たまむし

玉虫

お盆も過ぎ、八月もそろそろ終りに近づいた頃、雨上がりに明小へ続くいつもの散歩道で玉虫を見つけた。

廃田の真中に茂った榎の梢からゆったりと飛び立ち、葛の茂みの上を旋回した後に、葛の葉の上に着陸したのだ。このあたりでは、20年近くの間、姿は見ても玉虫を捕らえた記憶がなく、希少種ともいえる虫だったから、なんとか間近で見てみたいものだと1m近い葛を掻き分けて着陸地点に入ってみたら、葛の茂みで相手を見つけた。

その時写したのが上の写真だ。タマムシを捕まえるのは思いのほか難しい。飛翔力の強い虫で近づくとすぐに飛び立ってしまう。この時も捕まえる自信がなかったからまず記念にと写真を撮った。

夏も終わりに近づいていて、気温が下がり虫の活動力が落ちていたせいだろう。幸運なことにその後で、私は虫を捕まえることが出来た。自宅に持ち帰り、写真を撮って次女に自慢した後、空に放してやった。下の写真はそのとき自宅の庭で写したもので、緑と赤の金属光沢がまことに美しい固体だった。

長男がまだ小さかった頃、私は仕事の関係で、県内の各地を車で行き来していたため、初夏のころになると、あちこちで玉虫を見た。なかでも桜の古木が多く植えられていた、宮川河川敷では、桜のあいだに生えていた樹高数mの榎の若木に、面白いように玉虫が集まり、一時間ほどのあいだに8匹もの固体を捉えたおぼえがある。

多数を捕らえてみて分かるのは、彼らも、カブトムシほどではないにせよ、個体間の大小差がかなりあるし、その光沢も、赤味の強いものから、緑地が強く、全体に青みががってあまり冴えた色合いではないものと色々だ。虫の世界も人間同様、美人から不美人まで、さまざまな顔が存在する。

今回の固体は緑と赤の配色も美しい明らかに美人に入るもので、久しぶりに見た玉虫に、次女とともに感動に浸った1日だった。

子供の頃、昆虫少年にとって、玉虫は憧れの的であった。半開きにした上翅を陽光に煌かせて、木々のあいだを悠然と旋回ている姿に出会うと、なんとしても捕らえたいと意気込んで後を追うのだが、きまって子供の背丈の遠く及ばない高木の梢に止まるか、木々の樹幹の上を舞いながら何処かへ姿を消してしまうかどちらかで、まず捕らえることが出来ない。

種としては、何処にでもみられる普通種で沢山いるのだが、普通樹高の高い榎の樹冠付近を飛び回って地上近くに降りることがないから見かけることも子供たちに捕まることもあまりない。

そのくせ地上近くにかけられている蜘蛛の巣には不思議と捕まってしまい、私が子供の頃、間近で見た玉虫のほとんどは、蜘蛛の巣に絡められて無残な屍骸になった姿であつた。

蜘蛛の消化液で溶かされ体がばらばらになった哀れな姿を見る度に、あれほどの高みを悠々と飛べる虫が何でまたこんな低いところでやくざな蜘蛛ごときに捕らえられるのかと、まことに腹立たしい思いにかられたものである。

先に書いた玉虫にも、後日談がある。四日後に同じ道を散歩していて、先の榎の木から100mたらずのところで、当の玉虫がジョロウグモの巣にかかっているのを発見したのだ。

榎の梢の下で車に轢かれていた個体。ツガイで枝に止まっていた所、車高の高い車と接触して轢かれたようだ。

蜘蛛の巣にかかって死んでいた個体。虫の死もいろいろだ。

巣から剥がして虫を取りだしたが、まだ靭帯は溶かされておらず、触覚と脚の先端が幾つかちぎれたのみで回収できた。鞘翅の光沢も、先日撮影したものとそっくりだったし、大きさも同程度だったから、同一固体かもしれない。

この辺りでは、殆ど見ることのない虫だっただけに、この結末はまことにあっけなく悲しいもので、子供の頃に憶えた苛立ちをまたまた味会わねばならぬ破目になってしまったのだった。このなきがらは、今も私のパソコンデスクの片隅で、静かに眠っている。

上の文を書いて二年後2008年の夏に、この話に更なる後後日談を追加できた。

7月20日太陽の傾きかけた午後四時前に、犬を連れて件の榎を観察しながらの散歩途中で再び玉虫を見つけたのだ。榎は この二年の間に更に大きく成長し、この荒地の中でも一番目立った存在になったが、その梢に何匹もの玉虫が飛び回っているのだ。

この木は昨年も夏場になるとよく注意していたが一度も玉虫の姿を目にしたことはなかった。 しかるに今年は、なんと言うことだろう。肌を焼く日射をこらえて、しばらく見ていると、梢のあちこちから次々に玉虫が飛び立っては、再び榎の梢葉に戻る姿が見られるのだ。

時には同時に3匹の固体が樹上を舞う場合もあり、この木全体には、たぶん数十匹の玉虫が居るのではないかと思う。

彼らの飛行を見ていると、玉虫がいかに太陽を好む昆虫であるか良くわかる。彼らは、常に良く日のあたる南向きの梢の葉から飛び立ち、しばらく榎の周囲を旋回すると、すぐにまた日当たりのよい南向きの葉に止まる。

