広角レンズの特質と問題点
私の場合、旅行などに持ち歩くカメラは手軽な標準ズームレンズを装着して撮影すしますから、特に意識しなくともズームの短焦点側では自然に広角レンズで写真撮影している訳で、とりたてて書くこともないのですが、広角レンズの撮影には標準レンズや望遠レンズとはまた違った特質と問題点がありますからこれらを少し書いて見ようと思い立ちました。
手持ちのマイクロフォーサ用広角レンズ。左からLEICA DG VARIO-ELMARIT 8-18mm/F2.8-4.0 ASPHとLAOWA 7.5mm F2 MFT。35mm換算で16-36mm及び15mmの焦点距離となる。LAOWAはマニュアルフォーカスだがレンズが明るく解像度が高いので気に入っている
上の2つのレンズは超広角と呼ばれる範疇のものです。この種のレンズの特徴は7.5mmや8mmで撮影すれば何より焦点距離が短いので画角が極端に広く、標準レンズの4倍近い視野で極めて広範囲の対象を撮影範囲に収めることが出来ます。
E-M1 Mark2 7.5mm f5.6にて撮影。絞り込めば近距離から遠距離の対象を同時にシャープなフォーカスで写し込める
E-M1 Mark2 8mm f8にて撮影。撮影画像では距離の遠・近によって同じ大きさのものでも極端に大きさが異なって写るため見た目とはかなり異なった印象を与える
また短焦点のため、絞りを少し絞ってやれば深い被写界深度が得られるので、高速シャッターでも近景から遠景までシャープなフォーカスが得られます。逆に云うと絞りを十分開いておかなければ特定の対象のみをシャープなフォーカスで捉えることが困難で、標準レンズなら適度にボケてくれる背景もクリアに映り込みます。しかし逆にその特性を利用して深い奥行きのある写真が撮れるわけです。
広角レンズは被写界深度が深いので遠近感が強調されると言われますが、それはあくまでも遠近感を感じさせる対象や構図を取った場合のことで、遠近感を与えるボケの要素、撮影対象にはシャープにホーカスし、近景や遠景はぼかして対象の存在を強調させることが苦手なため、撮影対象によっては近景から遠景までゴテゴテ映り込んだ見どころのない殺風景な絵になります。
7.5mmで写した上の二枚の作例では、広範囲の対象を捉えていますが、対象が遠景と中景にのみ存在してどれもが同じような表情しか持たないため絵が平面的で奥行きに乏しく見栄えのしないものになっています。
広範囲にあらゆるものを写し込んでしまう超広角レンズの特性は時に捉えどころのない殺伐とした印象を与える。上下の二枚はそんな特性を生かして、自宅の西に近年とみに広がり始めた廃田の荒廃したさまを表現したもの どちらもLAOWA 7.5mm f8.0
また広範囲の空間が映り込むからと言って、実空間の広がりが捉えられるわけではありません。下の写真は7.5mmの超広角レンズで賢島・大王崎灯台の遊歩道から海の広大なさまを捉えようとしたものですが、エメラルドブルーの海の美しさは感じられますが、全体に海の表情が単調で空間の広がりはあまり感じ取れません。
一方、下の写真は大王崎灯台の最上階からやはり7.5mmで異なる方向の海を写したものです。こちらは逆光の海面反射と風の波立ち、島の周りに立つ白波が海の表情に変化を与え、先の写真に比べると海の広がりを感じさせる写真になりました。
さらに下の写真は灯台の下の階から7.5mmで同じ場所を写したものです。地面に近づいた分、映り込む範囲は狭まりましたが海面の波立ちがより大きく捉えられて海の表情に変化が増しました。構図や対象の持つ様々な変化に留意しなければ撮影範囲が広いからと言って実空間を見る目のような空間的な広がりを表現できるわけでもないのです。
上の例でも分かる通り、広角レンズは利点でも有ると同時に欠点ともなります。撮影対象や撮影方法を選ばないと一枚の絵の中に多数の対象が小さな点景となって映り込むばかりで絵が平面的なのっぺりした殺伐としたものになり、写真は見た目とは全く異なった印象を与えるものになってしまいます。また距離により対象の大きさに極端な差が出るため対象が歪んで見えたりします。
