角閃石

中学の理科の教科書を見ると、岩石を構成する代表的な鉱物として、石英・長石・黒雲母・角閃石・輝石・カンラン石の5種類が上げられています。

この中でも最初の石英・長石・黒雲母の三種類は花崗岩を作る一般的鉱物であり、石の表面で観察しても結構見分けるのが簡単なため、多くの方にも馴染みのあるものだと思います。

ところがその後に続く三種類の有色鉱物 角閃石・輝石・カンラン石になると馴染みがない分、石の表面を眺めて簡単に識別することは難しくなり、言葉としての知識はあるけれどもその実物になるとどうも良くわからないと言う方が多いのではないでしょうか。

斯く言う私も、昔から石ころを眺めるのが好きな割に、今に至るも有色鉱物を自信を持って判別することが出来ません。私の暮らす鈴鹿山脈の周辺ではカンラン石や輝石の新鮮な結晶を多く含む石はあまり見られませんから、残る二種類 黒雲母と角閃石の区別さえ怪しい有り様です。

石英閃緑岩中の黒雲母結晶

黒雲母花崗閃緑岩中の黒雲母結晶

黒雲母はその表面光沢や形状から簡単に見分けられそうに思われますが、実際に色んな石でその産状を見比べると、他の有色鉱物と紛らわしい場合が多々あります。

では角閃石についてはどうでしょう。一般に角閃石や輝石と言っても正確には大変多くの種類を持つ鉱物のグループ名を指し、普段よく見かけるのは普通角閃石と普通輝石と呼ぶそうです。

角閃石を含む石は遠目に緑っぽく見えることから閃緑岩の名があるわけですが、黒雲母が優勢な石でも緑っぽく見えたりしますし、実際に石英閃緑岩や花崗閃緑岩の小さな黒い班晶の中からどれが角閃石だと問われるとまごついてしまいます。

しかし、そんな紛らわしい有色鉱物でも、産地や産状を選ぶと、一種類の鉱物が特定の石に集中して観察できる場合があり、このような所ではその鉱物が様々な比率で交じり合った石がその周辺に散らばっていることが多いので鉱物の識別が容易になります。

この石は有色鉱物の大半を角閃石が占める。中の鉱物も新鮮で美しい。

私が暮らしている鈴鹿山脈と布引山地の境界あたりは正にそのような場所の一つで、鈴鹿川や安濃川の上流部に分布する新領家花崗岩類は花崗岩の名がついていますが、有色鉱物の割合が多いトーナル岩・閃緑岩・斑レイ岩等の角閃石に富む石が多いのです。

どの様な理由でこの辺りに有色鉱物主体の苦鉄質岩脈が多いのかは分かりませんが、この辺りの川の転石には角閃岩を含む様々な岩相の石が散らばっていて角閃石がどんなものかを知るにはとても良い所です。

例えば石水渓へと至る安楽川の支流前田川の上流部 明星ヶ岳-雨引山一帯には、五万分の一地質図幅 亀山に詳細な記載がある斑レイ岩の岩脈が在ります。

前田川上流部。黒っぽい転石のほとんどは角閃石を含む

前田川の粗粒角閃石斑レイ岩露頭。角閃石の大きな斑晶を含み左下の長石中に晶出しているものは2-3cm近くある

 このため前田川から安楽川にかけての河原には角閃石斑レイ岩の転石が多く見られ、この辺りで黒っぽい斑晶のある石を拾い集めると、多分そのほとんどに角閃石の結晶が見られるはずです。

鈴鹿川河原の転石(小野川分岐点下流)

鈴鹿川では亀山駅西部の小野川と呼ぶ支流の上流水系も前田川同様、明星ヶ岳-雨引山一帯を水源としており、斑レイ岩を含む苦鉄質岩脈があるため小野川分流点下流の鈴鹿川の河原では角閃石に富む火成岩の転石が大量に見つかります。

安濃川の転石(北神山橋下流)

また安濃川上流部・錫杖ヶ岳の周辺にも同様の苦鉄質岩脈が何本も走っており安濃川本流から支流の笹子川・宝並川・北畑川・我賀浦川など、どれもその河原の転石には多数の苦鉄質火成岩が存在します。

