上高地・梓川の石
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上高地・梓川の石
信州安曇野の西部に位置する上高地は、穂高や槍ヶ岳・常念岳を源流とする梓川の上流域に 当たるのですが、焼岳を始めとする周囲の火山活動によって谷が火山岩によって埋め立てられたため、河川上流にありながら比較的平坦で開けた平原状の独特の地形を形成しました。
梓川の転石。娘が適当に拾い集めてくれたが結構いろんな種類が集まっている
普段近所の河川でみなれている領家帯の転石であれば、一瞥しただけでもその岩種や含まれていそうな鉱物を推測できるものですが、これが普通は目にすることもない遠来の地の石の場合には簡単には行きません。
例えば、チャート・砂岩・流紋岩・凝灰岩はそれぞれ起源も違えば含まれる鉱物も違い、その組織構造も全く異なる石ですが、これが多年の地質変遷を経て幾多の変成を被ると、その見かけや構造がとても良く似た石に化けてしまうことがあります。
源岩の産出場所に出向き、その土地で調べる場合には、同じ石でも様々なバリエーションを持つものを見ることができますから多少毛色の変わった石でも、その原岩を推定できるものですが、異郷の全く見た経験のない石を見せられると一体これは何なんだろうと首をひねることがよくあります。
しかし、そんな石を色んな角度で眺め回し、ルーペで覗いたり、硬さを見たり、標本にして鉱物の複屈折を調べたりしてその石の源岩の種類を考えるのはそれなりに面白いものです。今回娘が持ち帰った石は、下の写真にある14個です。
上高地の上流地域の地質図。産業総研 シームレス地質図より転載したもので五万分の一地質図幅より岩体区分が粗い
飛騨外縁帯は黒瀬川帯とともに、本来は時間的にも空間的にも離れた存在の、成因も全く異なった種々雑多な岩石が、極めて狭い範囲に蛇紋岩に取り込まれ掃き溜めのように集まっている不思議な地質体で、未だにその形成過程も十分には分かっていません。
広範囲の陸側地殻が構造浸蝕によって海溝に取り込まれ、その一部が海溝深部で再び陸側地殻に底付けされたのち、高圧変成岩同様に蛇紋岩に捕獲されて地下深部から地表にもたらされたと考えられていますが、何故に僅かな地域ににこれほど多彩な岩石が混在して残り得たのかは深い謎です。
幸い今回の上高地の水系には飛騨外縁帯は掛かってこないので、対象となる地質体は主に以下の8種類です。二桁と三桁の数字はシームレス地質図における凡例の番号です。
1. 100 中期更新世苦鉄質火山岩類 :焼岳火山群の火山岩類 輝石角閃石安山岩-デイサイト
2. 197 前期更新世珪長質深成岩類 :滝谷花崗閃緑岩 角閃石黒雲母花崗閃緑岩・斑状黒雲母花崗岩
3. 98 前期更新世・鮮新世火山岩類: 穂高安山岩類 普通輝石・紫蘇輝石ディサイトー安山岩溶結凝灰岩等
4. 143 暁新世・前期始新世苦鉄質深成岩類:穂高安山岩類 普通輝石・紫蘇輝石閃緑斑岩
5. 128 暁新世・前期始新世珪長質深成岩類:屏風ノ頭文象斑岩 黒雲母角閃石文象斑岩
6. 129 後期白亜紀珪長質深成岩類:奥又白花崗岩 角閃石含有黒雲母花崗岩・黒雲母花崗岩
7. 52 中後期ジュラ紀付加体 美濃帯:砂泥質岩・凝灰質岩
8. 53 中後期ジュラ紀付加体 美濃帯:チャート
*地質年代については、後年の研究によつて一部地質図幅とは異なっています。
面白いのは、5の文象斑岩がこの流域に存在することです。文象斑岩は珪長質岩晶出の最終段階の石とのことで、石英とカリ長石の連晶が石全体に広がった独特の構造を持ち、薄片観察すると究極のパーサイト構造とも言えるような模様が現れます。
文象斑岩は今回の石にはなさそうですが、苦鉄質岩から珪長質岩まで様々な火成岩が分布する興味深い地域だと言えます。先ず目視とルーペで石を観察してみますと、次のようなことが分かりました。
