犬神花崗斑岩

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犬神花崗斑岩

湖東流紋岩類の中には、地下のマグマが噴火によって溶岩・スコリア・軽石・火山灰等として火口から地表に噴出して堆積した岩石(火山岩)以外に、地表まで達する間に固結した脈岩・貫入岩が存在します。

これらの貫入岩は、カルデラ噴火による大規模な地表陥没の後、陥没で生じた巨大な円筒状の断層帯に沿って湖東流紋岩類を供給した残存マグマがその環状割れ目に沿って上昇して固結したと考えられており、湖東流紋岩類Ⅰの活動と同期して貫入した秦荘石英斑岩と、湖東流紋岩類Ⅱに対応する犬神花崗斑岩の二種類が区別されています。

秦荘石英斑岩は萱原溶結凝灰岩に貫入・接する形で主岩体の1/4程の面積を占め主岩体の一部を構成しています。もう一方の犬神花崗斑岩は、主岩体の東縁に沿うように円弧状の分布を示し、さらにその外側にも東岩体が環状に分布して二重の環を形成しています。琵琶湖西岸部の比良山地や比叡山中にも犬神花崗斑岩に対応する貫入岩脈が存在しておりカルデラ火山の活動が極めて巨大なものであったことが窺えます。

五万分の一地質図幅 御在所山によれば「犬上花崗斑岩は岩相変化に富むことが特徴であり(三村ほか,1976),とりわけ斑晶量と石基の粒度などの組織上の変化が顕著である(図版Ⅱ,Ⅲ).岩質的には花崗岩-花崗閃緑岩に相当する範囲で変化している.斑晶として石英・斜長石・カリ長石のほか黒雲母・角閃石が肉眼で確認できるが,これらの量比関係は斑晶量とともに変化する(第38図).石基は細粒緻密で灰白色-暗灰色を示し,やや緑色を帯びることもある.ただし,斑晶量の増大とともに石基も粗粒となり,肉眼で細粒花崗岩状組織が確認できる程の粒度(0.5-1 mm)になることがある.

岩相変化の状況は各岩体ごとに少しずつ異なるが,一般に脈幅の広い岩体で変化に富み,石英斑岩に近い岩相を示す周辺相からほとんど完晶質等粒状の花崗岩に近い斑状花崗岩-花崗閃緑岩の岩相を示す中心相まで変化する.」とあります。

これによれば、その岩相は中心部の完晶質当粒状の花崗岩類から、文字通り石基と斑晶からなる石英斑岩まで変化する様子です。当然鈴鹿花崗岩類の分布が有るような谷では、鈴鹿花崗岩体に由来する花崗岩や花崗閃緑岩も存在するわけですから、犬神花崗斑岩との判別が難しくなります。

佐目子谷川の分水嶺内に多い Ig:犬神花崗斑岩の分布域。Gsf :鈴鹿花崗岩、Kdp :風越谷花崗閃緑岩、Tgp :谷尻谷斑状花崗岩の分布は銚子ガ口以東で神崎川の流域になる

地質図を見ますと、幸いなことに佐目子谷川の分水嶺内には鈴鹿花崗岩の分布がないため、谷川の上流部に犬神花崗斑岩脈の分布する佐目子谷川で花崗岩質の転石があれば、犬神花崗斑岩に由来するものと考えても良さそうです。また犬神花崗斑岩は永源寺ダム西部に広く分布しているためダム湖畔道路周辺部の転石中にも沢山見つかります。私が標本を拾った場所は、A:佐目子谷川下流の転石、B:佐目町東の八風街道脇の転石、C:永源寺ダム管理事務所の南東100mの沢の転石 以上3個所です。

佐目子谷川には上流部の犬神花崗斑岩分布域に由来すると見られる石もたくさん見つかります

脈岩と溶結凝灰岩の相違点は、前者が地殻内部で固結した火成岩であるのに対して、後者は地上に噴出した火山岩類が堆積して内部の熱により溶結したものですから流理や圧縮痕が見られ、斑晶と同時に多数の異質岩片含むことが多くなります。

地質学者は岩体でその岩相を辿ることによってどちらに属する岩か判断するわけですが、転石の場合には両者の区別が困難な場合もあります。溶結凝灰岩でも綺麗な斑晶と石基だけからなり、圧縮されて溶結しているので溶岩や脈岩と識別困難な場合もあるし、脈岩であっても火道内で破砕された火道周辺の異質岩片を混在する場合もあるわけです。

佐目子谷川で拾った火山岩転石。貫入岩・脈岩か溶結凝灰岩かの判断は難しい

A:犬神花崗斑岩と見て標本にしたのは、上の最後の写真に有る大きな長石斑晶が顕著な石です。大きな斑晶の間隙を石基と見られる暗緑色の鉱物が占めていますが、ルーペで見ると殆ど結晶質のようです。ー