錫杖湖周辺には角閃石を含まない花崗閃緑岩(Kf)中に角閃石に富む石英閃緑岩(Qd)が分布する。

五万分の一地質図幅 津西部地域の地質に依りますと、この一帯の基盤岩は角閃石を含まない岩相(Kf)の加太花崗閃緑岩類(主に黒雲母花崗閃緑岩-トーナル岩)よりなります。その西方には角閃石を含む岩相(Kh)の加太花崗閃緑岩類(粗粒角閃石黒雲母トーナル岩・花崗閃緑岩)の岩盤が存在します。

更にこれらの岩盤に、大量の角閃石を含む石英閃緑岩類(Qd)が脈状に分布しており、これが河川下流で見られる角閃石に富む転石の母岩となっています。

このためこの辺りで適当に場所を選ぶと、角閃石を大量に含む石からそうでない石まで様々な岩相の石を見つけることができ、角閃石がどの様な形で取り込まれているのか色々な石で観察する事ができます。

 また西南日本の深成岩(閃緑岩・花崗岩類)の大半を占める領家花崗岩類には、晶出温度の高い輝石があまり含まれていないので、加太花崗岩類・加太閃緑岩類に含まれる有色鉱物も専ら黒雲母と角閃石の二種類となり判別が楽です。

安濃川の河原で集めた有色鉱物に富む火成岩の転石。黒い班晶のほとんどは角閃石

上の写真は安濃川の北神山橋下流の河原で集めた転石です。石によって鉱物の形状がかなり違って見えますけれど黒っぽい斑晶の多くが角閃石ではないかと思います。その産状は大きく2つに別れ、斑晶が球状に集中して分布するものと細長い柱状の結晶をなすものとがあるようです。

柱状に成長した角閃石結晶を多く含む石

球状にまとまった角閃石の班晶を多く含む石。柱状部分はどの面にも見られない

これらの石はどれも有色鉱物を多く含み閃緑岩から斑レイ岩に属する仲間ですが、岩石の命名規則はその中に含まれる鉱物組成の割合(量比)に依って細かく定められているため私には正確な名称は分かりません。

転石の中には無色鉱物の割合が非常に少なく殆ど有色鉱物ばかりでできているものもありますし、斜長石を主体とした無色鉱物の中に5cm以上の角閃石柱状結晶が成長した苦鉄質岩ペグマタイトと呼べるような石も存在します。

ある程度大きな角閃石の結晶を含む石は、角閃石が露出した結晶表面に適当な角度で太陽光を当ててやると特徴的な反射光を返してその表面が光ります。先に上げた真っ黒な柱状結晶の場合は光り方も今ひとつですが斑状の結晶面を持つ転石では非常に鮮やかに光ります。

銀色に光っているのがカメラ方向に反射光を返している結晶面

黒雲母の場合は鏡状の平滑面が光を反射する。中央右の白い部分が反射面

黒雲母の場合は、劈開面が鏡面のように光を返すのですが、角閃石では劈開面ではない断口部であっても層状構造の部分が光を返すため、角閃石の斑晶を表面に持つ転石は、太陽との角度を適当に変えて見るとほぼすべての斑晶の表面を光らせることが出来ます。

転石表面の角閃石結晶面は太陽との角度さえ合えばその全てがキラキラ輝く

斑状結晶の光を返す結晶表面を拡大してみてみますと、反射面は黒雲母の場合のように平滑面ではなく、細い筋状の面が幾つも積み重なった階段状の結晶端面が光を一定方向に反射させていることが分かります。

これは、角閃石の劈開面角が124°と傾斜しているため、一方の劈開面にもう一方の劈開平面が階段上に積み重なって顔を出しているからだと思います。

結晶面の拡大写真。光を返す面は平滑ではなく、積層した薄い板状の端面で形成されている。

このため反射光には特有の艶が生じ、この独特の輝きが角閃石を見分けるポイントとなります。しかしこのような判別が可能なのは角閃石の結晶がある程度の大きさを持っている場合の話で、岩石に含まれる有色鉱物が小さい場合は見分けるハードルが一気に高くなります。

以下の写真は安濃川の同じ場所で拾った細粒・中粒の有色鉱物を含む、酸性岩から塩基性岩のほほ同一スケールの拡大写真ですけれど、この中の有色鉱物を一目で正しく判別出来る方は、かなりの経験と知識を持ってみえるのではないかと思います。