a:
主に再結晶化した細粒石英からなり、黒雲母を含む優黒部との分離が進んでいます。領家帯の砂質岩起源の縞状片麻岩の様な感じです。7の美濃帯の西には様々な時代の火成岩が分布していますから、その熱変成を受けた美濃帯の砂泥質岩ではないかと思います。
a:細粒石英と黒雲母を含む部分が互層をなす。砂質岩を源岩とする弱変成岩か
7の美濃帯の西には様々な時代の火成岩が分布していますから、その熱変成を受けた美濃帯の砂泥質岩ではないかと思います。
b:
明らかな珪長質深成岩で優白部と優黒部に分かれていますが、白色鉱物は殆どが長石で石英は僅かです。有色鉱物は黒雲母が多くをしめ、その中に角閃石が混じっています。2の滝谷花崗閃緑岩の仲間でしょうか。
細粒の有色鉱物の多くは黒雲母だが、優白部の中に3mm程の角閃石結晶があった
この様な珪長質深成岩は、領家帯の石で見慣れているので、岩種や鉱物の識別にあまり苦労はしませんが、細粒の閃緑岩では、目視で角閃石を見分けるのが難しいことがあります。幸いこの石の場合は優白部に明確な角閃石の端面を持つ結晶が入っていました。
c:
白色鉱物の集合体でモース硬度をチェックすると、ほぼ全て微粒石英からなるようです。結晶粒の肌理が細かいことから弱変成チャートかと思いますが、チャートの持つ透明感はなく、まるで白磁のような白さです。火山岩の変成岩や塩基性岩に生じた石英脈の一部かもしれません。
白部は微粒石英の集合。黄色っぽい脈状に粘土鉱物のような異質鉱物が集まっている。
石英粒がもっと緻密になると玉髄と呼ばれるようになりますが石英によらず結晶粒の細かい鉱物は、単結晶の鉱物よりも強靭で宝飾品として加工しやすくなります。中国で古代から王族に珍重されてきた軟玉は角閃石族の微結晶の集合体で、しっとりとした艶と透明感のある高級品は、今日の中国国内でも信じられないほどの値段で取引されています。
鉱物の種類を見分ける際、大きな助けとなる鉱物の硬度は主にモースの硬度計にある標準鉱物を使います。私の場合、石英以上の硬度を持つ鉱物を見分ける事はまずないので硬度7の石英から硬度3の方解石までを調べるだけです。硬度5はガラスで代用し、硬度4の蛍石と硬度5ガラスの中間に硅灰石を用いています。
d:
ルーペで拡大してみると鉱物の酸化が進んでいますが層理が認められ、黒雲母や白雲母の結晶が確認できます。生地の多くは石英粒のようです。7美濃帯の熱変成を受けた砂岩でしょうか。
d:中心部は石英質の細粒透明鉱物の粒間に白色の微粒鉱物が充填。微細な火山灰と見られるこの部分が変質する
周囲に発達した石英脈の様子から凝灰質と見られる中心部も石英の斑状変晶と微細な石英のマトリックスが見て取れます。また石英の粒間は微細緻密な白色鉱物で埋まっており火山灰の微粒子と思われます。白色鉱物をカッターで掻き落として偏光鏡下で見てみましたがXPLでは全く光を透過せず非結晶質で石英の研削片ではありません。
d:白色微粒鉱物の偏光顕微鏡写真。非結晶質のためXPLで少し外光を当てて撮影。極わずか結晶質の鉱物が明るい
微粒子は火山ガラスと見られますが粘土鉱物かもしれません。現地の石について実見した知識がないので正しいとは限りませんが、源岩は流紋岩質の微粒凝灰岩ではないかと思います。たた私の知る凝灰質岩とはかなり感じが異なります。上高地では穂高の西部、谷を一つ隔てた一帯に笠ヶ岳流紋岩類と呼ばれる珪長質火山岩類が広範に分布しており、地質図幅には、この石の破片が穂高安山岩類の火砕岩や凝灰岩中に見られるとの記載がありますから源岩の可能性があります。