A:断面は新鮮で、肉眼でも石英、斜長石、カリ長石、角閃石、黒雲母が確認できる

標本の研磨面を見ても、異質岩片は見られず粗粒の結晶の粒間は徐々に細かいサイズの結晶粒で占められて石基に当たる部分もほぼ結晶化している様子です。

A:上は薄片の透過光と表面の反射光による写真。反射光の標本は再研磨後でサイズが減少している

上の写真から透過率の高い石英、反射を返す長石の比率を概算すると石英≧長石で新鮮な石英がよく目立ちます。石英や長石斑晶に匹敵するほどの有色鉱物は存在しませんが、細かい結晶が方々にあるのが良く分かります。

A:以後4枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm、偏光顕微鏡下で最初がPPL 後の写真がXPLです。研磨が甘くて石英の黄色が強く、少し視野も暗いですがPPL、XPLともに透明感の高い石英斑晶がよく目立ち、その一部は融食をうけています。

A:以下の拡大写真の視野は約3.3mm✕2.2mm 偏光顕微鏡下で最初がPPL 後の写真がXPLです。

薄片にして鏡下観察してみますと、眼視では一見新鮮そうに見える長石の結晶面も実際は変質が進み、粘土鉱物に交代してPPLでの透明感が大きく損なわれていることが分かります。角閃石は一部に原型を留めていますが、緑泥石、雲母等に交代してる部分が多数を占めるようです。

拡大してみると、石基に当たる部分も細かい結晶で埋まっていて、長石等が交代した不透明の粘土鉱物が石基の代わりの印象を与えるほどで完晶質の花崗岩に近いようです。

B:次に永源寺ダム南岸 佐目町の東に八風街道よりダム湖の水面まで工場の道路が切られている場所があります。このあたりの地層は古生代の付加体で砂岩・泥岩層なのですが、周囲の山より持ち込まれたとみられる火山岩の転石も多く見られます。それらの中で犬神花崗斑岩らしい石を選んで標本にしてみました。

佐目町八風街道沿いの工事用道路。転石は現地性のものか、他所から運ばれてきたものか不明だが火山岩も多い

工事用道路脇より犬神花崗斑岩とおぼしき石をいくつか持ち帰る。写真左側で右側は佐目溶結凝灰岩か

B:平らに摩耗風化した面には、透明感の有る石英の斑晶が多数目立ち、石英斑岩といった見栄えのする石ですが、よく見ると完晶質で花崗岩と変わりません。他地域の火成岩脈の花崗岩が工事用砕石とともに運ばれてきた可能性もありますが、興味深いので標本にしてみました。

B:写真上は左側が透過光、右側が反射光による。他の湖東流紋岩類の標本に比べて有色鉱物が遥かに多い

上の写真より透過性の石英と反射性の長石量比を概算すると石英:長石 1:2 程度になり、他の湖東流紋岩類に比べると長石比率がとても高くなっています。長石は斜長石がカリ長石より多く認められます。また眼視では有色鉱物も新鮮で石英の半分程度の量比を持ちそうです。あるいは異地性の石かもしれません。

B:以後6枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm、偏光顕微鏡下で最初がPPL 後の写真がXPL

どれも結晶は輪郭や色彩も良く出ておりAと比較してより完昌質です。

Aと比べると長石の保存状態が良く、くっきりと双晶の明暗縞を示すものが多い。

B:以下の写真の視野は約3.3mm✕2.2mm 最初がPPL 後の写真がXPL

拡大すると角閃石・黒雲母・白雲母がよく分かるし、写真上の中央部に双晶を見せる単斜輝石があります。

Bの石の方が全体に結晶の劣化が少なく鉱物の判別が容易です。Aでは劣化のひどかった長石類も双晶を見せる斜長石がよく出ていますし、黒雲母や角閃石もある程度原型を保っています。僅かですが燐灰石や褐簾石もみられます。あるいは工事用に近くの岩体から破砕された石かもしれません。

C: は永源寺ダム管理棟の南にある小沢の転石。犬神花崗斑岩の内側環状岩体にあたる部分で、地質図でみますと、この沢はその上流部に至るまで犬神花崗斑岩脈が覆っており、沢の転石も全て同質の花崗岩ですからここで拾った標本は犬神花崗斑岩と見て間違いありません。

C:永源寺ダム管理棟南西部の山地一帯の犬神花崗斑岩脈より剥落した沢の転石は、どれも淡く桃色がかった長石がよく目立つ花崗岩

C:この石の特徴は、ほぼ完全に完晶質であり、濃い肌色がかったカリ長石の大きな斑晶が目立ち、カリ長石の比率が白色の斜長石より多い様子

C:上の写真から透過光で透明感の高い石英と、反射光で反射率の高いカリ長石、両者の中間的な斜長石の比率を概算してみますと石英≧カリ長石>斜長石となりカリ長石に乏しいとの犬神花崗斑岩の一般的なトレンドからは外れている。