黒雲母花崗岩 有色鉱物のほとんどは黒雲母、僅かに角閃石を含む様です

黒雲母花崗閃緑岩 これも有色鉱物は殆どが黒雲母のように見えます

黒雲母花崗閃緑岩 これも有色鉱物の多くは黒雲母と思います

閃緑岩 有色鉱物の多くは角閃石で他に黒雲母。無色鉱物は斜長石と石英

見かけと異なり有色鉱物の多くは黒雲母。他は殆どが角閃石で僅かに輝石と金属鉱物が混じります。

含まれる有色鉱物の粒が小さくなると、どれもよく似た感じに見えてしまいその特徴の判別がしづらくなります。私の場合、眼視ではこれらの鉱物を識別できずルーペを用いて結晶部分を拡大して漸くおおまかな判断ができる状態です。

小さい鉱物の確認にはルーペが不可欠だ。左の接眼タイプが私の愛用

最後の石などは見た目が真っ黒で結晶が細かく、最初は角閃石の集合ではないかと思ったのですがルーペで覗いてみると有色鉱物は多くが黒雲母からなる火成岩でした。

 領家変成岩にはミグマタイト化して有色鉱物と無色鉱物が分離し、黒雲母が一箇所に集中した石も珍しく有りませんが、この石はその様な黒雲母主体の変成岩とも見かけは異なります。黒雲母のように一般的な鉱物でさえこの様に見分けにくい状態ですから、私のような素人にとって鉱物の判定は大変難しいものだと思います。

黒雲母も角閃石も断口面は層状をしているのですが、黒雲母の層理面は一枚一枚が大変に薄い層からなり、面が撓んでいたりするのでルーペを当てると見分けられます。ただし角閃石の結晶構造の間隙を埋めるように黒雲母が結晶していたりすると黒雲母・角閃石の境界が見分けにくくなります。

  場所によっては、黒雲母・角閃石と輝石と3つの有色鉱物の粒状結晶が含まれる花崗岩や閃緑岩が有ります。こうなると特に角閃石(普通角閃石)と輝石(普通輝石)は共に2方向に劈開を持ち、色も暗色で結晶面の感じも良く似ており、共存していると判別が難しいものです。

  この辺りですと、土山町の青土ダムの西側に青土トーナル岩と名付けられた花崗岩類(色指数15とありますから酸性岩)が分布しており、この石には黒雲母・角閃石・輝石の三種類の鉱物が同居しています。5万分の1地質図幅 亀山の記載に拠れば中粒単斜輝石角閃石黒雲母トーナル岩です。

青土トーナル岩。見た目断口面は新鮮だか有色鉱物の大半は変質している。

カリ長石をほとんど含まず石英・斜長石・有色鉱物よりなるトーナル岩ですが見た目は結構有色鉱物に富む感じで断口面は下の写真のように青黒い色をしています。この写真では断口部は割りと新鮮な感じがしますけれど、ルーペで覗いてみると有色鉱物はあらかた変質していてボロボロの状態で眼視で鉱物を判別するのは困難です。

五万分の一地質図幅の言葉を借りると「単斜輝石・角閃石は一部にレリクトとして存在するのみで、大部分は繊維状の淡緑色角閃石・緑泥石・黒雲母・炭酸塩鉱物の集合体によって交代されている」と言った状態です。

白亜紀末期から古第三紀の頃、高温のマグマが地殻に貫入した脈岩で、斜長石でもある程度の高温形成された曹灰長石(ラブラドライト)を含みます。カリ長石は僅かですが玻璃長石(サニディン)の組成を含むようです。

このため断口面をルーペで眺めると、透明感の強いガラス光沢の中に虹色の遊色を示す部分があります。全体に白色・透明の斜長石が主体で、その中に輝石と角閃石と黒雲母が複雑に混在します。

なるべく新鮮そうな部分を顕微鏡レンズで接写したのが次の図です。白色・透明の斜長石が優勢で灰色っぽい石英がそれに続き、それらの結晶間に角閃石(黒色)・単斜輝石?(暗緑色)・黒雲母(焦茶色)が見れます。褐簾石・ジルコン・その他金属鉱物も存在するようです。