火山灰については、私が住む津市の半田周辺に広域テフラとして有名な阿漕火山灰層の堆積があり何度か実見する機会を持っていますが上の粒子よりは遥かに大きいものです。ただし、降下堆積したテフラが流下して再堆積したもので粒子の選別淘汰が進み堆積層によって粒径が大きく違うため大した意味はありません。
阿漕火山灰の火山ガラス。ガラス質だが非結晶のためXPLでは非透過で外光撮影。少し石英等結晶質鉱物がある
阿漕火山灰層は鮮新世約4Ma前後に活動した北アルプス周辺の火山が給源と見られていますが、槍ヶ岳から穂高連山の山腹一帯に大量の火砕岩を堆積させた穂高安山岩類の活動時期は2Ma前後ですし岐阜や長野周辺には鮮新世に激しい活動をした巨大火山が幾つもあったようです。
阿漕火山灰層の広域テフラとして対比されている火山性堆積物は新潟・富山・岐阜・愛知・三重に跨っており、推定火源より200km程も離れた津市半田でも5m近い堆積層が現在でもみられます。このため現在活火山がなく、あまり火山灰層とは縁のない三重の人間にとっても阿漕火山灰層は興味深い対象となっています。
この様な流紋岩質と見られる火山岩は私が暮らす津市ではまず見ることがないので、後に薄片標本にして干渉色を見てみたいのですが、白色の微粒子部分は剥離してしまう可能性が高そうです。1個しかない標本の石を切り込んでしまうのは少し寂しいものですがやってみました。
d:上 凝灰質砂岩と思しき石の薄片。左は透過光 右は反射光で撮影。
白色の微粒子部分が残っていれば反射光で白く写りますが、残念なことに研磨の過程で殆ど粒間から剥離してしまった様子です。どうやら非透過の黒色鉱物が多数点在する以外は石英粒子で埋まっているようです。結晶粒の確認はクロスニコルで干渉色を見ます。
d:以後4枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm、偏光顕微鏡下で最初がPPL 後の写真がXPLです。
光源が良くないので一部色むらが出ていますが、視野の殆どが XPLで無色~淡い黄色の干渉色を示す石英で埋まっているのが分かります。上の写真では小さくて良く分かりませんが、その他の鉱物では白雲母が多く見受けられ後期に熱変成を受けたようです。
石の表面の目視観察で見えていた黒雲母はなぜか殆ど見られません。或いは軸色が薄くて白雲母にまぎれているのかもしれません。拡大率をあげるため実体顕微鏡から高倍率の双眼顕微鏡に変えて撮影します。
d:以下6枚の写真の視野は約3.3mm✕2.2mm、偏光顕微鏡下で最初がPPL 後の写真がXPLです。
この石の微細な石英のマトリックスと脈状の斑状変晶はどのようにして生じたのでしょうか。土石流等で堆積した細粒の石英質砂粒を主体とする凝灰質岩であったものが、熱と圧力を受けて再結晶作用により部分的に結晶粒を成長させたものでしょうか。
ただし、この場合は結晶間に応力変形を起こさせ、結晶面の境界を再編してより粒径の大きな結晶に変化させるために結晶を変形させるほどの圧力が必要と考えられますが、この石の場合圧力変形を受けた様子もありませんから、微細な亀裂に珪酸分に富んだ熱水が浸透して脈状石英斑晶を晶出させたと見るべきかもしれません。
あるいは流紋岩質火山岩が、後世の高温マグマによる接触変成を受けて石基の火山ガラスが再溶解し、徐冷過程で微粒石英を晶出させたとも考えられます。石英は一度結晶として晶出すると大変安定な鉱物ですから簡単には変化しません。石英ガラスのるつぼや試験管でわかるように溶解温度も極めて高く1700度以上です。
しかし非結晶の火山ガラスであれば内部の原子・分子間結合力が弱く1000度以下の温度で溶解し徐冷時の環境が石英の晶出条件に合えば細粒の石英を結晶化させることができるはずですが、この場合当然他の珪酸化合物・カリ長石の晶出も起きるのではないか・・・など色々と想像する程に訳がわからなくなります。