斜長石は白、色がついていればカリ長石といった安易な長石識別法は、時に失敗を招きますが、この標本に関する限り色による安易な識別に頼っています。斜長石・カリ長石と簡単に言いますけれど、両者を識別するのは、本に書かれているほど簡単ではありません。

染色法によってカリ長石だけを色付けすることが出来ますが実験室レベルの作業が必要ですし、光学的に集片双晶やパーサイト構造の確認できる長石ばかりではありませんから、屈折率や結晶系の確認が必要で一昔前なら研究室レベルの話になります。

火山岩では集片双晶や累帯構造がきれいに出るので斜長石の確認が容易なのですが、双晶があるからといって斜長石とも限りません。今回の標本でも最も大きいカリ長石やその左下のカリ長石は綺麗な双晶を示します。双晶イコール斜長石といった一方的な判断はできません。

この標本の場合は、風化してカリ長石中の微量の鉄分がピンクに着色していると判断してカリ長石とみなしていますがこの判断が誤りであれば、斜長石比率があがります。

ことに着色していない新鮮な白色の長石で識別の手がかりが乏しい場合、両者の判別は難しいものです。

C:以後の写真の視野は約10mm✕6.7mm、最初がPPL 後の写真がXPL

C:以下の写真の視野は約3.3mm✕2.2mm 最初がPPL 後の写真がXPL

C:上 カリ長石の双晶。パーサイト構造らしい模様がみれるが長石の風化変質が大きく殆ど透明感が喪われている。最後の写真では直交に近い劈開が見られ微斜長石へ遷移している様子

C:上 カリ長石に比べると透明感を保っている斜長石だがカリ長石よりも量比は低い

こうして三種類の石について見ますと、犬神花崗斑岩が脈岩として地表付近に貫入して急冷した斑岩だとの印象は地質図幅の記載にあるように岩体の場所によって大きく変わり、今回の石について見る限り完晶質等粒状の花崗岩に近い石ばかりですから、かなり広範囲に深成岩に近い石が分布しているようです。

五万分の一地質図幅には、渋川流域の犬神花崗斑岩の岩相変化について次のように記載されています。「萱原溶結凝灰岩層との境界から約200mの範囲で周縁相が観察される.周縁相は,斑晶量が乏しく(~20容量%),かつ粒径が小さい.・・・・・周縁相の上流側(南東側)では,15-30 m の漸移帯を経て,斑状花崗岩へ移行する.・・・漸移帯から上流側(南西側)へ幅約400 m の間は,斑状花崗岩の岩相を示す.斑晶量は70容量%を超え,斑晶における斜長石の比率が増加する.・・・」

渋川は、私がCの石を拾った沢の南南西4km程の場所にあり永源寺ダムの西部を還流する犬神花崗斑岩脈が渋川西南部の近江盆地境界まで連続して続いています。渋川が横切る犬神花崗斑岩脈(先の地質図では渋川がIg岩脈を横切る部分は範囲外)の幅は約1.5kmですから斑状花崗岩相の部分は岩脈中央部から西へ400m程度の範囲と見られます。

私がCの石を拾った沢も岩脈の中央部からやや西に外れたあたりですから、渋川から4km隔てた永源寺ダム野辺りまでは斑状構造が岩脈の円周方向に連続しているといえます。ただし、この記述では斑晶における斜長石の比率が増加するとの記載がありますから、私が拾った斜長石比率の低い石はかなり標準から外れたへそ曲がりの石であったことになります。

私が石を集めた沢の転石の多くは先の写真に示したように大きな肌色の長石斑晶を持っていましたから斜長石が多いとの記載は着色長石をカリ長石とすれば明らかに矛盾する結果になりますので、あるいは私の観察眼が誤っているのかもしれません。

しかし、長石の比率より面白そうなのは、地表に露出して固結した溶岩に近い細粒の周辺相から数百mの隔離距離があれば深成岩に等しい等粒に近い斑状花崗岩が現れるとの記載です。周辺相は地表に噴出して堆積固結した火砕流岩と接して貫入した訳ですから地表に近い場所での出来事です。

その接触部から300~400mの距離を置くと斑状等粒に近い深成岩相が現れるわけです。深成岩は読んで字の如く地下深くでゆっくりと固結した石の意味ですから、その地表深度は30~40kmある大陸地殻の少なくとも5~10km程度はあるかと想像するのですが、この記載例からすると地表1kmに満たない深度でも十分に花崗岩質の深成岩となりうるように思われます。

私達がよく知らないだけで、あるいは火山のすぐ下の地下には、マグマ溜まりと接して深成岩が発達しているのかもしれません。

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