写真の長辺約23mm・短辺15mm 無色鉱物も着色して見えるので鉱物の識別は難しいものです・・

暗緑色の部分は輝石と判断したのですが、角閃石でも緑から透明に近いものまでありますし、緑泥石も混じっているので確証は有りません。花崗岩のように構成する鉱物が全て結晶化した完晶質の岩石では、結晶の成長が周囲にある同種・異種の鉱物結晶に阻まれて自由な成長を遂げることが出来ず、その周りも他の結晶で覆われてしまうので自形の結晶を見つけにくく、目視判定も難しくなります。

「滋賀の火山岩」と言うタイトルのサイトを作った折に青土トーナル石の薄片を作りましたのでその一部を載せておきます。偏光鏡下でも鉱物の識別は複雑で困難です。

斜長石や石英内部に取り込まれた有色鉱物がかろうじて変成を免れて残存している

先に花崗岩質の岩石では輝石を含むことが稀だと書きましたが、これは花崗岩が低温マグマから作られるため、輝石やカンラン石のように1000℃以上の融点を持つ鉱物はマグマが高温な初期に既に晶出してしまい花崗岩質のマグマには残っていないためです。

逆に有色鉱物を大量に含む斑レイ岩の様な苦鉄質深成岩(Mn・Feに富む深成岩)は高温度の初期マグマから晶出する訳ですから苦鉄質深成岩の岩脈があれば、晶出温度の高い輝石を多く含む岩も存在します。

この辺りですと五万分の一地質図幅 津西部に記載された美里村(現美里町)南長野の単斜輝石ノーライト(ノーライトは斜方輝石を多く含む斑レイ岩)がそれに当たります。ここに記載されたポイントの南長野川下流で拾った石が次の写真です。

単斜輝石ノーライト。南長野川転石の断口部。中央部は何とか新鮮だが左や上部では風化が進み鉄分が酸化している。

暗緑色や黒褐色部が主に斜方輝石からなる結晶と思います。角閃石も輝石と斜長石の間隙に晶出していますが眼視で輝石と見分けるのは容易では有りません。また普通輝石も僅かに存在するようで、緑がかって透明度の高い部分がそうかと思うのですが確証は有りません。

中央部の拡大写真 縦横12mm×8mm 輝石結晶の断口面は拡大すると角閃石のそれとはかなり感じが異なります。

比較のために角閃石斑レイ岩の拡大写真を以下に載せます。こちらの有色鉱物は殆どが角閃石です。

こうして見ると劈開面の階段状の構造を見せる角閃石の方が緻密な印象ですが画面のスケールが少し違うので難しいところです  縦横16mm×11mm

安濃川上流の笹子川で拾った角閃石輝石斑糲岩(だとおもうのですが)もついでに載せておきます。こちらは普通輝石の結晶が大きくて殆ど輝石と斜長石からなるようです。

三重県に限らず、各地の領家花崗岩帯には、この様に苦鉄質に富む小岩帯が伴うことが知られていますが、その成因についてはまだ詳しく分かっていないようです。

上の写真の中央左部の拡大 縦横19mm×13mm こちらも部分的に角閃石が入っているように見受けます。

白い半透明の斜長石と暗緑・黒褐色の輝石の結晶が殆どですが、角閃石やと金属鉱物も混じっている様子です。

岩石中の鉱物をもう少しハッキリ同定するには、薄片標本を採って偏光顕微鏡でその光学的諸性質を観察すればかなり詳しく分かるのでしょうが、薄片を作る手間と、処理する必要のある情報量が増えることを考えると、経験がない者には高いハードルです。

光学顕微鏡の集光部と上部鏡筒内に43mmのカメラ用偏光板を組み込んだ手製簡易偏光顕微鏡。

眺めて楽しむだけの薄片であれば、割と簡単に作ることも出来ますが、鉱物同定用の標本となると、切片の厚みを0.03mmに研磨せねばならず、素人が手作業でこの厚さまで研磨すると切片が片減りした情けない標本になってしまうことが多いものです。

厚みを二倍以上確保すると作りやすいですが、厚みが増えた分、複屈折量が高くなってしまい、鑑賞する分には綺麗ですが鉱物同定の手引書に載っている色より遥かに鮮やかな色が出て多色性や干渉色の正しい観察ができません。