これは当然と言えば当然のことでなにも広角撮影に限ったことでは有りません。写真撮影は透視投影による三次元体の二次元平面への転写ですから、直線は直線に写像されますが円は中心で写像しない限り楕円に写像されます。特に超広角では撮影範囲が広い分、同じ大きさのものでも僅かな距離の差で極端に大きさに差が出ますから歪に感じる割合も高くなります。
8mm広角による撮影。BOARDの幅は左のNSPから27" (68.6cm) ,Naish Hokua 24.8" (63cm) ,BillFoote 27" (68.6cm),Starboard Spice 25.5" (64.8cm).右端のNAISH Mad Dog 27.5" (70cm)
対象の歪み具合は、上のように同じ様な大きさのものを並べて写してみるとよくわかります。これは私のSUP boardを8mm( フルサイズ16mm )の広角で写したものです。
その幅は左のNSPから68.6cm ,Naish Hokua 63cm ,BillFoote 68.6cm,Starboard Spice 64.8cm.右端のNAISH Mad Dogが最も幅が広く70cmなのですが、撮影距離の最も近い27インチのNSP DC-SURF Xは他の板の2倍近い幅を感じさせ、最も幅の広い右端のMad Dogは、少し距離が遠いのと視点がやや斜めになるためSURF Xの半分程度の幅の実物とはかけ離れた鋭いフォルムに見えます。
12mm広角による撮影。BOARDの幅は左のNSPから27" (68.6cm) ,Naish Hokua 24.8" (63cm) ,BillFoote 27" (68.6cm),Starboard Spice 25.5" (64.8cm).右端のNAISH Mad Dog 27.5" (70cm)
上は12mm広角でほぼ同じ視点で少し下がって(下がらないと対象が入らない) 写したもので、距離が伸びた分ボードの幅が実際に近くなりましたがまだ実物と写真との差はかなり感じられます。
15mm広角による撮影。BOARDの幅は左のNSPから27" (68.6cm) ,Naish Hokua 24.8" (63cm) ,BillFoote 27" (68.6cm),Starboard Spice 25.5" (64.8cm).右端のNAISH Mad Dog 27.5" (70cm)
撮影位置を右にずらして15mmで写したのが上の写真で、今度は右端のMadDog 27.5" が最も幅広に写りやや実物に近くなりました。黄色いHokua Kodyは24.8"と最も幅が狭いのですがこのあたりも実物に近くなっています。この様な例からも分かるように広角レンズでは、焦点距離や対象に対する視点を上手く選ばないと対象が著しく歪んでしまうことも起こります。
ちなみにそれぞれのボードの長さはNSP 7'8"-233.7cm Hokua 7'6"-228.6cm BillFoote 7'4"-223.5cm Spice 6'9"-205.7cm MadDog 7'6"-228.6cmで左端のNSP SurfXが最も長く、ブルーのStarboard Spiceが最も短いのですが前斜め視点でもあり長さも実物とはかなり異なったものに写っています。
透視投影の歪効果
カメラの原理は針孔写真と同じで、三次元の対象を針孔( レンズの中心 )を通してスクリーン( 撮像素子 )上に逆向きに投影して撮影する透視投影です。透視投影では近くのものは大きく、遠くのものは小さく、また直線は直線に写像されますが、円は通常は楕円に写像され歪ます。
我々動物の目も水晶体( レンズ )による対象の網膜( 撮像素子 )への透視投影ですから遠くのものは小さく見えているのですが、脳の補正能力が高いためさほど歪には感じません。しかし写真に撮るとそれがはっきりするので超広角の写真では特にデフォルメされたと感じます。逆に写真の効果としてはそれなりに面白いので場合によっては積極的に用いられます。