この石には石英と共に多数の雲母類が存在しますが、この雲母も源岩形成当時からのものなのか、或いは後期の熱変成作用によるものかそれすらも私にはよく分かりません。私のような初心者の金科玉条であった都城岩石学の教科書すら変成相や累進変成作用の概念に大きなパラダイムシフトが起きている時代ですから、逆に何もわからないほうが良いのかもしれませんが。
e:
f:と共にガラス質の白と淡緑の部分が混じり合った石で、同質の石と思います。見た目白色部分は石英、緑っぽい部分は単斜輝石のように見えるのですが、石英やチャートの冷たい透明感ではなく、軟玉のようなしっとりした印象です。しかし硬度を見てみると長石6よりは硬い。石英でもかろうじて傷が入る程度です。
e:優白部は石英らしいガラス質の透明鉱物。有色部は暗緑色ガラス質で見かけは単斜輝石を含む変成岩のようだ
地質図を見ますと、98とマークされた穂高安山岩類にはデイサイト質ー流紋岩質の溶結凝灰岩も存在するようです。さらに西部の笠ヶ岳一帯にはより古い笠ヶ岳流紋岩類が広範に分布しておりその可能性もあります。更新世に堆積した前穂高の火砕岩は、同時期197の滝谷花崗閃緑岩を給源として噴出し堆積、圧縮に伴う熱で溶結しています。
現在穂高から槍ケ岳稜線一帯の地表に露出している瀧谷花崗閃緑岩はおよそ2Ma前後のマグマですが、極めて短期間に隆起していますから当時から地表近くの浅いところに存在した可能性が高く、すでに堆積していた笠ヶ岳流紋岩類や前穂高デイサイト溶結凝灰岩にも多大の熱変成を与えたたはずです。
f:
この岩相の方が溶岩・火砕流堆積物といった印象が強い。e同様石英質の優白部と暗緑部のメランジュです。私の住む三重の中部ではこのような石にお目にかかることがないので、正直私には何なのかよくわかりません。
eの石は薄片にして鏡下観察してみましたが、鏡下でみるといろいろ面白いことが分かります。
これらの写真を見ますと、石全体に再結晶化が進み全体に微細な石英結晶が広がっていて、斑晶はその外殻の形状を留めるのみです。有色鉱物も斑状に晶出している様子はありません。石基内部に取り込まれた重元素類によって着色しているようです。
斑晶の外殻が、もともと石英の斑晶であったものか、あるいは長石等他の鉱物斑晶であったものか、あるいはチャート等の異質岩片であったものか、私の怪しげな知識では図りかねますが、この辺りの火山は噴出温度が高く、h.lなどの石では斜長石の斑晶が明らかですから、一部は長石であったものかもしれません。
しかし長石はどの種類も1000℃以上の融点ですから、接触変成でそんな高温に上昇した後に冷却過程で石英の微細結晶の集合に変われるとも思えません。一旦熱水反応等で粘土鉱物化したものが接触変成を受けて再結晶して石英の微粒子を晶出するとも思えません。となるとチャートの岩片が凝灰岩に取り込まれ再結晶したように思えてきますが、岩石学や鉱物学に無知な私にとっては想像する以外、計りかねるものです。何れにせよ初めて見るものなので興味がつきません。
g:
. h:. l:はデイサイトー安山岩質の火山岩・凝灰岩のように見受けます。h・lについては石英の晶出は認められません。硬度を見てみますと、どれも長石6より低くガラス5~硅灰石4.5程度です。明確に石基と斑晶を見分けられ火山岩だと思います。ことにh. lはどちらも淡緑色の石基中に白色の斜長石斑晶らしい斑紋が多数存在し母岩は同じものでしょう。
源岩は、これも梓川右岸より槍ヶ岳ー穂高連山一帯に広く分布する前穂高岳溶結凝灰岩ではないかと思います。ただしgは岩相が異なるので定かではありません。
g:白っぽい結晶質の石に斑晶が熱水変質を受けたような黄斑がある。下の写真では、一部に淡紫灰色をした石英脈らしい部分が見られます。表面は脱気したように多孔質