偏光顕微鏡での観察については倉敷市立自然史博物館のHPに非常に丁寧な記述があります。

http://www2.city.kurashiki.okayama.jp/musnat/geology/mineral-rock-sirabekata/mineral44/epx-mineral/henkoukenbikyou-koumoku/mineral-henkoukenbikyou.htm

しかしたとえ標本上で鉱物の同定が出来ても、実物でそれを見分けることはまた異なった作業なので、鉱物の鑑定眼を養うにはやはり経験を積み重ねる以外に無いようです。

よく角閃石と輝石の違いが、劈開面の交差角の違いで簡単に見分けられるような記述がなされていますけれど、岩石薄片の劈開線を鏡下観察した場合の話で、この場合でも劈開線が交差して見えるとは限らず、壁開線が一本であったり良くわからない場合も多くあります。

また交差して見える場合でも、結晶面の切片角度に依って劈開面の交差角は変化しますから単純に角度を測れば済むと言ったものでは有りません。

上は何方も閃緑岩の薄片写真(クロスニコル)です。 黄や青緑の色が付いているのは殆どが角閃石ですが交差した劈開線を見せるものは僅かです。

上の標本では方解石の様に斜めに交差する劈開線を見せる角閃石結晶を選んでみましたが劈開の不明瞭なものも多く判定の基準にはなりません

一般に石の産地や岩種に依って、その中に含まれる鉱物はかなり限定されますので、その情報でおおまかに判断する事が多いと思います。例えば晶出温度の高い輝石はマグマが固結する初期に結晶化して花崗岩中にはあまり含まれません。

逆に高温度のマグマが噴出して固結した安山岩中には、マグマ溜まり内で既に晶出していた輝石の班晶を多く含み、安山岩中に低融点の角閃石や黒雲母の結晶が見られることは少ないものです。例えば箱根火山の溶岩などは殆ど角閃石を含まず、有色鉱物は輝石がほとんどだそうです。

ただ岩石に含まれる鉱物種が多い場合には、一般的な鉱物の種類だけでも数十種類はあるので、それらの内から特定するとなるとむずかしいことになります。

例えば、この辺りでよくお目にかかる有色鉱物で角閃石に似ているものに、布引山地の領家変成岩中に多く見られる電気石(トルマリン)が有ります。圧電効果が強いため電気石と名付けられた鉱物で、笠取山の周辺では電気石が石墨と混在して産出します。

砂泥質岩(左端部)と上昇してきた白亜紀花崗岩の接触部分にベルト状に晶出した黒色の電気石

黒色電気石は見た目が角閃石の結晶とよく似ている。ただ白色鉱物は晶出温度の低い石英やカリ長石と共生していることが多く、斜長石主体の角閃石とは産状が異なる

先に上げた接触境界のミグマタイトの偏光顕微鏡写真。トルマリンは角閃石と輝石の中間程の高い干渉色を示し美しく色づいて見える

外国産の電気石(トルマリン)には美しい透過色彩を持つ宝石が沢山ありますが、笠取山の電気石は鉄やマグネシウムを含む黒色柱状の透明感の無い結晶を作り、変成岩中のミグマタイト層に出来る大きな結晶はその産状や結晶形、表面光沢等によって私にも見分けがつきますが、花崗岩中に点在する小さなものは、他の有色鉱物と紛らわしくて判別しずらいものです。

砂泥質領家変成岩の優黒部(メラノソーム)に晶出した電気石

現在、鉱物の種類は4000種以上もある様ですが、普通の岩石の中に見られるものはその数十分の一にも満たないと思われます。しかし複数の鉱物が混在(固溶体)していたり、不純物が混じっていたり、その晶出環境が異なったりすると、同じ鉱物でも見た目がすっかり変わってしまい素人には区別がつきません。

現在鉱物の正確な同定には、鏡下観察用の標本を制作して偏光顕微鏡で結晶の形態や光学的諸特性を観察する程度のことは最低でも求められますし、詳しくは質量分析器やX線解析装置やEPMAと言った高価な分析装置が必要とされます。

しかしこの分野の研究者や鉱物マニヤの中には、殆ど何の分析器具や装置も使わずに眼視でこれら膨大な種類の鉱物をかなり的確に判別される方もおられる様子で私などは本当に驚くばかりです。