広角レンズは標準レンズでは対象全体にフォーカスを決めにくい近距離からでも絞りを開いて対象全体に明るいシャープなフォーカスを決めることが出来る。ただし余りに短い焦点距離では透視投影による遠近差が極端に現れて対象が著しく歪んで見えるので現実味が薄れてしまう
しかし対象間にはっきりとした遠近差を付けられない場合、広角写真は人間の目のように、広範な対象物の中から見たいものだけに視点を集中して捉えることが苦手です。
望遠レンズであれば写したい対象にフォーカスを据えるので写真の主題がはっきりしますが、超広角になると遠景から近景に至るまでの極めて広範囲な実空間を僅かな範囲の平面にくっきりと転写してしまうので写真の主題がぼけてしまい、写し方によっては写真が実際の風景の印象とはまるで異なったものになっても少しの不思議もないわけです。
広角レンズに適した撮影対象
これまで述べた広角レンズの特性は、写真の例でも分かるように壮大な建築の内部や巨大な建造物を手早く撮影する場合には好都合です。広範囲の空間を一枚の写真に収めてしまえるので対象の配置が良く分かりますし、適当に写しても建物の構造上、収束点に向かって近距離から遠距離のものが配列し遠近感を与えます。
壮大な空間を建物の中に持ち、内部に様々な意匠の構造物が配置された中世~近世ヨーロッパの教会や宮殿建築は広角レンズの好対象となる
ヨーロッパに渡らなくとも、日本には珍しいヨーロッパ風建築様式を取り入れた大型建築物が東京駅丸の内口や上野の国立科学博物館などに残されているのは嬉しいことです。
広角レンズも接近撮影
多くの対象を写し込める広角レンズもその撮影の基本は、対象になるべく接近することです。巨大な建物の内部に入り込んだり、大鉄橋の橋脚下で橋を見上げての撮影などに広角の効果が発揮されますが、いかに巨大建造物であっても十分接近しなければ、広角レンズでは対象が巨大さとは裏腹のちっぽけな存在に写ってしまいます。
上の写真は安濃ダムの堰堤直下の進入禁止ゲート手前にあるダム管理用の橋からダムを12mm( フルサイズ24mm )で写したものです。この辺りまで近づくと人の感覚ではダム堰堤は巨大な構造物として眼の前に迫っていますが12mmの写真では人が感じるほどの迫力は伝わりません。更に下の7.5mmの写真ではダムが小さな丘の間に掛かった橋程度の印象しか与えません。
広角でダムの実在感を得るには、ダム堰堤に一杯まで接近して遠近感を強調して初めてその巨大な存在感を感じ取れるようになります。上の写真の撮影位置からでは標準レンズによる撮影( 下写真20mmで撮影 )のほうが遥かにその実在感を捉えることが出来ます。
撮影による印象の変化
広角レンズの特性は以下の写真の様に、天を突くような巨大な建物も、楽に一枚の写真に収めてしまいますが、しかしこのことが同時に大建築の持つ壮麗さや重厚感を失わせる働きをすることも事実です。特に建物の収束点が画面の中にあるような場合、建物はその収束点に向かって急激に幅を減じてゆきますから、およそ建物の持つ重量感とはかけ離れた寸詰まりの矮小な印象に変わってしまったりします。
上は14mmのレンズでスカイツリーを無理やり画角の中に収めたものだが、この写真からは構造材の持つ機能美は感じられるが建築の大きさや重量感はあまり感じ取れない
ヨーロッパの中世建築のように建物の構造が複雑な場合には、画面の中に幾つもアクセントをつける対象が存在するため、建物の見栄えが上がり見た目の矮小化を抑えてくれるのですが、あまり変化のない建物では下の例の様に何処か箱庭的な印象を与える写真になったりします。
広角レンズが時に対象を矮小化して、どことなく箱庭的な印象を与えるのは江戸城の大手門を写した上の写真でも感じられます。門の背後にあるのはどれも20階以上も有る丸の内の巨大なビル群なのですが、この写真からは現地を歩いていて感じられる都心のビル群の圧倒的な威圧感などまるで感じられなくなっています。