g:白っぽい色からは珪長質の火山岩のような印象をうける。下は部分拡大写真
gの表面には斑晶らしい模様が見られます。一部は鉱物が酸化変質して茶色くなっていますが斑晶の脱落したような穴が幾つもあります。石基部分は完晶質にみえる場所もありますが、眼視観察ではなんとも言えません。薄片にして干渉を調べればこの辺りは一目瞭然でしょう。
h:及びl:については、前穂高岳溶結凝灰岩とみられます。五万分の一地質図幅 上高地によれば「普通輝石紫蘇輝石安山岩-デイサイト質で,斜長石などの結晶片に著しく富んだ(容量比 60%前後)灰緑色 - 暗緑灰色の溶結凝灰岩からなる.結晶破片としては斜長石(An26-48)のほか,紫蘇輝石(En58)・普通輝石(mg=0.7)・磁鉄鉱・チタン鉄鉱を含み,時に融食形を示す石英も見いだされる.」とのことです
h:
淡緑色でガラス質の石に多数の斜長石と見られる斑晶。斑晶内は異質鉱物が点在して変質が進んでいるようです
l:
h同様斜長石斑晶が多数みられる。暗緑色の斑晶鉱物もみられ輝石類か
晶出鉱物をもう少し正確に確認するため、大きめのlを薄片にしてみました。端面を研磨すると斑晶の形状がくっきり出ますから量比を量りやすくなりますが、この標本では石基に対する結晶の比率は30%程度で地質図幅60%には届かないようです。あるいは岩種が異なるのかもしれません。
l:薄片研磨面とその表面の部分拡大写真
拡大してみると、長石もその大半が変質しているようです。有色鉱物を思わせる暗緑色の斑状部分も見られますが果たしてどうでしょうか。
l:下は薄片の透過光(先)と表面反射光(後)による撮影です。透明感の高いものは透過光で明るく反射光で暗く映ります
l:以後2枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm、偏光顕微鏡下で最初がPPL 後の写真がXPLです。
斑晶の大半は斜長石と見られますが、鏡下では長石の内部は虫食い状で、どれも雲母類や針状角閃石類・粘土鉱物などに変質していてそのもとの結晶構造を留めるものは殆ど見つかりません。
上の写真では視野が広すぎて干渉色もはっきりしませんので約7倍の拡大率で撮影したものが以下の写真です。
l:以後の写真の視野は約1.5mm✕1mm 偏光顕微鏡下XPLによる撮影です。
l:上はかろうじてアルバイト双晶のストライプが見分けられる斜長石。一部は角閃石族に交代しているようです
中に唯一斜長石のアルバイト双晶のストライプ柄を残したものが見つかりました。石基中には微細な石英や針状の斜長石結晶が晶出しているようですが、緑色岩の石基でよく目にするアクチノ閃石等の有色鉱物は見られないようです。
結晶の外形から元は輝石や角閃石と思わせる斑晶も存在しますがどれも雲母類・緑泥石・緑簾石・針状の角閃石類に交代していて元の鉱物の判定はできず、斑晶の内部では複雑な高い干渉色を見せています。
l:以後の写真の視野は約1.5mm✕1mm 偏光顕微鏡下XPLによる撮影です。
i:
暗色の石基中に斜長石の斑晶と角閃石の斑晶が目立ちます。特に斜長石の斑晶の比率が高く暗緑色の石基部分も上回ります。
i:白色の長石斑晶に混じって最後の写真には異質岩片と思われる部分が写っている。
五万分の一地質図幅 上高地にある前穂高岳溶結凝灰岩の記述によれば「普通輝石紫蘇輝石安山岩-デイサイト質で,斜長石などの結晶片に著しく富んだ(容量比 60%前後)灰緑色 - 暗緑灰色の溶結凝灰岩からなる.」とありこの石の岩相によく当てはまります
結晶はh・l等に比較して新鮮で後代の熱変成も受けていない様子で、石基中には斑晶の粒径が異なった同種の岩片と見られるものが含まれています。粗粒の斜長石斑晶内には黒色~淡黄緑色の長柱状角閃石結晶が多数含まれていて或いはカンラン石も入っているのではないかと思います。