変成岩中の角閃石

玄武岩のような苦鉄質岩がマグマの上昇に伴う高温(500~600℃前後)の熱変成を受けると主に角閃石と斜長石からなる岩石に変化し角閃石ホルンフェルス相と呼ばれます。

領家帯に属する鈴鹿山脈や布引山地の周囲には美濃・丹波帯の塩基性岩(玄武岩)が接触変成を受けたとみられる緑色岩(角閃岩)が見受けられます。一般に緑色岩中の角閃石は通常極めて小さい針状結晶をとることが多いのですが、中には角閃岩の結晶がある程度成長したものも存在します。

布引山地の笠取山を源流とする桂畑川の転石。ほぼすべてが斜長石(白色部分)と角閃石(緑色部分)の斑状結晶・一部は交代変成作用で変成鉱物に変わっている

薄片標本のクロスニコル(上)とオープンニコル(下)による写真。オープンニコルで緑掛かって写っている部分は角閃石、透過部分は斜長石

下は安濃川上流の我賀浦川転石の緑色岩(角閃岩)です。角閃石ホルンフェルス相でもより高温の変成を受けた様子で鏡下観察では角閃石中に干渉色の高い部分が多く見られくっきりした輪郭の単斜輝石も多く含んでいます。交代変成を受けているものか綠色部には高次偏光色のアクチノ閃石や透閃石などが存在するようです。

透明感の高い岩石でこの辺りではほとんど見かけたことのない質感を持つ。鏡下で黒い輪郭線が良く目立つ単斜輝石も多い

角閃石は普通角閃石よりも高次偏光色のカミントン閃石、アクチノ閃石や透閃石の様。白雲母の鮮やかな虹色偏光色も見られ源岩はある程度珪長質分の多い閃緑岩か

は亀山市関町の鈴鹿川転石の緑色岩(角閃岩)ですが交代変成作用が進み角閃石や斜長石の一部は緑泥石やタルクに変質しているようです。このような石が河川で見つかることから、過去には河川上流部の何処かに塩基性岩脈とその熱源となった火成岩マグマが接近して存在した訳ですが果たして源岩はどこにあったものなのでしょう。

角閃石の一部はブルーの偏光色をみせる針状の緑泥石に置き換わっている。また一部は角閃石族でもより高次の偏光色を見せるアクチノ閃石などに変質している

一般に緑色岩中の角閃石は同じ角閃石でも先に上げた鈴鹿花崗岩に伴ってマグマから晶出したと見られる角閃石とは結晶の粒度も色も石の見掛けも異なり慣れないと同じ鉱物とは思えません。上に取り上げた3例はどれも斜長石と緑色鉱物が数mmから10mm前後の斑状構造となっているものですが、一般的に緑色岩と呼ばれるものは細粒の斜長石と角閃石、輝石なと有色鉱物の集合体で源岩となった玄武岩様の緻密で硬質なものです。

下のサンプルは鈴鹿市西庄内小岐須渓谷の御幣川上流・屏風岩の下で採集したものです。鈴鹿山脈では、緑色玄武岩は海洋底の古紀・中紀付加体として産し屏風岩周囲は環礁性石灰岩の露頭ですからその基盤岩となる玄武岩が存在しても不思議はありませんが、御辺林道周辺は中生代以降に貫入した脈岩も多く、下のサンプルは脈岩が熱変成したものかもしれません。

屏風岩直後の御幣川。屏風岩は石灰岩露頭を御幣川の谷筋がU字型に浸食してできた渓谷で小岐須渓谷の観光スポットとしても知られている

話を角閃石に戻します。先に写真で示した角閃石結晶を斑状に含む転石の中には、斑状の中心部分が風化摩耗して丸く窪んだ穴のある石が結構たくさん存在します。

有色鉱物の斑状部表面に丸い穴の空いた角閃石閃緑岩

そんな石の一部は白色鉱物に風化に強い石英が含まれた石英閃緑岩ですから、石英部分が残ったと言った訳でもなく、白色部では斜長石やカリ長石もしっかり残っています。白色鉱物が斜長石主体の斑レイ岩や閃緑岩では長石が風化して角閃石の結晶部分が飛び出した形で残っているのが見られますが、これとは正に反対です。

