鮮やかな干渉色をみせるが高温で形成された斜方輝石より変質しやすいようで綺麗な自形結晶をみせるものはみられない

標本を見る限りではカンラン石や石英は見当たりませんでした。また私の器具では識別不能な不透明の黒色物質が結構混じっています。

標本B

Bは次のようなものです。A同様に視野は約25mm✕17mmで、左の写真は透過光、右は標本面の散乱光で撮しています。結晶の粒度はあまりAと変わらないようですが、石基は緻密です。脱落部分が多いのが難です。

B:Aの標本に比べて石基部分が赤味を帯び色も暗い。

以下が偏光顕微鏡の写真です。どれも最初がオープンニコルPPL、後がクロスニコルXPL 。以下8枚の視野は約10mm✕6.7mmです。こちらの標本のほうが斜方輝石の斑晶がたくさん目に付きます。

B:上写真 右端の上に黒雲母が見えるが全体に黒雲母は少ない。右端下には異質岩片①とみられる結晶集合部がある

B:上写真 中央左の菱形は剥離した角閃石。その左上に閃緑岩か?異質岩片②らしい結晶集合

B:上写真 XPLで黄色い小さな斑晶は大抵斜方輝石(紫蘇輝石) 単斜輝石は小さく殆ど見られない

Aに比べると黒雲母の割合が少なく、ことに1mmを超える黒雲母の斑晶は一番上の写真の右上みられるものだけで小さな欠片が散在するばかりです。また角閃石は変質しているものが結構あります。興味深いのは上の写真の2箇所に溶岩のマグマから直接晶出したとは思えない異質岩片状の部分が有ることです。

噴火の際地下にあるマグマは火道に沿って上昇し火口から溶岩流を噴出させますが、この過程で火道の周囲に有る岩石をマグマに取り込む事があります。このような石は捕獲岩(ゼノリス)と呼ばれますが、もし写真にある異質片がこのようにして取り込まれたものであるならば、その岩相は源岩のあった火道周辺の岩石に等しい訳です。

現在焼岳周辺は第四紀更新世後期以降に堆積した火山岩で覆われていますが異質岩片をみれば下位の岩相が分かることになります。

B:異質岩片①

異質岩片①の周辺を拡大した写真は次のようです。どうも岩片にしては輪郭線が不規則で、石基が微妙に結晶集合体の内部までいりこんでいます。写真の視野は約3.3mm✕2.2mmです。

中央より左下の一角は細粒の閃緑岩を思わせますが、斜長石が過半をしめ有色鉱物が殆ど見られません。その代りに中央左上には細かく破砕された角閃石の集合体のような円形の気味の悪い鉱物があります。この部分を少し拡大したものが下の写真です。

XPLで見ると円形の内部の鉱物は蜂の巣状の変質を受けて形を変えたように見受けられますが、果たしてこれらの部分がどうしてできたものか私には不明です。

B:異質岩片②

次は異質岩片②です。以下2枚の写真の視野は約3.3mm✕2.2mmです。こちらは細粒の斜長石と角閃石・輝石・不透明鉱物のほぼ同サイズの結晶の集合体状ですが、こちらも岩片にしては輪郭線が不明瞭で石基が不規則に岩片内部に入り込んでおり岩片が集合離散途上にでも有るような印象を与えます。

B:異質岩片 一部結晶の剥離が有るが斜長石・輝石・角閃石・不透明鉱物の集合が分かる

果たしてどのような過程でこの結晶の集合部ができたのでしょうか。火成岩や変成岩の内部に、周囲とは全く異なった組織をもつ鉱物集合体ができることがあり、シンプレクタイト組織と呼ばれていますが、そんなものでもなさそうです。当初は異質岩片と見ていたのですがその形を見るにつけ、私には良くわからなくなりました。

それ以外の鉱物は標本Aと大差がないように見受けられます。長石は累帯構造を見せますが、同時に綺麗な双晶を示します。ときに波動消光に似た不規則な消光も見られますが剥離部分も多くて紛らわしいです。

標本C

先の異質片状の部分が気になったので同じ石からもう一枚標本を削ってみました。削り出した面をルーペで確認しながら捕獲岩状の部分がないか確認しながらそれらしいものを含む部分を探し出し標本Cとしました。下の写真のサイズは約40mm✕27mmです

C:中央上部右に閃緑岩状の異質岩片がみられる標本C 斜長石中に多数の有色鉱物を含み周辺の鉱物とは見かけも違う

C:閃緑岩状の異質岩片の拡大 斜長石中に多数の有色鉱物を含み周辺の鉱物とは見かけも違う

C: 石基を除いた白色鉱物と有色鉱物の斑晶の比は3:2程度、色指数では苦鉄質岩で異質岩片とよく似ている

C:捕獲岩状の部分 以下2枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm

捕獲岩状の角閃石閃緑岩、これは全体の輪郭も明瞭で有色鉱物は角閃石で輝石は存在しない模様です。

C:等粒の有色鉱物がよく分かる部分を更に拡大してみます。写真の視野は約3.3mm✕2.2mmです。

拡大してみると輪郭のくっきりとした粒状鉱物は角閃石ではなく破砕された斜方輝石のようです。結晶の方向がはっきりせず斜消光のように見え単斜輝石とも思えますが干渉色が暗いので斜方輝石でしょうか。

火道内部の異なった形成環境で作られた岩片か、あるいは何らかの要因でこの部分に結晶が集合したものか、いずれにせよドームの岩には閃緑岩状の異質岩片を含むことがはっきりしました。

火道周辺にあったもともとの基盤岩起源の捕獲岩なのか、あるいはマグマと同じ様な成分ですから火道の深部でマグマから結晶分化して周囲の岩盤上に晶出していたものが火山活動の激化によって剥ぎ取られ地上にもたらされたのかもしれません。

これ以上のことを知ろうとすると、岩石や鉱物の組成分析が不可欠となり分析機器や解析手法は到底私のような素人の手におえるものではなくなるので、このあたりで止めておきます。

石の標本作りは、私には屋外であまり活動できない冬期の趣味の一つですが石の標本を覗いていると、上に書いたこと以外にも様々に興味深いことが目につきますから、いずれにせよまことに面白く楽しいものです。

標本にするため岩片を薄くカットしてガラスに貼り付け光が透過する厚みまでに研磨するのが大変ですが、上手くゆけば標本を偏光顕微鏡下で観察すると驚くほどに美しく繊細な世界を覗き見ることが出来ます。

慣れれば石の切断や研磨も家庭用のディスクグラインダーなどで何とか出来ますし、切断・研磨に用いるダイヤモンドディスクも中華通販で結構品質の良いものが極めて安く手に入ります。何よりも国内通販に比べて圧倒的に品数が多くて、製品もピンからキリまで予算に応じて選べますから大して費用もかかりません。

プラスティック製の偏光板はとても安く手に入りますし、顕微鏡も中華通販で中国製の様々な種類のものが極めて安価に手に入るようになりましたから偏光顕微鏡といっても工作好きの方であれば割と簡単に性能の良いものを制作することのできる時代になったと思います。多くの方が岩石標本のマニアになることを願います。

最初に戻る