薄片にしてみると面白そうですが、サンプルがこの小さい石一個だけなのでやめにしました。また当地を尋ねる折があれば同種の石を集めて薄片を作る楽しみにとっておくことにします。
j:
一見、e.iの石とよく似た印象ですが、ルーペで拡大して見てみると鉱物は全て完晶質で白色鉱物は斜長石が多数を占めカリ長石や石英は僅かです。有色鉱物は角閃石以外は目視での確認は困難です。花崗閃緑岩~トーナル岩類ですからb同様2の滝谷花崗閃緑岩と思われますが、有色鉱物が黒雲母主体で色彩も黒いbとはかなり異なり暗緑色~灰緑色の部分が多くあります。
j:閃緑岩に近い岩質のようだが領家帯の黒雲母が優勢な閃緑岩とはだいぶ異なる石
黒雲母含有角閃石花崗閃緑岩・滝谷花崗閃緑岩類と思いますが果たしてどうでしょうか。滝谷花崗閃緑岩の形成年代は1.4Maと異常なほど若く地質年代から見れば、今日できたと言ってもいいくらいの新しさです。当然結晶も新鮮で石英粒も色の濁りが少ないと思われますがどうでしょうか・・・
k:
c同様に石英の結晶ですがcよりは結晶粒が大きくて粗い石です。どちらも異物を含む茶色の脈が走っていて、この部分では粒度が大きくなるようです。熱変成を受けた珪長質岩の優白部か塩基性岩中の石英岩脈の一部かもしれません。
c:と同種の石英岩。黄色い脈状部は熱水変質を受けたものと思います。石英自体もケイ素が溶存する熱水より晶出した可能性が大きいか・・
m:
石英の結晶小塊です。cと同じ様な起源でしょうか。結晶粒は大きくペグマタイト質岩から切り離された岩片の様にも見えますが、白亜紀花崗岩類起源の石としては石英の色が全体に白っぽく、もっと若い石かもしれません。これはc・k・mに共通していて白色にはあまり濁りがありません。
全体に色白なのは細かい結晶粒子が多く、結晶の境界で光が複雑に反射・屈折するためだと思われますが、石英は古い年代のものほどに結晶の透過性が悪くなって紫灰色となるようですからどれも後期更新世の異常なほどに若い形成年代をもつ滝谷花崗閃緑岩起源のものかもしれません。
n:
最後のnは茶色い脈の感じがkと似ており、その色合いから石英・チャートのような見かけですが、硬度を見てみると長石6より遥かに柔らかくガラス5と同等か部分的にはガラス以下、硅灰石4.5以上の硬度で、凝灰岩の仲間のようです。
以上、14個の石について、もっぱらその表面観察によって石の種類を判断し、その原岩を推定してきました。多くはこの地域に広く分布する火山由来のものですが、中には、もっと詳しく調べないとよくわからないものや、表面的には同じ様な色合いの石でも少し詳しく調べてみると、鉱物も異なり全く別種のものであったりして、今更ながら石を見極めるのは難しいものだと感じます。
私なりの判断で、適当に石を分類してみましたが、上高地一帯は白亜紀から完新世まで様々な年代に幾多の火山活動を経験していますから、これらの石は、あるいは他の火山岩に属する石かもしれず、あるいは全く種類の異なる地質帯由来の石である可能性もありますが、そこは素人の無責任なところで勝手に判断して楽しんでいるわけです。
また何年か経てから手にとって見ると、今日とはまるで違う見方ができることも多いもので、そんなときは自分自身が多少は成長したなと、嬉しくもなり同時にまた過去の自分の無知を恥じたりもします。まあ人というのは、そんなことを繰り返して最後まで学ぶことができればありがたいものです。
参考資料
原山 智 五万分の一地質図幅 上高地地域の地質 平成2年 地質調査所
原山 智 上高地地形形成史と穂高カルデラ・滝谷花崗閃緑岩_JGSJ Vol121_No10_2015
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