斜長石が風化して角閃石の斑晶が飛び出した角閃石斑レイ岩の転石

どの石も同じような河川の侵食環境下に置かれているのに、どうして特定の石のみ穴が開いてしまうのか不思議に思い、その部分を拡大してみてみました。

斑晶部分接断面の拡大。色の違いで鉱物の変質が分かる

上の写真は石の表面をカットして斑晶の中心部分をマクロ撮影したものですが、明らかに斑状の中心部とその周囲とでは鉱物の組成が違うようです。この写真では未だ分かりにくいので顕微鏡で撮影したのが下の写真です。

凹凸で見づらいですが有色鉱物の密度が濃い球状の中心部分では黒雲母や角閃石が変質している様です

 更に拡大しますと変色部分では長石も変質しているように見えます

こうしてみますと写真左が斑晶の中心に近い側で、黄味がかった暗色部の鉱物は変質した黒雲母と角閃石の結晶です。中心部では無色鉱物も黄変している様子で、左周辺部の有色鉱物は角閃石からなることが分かります。

どうやら鉱物が結晶する際、無色鉱物の中にまず角閃石が晶出して集まり、最後に融点の低い黒雲母が球状斑晶の中心部に集中して結晶したものか、角閃石がその後に熱変成作用を受けて黒雲母に交代したものだろうと想像します。

石の表面が摩耗して球状に集まった結晶の中心部が露出すると、中心部の黒雲母が真っ先に風化変質して摩耗が進み窪みが深くなる様です。

この様な表面に小さな窪みを持つ石は、安濃川の本流からその上流部の宝並川のように源流に近い枝谷に於いても方々で目にすることが出来ます。上流部では転石も大きいものが多いので、穴あき石にも大きなものが見られます。

 

穴は結構深いものがあり上の写真の石では直径7 ~8mm深さ5mm程度のものが幾つか見られます。この石が原岩から剥離して転石となり、谷に押し出されて水流とともに谷を下りながら徐々に円摩されてこの谷筋に転がるまでにどれ位の時を要したものか分かりませんが、その過程でこのような部分摩耗が進んだのでしょうか。

新鮮な断口表面にはもちろん顕著な窪みはない。円摩した右面と異なり断口も殆ど真っ黒だ

このように大きな穴が開くのを見ると、花崗岩に比べて緻密で固そうに見える塩基性岩でも何らかの条件下では割と簡単に変質して風化してゆくことが分かります。石の状態を見ていると、或いは長石の変質も窪みの形成に関わっているのかもしれません。

先に輝石を含む石として上げた青土トーナル岩の場合は、一見新鮮そうな石の内部まで有色鉱物の変質は進行して緑泥石や黒雲母等の変質鉱物に交代していましたが、これらの石の場合はあくまでも露出した表層のみですから変質の条件が全く異なるのでしょう。

上の写真の石は隅が欠けて真新しい断面を見せていました。この部分を見る限り断口面の鉱物組成は結構均質で新鮮であり転石の表面に見られる痘痕状の侵食はこの辺りまでは及んでいない様子です。果たしてどんな条件下でどのくらいの歳月で穴が開いてゆくのか分かれば知りたい気がします。

安濃川の上流我賀浦川には、このような転石に混じって同じように転石の表面に穴を持つちますが、岩質の異なる転石が有ります。下の写真がそれで岩種は脈岩(貫入岩)と思います。日本シームレス地質図に拠ると、川の上流部に暁新世から始新世にかけての地質年代を持つ珪長質火山岩の記載が有るので原岩はそこに由来するものでしょう。

鈴鹿山脈の各地には、この時代に貫入したと考えられている脈岩が散らばっていて、五万分の一地質図幅では石英ヒン岩と記載されています。私は多分それらと同種のものだろうと勝手に決めています。 

五万分の一地質図幅 亀山によると鈴鹿山脈の地殻に後期白亜紀から古第三紀にかけて貫入した岩脈の有色鉱物は緑泥石や炭酸塩化合物に変質しているとのことですから、石基中に存在したこれらの変質鉱物が脱落してしまいその後が表面の穴となった模様です。

最もこれらの解釈は、あくまでも素人の私の勝手な判断によるものですから、実際にそうなのかどうか正確なところは分かりません。間違っているようであれば、ご教授頂ければ幸いです。

最初に戻る