飛行中も日当たりの悪い北側の梢にはあまり近寄らず北側の葉に止まることはまずない。太陽が西に傾いて榎の樹冠に日が射さなくなると飛行を止めてしまい姿を見せない。

まさに玉虫は、その鮮やかな色彩が連想させるように熱帯系の太陽が大好きな昆虫で、真夏の炎天下に直射日光もいとわず観察しなければ、彼らの姿を目にする事はかなわないのだ。

たぶんこの木には、昨年もある程度の数の玉虫が集っていたのではないかと思う。私がこの木の側を通るのは、朝夕に犬の散歩がてらの運動であり、日の高い日中に出ることはまずない。そのためにこれまでその存在に気付かずに居たのだろうか。

今年は自宅の間近かで再び彼らの姿を目にすることができ、満足な夏であつたがさて来年はどんなものであろう(2012年の夏にはこの木に集まるタマムシも少なくなった)

日本産タマムシにはこのほかにウバタマムシと云う地味な種類がいる。幼虫は枯松を食害し、成虫は5月すぎから姿を見せて松の木が多かった子供の頃は木製の電柱に止まっているのをよく見かけた。

数が多かったから捕まえることも簡単であまり捕獲意欲は湧かなかったが、近年では周囲から松の木もだんだん姿を消しタマムシよりも見るのが難しい。そんな訳で今でも飛んでいるのを見るとついつい追いかけたくなる。

私の小2の折、父親が結核に罹ってしばらく三重大学病院の隔離病棟に入院していたことがあった。

容体が軽かったので、じきに面会できるようになったが、会いに行くと療養中の暇つぶしに、木彫りの額やブローチ等を拵えては、帰りがけ私たちに持たせた。私は父にせがんで、カブトムシを入れる大きな虫籠を拵えてもらった。

それが出来たと云うので取りに行くと、半円形の屋根に金網張りの30cm程の籠が病棟の軒下に置いてあり、その中には数十匹のウバタマムシと大型のコメツキムシ(サビキコリ)が多数入っている。

タマムシやコメツキムシが何匹も群れて捕まえられると言った話は聞いたことがなかったからこれには子供ながら大いに驚いた。

最近では、松が減少して、ウバタマムシを見つけるのは玉虫をより難しいほどだ。

当時大学病院は現在三重県警本部のある安濃川北岸にあった。隔離病棟は病院の敷地の東の外れに立てられており。その向こうは四天王寺の墓地へと続く山が迫っている。

父の話では、このタマムシは夏の炎暑をさけて山から飛んできて、病棟の板塀に大挙して止まっているのをやすやすと捕まえたのだと云う。 (今考えると、飛んできたと云うよりそこらにあった古材から大挙羽化したのではないかと思うのだが )

当時は小2の子供にとってもあまり魅力のある虫ではなかったから、そんなに嬉しいとも思わなかったが、ウバタマムシも条件を選べはカブトムシのように集団で捕まえられることに大いに感心した憶えがある。

法隆寺の国宝の「玉虫の厨子」には数千匹のタマムシの羽根を埋め込まれていると云うが、本物のタマムシの方も条件さえよければ集団で集まったところを一網打尽に出来たのだろうか。

ファーブル昆虫記の中に、レオン・デュフェールが観察したタマムシツチスガリの話が出てくる。彼等は小型のタマムシばかり狩る狩人バチで、何十年も昆虫採集を行なっているデュフォールさえ一度も見つけたことのないタマムシを短期間に何十匹もいともやすやすと巣穴に集めてしまう。

もし日本にもこの種の狩人バチがいて、タマムシばかり集めてくれたなら、彼等の巣から大量のタマムシを採集できるだろうが、日本のツチスガリは同族の小さなハチを獲物とする(キスジツチスガリは小型のゾウムシを狩る)その他の狩蜂もバッタや蜘蛛や青虫を狩る仲間ばかりでタマムシを捕まえて巣穴に貯めこむものはいない。

真夏に榎の梢を飛び回るタマムシはそう簡単に数を集められる昆虫ではないと思うが明日香の昔にはそのタマムシも沢山飛び回っていたのだろうか。

2008年のニュースで、玉虫の厨子の複製品を数万個の玉虫の翅を集めて拵えたことが報じられたけれど、この翅を調達した人たちはどんな手段を用いたのか知りたいものだ。

普段簡単には捕まらない虫だけに、集団になることがあるのなら一度は見てみたいものだと思う。

日本産玉虫に比べてジャワ、スマトラ辺りの熱帯産タマムシは熱帯産昆虫の例にもれず巨大で色鮮やかなやつが多い。

先日もBSで写真家の栗林さんがボルネオの熱帯林で昆虫撮影を行う番組をやっていたが、倒れたジャングルの巨木の周りに、次々に様々な大型種のタマムシが集まってきて驚かされた。

http://www.flickr.com/photos/charlestilford/3664640197/

日光を好む彼らは、普段は何十メートルもある熱帯雨林の樹冠付近に生息していて簡単に捕まる虫ではない。

ところがジャングルのなかで老木が倒れると、たちまち周囲のタマムシがそれをかぎつけて倒木の周りに集まってくると云う。たぶん現地の昆虫ハンターたちは、手ごろな樹を切り倒し、虫を誘き出しては捕獲して観光土産の標本を作っているのだろう。

上はネット販売で米国内$42で売られている東南アジア産のルリタマムシ。この仲間は色鮮やかで見栄えのするものが多いからお土産には最適のようだ。

実際、熱帯産タマムシの写真をネット検索して並べてみると本当に美しい個体が多いのに感動させられる。勝手に海外サイトの標本を引っ張り出して貼り付けるのはまことに心苦しいのだけれど、その美しさにめんじてお許し願いたい。